2014-05-02
Thelma Houston / Thelma Houston (eponymous title)
MoWestというのはモータウン傘下のレーベルなんだけれど、ソウルミュージックであることにこだわらないというか、必ずしも黒人大衆を相手にはしていないようなレコードを出していたところであって。それが仇になってか、結構微妙な扱いを受けてきた印象があります。
そのMoWestから1972年にリリースされたのが、テルマ・ヒューストンのセカンド・アルバム。
アコースティックな響きを生かしてあったり柔らか目の管弦など、MORポップスに近いような音作りがされている曲が多いのですね。全体の半分でアレンジを務めているのは、なんとアーティ・バトラー。'60年代前半から活動しているポップス職人みたいなひとであります。また、ファンキーな曲調のものではスワンプ・ロック的な感覚が漂う仕上がり。全体にゆったりとしたテンポのものが多く、対象年齢高めかな。
一方、主役であるテルマのボーカルは丁寧かつソウルフル、表情豊かなもので。どの曲をとっても文句がつけようがない出来の良さ。
しかし、当時はマーケティングに困ったかも。一曲目のイントロが流れ出した途端、ソウル・プロパーなリスナーの中には「ああ、これは、駄目だ」と思うひとがいてもおかしくない。それも人生でやんす。
さて、このアルバムの英盤は内容が違っており、米盤が10曲入りなのに対して、英盤は14曲入りだったよう。現在、英SoulMusic.comから出ているCDにはボーナストラック9曲が付いていて、うち5曲が英盤のみに収録されていたものであります(残りはシングル・オンリーだった曲です)。その英盤仕様の曲は、よりソウルらしいと言ったらいいか、乗りの良いミディアムが多く、モータウンのイメージには近いですね。現代ではこっちの方がアピールするのではないかな。中では、都会的なメロウさのなかで芯のあるボーカルが際立つ "Nothing Left To Give" が特に気に入りました。
2014-05-01
杉江松恋・編「ミステリマガジン700【海外篇】」
創刊700号記念アンソロジー、ということでミステリマガジンに翻訳が掲載されたものから16の短編が選ばれています。作家陣の顔ぶれの何と豪華なことよ。
作品の選択基準として、日本での単行本に採られたことがないというのがあって。落穂拾いなものになってはいないか、という懸念も持ちつつ取り掛かったのだけれど。
A・H・Z・カー「決定的なひとひねり」 冒頭で、ある男の妻が人を殺したことが告げられ、以降はそれがどのように行なわれたかが語られていく。
抑制を利かせた会話を通じて、心理の機微を(適度な意外性を交えながら)描き、非常に緊張感と説得力のあるクライムストーリー。
シャーロット・アームストロング「アリバイさがし」 引っ越してきて間がなく、知り合いもいない老嬢が強盗の容疑をかけられてしまい、アリバイを証明してくれる人物を探してまわる、というお話。
ミステリのルーティンからはずれた展開のうちに、キャラクターが浮き彫りになっていく面白さ。スマートにまとめた解決も好ましい、チャーミングな一編。
フレドリック・ブラウン「終列車」 これはミステリなのだろうか? ファンタジーであっても、あるいは普通小説としてもおかしくはない。形容は難しいけれど、とてもこの作者らしい作品ということは確か。稲葉明雄の訳文も素晴らしい。
パトリシア・ハイスミス「憎悪の殺人」 郵便局員アーロンは同僚たちを一人ひとり殺していくことにした、のだが、なんか変だぞ?
ハイスミスにしては軽め、けれどキャラクターの歪み方といい展開といい、充分にそのテイストは感じられる一作。
ロバート・アーサー「マニング氏の金のなる木」 銀行の金を横領していたマニング青年は、とうとう銀行に目を付けられたことを悟る。逮捕は受け入れるが、金はどこかに隠しておいて、出所したときに有効に使えるようにしておきたい。そんなマニングの前におあつらえ向きの隠し場所が現れた。
いわゆるスリックマガジンに載っていそうな洒落た作品。明るくてユーモアがあり、ちょっとしたツイストも。
エドワード・D・ホック「二十五年目のクラス会」 ホックのレオポルド刑事もの、というわけで。ここまではクライムストーリーが主でありましたが、これはシリーズキャラクターを使ったフーダニット。
些細な齟齬から導き出される推理は手堅いものですが、記憶の中にある光景、それが持つ意味の逆転が巧く決まっています。
クリスチアナ・ブランド「拝啓、編集長様」 ブランド自身が編集長に宛てた手紙で始まる、異様な心理サスペンス。
この作家としては平均的な出来に思えるが、それでも面白いな。我が国で出されている2冊の短編集に入っていない作品も、どこかでまとめて欲しいものであります。
ボアロー、ナルスジャック「すばらしき誘拐」 少しひねったシチュエーションにおける誘拐物。
シンプルなアイディアストーリーであって、この作者のものをいくつか読んでいれば結末の方向はある程度見えてしまうのだが、それでもフランスもの特有の唐突さ・変さが楽しい。
シオドア・マシスン「名探偵ガリレオ」 短編集『名探偵群像』の続編、として差し支えないか。ガリレオ・ガリレイが挑む不可能犯罪の謎。
時代背景やキャラクターとミステリとしての絡みをしっかりと構成しつつ、あくまで軽い読み物として仕上がっているのが良いかと。
ルース・レンデル「子守り」 ベビーシッターの女性が巻き込まれていくねじくれた運命。
ありがちかもしれないが「もしあのとき~でなければ」の使い方が巧い。突き放したような結末も凡百ではないですな。
ジャック・フィニイ「リノで途中下車」 一ドルほどカジノで遊んでみよう、そう思っていた男がギャンブルの引力に巻き込まれていく。
作中で描かれているゲームはよく分からなかったのだが、思わず感情移入させられてしまう。ささやかな物語、けれど迫力は充分。
ジェラルド・カーシュ「肝臓色の猫はいりませんか」 奇妙な味、を一席。
ピーター・ラヴゼイ「十号船室の問題」 題名が示すようにジャック・フットレルへ捧げられた作品。
タイタニック号に乗り合わせたフットレル自身が登場するので当然にして歴史ミステリなのだが、倒叙ミステリの要素もある。そういったように趣向は凝りに凝っているものの、出来はそこそこかも。
イアン・ランキン「ソフト・スポット」 刑務所で手紙の検閲官をしている男は、収監されている大物の悪党の妻に惹かれていくのだが・・・・・・。
順番に読んできて、この作品でキャラクター、仕掛け、オチがいきなり現代的なものになるな。
レジナルド・ヒル「犬のゲーム」 ダルジール&パスコーものです。
推理の物語ではあるけれど、アタマからケツまで人を喰ったようなユーモアに支配された、いかにも英国的な作品。
ジョイス・キャロル・オーツ「フルーツセラー」 家族の秘密に接してしまった不安を描いた一作。
メインストリームの作家には筋違いなんだろうけど、ミステリにしては飛躍やユーモアが不足しているように思った。小説としては凄くいいな。特に、秘密が隠されているフルーツセラーのイメージが絶品。
必ずしも各作家のベストが揃っているわけではないのだろうけど、そこそこ高いレベルのものが集められてはいるかと。
個人的にはひいきのブランドを別にすると、ブラウン、フィニイが良かった。ブラウンは短編集を読み直してみたくなったな。
2014-04-19
中町信「天啓の殺意」
中町信の作品は大昔に幾つか読んではいる。綾辻行人や折原一に影響を与えた作家として名前が挙がっていたからだ。けれど、その時の印象はあまりいいものではない。書かれた時代を考えれば意欲的なものかも知れないが(当時、既に)乗り越えられてしまっている、仕掛けが見え過ぎて興醒めしてしまう、といったところでありました。
この本も出た時に買ってから9年も寝かせていたわけだ。
ある推理作家が犯人当ての問題編の原稿だけを残して消息を絶ってしまう。その原稿に書かれていたのは現実に起こりながら未解決である殺人事件であった。推理作家は真相を探り当てたために、自らも危険に巻き込まれてしまったのだろうか。原稿を託された編集者は独自に調査を始めたのだが、さらなる事件が重なっていき・・・・・・。
期待せずに読んだのが良かったかもしれないが、これは面白かった。
作中作が使われていれば、当然ミステリファンとしては身構えてしまうのは仕方の無いところ。しかし、そういった予想も織り込み済み、といった巧妙さが良い。(解説によれば)作者のお気に入りであったという、クリスティっぽさも感じます。
解決編にはご都合主義な部分が目立つものの、そのあこぎさも逆に嬉しい。ただただ読者を騙すことを目的としているわけで、清々しさすら感じる。
また、語り口こそ地味であるが、プロット展開は意表を突くもので。大ネタだけでなく、その周辺の誤導なども丁寧に構築されたミステリでありました。
偉大なるワンパターン、けれど嵌ればデカイ、ということだな。
2014-04-13
XTC / Skylarking
「Skylarking」(1986年)のリマスター、「corrected polarity edition」だそうな。
極性修正、とか言われてもピンときませんが。ブックレットの記載によれば、プロデューサーであるトッド・ラングレン所有のスタジオにおけるミックスダウンの際、マルチトラックマシンとステレオミックスマシンの間の配線に間違いがあったらしい。当時は誰も気付かず、XTCの面々は「痩せて迫力の無い音になっちゃったな」と思っていたとのこと。
トッド・ラングレンはこの件について反論しているのですが、やや話がずれている気がしますな。
ともかく、極性云々あるいはリマスター、どちらの効果かはわかりませんが、今回のリイシューでは空気感が豊かなものになったように思います。それぞれの音が生きいきとしているけれども決してうるさくはない。特にギターの音が良くなったなあ。
この「Skylarking」というアルバムは特に我が国で人気が高いようでありますね。個人的にはバンドらしさが濃い "Earn Enough For Us" が一番好き。いや、要はビートルズっぽいからなんだけれど。
今回、"Dear God" がボーナストラックの形ではなく、アルバムの流れの中にちゃんと位置しているのもいいですな。
しかし、このジャケットは…… |
2014-04-07
Lesley Gore / Girl Talk
レスリー・ゴア、4枚目のアルバムでリリースは1964年。
プロデュースはクインシー・ジョーンズ、アレンジはクラウス・オガーマンという、レスリー・ゴアにとってのいつものチーム。サウンドは華やかで明るく、まさに'60年代前半のアメリカン・ポップ王道、という感じですね。少しリズムが強調されてはいますが、パーカッションやハンドクラップらでの補強によるものであって、軽やかさを損なっていないのは流石。
レスリー・ゴア本人の唄については今更ですが、正確であり、スロウであってもべたつかないキレの良さが好ましい。また、エリー・グリニッチらによる力強くも爽やかなバックグラウンドボーカルは、ガール・グループものに通じるテイストを濃く感じさせます。
収録曲では、そのグリニッチとジェフ・バリーによる2曲、"Look Of Love" と "Maybe I Know" がハイライトなのですが、ちょっとクールで蓮っ葉な感じの "Hey Now" やR&B的なフックを持つ "Wonder Boy" も良いな。
ところで、このアルバムは最近になって英Aceよりボーナストラック13曲を加えてリイシューされたのだけれど、このボーナス部分の構成がちょっと妙。前年にレコーディングされながら当時は未発表であった(そして後に独Bear Familyによって発掘された)ものが4曲、残りが翌'65年にリリースされたシングル&アルバム曲となっていて。これを見る限り、今後Aceからレスリー・ゴアのカタログが次々と出されるわけではないようですね(「California Night」あたりは出そうな気はしますが)。編者であるミック・パトリックの意図として、ブリティッシュ・インヴェイジョン前後のアメリカン・ポップ・ミュージック、その最良の部分をこのCD全体を使って照らし出してみたのかな、なんて思うのだけれど。
そのボーナス部分ではシェルビイ・シングルトンがプロデュースした "I Just Don't Know If I Can" がロネッツを意識したような仕上がりで興味深い。
あえて注文をつけるなら、"Look Of Love" のシングルヴァージョン(スピードを上げた上でスペクター風の味付けを加えたもの)も収録して欲しかったな。
2014-04-06
アガサ・クリスティー「死が最後にやってくる」
紀元前2000年のエジプト、権力者である家長は、若く美しい妾を伴って旅から帰ってきた。それをきっかけに、くすぶっていた家庭内の不満が顕在化していき、ついには死者が。
1944年発表、ノンシリーズもの長編。なかなかに冒険的な舞台設定の作品でありますが、出てくるキャラクターたちは現代物とあまり変わらず、むしろ典型化が激しいかな、という印象。
古代を舞台にしたことで、死者の呪いというミスティフィケーションがうまくいっているのですが、その一方で、いつものクリスティ作品らしい小道具の使用があまり見られず、人間心理の物語としての側面がより大きくなっているように思います。
物語中盤から事件は次々に起こっていきますし、フーダニットとしての形態をとってはいますが、警察や探偵が存在しないため、それらはまず家庭内の問題として処理されていきます。
事件を巡る状況には不可解なところがあるものの、それを前面には立てずに進行していくので、謎解きの興趣はやや薄く感じられるな。
誰も信用できない、というサスペンスの高まりは作者のクローズド・サークルものにも通ずるものであって、この辺りはうまい。
ミステリとして、現代ものでは出来ない趣向というのが周辺的な部分にかかっている。その工夫を面白く思うかどうか。
クリスティをある程度の量読んできたひと向けの作品ではないかしら。
2014-04-04
The Grass Roots / The Complete Original Dunhill/ABC Hit Singles
米Real Gone Musicによる、グラス・ルーツのシングル集。
タイトルに「Complete」で「Hit」とあるように、シングル曲のうちチャート・インしたものを網羅しました、ということらしい。
実はこれ、結構な労作のよう。全てオリジナル・シングル・ヴァージョンで固められているのですよ。モノラルです。
以前にも書いたけれど、ダンヒルはセッションテープやモノマスターを'70年代に廃棄してしまっているとの話で。今回使用された音源は、海外でのリリース用に送られたサブマスターか、それが利用出来ない場合はアナログレコードから起したそうであります。
なるほど聴いていると、これは盤起しかな? というような歪みっぽいところが感じられるものもありますが、殆どの曲は力強く、パンチの効いた(と書くと死語なのだが、英語でいう "punchy" ってやつです)仕上がりで、個人的には満足です。
実をいうと僕は、グラス・ルーツについてはP.F.スローンが制作に関わっていた頃のフォークロックが好きなのであって、それより後のポップソウル路線のものには、あまり関心はないのです。今回、改めて聴いてみても、その思いは変わらなかったな。良い曲もあるけれども、時代が進むにつれてサウンドがもっさりしてきているような気がして。まあ、ここら辺りは好みの問題ですね。
ところで、このCDのブックレットにはスローンの相方であったスティーヴ・バリーのコメントがふんだんに盛り込まれていて、なかなか読みでがあって面白い。スローンがダンヒルを去って、バンドのオリジナル曲を多く入れたアルバムもセールスには結びつかずといった難しい時期に、バリーはグラス・ルーツのメンバーたちとミーティングを行なったという。そうして最後には「君たちはポップグループであって、ザ・バンドのような存在ではない」という結論になり、外部のソングライターによるヒット性のありそうな楽曲を演っていく、という方針が決まったらしい。
しかし、今更なんだが、このヒット曲集の流れで聴くと、やはり "Let's Live For Today" が一番輝いているように感じられるな(非シングル曲なら "Is It Any Wonder" なんて凄く好みのがありますが)。
この曲はスローン&バリーが書いたものではないけれど、イントロのギターのウェットな響きからしてフィル・スローンのセンスがはっきりと感じられます。また、ドラマティックな展開には、うん、ヒット・レコードとはこういうものだよな、と納得。
あれだな、もう古い音楽だけでいいな、僕は。消費税も上がったしね。
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