2013-10-19
The Kinks / Muswell Hillbillies
随分と当初の予定からは遅れましたが、「Muswell Hillbillies」(1971年)のデラックス・エディションが出ました。もうモノラルミックスなど無いので、今回のものは一枚目がアルバムのストレートリイシュー、二枚目にレアトラックとはっきり分かれた構成です。
また、「Lola Versus Powerman」に「Percy」をくっ付けてデラックス化するという計画もあったのですが、発売元であるSanctuaryの親会社が変わったため、今後もこのリイシューを続けていけるかどうかは解らないらしい。
さて、「Muswell Hillbillies」であるけれど。
RCAからの最初のアルバムであり、カントリーやジャズにブルースなどアメリカ音楽の影響が強く出ている(とは言っても湿り気を少し感じさせる空気はいかにも英国的ではありますが)。また、楽曲もそれまでのちょっと捻ったようなポップソングと比べて、ぐっとシンプルなものばかりになっています。
サウンドは重心低め、タイトに締まった感じで、逆にいうとカジュアルに楽しめるような開放感には乏しいかな。ライナーノーツを読むとレイ・デイヴィスは当時、ミックスを何度もやり直していたそうで、この質感に相当こだわっていたのでしょう。
濃さという点ではキャリア屈指のこのアルバム、まさにキンクスの新しい時代、その幕開けを飾る一枚ですな。
なお、今回のディスク2には16曲が収録で、うち未発表のものが6つ。トータルでしっかりと作りこまれたアルバム本編に対して、もっと素に近くリラックスした仕上がりが楽しめて、これも悪くないね。
2013-10-14
ジャック・カーリイ「イン・ザ・ブラッド」
早朝からの釣りを楽しんでいたカーソン・ライダー刑事と相棒のハリーは、漂流するボートに乗せられた赤ん坊を救助することとなった。そしてボートが流されてきた元の場所を突き止めると、そこには腹に銛を突き刺された焼死体が。さらには赤ん坊が収容された病院も襲撃を受ける。
一方、教会キャンプでは異様な状態の死体が発見され・・・。
2年ぶりの邦訳になる、5作目です。
「ほんのキスひとつ隔てたところじゃないか。ローリング・ストーンズが言うように」
"Gimme Shelter" が最後の方で引用されているのだけれど、同名映画中で描かれた所謂「オルタモントの悲劇」を思わせる暴力的な白人集団の脅威が、作中モチーフのひとつになっています。また、この作品が本国で発表された頃に、ちょうどバラク・オバマが大統領に選出されており、その影響もあるかも。
ミステリとして見ると、400ページほどの分量に込められたプロットは複雑にしてタイト。ふたつの事件に加えて、謎のエピソードが平行して語られるのですが、ちょっとした繋がりらしきものが見え隠れしているので、興味が途切れないのがうまいところ。ページを繰る手を止めさせない、という点では今作は過去最高かも。
ただ、物語の凝縮度が増した分、手掛かりをひとつひとつ繋ぎ合せていくような推理の興趣が薄くなった感はあるか。カーソンとハリーが勘にまかせて、あちらこちらに動きまわるうちに事件は勝手に解決していくといった風。その辺りはスピード感でもって、うまく補われているのかな。
やたらに枝葉があるかに見えた物語を遺漏なく綺麗に収束させていく手腕と、先読みさせない真相は毎度のことながらお見事というしかない。犯人の設定はこれまでのパターンを踏まえているけれど、今回はさらにそこからもう一捻り。
新キャラクターの定着を期待させる結末も良いね。
これは細部までうまく構築された・・・何だろう?
読後感は謀略小説みたいなんだよな。凄く面白かったのは確かなのだが。
2013-10-13
Roy Wood / Boulders
ロイ・ウッドはムーヴ時代からいくつかレコードジャケットのイラストを自ら手がけていますが、それらの多くはけばけばしくて、あまり趣味がいいとは思えないのが正直なところ。けれど、この「Boulders」のジャケットは自画像に色を塗りかけて仕上げないままおいた、という風です。そして音楽の方も、あえて作り込まずに自然な雰囲気を残したようでありますね。
ソロ名義では初となるこのアルバムは、管弦まで含めた(ほぼ)ワンマンレコーディングによる制作。いかにもロイ・ウッドらしい変な試みは随所に見られるものの、まずは唄を聴かせるものになっているのが美点でしょう。
リリースされたのは1973年なのだが、実際には'70年に完成していたそうで、このひとの持つコテコテの部分やドラマティックな路線はムーヴでの活動の方に注入されていたのであろうか。アコースティックギターの使用が目立つ風通しのいいサウンドで、メロディの良さも一段と際立っています。
ロイ・ウッドというひとはいろいろと妙なことをやりますが、ソングライターとしては実にまっとうな曲を書く。意表を付くような転調やら、変わった音使いがあるわけではない、王道のポップソングという感じ。そして、それがユニークなアレンジとうまく結びついたときにはとてもいいものになるようだ。
このアルバムだと、"Wake Up" ではバケツに張った水をパーカッションに使っていて、普通なら冗談っぽくなってしまいそうなところが、なんだか心に染み入るような出来であります。
あまり方向性を絞らずに作ったのが吉と出たような。良い曲が揃っていて、それを素直に楽しめる作品ですな。
個人的なベストは臆面もなくセンチメンタルな "Dear Elaine"。 ジェフ・リンとの共通した資質も強く感じます。
2013-10-05
アガサ・クリスティー「白昼の悪魔」
舞台は休暇の観光客で賑わうイギリスの小島。引退した女優、アリーナは男たちの関心を一身に集めることに満足していて、その周囲には嫉妬からくる憎しみが高まる。やがて避けようのない事件が起こるのだが、容疑者たちには強力なアリバイが。
1941年のエルキュール・ポアロもの、再読です。この辺りの内容はなんとなく覚えているな。一応はクローズドサークルものといってよいか。
基本的にはこれまでのクリスティの作風の洗練形にあると思います。プロットだけ取り出せばそれこそ何度も読んできたようなものですが、ミステリとして無駄が少ないのが特徴で、一見、枝葉のようなエピソードも後から謎解きに絡んでくるから油断できない。
解決編ではふいを突くような展開が待ち受けていて、思わず引き込まれますね。手掛かりの持つ意味はそのままで、背景となる事件の構図をずらしてしまうのだから。また、中心になっているトリックは、大胆な伏線も含めてチェスタトン的な発想と言えましょう。
犯人の設定は分かってみれば過去に使ったパターンなのですが、いかにもクリスティらしい強引な犯罪計画のせいで見えにくいものになっているようでもあるか。
いつもとさほど変わらない要素に少しのプラスアルファで、見事な効果があがっているようです。明晰なミステリ、という印象を持ちました。
2013-10-04
平石貴樹「松谷警部と目黒の雨」
平石貴樹、久方ぶりの新作は何と文庫書下ろしであります。描写は控えめ、ユーモラスで平易な文章ですが、内容は勿論、ガチガチのフーダニット。探偵役は松谷警部、ではなくて白石イアイという若い女性巡査です。
設定は1998年の冬であり、都内でOLが殺害され、その友人たちに聴取をしていくうちに、彼らのグループ間で過去に複数の変死事件が起こっていたことがわかった、というもの。登場人物表を見ても、警察関係者以外は殆どが被害者の学生時代からの知人ということで、つまりは内輪の事件のよう。
物語序盤で、被害者が発見されるきっかけになった電話について白石巡査がちょっと冴えた推理を披露する。これで期待が持たされるわけだ、読者も、松谷警部も。ただ、それ以後の展開はいかにも警察小説らしく、調査と手堅い推論が繰り返されていく。
そのまま終盤に入り、どうにも有力な線は途絶えたように見えたが、白石巡査は「・・・・・・もう一息だと思うんです」。そして、その後には全体図のどこに当てはまるかは解らないようなエピソードがいくつか示される。この呼吸、ミステリをそこそこ読んできた人間ならわくわくさせられるのでは。
真相の方は、複数の事件それぞれに独立したアイディアがあって、なおかつそれら全体を見通すことでフーダニットとしての謎が解ける、という感じですね。状況のちょっとした齟齬から犯人を限定していく手際が実にスマートであります。大胆で意外な伏線の数々も愉しい。
いってみればオールド・ファッションド・ディテクティヴ・ストーリーであって、新奇さや小説としての味付けといったものを求める向きには物足りないかもしれませんが、著者のこれまでの作品を楽しんできたひとなら今回も間違いないかと。
2013-09-29
笹沢左保「霧に溶ける」
莫大な賞金が懸かったミスコンテスト、その最終予選に残った美女たちを次々と事件が襲った。脅迫、交通事故、ついには変死まで。
1960年作、笹沢左保の第二長編です。
いかにも昭和らしい風俗を背景にして、ミス候補たちのギラギラした欲望が描かれます。また、警察官たちは夏の炎天下の下、汗水垂らしながら地道な捜査を続けるのですが、彼らの前に立ちはだかるのは、それら作品世界と似つかわしくないくらいの不可能興味溢れる謎です。
使われているトリックの数々はいかにも頭でっかちで生硬なもので。それが時代の一周したような今では、かえって新鮮に感じられました。特に密室の謎は、さまざまな可能性を潰した上での盲点を突いていて面白い。
そして全ての殺人トリックが解かれた後も、まだフーダニットの難問が残っているのだから、なんとも密度が濃い。
終盤に明らかになる事件全体の構図は、この作品が書かれた時代を考えるなら非常に先鋭的なもので、平成の本格ミステリとも共通するテイストすら感じました。手掛かりははっきりと出されているので、現代の読者ならば見通すことも可能でしょう。しかし、この悪魔的な犯罪計画と真犯人の安っぽいキャラクターの落差が凄いな。
また、終章になってようやく最後の1ピースが明らかにされ、より大きな絵が浮かんでくる構成も決まっています。
300ページちょっとの物語に大掛かりなトリックをこれでもか、とぶち込んだサーヴィス編。人情劇も盛られているのですが、読後感はちっとも重くならないのが好みでした。
2013-09-27
The Mamas & The Papas / The Mamas & The Papas (eponymous title)
Sundazedよりママズ&パパズのアルバムが二枚リイシューされました。ファースト「If You Can Believe Your Eyes And Ears」は二年前に同社よりモノミックスでCD化されていまして、今回出たものではセカンド「The Mamas & The Papas」がモノラル、サードの「Deliver」がステレオ仕様になっています。
アルバム「The Mamas & The Papas」は1966年リリース。
ファーストアルバムにおけるフォークロックのスタイルを踏襲しながら、よりしっかりと作りこまれた作品といえましょう。カバーが2曲と減り、その2曲も確固としたオリジナリティを感じさせる仕上がりです。
このアルバム制作中に一度、ミシェル・フィリップスがクビになり、後に戻ってくるわけですが、その間はジャン&ディーンのファンにはお馴染み、ジル・ギブソンがメンバーとして迎え入れられていました。そのせいで、完成したアルバムでは一体どちらがどの曲を歌っているのかが区別が付かない、という状態に。図らずも、音楽的にはミシェル・フィリップスは互換性のある要素だ、ということが明らかになってしまったわけで。
さて、最初に書いたように、このアルバムは今回、モノラルミックスが採用されています。ただ、ダンヒル保有のモノマスターは'70年代に全て廃棄されてしまったそうであって。ファースト「If You Can~」のリイシューCDについては英国で発見されたマスターテープ(*)が使われたのですが、その時点では、その他のアルバムのモノラルマスターは見つかっていなかったはずです。今回のものに関してはその辺りのインフォメーションが無いのですが、実際に聴いてみると流石にSundazed、ちゃんとしたものであって、「If You Can~」とも遜色は無いように思いました。
〈追記〉このアルバムのリイシューはアナログ盤起しではないか、という議論がありました
続いての「Deliver」は翌1967年のリリース。彼らのアルバムの中で、ジャケットはこれが一番美しいですね。
内容も良く、フォークロックにとどまらず、より洗練されたポップソング集になっています。全体として以前よりも落ち着いて、ソフトさが強まった感じで、特にインスト曲をも含むアルバム後半の流れが良いな。
今回使用されたステレオマスターは昨年の秋ごろに発見されたもののようで、シュリンクに貼られたステッカーにも「sourced from the original analog masters」と書かれています。
さて、こうなると当然、4枚目のアルバム「The Papas & The Mamas」のリイシューも期待したいのですが、Sundazedの手堅い仕事ぶりを見ていると、新たにマスターテープが発見されない限りは難しいのかな・・・。
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