2014-03-30

泡坂妻夫「煙の殺意」


作者の初期にあたる1976~79年に発表された短編8作を収録。
この時点にしてナラティヴの豊かなこと。謎の形態は勿論、読み物としてのバラエティが流石です。


「赤の追想」 ホームズ譚を思わせる導入も愉しい、日常に潜んだ謎を扱ったもの。わずかな登場人物、内容の半分以上を回想が占めるという構成で、非常に動きの少ない物語だが、それゆえに意味の反転が印象的。結末といい、とても綺麗な形をもつ一編。

「椛山訪雪図」 美術ミステリといったらよいか。回想の物語であるがゆえに生々しさがなく、絵画に込められた幻想味がより高まっている、この作者ならではの詩美性が強調された作品。ミステリらしくない謎をいかにミステリとして生かすか、というのが実に巧い。

「紳士の園」 刑務所から出所したばかりの男たちが遭遇した死体消失事件。落語のようなとぼけたやりとりが愉しく、それに乗せられて読み進めると、異様な推理を経て、恐ろしく落差のある結末が待っている。語り過ぎない、その加減が絶妙ではないか。

「閏の花嫁」 殆どが書簡のやりとりで構成された短編。オチはすぐに予想がつくのですが(というか、予想のつかない形でこのオチを使うことは困難だろう)、決して物語からはみ出ていかない範囲で収められている伏線と、あくまでユーモラスにまとめた過程が読み所。

「煙の殺意」 亜愛一郎ものとも共通するような奇妙なロジックが炸裂する強烈な一編。こんな話を思いつくひとはやはり、どこかイカれているのではないだろうか。しかも幕切れが洒落ているというのだから、わけわかんねえ。

「狐の面」 法力で病気を治すという旅の修験者たちと寺の住職の対決。土着的文化と科学精神の衝突からくるユーモアが愉しい。手品の種明かしはこの作者らしい。一見たわいもないような事件に隠れた意図があった、という構図も良いな。

「歯と胴」 倒叙ものでありながらその語りの中にちょっとした捻りが。また、ミステリファンとしては当然、犯人がどこでミスを犯すのか、を意識しながら読むことになるのだけれど、これは巧妙。複雑な読後感を残すクライムストーリーであります。

「開橋式次第」 特にユーモアが強調された作品であって、バラバラ死体が出てくるものの、ミステリとしてはあっさり目。とは言え、独特の奇妙な動機はここでも。


ミステリ作家というのは変なことを考えるのものだ、そう何度も思わされました。他人と同じ素材を扱っていても、どれも独自の仕上がりなのが嬉しい作品集です。

2014-03-23

E・C・R・ロラック「鐘楼の蝙蝠」


「死体をしょいこまされた場合、将来の不都合を避けるためには、どういうやり方で始末するのがいいだろうか?」
居心地の良い客間で行なわれた冗談半分の議論、だが、それは後に起こる犯罪を暗示するものであったのか。謎の脅迫者に付きまとわれていた作家は、突然に行方をくらました。また、同じ頃に外出した夫人も消息を絶つ。そして、脅迫者のアジトと思しい場所からは、ついに殺人の痕跡が発見された。

昨年に訳出された『悪魔と警視庁』と同様、マクドナルド警部が活躍する長編。発表されたのはこちらの方が先のようです。
『悪魔と警視庁』では最初に魅力的な謎が出されるものの、その興味が持続していかないという難点がありましたが、今作では不可解な手掛りが徐々に出されていき、事件が錯綜していく展開がうまくいっています。
派手な趣向も盛り込みつつ二転三転するプロットと、そのつど裏を読みたがるマクドナルドの推理も結構しつこく、これは愉しい。

ただ、やっぱり最後の謎解きがなあ、そんなに飛躍がないというか。トリックは肩透かしな上、伏線を出すのが余りに遅すぎるのでは。計画された犯罪としても、僥倖に恵まれすぎているような気がするし。

そういった物足りない点はあるのですが、控えめなユーモアを感じさせる会話は悪くないし、洒落たエンディングといい、う~ん、やはりこれはポスト黄金期の作品として鑑賞するのが良いのではないでしょうか。
『悪魔と警視庁』が楽しめなかったひとはやめといた方がいいかも。

2014-03-22

J.J. Jackson / J.J. Jackson (eponymous title)


1950年代末から活動していたらしいニューヨーク出身のシンガー、J.J.ジャクソン。裏方としてアレンジや作曲の仕事もしていたそうなのですが、これは1967年になってようやく出された自身のファーストアルバム。プロデュースはルー・フーターマンという、ブラザー・ジャック・マクダフなんかも手がけているひとです。ジャクソンもまた、ジャック・マクダフのアレンジをしたことがあるようで、その関係でしょうね。
このシンガー、見かけは相当いかついものの、声は良いですよ。ウィルソン・ピケットに少し似ているかな。巨体を利したような豪快で迫力あるボーカルを聴かせてくれます。
録音は英国で行なわれたようで、そう知って聴いてみると、米国産ソウルと比べ音像に奥行きや広がりが乏しいような気がしなくもない。その一方で、ビートグループ的な密度が感じられるような。

収録されている曲にはスタックスソウルあたりを下敷きにしたようなものが多いですが、ポップな味付けが強い曲のうちにはやや時代を感じるものもあって。今聴いて良いのは所謂ノーザン・ダンサーになりますね。
中でも出来がひとつ抜けているのは、やはりシングルヒットの "But It's Alright" で。シンプルであるけれど格好いいギターリフを中心に据えたすっきりとしたバックに、八分目くらいの力で余裕を感じさせるボーカルが実に決まっています。
また、"I Dig Girls" はダイク&ブレイザーズを思わせるアップで、剥き出しのドラムが気持ちいいし、プリティ・シングズが演った曲の作者ヴァージョン "Come See Me (I’m Your Man)" では抑えた唄い出しから、サビ部分に至って本領発揮の爆発が堪えられない。

スロウもありますが、こちらもやはり熱っぽいボーカルであることには変わりありません。カントリー風味の "Try Me" は唄い回しがどことなくオーティス・レディングっぽいし、"A Change Is Gonna Come" ではサム・クック節も聴かせるのですが、どちらも曲が進むに連れて荒々しさが前面に出てくるものです。

また、アナログでは各面の真ん中にあたるところにそれぞれインストが配置されていて。これらではジャクソンはオルガンを演奏しているそうなのですが、熱唱のボーカル曲ばかりの中で、アルバムのチャンジ・オブ・ペースとして巧く機能しています。ここら辺り、裏方として培ったセンスが生きているようでありますね。

2014-03-16

John Sebastian / John B. Sebastian


英Edselより、ジョン・セバスチャンがリプリーズに残したスタジオアルバムをまとめたものが出ました。こういったCDセットは最近多いですが、今回のものにはDVDが付いているのが目玉であります。
その内容はというと、1970年にBBCで放送されたスタジオライヴ「In Concert」。一曲だけハーモニカの独奏がありますが、あとは全編ギターの弾き語りで、収録時間は33分ほど。
温かみを感じさせるボーカルの良さは勿論、唄伴として非常に巧いギターを弾くのが印象的です。唄とギターだけで殆ど充分なくらい表現できてしまえるのだな(そういう曲を選んで演っているのだろうけど)。


しかし、絞り染めのカラフルなシャツを着て、終始笑顔を絶やさないジョン・セバスチャンはいかにもヒッピーっぽいなあ。こういうひとだから音楽ビジネスの変化についていけなくて、業界から一歩退いてしまったのだろうか。



「John B. Sebastian」はファースト・ソロアルバムです。1968年には完成しており、シングルも出されていたのだけれど、レコード会社のゴタゴタに巻き込まれてしまいリリースが'70年まで延び延びになってしまった、という経緯があります。

ラヴィン・スプーンフルを脱退してさほどないうちに制作されたわけですが、サウンドはバラエティ豊かながら、グループ時代と比べるとややシンプル目のアレンジかも。特にロックンロールでの乾いた抜けの良さやスケール感は、それまで無かったもの。アイケッツをコーラスに従えた "Baby, Don't Ya Get Crazy" で聴けるダイレクトなR&B感覚も新鮮。
一方で独特のポップセンスも健在で。ストリングスやリコーダーも入った "She's A Lady" の控えめな美しさ、ヴァイブが効いた "Magical Connection" がかつての "Didn't Want To Have To Do It" やティム・ハーディンの "Misty Roses" をも思わせるちょっとジャジーな手触りで、いや良いですな。
また、スプーンフルの再演 "You're A Big Boy Now" は弾き語りでありますが、密やかでぐっとパーソナルな仕上がりが悪くない。

2014-03-09

アガサ・クリスティー「ゼロ時間へ」


「わたしはよくできた推理小説を読むのが好きでね」彼は言った。「ただ、どれもこれも出発点がまちがっている! 必ず殺人が起きたところから始まる。しかし、殺人は結果なのだ。物語はそのはるか以前から始まっている」

1944年発表の長編。探偵役はバトル警視で、彼が出てくるものとしてはこれが最後の作品のようです。これまでは有能だけれど掴みどころのないキャラクターであったバトルですが、ここではその私生活にも触れられ、作品の真ん中でしっかりと存在感を示しています。

財産家の老婦人の屋敷に、彼女からの加護を受けてきた男とその妻、さらには男の前妻や妻の元恋人などが集まります。複数の絡み合う三角関係は当然のように緊張を高めていく。その一方で、はじめから殺人を行なうつもりで計画を練っている人物の存在が描かれます。
殺人が起こるのは物語のちょうど中間くらいのところ。事件発生までをじっくり書き込んだ作品としては『白昼の悪魔』などが既にあったわけですが、今作は犯罪の瞬間「ゼロ時間」に至る過程こそが重要なのだ、ということが冒頭部分、ある人物の口を借りてはっきりと宣言されています。
とは言っても、読み進めていて、結局、いつものクリスティとそう変わらないんじゃない、という気がしていたのですが。

いや、甘かった。解決編では思ってもみない展開が待ち受けています。はっきりと書けませんが、構成の妙というか、とんでもない誤導を使うものだ。
そして、この決定的な瞬間にバトル警視は、登場人物たちではなく、読者に向かって直接語りかけているように思えてならない。

骨格だけ取り出せば間違いなく「いつものクリスティ」なのだが、参ったね。違う物語を隠しておく、という趣向を過激なまでに推し進めたひとつの形かもしれません。

2014-03-03

Bobby Womack / Communication


1970年代前半のボビー・ウォマックのアルバムはどれも快適なサウンドのものだけれど、最近よく聴いているのはこの「Communication」(1971年)で、マスル・ショールズ録音ね。
冒頭のタイトル曲こそ粘るようなファンクですが、それ以外はゆったりとした、懐の深さを感じさせる曲調のものが多く、くつろいで聴けますわ。

このひとの持ち味は洗練された音楽センスとディープなソウル・シンガーらしい肉体性のバランスにあると思う。ここでも南部らしい温かみや開放感の中でメロウさを生かすような音作りがいい。そうしてしっかり作りこんだバックに、思い切りのいいボーカルが乗るわけだからたまらない。

甘さと激しさのブレンドが絶妙なミディアム "(If You Don't Want My Love) Give It Back" と、シングルヒットであるスロウの "That's The Way I Feel About Cha" の出来が抜けていますが、いずれもギターのフレーズが実に格好いいなあ。
お得意のカバーもジェイムズ・テイラーの "Fire And Rain"、カーペンターズがヒットさせた " (They Long to Be) Close to You" などありますが、いつもながら自分の色に染め上げてしまう力が凄い。こんなに気持ち良さそうに唄うひとはちょっといないよ。

最後をゴスペルの "Yield Not To Temptaion" で締める構成もなかなか。さまざまなスタイルに取り組んでるようで、ルーツに対する落とし前も忘れないという、ね。

2014-03-02

トマス・フラナガン「アデスタを吹く冷たい風」


――おれはなにも怖れてはおらん。卑怯者だから怖れんのだ。希望を失ったから怖れることがなくなったのだ。

1949~58年の間にEQMM誌上に発表された作品を収録した、日本独自の短編集。作者は歴史小説家でもあるそうですが、ミステリ畑における作品はここに収められているもので全てのようです。

全7編のうち4つが、軍事政権下で警察活動に従事するテナント少佐を主人公にしたもので、このテナントの策士ぶりがえらく格好いい。
切れ者でありながら冷遇されているテナントは、政権を司る〈将軍〉を内心では激しく憎みながらも、国益のために働いており、内に大きな屈折を抱えています。立場上〈将軍〉の意には背けず、同時に己の信義を通そうとする矛盾が人物と物語の奥行きに繋がっているのです。
ミステリとしても4編全て、良く出来た意外性のあるものばかりであって。各作品で使われているトリックは、それだけ取り出せば古典的な手なのですが、独特な作品世界と有機的に結びつくことで大きな効果をあげています。
ハメットのプロットをチェスタトンのように語る、といったら良いのか。いや、ちょっと他に類を見ない個性でありますね。

また、ノンシリーズもののうち2作は現代米国を舞台にしたクライムストーリー。軽いものだけれど切れの感じられる仕上がり。背景の設定が平明な分、やや結末が見え易いかな。

そして、本書の末尾に置かれているのがデビュー短編という「玉を懐いて罪あり」。中世イタリアを舞台にした、密室からの盗難を扱った作品です。練り込まれた背景と、そこでこそ生きるアイディアが抜群で、これもテナント少佐ものに匹敵する出来の良さであります(ただ、最初の方の訳注で話のオチを割っているのはいかがなものか@宇野利泰)。

コンパクトでありながら読み応えがある作品揃いで、これが米国でまとめられていたら〈クイーンの定員〉にも選ばれていたんじゃ、と思いましたね。