2012-09-11
倉阪鬼一郎「不可能楽園〈蒼色館〉」
倉阪鬼一郎による年に一度、恒例のバカミス。
今回は鉄壁のアリバイ+誘拐劇+衆人監視下の消失、といったところであって、例によって凄いっちゃあ凄い密度です。
アリバイトリックは複合技を使っているせいか、例年に比べると破壊力がおとなしめではありますが、脱力感は充分。
また、それに絡めてある錯誤が仕掛けられていて。読んでいても違和感というより、明らかにおかしいだろうというレベルのものなんですが、真相の馬鹿馬鹿しさはこちらも負けず、なおかつ古き良き新本格テイストも感じられる絶妙の効き方をしています。
勿論、丁寧に張り巡らされた伏線は笑いを誘わずにはおきません。
事件の謎が解かれてから以降、終盤の怒涛の展開は、まあ、毎回似たようなものなんですけれど。予想だにしないが特に驚きもない、という。ただ、今作ではその部分がややあっさり目であって、その分、小説としてのまとまりが良いように思います。
いや、むしろこの綺麗な閉じ方に、ある種のミステリの終着点を感じる、なんて言い過ぎかしら。
そうだ、帯の文章は先に読まない方がいいかも。
2012-09-09
アガサ・クリスティー「ABC殺人事件」
「エルキュール・ポアロ氏へ
あんたは頭が鈍いわれらが英国警察の手にあまる事件を解決してきたと自惚れているのではないかね。お利口さんのポアロ氏、あんたがどこまで利口になれるかみてみようじゃないか。たぶん、この難問(ナッツ)は、固すぎて割れないことがわかるだろう。今月二十一日のアンドーヴァーに注意することだ。」
ポアロの元に届いた手紙、それが連続殺人事件の始まりだった。アルファベットの順に選ばれる被害者、必ず現場に残されるABC鉄道案内。送りつけられる殺人予告状を前にしても、未然に犯罪を防ぐ手だては無いようだった。
1936年発表で、クリスティの代表作のひとつでしょう。ミッシング・リンク&シリアルキラーものの古典であり、女史の作品としてはかなり派手というか扇情的な道具立てであります。
犯人はおろか次の被害者の手掛かりのないままに、殺人が繰り返される。そのため、途中までは謎説き小説というよりはノンストップのサスペンスノベルとしての色が濃い。
そして、ヘイスティングズによる一人称の語りの間に謎の人物を描いた三人称が挿入される、という構成もいかにもこの手の作品の先駆らしいが、それはミステリとしての必然性があるものだ。
この作品で描かれている極めて人工的な犯罪は、批判にさらされることも多いですが、作者自身もそこは自覚しているようで、周辺を補強するようなさりげない辻褄にも配慮されています。
アイディアの貧困を人間ドラマで糊塗しようとする作品など、そもそもミステリではないだろう。そう思っている僕のような人間には、貪欲なまでの騙しの姿勢こそが嬉しいし、細かいミスリードも例によって効いている。
何より、この分量でこの内容というのが凄いではないか。
再読ですが、面白かった。
2012-09-08
The Mamas & The Papas / People Like Us
ママズ&パパズが一度解散した後、ダンヒルとの間で残っていた契約を消化するため作られたアルバムで、リリースは1971年。
昔はこの作品はあまり好きではなかった。なんだか張りがなくて、かったるいと思っていたのだ。
最近、英Now Soundsからリマスター盤が出たので、聴き直してみた。すると・・・。
一曲目の "People Like Us" を聴いて、おお、こんなに格好よかったっけ、と思ったのだね。それ以降の曲も、いいグルーヴのものが続く。これはもしかしたら凄いアルバムだったのか。
しかし、最後まで聴き進めていくうち、う~ん、と考えてしまった。
問題はソロボーカルですね。キャス・エリオットがあまり目立たず、かわりに多くの曲ではミシェル・フィリップスがリードを取っているのですが、個々の曲として聴くにはいいものの、アルバムを通して持たせるにははっきり言って、弱い。どんなタイプの曲でもこなせる、といったシンガーではないのだ。また、どういうわけかデニー・ドハーティもここでは、ただ優しげなだけだ。そのせいで、"Pearl" という曲でママ・キャスのしっかりしたリードが聴こえると、ほっとする。
ハーモニーボーカルの部分では何の問題も無いのだけれどね。
とはいえ、昔思っていたほど悪いアルバムではないという気がしたのは、リマスター効果かこちらの趣味が変化したからか。
サウンドはとてもいいのです。かつてのフォークロックとはまるっきり違い、都会的でメロウなR&B色濃いもので。デヴィッド・T・ウォーカー、ジョー・サンプル、エド・グリーン、ボビー・ホールらによる演奏には文句無し。
全てジョン・フィリップスの手による楽曲のほうも、抜けの良いものはありませんがそこそこ悪くない出来だと思う。
サンシャインポップというより曇り空、翳りあるポップスで。ソフト&メロウなものが好きな人なら気に入るんじゃないでしょうか。あるいは'70年代前半の、ソウルの影響を受けたシンガーソングライター作品の先駆け、として扱うのが正しいのかもしれません。
2012-09-03
Dionne Warwick / Make Way For Dionne Warwick
ハル・デヴィッドが亡くなったそうだ。91歳ということで、ブリル・ビルディング界隈のライターの中でも、ロックンロール以前の世代に属するひとであった。
「Make Way For Dionne Warwick」はセプターから1964年にリリースされた、ディオーン・ワーウィックのサードアルバム。
バカラック&デヴィッドとの蜜月期、そのうちでも特に収録曲の充実が半端ない一枚だ。
ヒットシングルが四曲、"A House Is Not A Home"、"You'll Never Get To Heaven (If You Break My Heart)"、"Reach Out For Me".、そして "Walk On By"。
それ以外にも、ダスティ・スプリングフィールドのカバーが有名な "Wishin' And Hopin'" と "Land Of Make Believe"、カーペンターズがヒットさせた "They Long To Be Close To You" などなど。
僕がバカラック&デヴィッドの書いた曲を探求していたのは、もう随分昔のことだけど、久しぶりに聴いてみても、やはり感心するばかりで言葉がないわ。足りないものも余分なものも無いようだ。
"They Long To Be Close To You" はどんなカバーより、ここで聴ける密やかな感じのものがずっといい。
しかし、昔のポピュラーシンガーというのは、発音がはっきりしていて気持ちがいいですね。うまく唄おう、聴き手を感心させようということよりも、作・編曲者の意図を実現することが第一にあったからではないかしら。
ところで、このブログの名前は "Walk On By" の歌詞の一節から取ったのだけれど、この曲に関してはビーチ・ボーイズのヴァージョンが一番好きなのだな、実は。
2012-09-02
Dee Felice Trio / In Heat
ジェイムズ・ブラウンのジャズ仕様アルバム、「Getting Down To It」でバックを務めていたピアノトリオによる唯一のアルバムが、国内初CD化されました。
オリジナルのリリースは1969年、キング傘下のジャズレーベルであるベツヘレムで、JBもそこからシングルを出したことがあります(*)。
硬質なドラム、よく唄うベースにアタックが強く、余韻を生かしたピアノ。曲によってはリズムギターや管弦も入っていますが、JBが目をつけたのも頷けるようなしっかりと芯のある、いいグルーヴの演奏です。
全体の半分ほどが有名曲のカバーで。"The Crickets Song" はマルコス・ヴァーリ作のサンバですが、ドラムブレイクもあって渋格好良い。"There Was A Time" はご存知JBのヒット曲。ファンクとまではいきませんがループ感を演出するギターとホーンが入って、なかなか乗りもいい。
中でも特に気に入ったのはグレン・キャンベルのヒット曲 "Wichita Lineman" とジョニー・ミッチェルの "Both Sides Now" で、力強くも流麗なピアノが映える美しい仕上がり。
そしてピアノのフランク・ヴィンセントの手によるオリジナルが四曲あるのですが、演奏の躍動感ではカバー曲よりむしろこちらの方が勝っているかな。タイトながら瀟洒なジャズボッサで、いや実に格好よくスウィングするもんだ。
ボーナストラックの3曲はシングルオンリーだったもので、アナログ起こしらしいノイズがパチパチいってます。まあ、レアなものですからね。"There Was A Time" はイントロが格好いい別ヴァージョン。他の2曲は、よりジャズらしい演奏といえましょうか。
2012-09-01
Elvis Costello and The Attractions / Goodbye Cruel World
1984年、エルヴィス・コステロがモダンなソウルミュージックに近いスタイルを試みたアルバム。プロデュースは前作「Punch The Clock」に続いて、クライヴ・ランジャー&アラン・ウィンスタンリー。
コステロ自身は昔からずっと、このアルバムのコマーシャルなサウンドについて良いことは言っていないが、僕の個人的な好みとしてはそれほど悪くないと思う。本人がどう思っているかは別として、少なくともコステロにはもっと他に引きの弱い作品があるだろう。
確かに派手なシンセの多用が時代を感じさせる瞬間もあるんだけれど、逆にあまり大した起伏のない曲でも単調さに陥らずに聴けるものになっている面もあって、流石にマッドネスのプロデューサーは違うな、と。
実際、このアルバムの曲のシンプルなデモや弾き語りヴァージョンを聴いてもそんなに面白くない。エルヴィス・コステロというひとはもしかしたら歌はうまいのかもしれないけれど、いかにも不十分だ。プロダクションの工夫が足りないものでも聴かせられるのは、天性の魅力的な声を持つようなほんの一握りのシンガーのみだろうと思うのだが。
オープナーの "The Only Flame In Town" なんかは、ライヴだとスロウにして思い入れたっぷりに唄っちゃったりされますが、スタジオヴァージョンでの弾むようなリズムに乗ってこそポップソングとして成立しているんじゃないかな。
メロウな佳曲が多いけれど、サウンドとの親和が一番いいのはカバーの "I Wanna Be Loved"。コード感を強調することで、ティーチャーズ・エディションのオリジナルよりもずっとフックが効いたものになっている。やっぱりベースはブルース・トーマスがいいね。
時代の音としっかり向き合うことで、エルヴィス・コステロのアルバムの中でも特に親しみ易いものとなっている作品では。
2012-08-29
Ninapinta / The Downtown Scene
1965年、ヴァージン諸島出身のパーカッショニストによる唯一のアルバム。
ニューヨーク録音で、ラテン・ラウンジ・ジャズとでも言いましょうか。全編、陽気でリラックスした雰囲気の演奏です。
ポップスファンにはジェリー・ロスとの仕事でお馴染みなジミー・ウィズナーがアレンジャーであり、鍵盤も弾いています。曲によっては、ドラムでゲイリー・チェスターが入っている安心のグルーヴ。
取り上げられている曲はみな、当時の大ヒットばかりであって、オールディーズファンなら大概、聞き覚えのあるメロディが次から次と出てきます。フォー・トップスの "I Can't Help Myself" の中で、"Watermelon Man" のフレーズが飛び出したり、ペトゥラ・クラークの "Downtown" ではドリフターズの "On Broadway" が織り込まれていたり、なんて遊びも。
ニーナピンタというひとにはこれ以外に録音は残っていないようであります。最初に書いたヴァージン諸島云々はスリーヴノーツに記載されていたことなんですが、当人に関する写真や情報はまるで見当たらず、そもそも実在した人物なのかが定かでない。
一方で、モンゴ・サンタマリアの変名では、という説もありまして。クリストファー・コロンブスの率いていた三隻の船の名がニーナ号にピンタ号、サンタマリア号であったことに引っ掛けて付けた名前だ、ということなんですが、さて。
ヒップとかクールという感じではないですが、やりすぎず、ちょうどいい湯加減が魅力ですな。ソウル寄りのものはブーガルーとして楽しく聴けます。
プロフェッショナルによる手堅い仕事、和みの一枚。
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