2013-09-14
泡坂妻夫「夢の密室」
元版は1993年刊となる短編集。
収録されている作品は不可能興味を持つものばかりですが、必ずしもそれが主眼ではない、というのがいかにもこの作者らしい。
「石の棺」 古代の石棺の呪いによる事件という、怪奇趣味と不可能状況を絡めた一編なのだが、実にさらりと纏め上げられている。亜愛一郎ものにも共通するような、とぼけてユーモラスな語りが快い。
「蛇の棲処」 毒蛇を使った殺人というテーマといい、使われているトリックといい、一つ間違えば古臭くなりそうなもの。それが、微妙に現実感が希薄な文章によって読まされてしまう。まさに筆力によって成立しているミステリではないかしら。
「凶漢消失」 作者自身が語り手となって、奇妙な書物の謎が紹介される。すれっからしの読者を対象にしたのだろうか、人間消失そのものを誤導に用いた、大胆な一編。
「トリュフとトナカイ」 どこか夢の中を思わせる雰囲気のドタバタ劇と、その末に起こる車両消失事件。脱力するようなやりとりに裏があって、実にうまい。メイントリックはいかにも奇術的な発想ですね。
「ダッキーニ抄」 舞台は中世ヨーロッパ、魔女狩りが熾烈を極めた時代において、奇術に心を奪われた若者の物語。技術の研鑽がいつのまにか形而上のものへとずれていく趣向がいいですね。
「夢の密室」 密室の謎を扱いながら、夢とリンクさせることで奇妙な味わいが生まれている。この作者のファンなら思わずにやりとする名前も。
飄々とした語り口調の隅々に計算が感じられますな。作品の配列にも妙味があって、洒落に洒落た作品集です。
2013-09-08
倉阪鬼一郎「八王子七色面妖館密室不可能殺人」
著者、毎年恒例のバカミスです。
内容としては、七色の外観をもつ洋館を舞台にした七連続の不可解殺人、それが90ページほどのところまでで全て起ってしまう。そこから後はすぐに解決編という段取りです。
頭からいかにも不自然な描写が満載で、何か隠してますよ的うさん臭さが半端ない。
過去の作品ではそれなりに小説らしい体裁をつけていたと思うのだけれど、今作に至っては完全に開き直っているという感じだな、シリーズ読者だけを相手にしているのか? と思って読み進めていくと、やがてこれにはちゃんと理由があったということがわかる。
そして、事件の謎が解かれた後、これまでなら延々と作品世界にカタストロフが訪れるのだが、今回はちょっと違う。バカミスとして人間を描く、と言ったらよいか。終盤、テキストの解釈について判断が揺れてしまうところがいい。
更に今作では、現実に対する異議申し立てとしてのミステリの側面も強い。「プロローグ」の位置づけに意味がありそうで、あえて作中世界を閉じきらなかった、と考えることもできるか。また、最後の最後「さらにもう一つのエピローグ」などは、読んでいてちょっとフィリップ・K・ディックを想起しましたよ。
前作を読んだときは、そろそろマンネリかなという気もしたのだけれど、新境地でしょうか。これでまた目が離せなくなった。
2013-09-07
Jackie Wilson / Beautiful Day
ジャッキー・ウィルソンは勿論、押しも押されもしない大シンガーであります。ここ日本ではそれほど人気が無いのは、歌声にあまり湿り気や陰りが感じられないせいなのかな。
「Beautiful Day」はブランズウィックから出された1972年のアルバム。
制作はカール・デイヴィスやソニー・サンダースにウィリー・ヘンダーソンと、かのレーベルではお馴染みのスタッフなのだけれど、目を引くのが全曲の作曲クレジットに名を連ねているジェフリー・ペリー。この人自身の音楽性はマーヴィン・ゲイ・フォロワーというところらしく、そのせいかアルバム全体が都会的な甘さを湛えたメロウなものになっています。ベースの動きなどはいかにもニューソウルっぽい。ただ、やはりシカゴ制作なのでサウンド自体はむしろ乾いた仕上がりかな。
そして、そうした新しい音に鼓舞されたように、ジャッキー・ウィルソンの歌唱もここでは若々しく響いています。どの曲をとっても実に気持ちが良さそうだ。
収録曲ではタイトルになっている "Beautiful Day" や "Pretty Little Angel Eyes" の伸びやかさは申し分ないし、"Let's Love Again" はなるほど確かに山下達郎丸かじりといった感じ。少しバーバラ・アクリンの "Am I The Same Girl?" を思わせる "It's All Over" もいいな。
中でも特に気に入ったのは "Because Of You" というミディアム。少し緊張感をもって抑えた出だしから、ウィルソンの「なぜなら俺たちには愛があるのさ」という熱っぽいフレーズで一気に開放されていく瞬間が凄く格好いい。
時代のサウンドの中で、ジャッキー・ウィルソンというスターの持つスケール、それを存分に生かすことに成功していると思います。華やかで明るさに満ちたアルバムです。
2013-09-01
The Pale Fountains / ...From Across The Kitchen Table
ペイル・ファウンテンズ、1985年リリースのセカンド・アルバム。
前年に出されたデビュー盤「Pacific Street」があれが出来る、これもやりたい、といった感じにさまざまなタイプのポップソングを詰め込んだ作品であったのに対して、このアルバムでは、より骨太なギターポップに方向性を絞り込んだ、いってみればプロフェッショナルのバンドらしさを強調したものになっている。ただ、「Pacific Street」には曲の並びで聴かせるような面もあったと思うのだが、こちらはトータルではちょっと単調になってしまった感も。
実は、昔はあまりこのアルバムが好きではなかった。それは曲やアレンジ以前に、サウンドや深いエコー処理に因るところが大で。ダイナミックになった演奏とあいまって、なんだかニュアンスに乏しい大味なものに感じられたのだ。プロデューサーを務めたイアン・ブロウディのせいなのか何なのか、ドラムの音など平板で、もう少しどうにかならなかったか。
個人的にはそういった不満があるけれど、繊細さよりも感情の高まりを優先したような今作、改めて聴き直してみれば楽曲そのものの出来は「Pacific Street」におけるものと全く遜色がないですね。表現がダイレクトになった分、いかにもリヴァプール産らしい甘酸っぱさがだだ漏れ。
マイケル・ヘッドのボーカルがひとつリミッターを外したように情緒的になっているせいか、ネオアコというよりはロカビリーやオールディーズっぽく聴こえる瞬間もあるね。
2013-08-25
有栖川有栖「菩提樹荘の殺人」
作家アリスもの中短編4作を収録。
「アポロンのナイフ」
少年犯罪を扱った短編ですが、テーマがきちんとプロットの必然と繋がっているのが良いですね。ひとつの「ホワイ?」から事件の隠れた構図がするすると解かれていくスマートな仕上がりで、ミステリとしての主眼が見かけとは別のところにある、という構造はいつもながら巧い。
「雛人形を笑え」
若い漫才師の死を巡る人間ドラマの中編。これは「ホワイ?」を捻っていったらバカミスになりました、というような解決なのだが、この小ネタで90ページ持たせるのはしんどいし、作品のシリアスな雰囲気ともちぐはぐ。殺害状況の設定が生かしきれていない感も。
「探偵、青の時代」
火村准教授が学生時代に遭遇した事件。ちょっとした気付きによる、ちょっとした絵解き。
「菩提樹荘の殺人」
奇妙な殺害現場の謎を扱った中編であるけれど、本筋はオーソドックスなフーダニット。容疑者たちのアリバイを崩すのではなく、成立させていくという推理が面白い。また、その手掛かりも盲点を突いたユニークなものであります。
そこそこの手応えを感じる作品もありますが、全体として見るとやや小粒なのは否めないかなあ。シリーズをずっと読み続けている人以外には、お勧めしにくいですね。
2013-08-24
Darrell Banks / I'm The One Who Loves You
英Kentより、ダレル・バンクスがスタックス傘下のヴォルトに残した音源をまとめたものが出ました。
通算二枚目にしてヴォルトでの唯一のアルバム「Here To Stay」は1969年にリリース。制作はアトコから出されたファーストアルバム「Darrell Banks Is Here!」(1967年)と同様、ドン・デイヴィスが手がけています。
録音はメンフィスとデトロイトで行なわれていて、スロウはもう完全なサザンソウルですね。ディープかつ余裕ある唄いっぷりが実に頼もしい。ミディアムでも前作「~Is Here!」に濃厚であったモータウンの影響は薄れ、より力強さを感じる仕上がりです。一部、1969年にしてはスタイルが古く感じられる曲もあるのですが、これは過去に他のシンガー用で作ったオケをドン・デイヴィスが使い廻していたもののよう。
ポップなノーザンでの乗りの良さなら「~Is Here!」に分があると思いますが、こちら「Here To Stay」の方が安定感があり伸びやかな歌唱が聴けると思います。
さて、今回のリイシューの目玉は未発表曲です。スティーヴ・クロッパーのプロデュースでもう一枚アルバムを作る予定だったらしく、そのデモが4曲。これが結構良いのですね。管弦は入っていないのだけれど、演奏・ボーカルともしっかりしたものであり、ベーシック・トラックとしてはほぼ完成しているよう。
特に気に入ったのが "Love Is Not An Easy Thing" というスロウ。曲としてもスケールの大きさが感じられるし、ラフ目のミックスも相まって、スタジオライヴを聴いているような生々しさがたまらない。
また、同時期のジョニー・テイラーと歩調を合わせたようにファンキーな "Mama Give Me Some Water" も、このシンガーの新たな面を見るようで興味深いな。
残りはシングル曲/ミックスが4トラック。そのうち "No One Blinder (Than A Man Who Won't See)" がアルバムに収録されたものとはかなり違うつくりですね。後からパーカッションを加えた上、イントロは短く、テンポも早く編集されていて、シングル向けというか、より締まったものになっていますよ。
2013-08-18
クリストファー・プリースト「夢幻諸島から」
地球に似た文化・環境を持つ世界の赤道付近に広がる島々、夢幻諸島。本書は30以上の章からなる、その島々のガイドブックという体裁をとっています。序文は夢幻諸島内に住む作家の手で書かれているのだけれど、それによればガイドを編纂した人々の正体は明らかではないらしい。どうも、この本全体に企みがあるようだ。
本編に入ると、最初は本当の観光ガイドのような客観的な記述が続き、ちょっと乗りにくいですが、すさまじい猛毒を持つ凶虫・スライムのエピソードから俄然面白くなってくる。更に、もう少し進んでいくと作品の構造が何となく見えてきた。これは、連作短編集の形をとっていますが、本質的には長編ですな。
島のガイドブックなのに、殺人事件の調査報告書としか見えない章や、複数の書簡が並べられただけの章、独立したSF短編として楽しめるものもある。そして、読み続けて行くにつれて、それぞれのエピソードの連関が次々に浮かび上がっていく、この楽しさが絶品。何てことはない島の紹介だけの章も、後から伏線のように効いてきて、読めば読むほど世界の膨らみが増していくような感覚がたまらない。
そこから見えてくるのはエキゾティックな世界を背景にした奇妙な運命の数々で。隠遁生活を守る作家にパントマイム・パフォーマー、世界的な社会学者や放浪する芸術家たち。
お馴染みの現実認識に関わる仕掛けもあるのですが、それにこだわらなくでも充分に楽しめると思います。プリーストの作品としては、かなり取っ付き易いのでは。
いい本を読みました。
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