2013-02-10

Sam Dees / The Show Must Go On


サム・ディーズが1975年にアトランティックからリリースしたファースト・アルバムが、米Real Gone Musicより単独タイトルとしてCD化されました。ボーナストラックにはシングル曲/ヴァージョンが6曲。

制作は南部アラバマで、裏方としてのキャリアを示すように収められている曲は全てサム・ディーズの自作であり、プロデュースも本人によるもの。ただ、'72年からぽつぽつと出されてきたシングルが多くを占めているためか、統一感はあまりないかな。

一曲目 "Child Of The Streets" はニューソウルのコンセプトアルバムかブラックスプロイテーションのオープニングを思わせるクールなスロウファンクで、えらく格好いいのですが、同じようにシリアスな感じのものはアナログB面一曲目に当たる "Troubled Child" くらいで、他の曲はオーソドックスな南部ソウルに都会的なセンスがブレンドされたようなものが多い。ソングライティングは勿論、滑らかな美声でありながら、時に力強いシャウトを聴かせる歌唱が良いですね。
中ではスロウの "Just Out Of My Reach" が特に気に入っています。メロウなバックと熱っぽいヴォーカルの対比が素晴らしく、ちょっとボビー・ウォマックを思わせます。スウィートなミディアム "What's It Gonna Be" も哀愁が感じられる出来で、いい。

どんなスタイルの曲を演っても典型的なものにはならず、どこか知的な洗練が感じられるのが持ち味でしょうか。シンセの使い方など、うまいものだ。
ポップだけれど味わいもあって、いいアルバムですな。

2013-02-05

ヘレン・マクロイ「小鬼の市」


第二次大戦中、カリブ海の島国に流れ着いたアメリカ人であるフィリップ・スタークは通信社の記者として働くこととなるが、急死した前任者をめぐる状況には不審なところがあった。スタークがその謎を追ううちに、さらなる不可解な出来事が明らかになっていき・・・。

これまで読んだことのあるマクロイ作品とは随分と雰囲気が違いますね。クリスティのノンシリーズ活劇ものをシリアスめにしたような感じといったらよいか。
主人公スタークは文無しながら知恵と腕っぷしには長けている陽性のキャラクター。彼が危険を承知で謎を追っていくうちに偶然手掛かりに出くわしたりする展開はスリラー味が濃いものです。事件の陰には大きな陰謀が見え隠れし、舞台のエキゾティックな味付けはプロットにも有機的に絡んできています。
一方で謎解きとしてみるとちょっと弱い、というか判りにくい。説明されればなるほどね、と納得するのだけれど。被害者が残したメモの意味は英語が苦手なひとにはピンとこないでしょう。

登場人物がどいつもこいつも何かを隠しているような中で、一番の秘密は何だったのか。丁寧な伏線や切れ味を感じさせる結末は、いかにもこの作家らしいもので嬉しくなりました。ただし、この趣向は先にマクロイの他の作品をいくつか当っていたほうが楽しめるのは確かであって、間違っても最初の一冊にはしないでね、と。

2013-01-27

The Rolling Stones / Charlie is my Darling


豪華版で買ったのは輸入盤でも日本語字幕が付いているということと、ライヴCD「Live in England '65」があるからでした。

映画としてはどうなんでしょうね、なんか焦点がはっきりしないようでありますが。「A Hard Day's Night」のドキュメント仕様というか。熱狂するファンやメンバーの素の姿、それにインタビューはまあ、一回見ればいいかな、くらいのものですか。


やはり、当時の演奏シーンを曲が完走する形で見れるのは凄く大きいですな。ステージ正面からのショットがなく殆ど真横から撮っているため、全体像が掴み難い画ではありますが、迫力は充分。ただ、映像と音の同期に違和感を感じるところもあります("Around And Around" の音はT.A.M.I.ショウ出演時のものからとってきたものらしく、権利のせいなのか同梱のサウンドトラックCDにはこの曲だけ入っていません)。


それと、ホテルの部屋でのリラックスした演奏シーンも見所。"Siitin' On A Fence" の歌詞を詰めていく部分が良いですね。続けて "Tell Me" を唄うのはなんだか演出っぽい、という気がしましたが。
ビートルズの "I've Just Seen A Face" と "Eight Days A Week" を唄うところなんて見ると、それほどライバル心というのは強くなかったのじゃないか、なんて思いました。 


期待していた「Live in England '65」は、EP盤「Got Live If You Want It!」の拡大版のような(そうでもないような)。
オリジナル曲はわずか三曲、勢いで押し捲るがゆえに単調なところも無いではありませんが、音がゴリゴリして力強い、ガレージR&Bとしての趣が格好良い。初期ストーンズのライブ盤としてはこれが決定版でしょう。

2013-01-21

The Remo Four / Smile!


リヴァプール出身のオルガンR&Bコンボ、リモ・フォー唯一のアルバム。オリジナルは1967年、ドイツのStar-Clubからのリリース。

レコーディングは一日にも足らない時間のうちに、スタジオライヴに近い状態で行なわれたそう。取り上げているのは普段演奏していたカバー曲ばかりとあって咀嚼も充分で、ジャズインストと唄物のR&Bが混在しているのだけれど、その感触に違和感が無い。ステージの熱と迫力がうまく持ち込まれたようなタイトで太いサウンドが気持ち良い。

ジャズやソウルを若い聴き手向けに消化した音楽は当時の英国には数あれど、ブライアン・オーガーやズート・マニー、あるいはペドラーズらと比較するとリモ・フォーのリズム感覚はずっとビートグループ然としたものだ。これは彼らの活動の中心がハンブルグにあったということが大きいのではないかしら。かの地ではロンドンあたりのクラブに集う流行に敏感でヒップな客相手とはまた違う、もっとダイレクトで性急な表現が受けていたと想像されるのだが如何か。
そしてこれより20年後に、ビートグループ的なセンスによるオルガンR&Bというコンセプトを再現したのが最初期のジェイムズ・テイラー・クァルテットだと個人的には思っているのだが、それはまた別の話ということで。

ルーツへの愛情を感じさせながらも黒すぎず、かといってプレイヤーとしての主張が出過ぎることもない、その距離感がとてもスマートで格好いい。ガッツとプライドを感じさせる、まさしくスタイリストたちによる一枚。

2013-01-20

アガサ・クリスティー「死人の鏡」


1937年発表、ポアロもの4作品を収録した中短編集。

「厩舎街の殺人」 ガイ・フォークスの花火が賑やかに打ち上げられている間に起こった拳銃による自殺。だが、現場の状況は腑に落ちないものであった。
いつにもまして描写が簡潔で、ポアロとジャップの軽妙な掛け合いで進行していくさまは、なんだかラジオドラマの脚本を読んでいるようだ。
ミステリとしては、些細に思える違和感を丹念に結び付けていく手際がオーソドックスながらも巧い。

「謎の盗難事件」 英国の運命を左右する、ある設計図が盗まれた。それを取り返すべくポアロに依頼が。
ホームズ譚を思わせる設定ですね。はっきりとした手掛かりが見えない状態から、一気に綺麗な像を結ぶ解決はお見事。

「死人の鏡」 ある事件を極秘に処理するべく来てもらいたい、という招待の手紙を受けたポアロ。差出人は自負心が強いことで知られる資産家。だが屋敷に着いて見つかったのは、密室内で自殺を遂げていた当人の姿だった。
今回の中では一番量があって、その分手が込んでいます。中心になっているのは死んだ男の心の謎ですが、それだけではない細やかな伏線が効いています。トリッキーだし、クリスティらしい光景の逆転が冴えている。
そうそう、ちょい役で『三幕の殺人』にも出てきたサタースウェイトが再登場しています。

「砂にかかれた三角形」 夫をとっかえひっかえしていることで知られている美人をめぐる、三角関係の末の事件。
これが一番短い作品なのだけれど、その割りに事件の起こるまでの前振りが長いため、いささかあっけない感がある。意外な構図のずらしは強力だが、かなり強引でもあるよね。

初期の短編を読んであっさりしすぎかなあと思われた向きにも、そこそこ読み応えがある作品集になっているのでは。ありきたりなようで実は額面通りでない事件揃いというのが、この時期のクリスティらしい。

2013-01-13

G.K. チェスタトン「ブラウン神父の無心」


ちくま文庫からの新訳ブラウン神父、その第一弾です。創元推理文庫版の中村保男訳と比べると、格段に文章が平易なものになったというのは疑いのないところ。

ブラウン神父譚というのはトリックだけ取り出せば馬鹿馬鹿しいものも多いし、警察の綿密な捜査が入ればすぐ解決しそうな事件もある。作品が成立しているのは、ありふれた日常を非現実的なものに見せていくような情景描写と、しばしば逆説的と形容される奇妙な筋道をたどる論理があってのこと。丸谷才一は「チェスタトンの魅力は、まづ何よりも彼の詩にあるのだ。彼のトリックも、彼の神学も、すべては彼の詩のために存在する」と書いていたけれど、僕にとっては幻想小説と探偵小説が結びついた奇想、であります。作者が情熱を傾注して作り上げた舞台背景をイメージできなければ、これら作品はバカミスにしか思えないだろう。
そして、創元推理文庫版を何度も繰り返し読んでいるため僕の印象にはバイアスが掛かっているかもしれませんが、今回の新訳では風景がまるで意思を持っているような、描写から醸される濃厚な雰囲気はちょっと弱くなった感じがします。
一方で良くなったな、と思ったのはユーモアですね。人を喰ったような設定の魅力やブラウン神父の意表を付く言動が素直に楽しめるようになった。鹿爪らしい顔などをせずに、にやにやしながら読めるものになったのは大きいのでは。
そう、チェスタトンを読む際、トリックや犯人のことばかり考えていては、あまりに勿体無いのだ。

特に、この第一作品集は印象的な場面が目白押し。夕暮れのベンチに腰掛けて話し合う二人の神父、月光に照らされた庭でのやりとり、教会の上からの眺望、「賢い人間は小石をどこに隠す?」。
そして「見えない人」(今回は「透明人間」というタイトルになっているけど)の結末「ブラウン神父は星空の下で、雪の降り積もった丘を殺人犯と一緒に何時間も歩きまわった。二人が何を話し合ったのかは、知るよしもない」
ロマンティックとはこういうことだ。

今更ながら恐ろしい密度と個性を誇る短編ばかりであって、探偵が批評家であることを越える宝石のような瞬間が詰まった本であります。

2013-01-05

フェリクス・J・パルマ「時の地図」


スペイン人の作者による、ヴィクトリア朝を舞台にしたSF冒険ロマンスといったらいいか。

H・G・ウエルズが作品「タイム・マシン」を発表した1896年、ロンドンは西暦2000年へのタイムトラベルツアーの話題で持ちきりになっていた、という設定。
全体が三部構成で、それぞれが違った色彩の物語になっています。
第一部は富豪の次男アンドリューが、八年前に切り裂きジャックの手に掛かって亡くなった愛する人を救うために、過去へ向かおうとするお話。
第二部では上流階級の娘であるクレアが、西暦2000年へのタイムトラベル先で人類軍を率いるシャクルトン将軍と熱烈な恋に落ちます。
少し美文調で悠々とした文体や、地の文で直接読者に話しかけてくる語り手の存在は、古き良き時代の冒険ロマンス小説を意識しているよう。
一方で興味の中心は勿論、タイムトラベルにあるのですが、竹本健治のいうミステロイド、そのSF版といった趣向もあって一筋縄ではいかない。

で、第三部ですが。
ロンドンで未来の武器を使ったとしか考えられないような傷を受けた死体が発見され、さらに事件現場の壁にはウエルズが書き上げたばかりで未だ誰も読んでいないはずの小説「透明人間」の冒頭が記されていた。
ここに至って物語の様相ががらっと変わります。一部・二部ともウエルズが重要な役割を果たしているのだけれど、ここでは彼が主人公であり、俄然SF要素が強くなっているし、最後に相応しいサスペンスも盛り上がっていきます。

意外な展開の連続で、いったいどのレベルで落とし前をつけるのか、という興味が愉しい小説でありました。ジャンルに関係なく面白いものを読みたい人向けですね(逆にSFプロパーのひとにとっては詰めが甘く、物足りないかも)。