2013-01-21
The Remo Four / Smile!
リヴァプール出身のオルガンR&Bコンボ、リモ・フォー唯一のアルバム。オリジナルは1967年、ドイツのStar-Clubからのリリース。
レコーディングは一日にも足らない時間のうちに、スタジオライヴに近い状態で行なわれたそう。取り上げているのは普段演奏していたカバー曲ばかりとあって咀嚼も充分で、ジャズインストと唄物のR&Bが混在しているのだけれど、その感触に違和感が無い。ステージの熱と迫力がうまく持ち込まれたようなタイトで太いサウンドが気持ち良い。
ジャズやソウルを若い聴き手向けに消化した音楽は当時の英国には数あれど、ブライアン・オーガーやズート・マニー、あるいはペドラーズらと比較するとリモ・フォーのリズム感覚はずっとビートグループ然としたものだ。これは彼らの活動の中心がハンブルグにあったということが大きいのではないかしら。かの地ではロンドンあたりのクラブに集う流行に敏感でヒップな客相手とはまた違う、もっとダイレクトで性急な表現が受けていたと想像されるのだが如何か。
そしてこれより20年後に、ビートグループ的なセンスによるオルガンR&Bというコンセプトを再現したのが最初期のジェイムズ・テイラー・クァルテットだと個人的には思っているのだが、それはまた別の話ということで。
ルーツへの愛情を感じさせながらも黒すぎず、かといってプレイヤーとしての主張が出過ぎることもない、その距離感がとてもスマートで格好いい。ガッツとプライドを感じさせる、まさしくスタイリストたちによる一枚。
2013-01-20
アガサ・クリスティー「死人の鏡」
1937年発表、ポアロもの4作品を収録した中短編集。
「厩舎街の殺人」 ガイ・フォークスの花火が賑やかに打ち上げられている間に起こった拳銃による自殺。だが、現場の状況は腑に落ちないものであった。
いつにもまして描写が簡潔で、ポアロとジャップの軽妙な掛け合いで進行していくさまは、なんだかラジオドラマの脚本を読んでいるようだ。
ミステリとしては、些細に思える違和感を丹念に結び付けていく手際がオーソドックスながらも巧い。
「謎の盗難事件」 英国の運命を左右する、ある設計図が盗まれた。それを取り返すべくポアロに依頼が。
ホームズ譚を思わせる設定ですね。はっきりとした手掛かりが見えない状態から、一気に綺麗な像を結ぶ解決はお見事。
「死人の鏡」 ある事件を極秘に処理するべく来てもらいたい、という招待の手紙を受けたポアロ。差出人は自負心が強いことで知られる資産家。だが屋敷に着いて見つかったのは、密室内で自殺を遂げていた当人の姿だった。
今回の中では一番量があって、その分手が込んでいます。中心になっているのは死んだ男の心の謎ですが、それだけではない細やかな伏線が効いています。トリッキーだし、クリスティらしい光景の逆転が冴えている。
そうそう、ちょい役で『三幕の殺人』にも出てきたサタースウェイトが再登場しています。
「砂にかかれた三角形」 夫をとっかえひっかえしていることで知られている美人をめぐる、三角関係の末の事件。
これが一番短い作品なのだけれど、その割りに事件の起こるまでの前振りが長いため、いささかあっけない感がある。意外な構図のずらしは強力だが、かなり強引でもあるよね。
初期の短編を読んであっさりしすぎかなあと思われた向きにも、そこそこ読み応えがある作品集になっているのでは。ありきたりなようで実は額面通りでない事件揃いというのが、この時期のクリスティらしい。
2013-01-13
G.K. チェスタトン「ブラウン神父の無心」
ちくま文庫からの新訳ブラウン神父、その第一弾です。創元推理文庫版の中村保男訳と比べると、格段に文章が平易なものになったというのは疑いのないところ。
ブラウン神父譚というのはトリックだけ取り出せば馬鹿馬鹿しいものも多いし、警察の綿密な捜査が入ればすぐ解決しそうな事件もある。作品が成立しているのは、ありふれた日常を非現実的なものに見せていくような情景描写と、しばしば逆説的と形容される奇妙な筋道をたどる論理があってのこと。丸谷才一は「チェスタトンの魅力は、まづ何よりも彼の詩にあるのだ。彼のトリックも、彼の神学も、すべては彼の詩のために存在する」と書いていたけれど、僕にとっては幻想小説と探偵小説が結びついた奇想、であります。作者が情熱を傾注して作り上げた舞台背景をイメージできなければ、これら作品はバカミスにしか思えないだろう。
そして、創元推理文庫版を何度も繰り返し読んでいるため僕の印象にはバイアスが掛かっているかもしれませんが、今回の新訳では風景がまるで意思を持っているような、描写から醸される濃厚な雰囲気はちょっと弱くなった感じがします。
一方で良くなったな、と思ったのはユーモアですね。人を喰ったような設定の魅力やブラウン神父の意表を付く言動が素直に楽しめるようになった。鹿爪らしい顔などをせずに、にやにやしながら読めるものになったのは大きいのでは。
そう、チェスタトンを読む際、トリックや犯人のことばかり考えていては、あまりに勿体無いのだ。
特に、この第一作品集は印象的な場面が目白押し。夕暮れのベンチに腰掛けて話し合う二人の神父、月光に照らされた庭でのやりとり、教会の上からの眺望、「賢い人間は小石をどこに隠す?」。
そして「見えない人」(今回は「透明人間」というタイトルになっているけど)の結末「ブラウン神父は星空の下で、雪の降り積もった丘を殺人犯と一緒に何時間も歩きまわった。二人が何を話し合ったのかは、知るよしもない」。
ロマンティックとはこういうことだ。
今更ながら恐ろしい密度と個性を誇る短編ばかりであって、探偵が批評家であることを越える宝石のような瞬間が詰まった本であります。
2013-01-05
フェリクス・J・パルマ「時の地図」
スペイン人の作者による、ヴィクトリア朝を舞台にしたSF冒険ロマンスといったらいいか。
H・G・ウエルズが作品「タイム・マシン」を発表した1896年、ロンドンは西暦2000年へのタイムトラベルツアーの話題で持ちきりになっていた、という設定。
全体が三部構成で、それぞれが違った色彩の物語になっています。
第一部は富豪の次男アンドリューが、八年前に切り裂きジャックの手に掛かって亡くなった愛する人を救うために、過去へ向かおうとするお話。
第二部では上流階級の娘であるクレアが、西暦2000年へのタイムトラベル先で人類軍を率いるシャクルトン将軍と熱烈な恋に落ちます。
少し美文調で悠々とした文体や、地の文で直接読者に話しかけてくる語り手の存在は、古き良き時代の冒険ロマンス小説を意識しているよう。
一方で興味の中心は勿論、タイムトラベルにあるのですが、竹本健治のいうミステロイド、そのSF版といった趣向もあって一筋縄ではいかない。
で、第三部ですが。
ロンドンで未来の武器を使ったとしか考えられないような傷を受けた死体が発見され、さらに事件現場の壁にはウエルズが書き上げたばかりで未だ誰も読んでいないはずの小説「透明人間」の冒頭が記されていた。
ここに至って物語の様相ががらっと変わります。一部・二部ともウエルズが重要な役割を果たしているのだけれど、ここでは彼が主人公であり、俄然SF要素が強くなっているし、最後に相応しいサスペンスも盛り上がっていきます。
意外な展開の連続で、いったいどのレベルで落とし前をつけるのか、という興味が愉しい小説でありました。ジャンルに関係なく面白いものを読みたい人向けですね(逆にSFプロパーのひとにとっては詰めが甘く、物足りないかも)。
2013-01-01
The Match / A New Light
その筋では待望のリイシューでしょうか。いまいち情報の無い白人ボーカルグループ、ザ・マッチが大手RCAで1969年に残した唯一のアルバムが、ボーナストラック2曲追加でCD化されました。
ジャケットはなかなか微妙なセンスですが、一曲目の "Don't Take Your Time" のイントロを聴いただけでもう嬉しくなってくる。軽快で華やかなアレンジ、奥行きを感じさせるオケの響きは'60年代アメリカ以外ではありえないですね。
裏声も交えたコーラスはトム&ジョン・ベイラーを思わせるジェントルで整然としたもの。アドリシ兄弟の書いた "Free And Easy" という曲などはラヴ・ジェネレイションそっくりです。
演っている曲は殆どがカバーで。有名な映画やミュージカルの主題歌なども取り上げているのだけど、それよりもロジャー・ニコルズ絡みのものが先に触れた "Don't Take Your Time" に "Mornin' I'll Be Movin' On" とボーナストラックの "Time" と3曲あるのが目を引きますし、他にもディノ・デシ&ビリーの "Through Spray Colored Glasses"、ジム・ウェッブ作 "Love Years Coming" なんてところの選曲がいいですね。どれも隙がなく優美な仕上がりになっています。
ポップスとしてはやや個性が乏しく、品が良すぎるかもしれません。曲によってはゴージャスなアレンジのせいでイージーリスニング風というか、アラン・コープランド・シンガーズみたいなものもありますが、サンシャインポップのファンならまず聴いて損は無いアルバムでは。
2012-12-31
アガサ・クリスティー「もの言えぬ証人」
多くの財産をもつ老婦人エミリーとそれにたかろうとする浪費家の姪や甥たち。やがて身の危険を感じる出来事が起こり、エミリーはエルキュール・ポアロに手紙をしたためる。だが、実際にポアロの元に届いたそれは、書かれてから二ヶ月後に投函されたものであった。事件の可能性を見て取ったポアロはヘイスティングズとともに夫人の住む屋敷に向かった。しかし、彼女は既に亡くなっており、その財産の殆どは親族ではなく身の周りの面倒を見ていた家政婦に残されていたのであった。
文庫本で500ページほどあって、いままで読んだクリスティ作品のなかで一番長いお話かな。タイトル『もの言えぬ証人(Dumb Witness)』は被害者の飼っていた犬を指しているようで、本書の献辞もクリスティの愛犬ピーターに捧げられています。
そもそも犯罪があったのかさえはっきりしない状況が扱われていて、なかなか推理の取っ掛かりがない。気が付けば300ページくらいまで読み進めているのに、未だ雲をつかむような話のままなのだ。それでも、ちょっとしたフックで興味を繋いでいき読者を退屈させない手際は、いつもながらに大したものである。
また、ヘイスティングズの存在による牧歌的な雰囲気が特に強く感じられるのだけれど、彼はこの作品を最後にお役御免となって、その復帰はシリーズ最終作『カーテン』まで無いようですね。
大詰めにおける推理は物証が無いゆえに性格分析に大きく頼るもの。関係者の不可解な行動を心理から解き明かす部分はなるほど、さすがと唸らされるものでありますが、その反面、犯人絞込みの説得力は乏しい。ただフーダニットとしての興味とは別に、女史の作品では珍しい趣向があって、これが面白い。
犯人当ての興趣には欠けますが、非常に独創的な構図を持つ物語であります。結局、公的には何の事件も起こっていないのだし、殺人が行なわれたことすら証明するものはポアロの言葉以外に無いのだから(それが意図的なものであるのは、小説内に警察官が一度も登場しないことからも明らかでしょう)。
2012-12-30
Satisfaction Unlimited / Think Of The Children
サティスファクション・アンリミテッドというボーカルグループがホランド=ドジャー=ホランドのホット・ワックスから1972年にリリースした唯一のアルバム。
ノーザンといえばそうなのだが、ホット・ワックス/インヴィクタスと聞いて考えるようなものとはまるっきり違う音であります。結構、例えようがない個性というか。あえて言うなら'60年代のテンプテーションズがニューソウルを演っている、という感じ。
メンバーには'50年代の終わりから活動しているひともいるようで、ドゥーワップを根っこに持つような端整なコーラスに、良い声で温かみのあるリードで、オーソドックスながらバランスが凄くいいです。
曲のほうはミディアムが殆どだけれど、ダンサーよりもメロウさが際立つ仕上がりのものが多い。といっても甘すぎず、しなやかで包み込むようであって、気持ちよくグルーヴに浸っていられる。これもまたソウルミュージックの魅力であるよね。
強烈な持ち味は無いようでいて、実は似ているものが他に見当たらない音楽では。
非ソウルファンにも聴いてもらいたい一枚です。
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