2013-07-05
Bob Dylan / Planet Waves
1974年、ボブ・ディランがザ・バンドと組んで作った作品。それまではスタジオ・ミュージシャンとレコーディングすることの多かったディランが、初めてツアーバンドとだけで制作したアルバムでもあります(まあ、ツアー自体これ以前は長いことやってなかったのだが)。
ザ・バンドとディランの相性は良い、というか良すぎ。ディランがグループの一員のようですらある。
ときにそれが行き過ぎて、曲によっては演奏の個性にディランが負けているように感じる瞬間も。当たり前だが、サウンドのカラーがザ・バンド寄りなのだ。"Tough Mama" という曲なんて実に格好いいロックンロールに仕上がっているのだが、これなどはザ・バンドのスタイルにディランが乗っかっているだけ、と言えなくもない。
昔の僕は、ディランはバックと対等じゃあだめだ、演奏を従えた存在でないと、などと考えていて、あまりこのアルバムは好きではなかったのだが。最近は、いや、これも有りだな、と思うようになってきた。
ザ・バンドとの相性が尊重されたのか楽曲はわかりやすいものが並んでいて。リラックスしたボーカルも相まって、謎めいたところのあるディランというひとの素に近い面というか、感情が比較的ストレートに出ているような気がする。
何よりディランの悪い癖である、やたら長いのに変化に乏しくて退屈な曲が無いのがいいですわ。
ディランらしさ、とか深く考えなければ、凄く気持ちよく聴けるな。純粋に音楽として楽しい一枚。
2013-07-04
本格ミステリ作家クラブ 選・編「ベスト本格ミステリ2013」
今年はもういいかな、と考えていた年間短編選集。しかし、評論が面白そうなタイトルだったので、これがつまらなかったら来年からはもう買わないぞ、と思いつつ購入。してから気付いたが、その評論は既に読んだことのあるものだった。
麻耶雄嵩「バレンタイン昔語り」・・・「神様ゲーム」シリーズの一編。作品の冒頭で、殺人犯の名前が告げられるのだが。強烈な真相に辿りついたとき、それまで深く考えていなかった異世界設定ミステリとしての面が顕在化する。いやいや、やっぱり凄いね。
中田永一「宗像くんと万年筆事件」・・・十代の読者を対象に書かれた青春小説、だそう。扱われているのは小学校を舞台にした盗難事件であり、いじめや不登校、といった問題も絡んでいきます。非常にオーソドックスな形の良さを備えた短編なのですが、ミステリしか読まないひとには逆に、この作品がミステリとして優れている、ということが判らないかも。
滝田務雄「田舎の刑事の宝さがし」・・・とぼけた会話からの導入がスマート。手掛かりはなんだか大雑把だし、トリックそのものもどうかな、と思われるようなものだけれど、主眼はまた別なところに。考え抜かれた構成が素晴らしい。
里見蘭「絆のふたり」・・・親子の愛情をテーマにした、可愛らしい「日常の謎」かあ、そう思って読んでいると思わぬ展開が。微妙な点もあって、そこは作者がミステリ・プロパーでないからこそ思い切って書けたのかも知れない。
小島達矢「僕の夢」・・・夢そのものを素材にした作品。結構無理筋な話のようで実は、というのは良かった。ファンタジーをミステリとして読み変える、という趣があって。けれどその徹底が、同時に世界を窮屈なものにしている感も。こんなに理に落ちていいのか、という。
岸田るり子「青い絹の人形」・・・いきなりの死体消失事件で引き込まれるが、その後、物語はまったく違うところへ。読者を翻弄する手際が快い、舞台となったフランス製ミステリを思わせる洒落た逸品。
鳥飼否宇「墓守ギャルポの誉れ」・・・言葉を解さない墓守は、なぜ遺体を損壊するのか? いかにも本格ミステリらしい謎には嬉しくなってくる。奇妙な論理もいいが、ミスリードの巧妙さに唸った。
乾くるみ「ラッキーセブン」・・・特殊ルール下におけるデスゲーム。ガチガチの推理を盛り込みつつギャンブル小説として纏め上げられている。うまいものだな。
乾緑郎「機巧のイヴ」・・・時代小説に溶かし込まれたSFミステリ。仕掛けが非常にシンプルである分、決まったときの威力が凄いですな。小説としての仕上がりも実に良い。
七河迦南「コンチェルト・コンチェルティーノ」・・・被害者当てと言ったらよいか。何かが仕掛けられているのは明らかなのだが、さて。連城三紀彦を思わせる、凝りに凝った一編。
戸川安宣「『皇帝のかぎ煙草入れ』解析」・・・評論枠。仕掛けを割った上で、作者の企みを辿っていく大変親切な解説。
今年は変てこなのが多かったように思う。現代ミステリとはこんなに異様なものなのか。
一作ずつ間を置いて読んだので楽しめたけれど、続けて読むと胸焼けするかも。
2013-06-30
エリック・キース「ムーンズエンド荘の殺人」
出演者はそろい、舞台も整った。 "ナインマンズ・マーダー" ゲームへようこそ。
15年前に探偵学校で学んだものたちの元に、校長の別荘で開かれる同窓会の招待状が届いた。卒業生たちには勿論、職業探偵もいれば地方検事局で働くもの、作家や司祭、逆に犯罪に手を染めるようになったものまで。彼らは単に旧交を温めるだけが目的でなく、それぞれに隠れた思惑をもって同窓会に集まってきた。だが、主催者であるはずの校長の姿が見えない。やがて雪が降り始め・・・。
帯には「雪の山荘版『そして誰もいなくなった』!」の文字。米国作家による2011年発表のデビュー作です。
大まかな流れとしてクリスティの作品を踏まえつつ、それと平行して過去に登場人物たち全員が関わったが未解決に終わった事件の謎についてのディスカッションも行なわれる。
身近に連続殺人が起こっているにしては皆、随分と冷静であって。強烈なサスペンスは感じられず、オーソドックスなフーダニットを読んでいる雰囲気。
新人作家らしく意欲的に色々と詰め込まれているんだけど、そのせいで話の流れが悪くなっている上、ミステリとしてはちょっと手堅すぎるかな。手掛かりをちゃんと拾っていけば犯人の見当はついてしまうし、誤導も素直すぎて読み慣れたひとなら引っ掛からないだろう。『そして誰もいなくなった』をやるのなら、批判覚悟で少々汚い手を使うくらいでないと。
一方で、こってり盛られた解決編はなかなかのもの。結構な量のある細かな疑問や違和感が綺麗に収束されていく快感がたまらない。密室トリックはしょぼいものですが、それを補って余りある読み応えを感じました。
クラシックな探偵小説を志向してバランスを取り損ねたような作品ですが、何かやってやろう、仕掛けてやろう、というような稚気が感じられて個人的には充分愉しめました。
2013-06-22
ピーター・ディキンスン「生ける屍」
薬品会社に勤める科学者フォックスは、カリブ海の島に出向を命じられる。そこでは、はっきりと口に出すことは禁じられてはいるが魔術が信仰されている上、権力者は秘密警察を用いた独裁政治を強いていた。さらに、会社がフォックスに命じていた実験にも隠された目的があることが判明する。不愉快な状況に反発し、島から逃げ出そうとしたフォックスだが・・・。
真面目で融通の利かない主人公が不条理・悪夢的な世界に巻き込まれていくという、いかにも英国人が好きそうなお話です。設定にはSF的な要素も感じられるし、謀略小説風な展開もあります。
翻訳はサンリオ版と同じなのだろうか、主述の対応などわかりにくいところが多く、ちょい固め。それに負けずに読み続けていくと、中盤あたりからそれまで状況に翻弄されっぱなしだったフォックスが逆襲に打って出て、俄然娯楽小説らしくなってくる。
一方で、自然科学と魔術の対立、というのがひとつ大きなテーマとしてあるのだけれど、その境界をいつのまにか踏み越えていく展開がまるでラテンアメリカ小説を思わせます。
全編オフビートのようであり、なおかつ語り口は落ち着いていて、英国小説好きなら楽しめる作品でしょう。ただ、ジャンルにこだわるような読者には向いていないか。
2013-06-16
Van Dyke Parks / Songs Cycled
ヴァン・ダイク・パークスのニュー・アルバムは2011~12年に自主レーベルよりリリースしたシングルをまとめたもの。
制作時期や参加メンバーは曲ごとにバラバラなのだけれど、どれも唯一無二のヴァン・ダイクの音楽になっているのは確か。というか、なんだかとても濃いです。もう爺さんなのに全然枯れていないし、ポップスとしては明らかにトゥー・マッチ。
曲によっては音像がごちゃごちゃしていて、アイディア過多というか、複数のアレンジを同時に聴かされているような瞬間があります。オーケストラル・マッシュアップという趣も。何十回か聴いて、ようやくイメージをつかめてきたような気がしてきた。
音楽的には集大成といった感じで、実際に再演となる曲もあるのだけれど、聴いている間に、何度も過去のヴァン・ダイクの作品の断片が頭の中でオーヴァーラップしてきました。
ノスタルジックな心地よさ、あるいは優雅さや軽やかさは、むしろ過去の作品のほうが強かった。今作は美しくはあるけれど、同時に生々しさもあり、聞き流されることを拒否しているようである。そして、そのことが現代的であろうとするヴァン・ダイク・パークスの主張であるようにも感じられます。
2013-06-03
Michael Gately / Gately's Cafe
韓国Big Pinkより、マイケル・ゲイトリーが米Janusレーベルに残した2枚のアルバムがCD化されました。
このゲイトリーというひとについては、長門芳郎氏がアル・クーパーのライナーノーツで書いていたこと以外には何も判らないのだけれど、音楽の方はとても良いですね。ロマンティシズム溢れる都会的なポップスで。
ファーストアルバム「Gately's Cafe」(1972年)はアル・クーパーがプロデュースとアレンジを担当しており、その制作はクーパー自身の「A Possible Projection Of The Future/Childhood's End」と平行してイギリスで行なわれたそう(ただし唄入れはニューヨーク)。楽曲も2曲提供しており、BST時代の "I Can't Quit Her" のイントロが引用されるという遊びも。
クーパー作以外の曲は全てゲイトリーのオリジナルでありますが、これらがリリカルで良いメロディ揃い。ゲイトリー、見てくれは腹の上にギターを乗っけてサザンロックをやってそうな、むさい巨漢なのだけれど。ボーカルもウィスパーボイスやファルセット交じりのソフトな唄い口であります。コーラスも繊細で美しく、聴いていて、時に胸締め付けられるほど。
アルバム全体としてはクーパーの "New York City" 以降の作風をぐっとメロウにしたという印象です。更に、時に英国モダンポップっぽいテイストが入り混じり、これはたまらない。
同じ年に出たセカンド「Still 'Round」はゲイトリーのセルフプロデュースでニューヨーク録音。アレンジのバラエティが広がって、カントリー風のものやラテンっぽいものも入っていますが、メロウな曲の出来は変わらず素晴らしい。キーボードが強調されて、よりまろやかでコンテンポラリーな仕上がりかな。
個人的には「Gately's Cafe」のセンシティヴな感覚が気に入っていますが、いや、どちらも良いですよ。この美しい音楽が広く聴かれようになればなあ。
2013-06-02
アガサ・クリスティー「そして誰もいなくなった」
ふふふ。
僕にとってはミステリを積極的に読みはじめるきっかけとなった作品です。初読時の印象が凄すぎたため、逆に今まで再読することが出来なかったのだな。
今の版にはマシュー・プリチャードによる序文がついているのですが、これは後から読んだほうがいいかも。
あと、昔読んだときは事件の舞台が「インディアン島」だったのが「兵隊島」になっていますね。作中のマザー・グースの歌詞も変わってますな。まあ、もともとは「インディアン」ではなくて「ニガー」だったらしいので、かまわないといえばそうだけれど(ただ、カバーイラストが合わなくなるのだが)。
内容についてはいまさら説明することもないか。無駄が無く、力強い作品であります。
そして、古典に物足りない点を見出した後の人々は自らの改案を提示していったのだが、それらの手順の多くでは元にあった効果を弱めることになったり、あるいはごてごてしてしまってスマートさを削いでしまっているように思う。
更に言うとオリジナルは、子供っぽさや馬鹿馬鹿しさをすれすれのところで回避することに成功していると思うのだ。
基本的にはサスペンスといってよいのだけれど、再読することによって伏線もたっぷり盛り込まれていることに気付きました。基本にして完成形。
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