2012-10-14

パトリック・クェンティン「俳優パズル」


パズルシリーズの第二作です。この作品は昔、旧訳で読んだことがあるのだけれど、そのときはあまり印象に残らなかったのだな。エラリー・クイーンの「国名シリーズ」の向こうを張った「パズルシリーズ」だと聞いていたので、さぞや凄いパズラーだろうと期待していたのがいけなかったか。

病気からの回復を果たしたピーター・ダルース。演劇プロデューサーとしての復帰をかけた舞台のリハーサルはしかし、最初からトラブル続き。ひとくせある俳優たちに、曰くある劇場。幽霊が目撃され、悪意ある何者かからの脅迫めいたメッセージが見つかる。そして、ついに死者までもが。

とにかく凄くテンポがいい。次々に過去の因縁や、意外な人物の繋がり、奇妙な謎が掘り起こされていきだれることが無い。そういった事件の解決に対する興味と同時に、舞台の成功を脅かすサスペンスが進行することでぐいぐい引き込まれて、まさに巻を措くあたわず。
また、ダルースをめぐる状態はかなり悲観的なんだけど、軽味を失っていないところも良いです。

そして、レンツ博士の古典的な名探偵ぶりは前作『迷走パズル』と比べてもずっと際立っていて。物語の進行に伴い、不可解な謎をひとつひとつ解いていく姿は堂々たるものです。
それでも事件全体を貫くものが明らかにされないまま迎えるクライマックス、このプレゼンテーションが実に鮮やか。ドラマ部分と謎解きがぴたり、と嵌った格好良さはグレイト!、のひと言。

大トリックや精緻なロジックはありませんが、非常にうまく組み立てられたミステリでした。面白かった。

2012-10-09

Betty Wright / I Love The Way You Love


ヒット曲 "Clean Up Woman" を収録したベティ・ライトのセカンドアルバム、1972年リリース。
制作はマイアミで、クラレンス・リードやリトル・ビーヴァーが中心になっており、曲も二人のいずれかが書いています。

とにかくキャッチーなメロディのものが揃っていて。中でも "If You Love Me Like You Say You Love Me" という曲は'60年代モータウンを思わせるし、スロウの "I'm Gettin' Tired Baby" でも展開には一捻り。
その他、ファンキーで乗りのいい "All Your Kissin' Sho' Don't Make True Lovin'"、南部風の "Pure Love" などアレンジのヴァラエティも上々。
唯一のカバーがビル・ウィザーズの "Ain't No Sunshine" で、オリジナルのイメージをしっかり残しながらも、ぐっとメロウなテイストを付け加えることに成功していて、これも良いな。

この頃、まだベティ・ライトは十代であったのだけれど、デビューが早かったこともあってか、既に堂々とした唄いっぷりを聴かせてくれます。ポップな題材との相性も良かったのだろう、若々しい勢いは感じさせながら、それが拙さに繋がっていない。

個人的なベストは "I'll Love You Forever Heart And Soul"。美しいトラックとテンション高めの歌唱の組み合わせがアリス・クラークにも通じるようでありますよ。

2012-10-08

エラリー・クイーン「フランス白粉の謎」


しかし――」その言葉は、すさまじい勢いで皆に襲いかかった。「――実はもうひとつの推理も引き出されるのです――ただひとりを除いて、すべての容疑者を一気に除外してしまう推理が・・・」眼に炎が燃え盛った。声からかすれが消えた。エラリーは慎重に身を乗り出し、机の上に散乱する証拠品越しに、彼自身の引力でもって一同の注意をしっかりとひきつけた。「すべての容疑者を――ひとりを除いて」ゆっくりと繰り返した。

国名シリーズ新訳の第二弾です。
もう何度も読んでいる作品なのであるけれど、うん、やはりいいですね。

最初の100ページほどを占める第一部ではまだデビュー作『ローマ帽子の謎』がそうであったように、警察小説としてのフォーマットが守られているようだ。クイーン警視による尋問の様子は事細かに描写されているし、捜査に上役からの横槍が入ったり。
それが第二部に至ると、アマチュア探偵エラリーが友人をワトソン役に立てて、独自に現場を調査する。ここに至って本格ミステリとしての興味が俄然高まってくるし、前作『ローマ帽子の謎』にあったような構成上の単調さが回避されている。『ローマ~』の実質的な主人公がリチャード・クイーン警視であったのに対して、ここからがエラリーが中心となった物語なのだ。

死体の奇怪な出現による発端から次々に事件の主眼が動いていく展開も見所。そうしたプロットの充実が都会的な設定に見事に落とし込まれていると思う。
ロジックには後の作品と比較すると蓋然性に寄りかかったような箇所が目立つのだが、推理そのものによって生み出されるドラマが素晴らしい迫力で、これこそがクイーンの真骨頂だ。

もったいぶった気取りさえ、二十代半ばの作者の手によるものだと考えるとチャーミングに思える。実に洒落ていて、最高に心地の良い手触りにはしかし、僕が好むような読み物は現代では既に死に絶えたものである、ということを思い知らされるようでもある。

次作『オランダ靴の謎』は2013年刊行予定、ということなのだが、ひょっとして年一冊のペースなのだろうか。

2012-09-24

ジェデダイア・ベリー「探偵術マニュアル」


常に雨が降り続ける都市の探偵社、そのベテラン記録員アンウィンはある日突然に、探偵への昇格を命じられる。そして、何かの間違いでは、と上司を訪ねたところで死体を発見してしまう。渡された「探偵術マニュアル」と眠り病の助手を頼りに事態の収拾に努めるうち、アンウィンはいつしか奇怪な陰謀の中に巻き込まれていく。
・・・と書くといかにもミステリっぽい筋立てでありますが、これはファンタジー作品と言ったほうがいいかな。

もういい年のはずなのに少年のような心を持つ主人公アンウィン。不条理感漂う探偵社のルール。夢遊病者が集まるパーティ、カリガリ・サーカス、町中からかき集められた時計。そして伝説の怪事件。
キャラクターたちはそれぞれが裏の顔を持ち、謎めいたセリフを残していく。
どう進むつもりなのか見当がつかない展開には本当、わくわくさせられる。

事件の全容が明らかになっていく後半の雰囲気は、ほのぼのしたフィリップ・K・ディックといった感じで、繰り広げられる奇妙なイメージが魅力的です。

一方で、ミステリとしての筋道がこの作品をしっかりとエンターテイメントの枠内に落とし込むことになっていて。拡げた風呂敷はきっちり畳まれている、というわけ。
博物館の中で開陳されるチェスタトン的なトリックには、思わず頬が緩みました。

ジャンルにこだわらずに面白いものを読みたい、というひとにはいいでしょう。
BGMは10ccの「How Dare You!」というところで。

2012-09-23

ダシール・ハメット「マルタの鷹〔改訳決定版〕」


これも創元・早川両方の版で何度も読んだ古典だ。以前に早川から出ていたのも小鷹信光による翻訳だったのだが、改訳ということで。

どこか悪党めいたところのある探偵二人と、身なりが良く若い女性の依頼人。駆け落ちした妹探し、といういかにも私立探偵小説らしい発端は、程なく血腥く欲望にまみれた展開へとなだれ込んでいく。

「あんた方にも警察にも、いうべきことは何もない。市から給料をもらっている町中のいかれた連中に、あれこれ非難されるのも飽き飽きした。今後おれに会いたければ、逮捕するか召喚状を持ってこい。そうしたら弁護士を連れて会いに来てやる」
サム・スペードが地方検事に言い放つ科白だ。随分と勇ましい。お偉方に対してこんなにも強く出られる私立探偵が実際にいるだろうか。
あるいは結末近くでの大演説。自分の心の揺れを何から何まで説明してしまう。まるでメロドラマだ。

だが、ハメットのようなオリジナルなものに、ジャンル小説としてどうこう、というのは無意味なことかもしれない。
実をいうと作者自身による序文において、スペードはこうありたいと願った理想像である、ということがはっきりと書かれているのだ。

殺された相棒に対して、サム・スペードが実のところどう感じていたのかは読者にはなかなか窺い知れない。今更こんなことを書くのもなんだが、そうした「行動によって語らせる」そのままに、心理描写を排除した文体によって醸される緊張感とリズムが心地良い。

ハードボイルド云々、はいったん頭から退けて、まずはその格好良さにやられて欲しい。
真に力強いミステリだ。

2012-09-17

The Clash / London Calling


僕にとってパンク、というのは他と違うことをやることであって、つまりニューヨークのそれ。みな音楽的には見事にバラバラでありました。対してロンドンパンクというのはつまるところは下手糞なロックンロールのこと。
クラッシュというバンドはアルバムを追うごとに達者になっていき、当然のようにパンクではなくなっていった、なんていうと怒る人はいるだろうな。どうでもいいが。
ドラマーこそが肝だ、とつくづく思う。

「London Calling」は1979年リリースの三枚目。
タイトル曲は今となれば結構、野暮ったく思えるのだが、他は数曲のカバーも含め、みんないい。アナログ二枚組のサイズを弛み無いナンバーで埋め尽くしたという点でこのアルバムは、ストーンズの「Exile On The Main Street」に肩を並べるものなのでは。
アレンジは意外な振り幅の大きさに楽しくなってくるもので、スカやレゲエのような曲調だけでなく、ブラックミュージック色濃いもの、さらにはロカビリーや'60年代ガールポップ風のものまである。そして、そういった雑駁さがキズになっておらず、どれを取ってもクラッシュらしさ、というものが感じられる仕上がりだ。
また、ストレートなロックンロールでもシャープでなおかつ微妙なニュアンスがあって、懐の深さを感じるようになってきている。

ルーツに対する愛情とバンドの持ち味であるソリッドさが見事に結びつき、躍動感が伝わってくるこのアルバム。クラッシュのようなバンドにはふさわしくない言葉かもしれないが、ロックンロールに新たな多義性をもたらしたクラシックだ。
とはいえ、秀逸なカバーデザインはそもそもこの作品がロックンロールを終わらせるべく企てられたことに呼応しているらしいのだが。そう考えるならクラッシュはやはりパンクだったか。


2012-09-16

Billy Preston / Club Meeting


ビリー・プレストンが1967年に出したライブ盤、なのだが。
僕の手元にあるのは前年に出た「The Wildest Organ In Town!」とカップリングされたCDで、これ以外の形態で「Club Meeting」というアルバムは見たことがない。オフィシャルのディスコグラフィーにも「1967 Club Meeting」とは書いてあるのに、ウェブ上でいくら検索してもアナログ時代のジャケットは見つからなかったし、持っているという記事も無かった。言ってもそれなりに名前のあるミュージシャンで、しかもキャピトルから出たものなのだから、たとえばeBayあたりで何かしらヒットしそうなものだろうに。
ただ、この「Club Meeting」に入っている二曲をカップリングしたシングル盤はちゃんと存在するようだ。ひょっとしたらプロモオンリーとかの類のアルバムなのだろうか。

で、このCDなのだけど。ライブが録音された時期や場所も記載されてないというなかなか厄介なものだ。しかし、内容はいいぞ。インストと唄物が混在するR&Bショウで、観客の盛り上がりも相当に熱い。実は黒人婦女子のアイドルだったのかしら、というくらい。
「The Wildest Organ In Town!」では曲のキメのフレーズを叫ぶくらいであったビリーだが、ここでは堂々としたボーカルを聞かせてます。ジェイムズ・ブラウン・メドレーでは鍵盤を離れての唄いっぷりまで。

勿論、オルガンの方も全開で。中でも、スタンダードの "Summertime" ではまずいったん奔放なプレイを見せたあと、「ベートーヴェンならこんな風かな」と言うとクラシカルなフレーズを披露、さらに「レイ・チャールズが演ってるのを想像してみて」と言うやホーンセクションを従えた熱演。

謎のコーラスグループがまるまる一曲唄うものなんかもあって、全体としてはとっちらかった内容なんですが、それも含めて'60年代的な熱気がパッケージされたライブ盤だと思います。
後にアップルからの「Encouraging Words」にも収録されることになる "Let The Music Play" は、ここでのヴァージョンの方が数段格好良いですぜ。