2012-07-15
Fantastic Baggys / Anywhere The Girls Are!
米Sundazedから2000年に出た、ファンタスティック・バギーズの編集盤。副題には "the best of..." と付いているけれど、1964年リリースのアルバム「Tell 'Em I'm Surfin'」の全曲にシングルオンリーのものや未発表曲を加えたCDです。
西海岸で活動していた若きソングライター・チーム、P.F.スローンとスティーヴ・バリーは、ジャン&ディーンのレコードでコーラスを務めたり、歌の下手なディーン・トーレンズの代わりにリードを取ったり、あるいは曲提供をしていました。そうしているうち、ルー・アドラーから自分たち中心のレコードを作ることを勧められ、出来たのファンタスティック・バギーズ。純粋にスタジオプロジェクトであって、ジャケットには四人写っていますが、両端二人はメンバーではありません。
音楽的にはビーチ・ボーイズやジャン&ディーンのクローンといって間違いない。アレンジ、曲展開やコーラスの付け方など笑ってしまうくらいそのまんま。また、演奏しているミュージシャンたちも同じであるから、サウンドを似せるのも難しいことではなかったろう。パスティーシュとして聴くならこれ以上のものは無いでしょう。
ただ、そうはいってもP.F.スローンの書くメロディの個性というのは感じられるもので。特に、アルバム「Tell 'Em~」より後に作られたもは曲調が違ってきていて、後のグラス・ルーツでの仕事を思わせるフォークロック風のものもあり、面白い。
オリジナリティを云々されると困りますが、ブルース&テリーやそのプロジェクトであるリップ・コーズなどと並んで、サーフ/ホットロッドものとしての完成度は一級品なのは疑いのないところ。
中でも、このCDのタイトルにもなっている "Anywhere The Girls Are" はバレット・ストロングの "Money" 風のリフとビーチ・ボーイズの "Don't Back Down" を掛け合わせた格好いいロックンロールに仕上がっていますよ。
2012-07-01
Lou Ragland / I Travel Alone
クリーヴランドのソウルシンガー、ルー・ラグランの1960~'70年代の作品をコレクトした3枚組CDセット。シル・ジョンソンのすさまじいボックスでファンをビビらせた米NUMEROの仕事です。
ディスク1は'60年代のソロシングルではじまります。少しモータウンを意識したような軽快な "I Travel Alone" とその裏面でこちらはシカゴ風の "Big Wheel"。どちらもラグランの伸びやかなテナーが存分に発揮されたノーザンであります。ただ、レアなものだけあってか音質もそれなり。
続いてヴォルケニック・イラプションというグループでリリースされた可愛いワルツ "Red Robin" とメロウな "I’ve Got Something Going On"、これらはどちらもポップスといって良いもの。ソウルファン向けではないかもしれませんが出来は良い。
そして、1971年に出たホット・チョコレートの唯一のアルバムとそれに収められなかったシングル曲が収録。特に、"We Had True Love" のシングルはアルバム収録のものとはまるっきり別ヴァージョンであって、これは聞き物です。
ディスク2にはソロシングルとそれに続いて出たファーストアルバム「Understand Each Other」(1977年)収録。あと、ワイルドファイアという名義のものが一曲あって、これが強力なファンクナンバー。思うに、ラグランはソロとグループではやりたいことがはっきりと違っていたのだろうな。
「Understand Each Other」のリマスターに期待していたのだけれど、曲によってはちょっとこもり気味のものもある。とはいえ、ハイ・レーベルを少し意識しながらも都会的な爽やかさを漂わせる、曲良し歌良しの好盤であることには違いない。
これだけの曲が自分で書けて、声もいいのに、う~ん。すごく力のこもったライナーノーツを読んでいると、どうもラグランというひとは色んなことが出来てしまうあまり、大きな波に乗れなかったような印象を受けますね。
ディスク3はなんとホット・チョコレートのライヴ。どうやらアセテートから起されたもののようで、音質はブートレベルです。
録音は1973年で、このころグループにはフルートやヴィオラ奏者もいたようだ。スタジオでのミニマルな演奏とはちょっと違い、なんだか野心的というか混沌としているところも。ライヴらしく、有名曲のカバーなんかもやっているのだけど、そういったものではラグランはリードを取っていないようで、残念。しかし、"Understand Each Other" は既にここで演奏されています。
個人的には、グレイトなシングル曲がまとめて聴けるようになっただけでも満足ですたい。値段も高くないしね。素晴らしきかな、ノーザン。
2012-06-23
Spanky Wilson / Let It Be
今回Pヴァインから出たスパンキー・ウィルソンの紙ジャケCD、どうやらアナログ盤起しですね。結構楽しみにしていたんだけど。
彼女のサード・アルバム「Let It Be」は、アレンジャーとして知られるH.B.バーナム主宰のマザー・レコーズから1975年にリリースされたものですが、鈴木啓志氏のライナーノーツを読むと制作されたのは'71、2年頃なのではという推察がされており、実際の音からもそんな印象を受けます。
このアルバムではファンキーでリズムがタイトなノーザン乗りの曲が人気で、実際凄く格好良いな。
フレンズ・オブ・ディスティンクションの "Love Or Let Me Be Lonely" をロマンティックさは残しつつ、ぐっとタフでファンキーしたヴァージョンは、熱っぽいボーカルもさることながら、コーラスからヴァースに戻るところのきらびやかなアレンジが素晴らしい。
また、ワッツ103rdストリート・リズム・バンドの "Loveland" も原曲は軽やかなポップソング風なのだけれど、こちらもリズムを強調し、テンポを上げて乗り良い仕上がり。後半にはドラムブレイクもあって、これが決まってます。
両曲ともオリジナルを軽々と凌駕する出来、と個人的には思いますよ。
あと、タイトル曲はビートルズのあれで、他にはサイモン&ガーファンクルの "Bridge Over Troubled Water" も取り上げています。どちらも管弦が入ったドラマティックな作りなのですが、リズムがしっかり打っているところがポイントですね。
更に、ボビー・ジェントリーの "Fancy" なんかもやっていて、これもスワンプロックっぽい感触の仕上がりでなかなか。
その他はジャズアレンジのものや、ポピュラーボーカル然とした曲が多いですが、これらとソウル寄りのものとのテイストが違い過ぎるような。
これの前のアルバム「Doin' It」にも言えるんだけど、個々の曲は良く作られているのに、全体としてはとっ散らかっているという感じ。H.B.バーナムがプロデューサーとして彼女の個性を決め切れなかったのでは。凄くいいのが2、3曲あればもう満足、というひとはともかく、アルバムトータルを楽しみたい人間にはやや物足りないかもしれません。
もっとも、ジャンル云々にこだわらなければ、どの曲でもスパンキー嬢の歌唱は小手先の技術などに頼らない若々しく力一杯のもので、とてもチャーミングでありますよ。
2012-06-17
アガサ・クリスティー「三幕の殺人」
エルキュール・ポアロものの、これも有名作でしょうね。再読ですが、犯人以外の細かいところはすっかり忘れていました。
『謎のクィン氏』のサタースウェイトが再登場。
引退した人気俳優の邸宅で行なわれたパーティで、誰からも恨みを買いそうにないような温和な老牧師がカクテルを飲んだとたん急死した。当初は事故だと思われていたのだが、数ヶ月後、別なパーティで俳優の友人である医師がやはり同じような状況で死亡、にわかに連続殺人の様相に。
俳優を中心とした素人探偵たちが中心になって進むお話であって、過程における推理の妙味は薄め。また、ミステリとしての最大のフックは「何故、そして、どうやって牧師は殺されたのか」というところで、ヒキはちと弱いか。
それでも、ポアロによる解決編に辿り着けば納得の面白さでありまして、メインになっているアイディアはなにげに凄いもの。読者を観客に置き換えることによって、叙述トリックを使わずにそれと同じような効果をあげることに成功しており、そのために作品全体が周到に構築されていたこともわかります。
ただ、今回、犯人を知った状態で読んでいると、相当にえげつないという印象も受けました。犯人の行動には読者を罠にかけるという以上の必然が感じられないようなものも目に付き、物語としては歪みが出ているように思います。
ともあれ、このあこぎな程の騙しもまたクリスティではあるよな。
2012-06-09
The Beach Boys / That's Why God Made The Radio
ビーチ・ボーイズのニュー・アルバム「それゆえに神はラジオを創りたもうた」。収録曲の殆どには、ブライアン・ウィルソンのソロアルバム「Imagination」(1998年)のプロデューサーであったジョー・トーマスが共作者としてクレジットされている。
聴く前にはなんとなく、ブライアンのソロに他のメンバーが参加したようなものになっているのだろうな、と思っていたのだけれど、全然違った。勿論、カールとデニスはいないし、ジェフリー・フォスケットが全面的に活躍しているけれど、これはビーチ・ボーイズだわ。
ジョー・トーマスのインタビューによれば、タイトル曲 "That's Why God Made The Radio" は「Imagination」の後に作っていたものを、ビーチ・ボーイズ用にずっとキープしていたそうなのだ。ブライアンの中ではソロとビーチ・ボーイズは別物、という線引きがあるのだろう。
単なるファンのノスタルジーかもしれないけれど、マイクやアルらの声と一緒になることで起こる特別なバイブレーション、それを信じて作られた音楽ではないだろうか。
また、ここ最近のブライアンのソロアルバムと比較すると、気張っている感が抜けていて、ずっとナチュラルに美しく仕上がっているとも思う。しかし、個人的にはなんだか感情がうまく整理できないなあ。
確かに、新しいものなどひとつもない。だが、それがどうしたというのだ。
ビーチ・ボーイズという魔法がここに再生している、それで充分ではないか。
2012-06-05
飯城勇三 編訳「エラリー・クイーンの災難」
世界初のクイーン・パロディ、パスティーシュ集ということだそうです。
内容は「贋作」「パロディ」「オマージュ」の三部からなり、全部で16編が収められていますが、その殆どが本邦初紹介であり、残りのものも現在、単行本で入手可能なものは外してある、という気合いの入ったセレクトになっております。結果としてはレアリティを優先したせいで玉石混交になったきらいはありますが、バラエティは凄い。
「第一部 贋作篇」が一番、ミステリとしては読み応えのあるものが揃っているかな。
冒頭のフランシス・ネヴィンス・ジュニアによる「生存者への公開状」では、後期クイーンの奇妙なミステリ世界が見事に再現されていて、感心。
また、エドワード・D・ホックは二作収められているのだけれど、うち「インクの輪」はクイーンのある有名長編を思わさずにいられないミッシングリンクものの力作なのですが、意外な展開はまるで法月綸太郎のよう。
「第二部 パロディ篇」では普段はたいして気にも留めずに読んでる、クイーン作品の奇矯性が極端に強調されていて、各編が単なるおふざけを超えた批評になっている、とは言いすぎ・・・だな。底が抜けたような言葉遊びが過ぎて、筋を追うにも一苦労なものもありますね。
クイーン親子がスタートレックの宇宙船に乗り込み謎解きをする「フーダニット」では、無茶な設定にも拘わらず、いかにもクイーンらしい手掛かりが使われていて、逆にびっくり。
「第三部 オマージュ篇」では作品世界だけでなく、現実の作家としてのクイーンやEQMMの編者としてのクイーンに引っ掛けたものまで含められています。
最後に収められている「ドルリー」というのが、スティーヴン・キングの『ミザリー』のパロディにもなっている上、クイーン作品への理解も感じさせるという点で、面白かった。
以前に出たラジオ及びテレビドラマのシナリオ集と比較しても格段にマニア向けですね。クイーン作品についてある程度知っていないと、これは楽しめない一冊でしょう。
2012-06-03
ジョン・ディクスン・カー「皇帝のかぎ煙草入れ」
フランスの避暑地に住む女性、イヴ。彼女は、婚約者の父を殺害した容疑をかけられてしまう。犯行時には自宅の寝室にいたイヴだが、そこには前夫が侵入してきていたために自分の行動を正直に説明できない。更には身に覚えのない証拠までが現れ、イヴは逃れようの無い窮地へと追い込まれていく。
創元推理文庫から進められているカー新訳、今回は有名作ですね。この作品については、大昔に一度読んだときには、あまりカーらしくないので、やや物足りない感を受けたのだけれど。
怪奇趣味や不可能犯罪が無い、というだけでなく、いつもなら本筋に絡むようにして他にも不可解な謎をいくつも転がしたり、探偵役が思わせぶりな台詞を言ったりなど、ミステリファンの気持ちをくすぐるいかにもなあれこれが用意されていますが、今作は不幸なヒロインをめぐるメロドラマとして進行していきます。
さて、メイントリックがクリスティ的であることにはしばしば言及されますが、今回、ネタを知った状態で読んでいてさえ、これで成立するんだろうか? と不安になるとても微妙なバランス。執拗なまでのダブルミーニングの多用もスリリング。
そして、トリックだけでなく、真相解明のロジックも負けず劣らず素晴らしい。そのシンプルさ、最短距離を結ぶような美しさには再読しても感嘆であります。手掛かりは恐ろしく大胆であって、容疑を決定的にすると同時に・・・という。
カーらしい娯楽満漢全席とは違いますが、余計な装飾が無いゆえに意外な真相による衝撃は抜群。一般的なミステリファンにはもっともアピールし易い作品かも知れないですね。
解説を読んで、映画版ではペトゥラ・クラークが出演していた、というのも初めて知ったな。
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