2014-09-15

The American Breed / Lonely Side Of The City


ロジャー・ニコルズがトニー・エイシャーを作詞家に迎えて書いた "Always You" という曲がとても好きだ。
最初に聴いたのはサンダウナーズというグループのヴァージョンだったのだけど、この曲が僕にとって特別なものになったのは2007年の再結成ロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズのものを聴いてから。39年のブランクを経て届けられた "there's always you / thank God for you" というフレーズがとても感動的に響いたのですね。


「Lonely Side Of The City」はシカゴ出身のグループ、アメリカン・ブリードが1968年にリリースした4枚目にして最後のアルバム。韓国Big Pinkからのリイシューです。

この一曲目にも "Always You" が入っていて。サンダウナーズのほうがストリングスも入ってドラマティックであるけれど、こちらはシンプルな分メロディの良さがより伝わりやすいと思う。乾いたドラムの音も好みであって、比較すればやや落ち着いて都会的な感じかな。まあ、どちらも良いのね。
このアルバム、アナログA面にあたる前半が穏やかなサンシャインポップといった趣でとても好みです。オリジナル曲はメロウな出来であるし、カバーではピート・アンダース&ヴィニー・ポンシアの "New Games to Play" という曲も演っており、これもソルト・ウォーター・タフィーあたりを思わせる楽しさ。
そしてA面の終わりにはまたロジャー・ニコルズの曲で、ポール・ウィリアムズと書いた "To Put Up With You" が取り上げられていて、しみじみと聴かせてくれます。

一方でアルバム後半になると、ぐっとMORポップス寄りのものや土臭いアレンジのもの、ソウルっぽい曲なども試みてはいるけれど、逆に個性があまり感じられなくなっているようではあります。そこそこではあるものの、芯になるような強力な曲がないのも正直なところ。

客観的に見ると、バブルガムでヒットレコードを出していた彼らが、セールスの落ち込みとともに色々と試行錯誤していたわけで。全体とすれば中途半端な作品かもしれませんが。
まあ、個人的には捨て置けない、というところであります。

2014-09-14

マーガレット・ミラー「悪意の糸」


マーガレット・ミラーなんて読むのは何年ぶりだろう。1950年の作品だそう。

ミラーというと語り手が自分自身に嘘をつき続けるようなミステリの印象が強いのだけれど、この作品はずっと平明。陰鬱さもあまり感じず、心理の書き込みも抑え目で、全体の雰囲気やプロットは凄く私立探偵小説っぽい。

主人公は女医であるシャーロット。彼女は若い女性からの中絶手術の依頼を断るのだが、後になってその患者のことが気になり、住所を訪ねて行く。家の持ち主である患者の叔父はみるからにうさんくさい男であり、かつ何かを隠しているようであった。言付けを残して帰宅したシャーロットは、ガレージで何者かに殴られ、気を失ってしまう。

シャーロットが仕事の範囲以上にその患者のことを気にかけるのは、その境遇に不倫をしている自らを重ね合わせてしまったからなのだが、そのことによって自らも脅威にさらされる羽目になってしまう。ここら辺りからは巻き込まれサスペンスとしての要素も加わる。
途中で事件性のある出来事が起こってからは刑事が登場。こいつがやたらにクールな野郎であって、台詞のほうもワイズクラックふう。そうすると、シャーロットはヒロインっぽく見えてくる。

真相のほうは可能性が限定され過ぎているため、割りと見当が付き易くなっている。しかし、その開示シーンの迫力・説得力は流石にミラー。また、意外なくらいに伏線の綾もよくできている。
何より、旦那のロス・マクドナルドがまだ駆け出しといっていい時分に、ミラーがこれをものしたというのが驚き。

というわけで、僕の持つマーガレット・ミラーのイメージとは少し違いましたが、コンパクトでありながら内容は濃く、非常に形よくまとまったミステリでありました。

2014-08-31

Billy Stewart / I Do Love You


ジョージィ・フェイムが演っていた "Sitting In The Park" はこのひとがオリジナル。

ビリー・スチュワートというソウル・シンガーは1950年代半ばから活動していたそうなのだけれど、これは'65年になってチェスから出された彼のファースト・アルバム。収録曲の半分ではスチュワート自身が作曲も手がけています。
プロデューサーを務めているビリー・デイヴィスは、チェスのスタッフになる以前はデトロイトでベリー・ゴーディと共に仕事をしていたそうです。そのデイヴィスの書いた曲も入っているのですが、なるほどそう知ると初期モータウンと共通するようなテイストのミディアムもあるかな。

この時期のアルバムによくあることですが、古いシングル曲なども入ってまして、制作時期を一番さかのぼるものは'62年に作られた2曲。うち "Fat Boy" ではボ・ディドリーが共作者としてクレジットされています。鳴っているギターも、それっぽい。

もっともここでの聴き物はスムースなスロウでしょう。中でも抜群なのはやはりシングル・ヒットした2曲、タイトルにもなっている "I Do Love You" と先に挙げた"Sitting In The Park" であります。いずれもこの時代のものとは思えない、実に洒落た仕上がりで、後々のスウィート・ソウルの原型と見ることも出来そう。オルガンとピアノを絡めた風通しのよい演奏はルビー&ザ・ロマンティクスをソウル寄りにした、という感じもあるかな。美しいコーラス、そこに伸びやかなテナーが映える。少しジャジーな軽やかさはシカゴならではか。

いわゆるアーリー・ソウル、そこから都会的な次代のものへと変化するさまを捉えた一枚。

2014-08-30

ヘレン・マクロイ「逃げる幻」


アメリカ軍の大尉で本業は精神科医のダンバーは、秘した任務を帯びながら表向きには休暇でスコットランドに滞在することとなった。そしてひょんなことから、彼は何度も家出を繰り返す少年と関わることになる。何不自由ない家庭環境にあって、しかし少年は何かをとても恐れているようなのだ。

このところ創元推理文庫から年一冊のペースで出版されるヘレン・マクロイ。今回は1945年発表、第二次大戦後間もない頃の作品です。

登場人物のアイデンティティを探るような導入からして謎めいていて、すぐに作品世界に引き込まれていきます。また、舞台となるスコットランドの高地、そこにおける幻想的な風景は読んでいてリアリティをぐらつかせられるものだ。ここではどんな歪んだ論理も通用していまいそうだ。この作家は自然描写もいいな。
物語の本筋は少年の抱えた秘密なのだが、その調査過程において判明した事実は、ダンバーの隠れた任務とも関わってきているようでもある。
なお、本書の帯には「人間消失と密室殺人、そして」と書いてあるけれど、マクロイは不可能犯罪を得意とする作家ではないので、トリックには期待してはいけません。これらの趣向は勿論、ミステリを駆動する装置ではありますが、むしろゴシック小説っぽさを強調するための象徴としての意味が強いように思うな。

家庭の悲劇を中心に据えたスリラーと思えたものが、謎解き小説としての本性を見せるのは終盤になってから。勘のいい読者なら犯人の見当はついているでしょう。しかし、少年の周囲にどんなおぞましい秘密が隠されていたのか? これが明らかになるとともに物語全体の様相ががらり、と一変。見掛けとは違う物語であった、というのは同時期のクリスティも得意としたところでありますが、これはお見事。
更には、それに伴って数々の謎がひとつの流れに収束されていく。この辺りの綺麗なかたちはマクロイならではだなあ。

奥行きを感じさせながら仕上がりはタイトで、心理学や戦争の影響なども単なる装飾ではなく、本筋にしっかりと絡んでいる。
何よりプロット構成が抜群にクレバー。いや、面白かった。

2014-08-24

The Kinks / Lola versus Powerman and The Moneygoround/Percy


キンクスのデラックス・エディション、これまでのはデジパックでありましたが、今回の「Lola versus Powerman~」はジュエルケースになっていて、もしかしたら予算をケチったのでありましょうか。
内容のほうも「Percy」のサントラとのカップリングであり、ちょっと変則。まあ、「Percy」をリイシュー・プログラムに組み込むとしたら、こういうやり方しかないのかな。制作当時、レイ・デイヴィスはとにかくパイとの契約を終わらせたかったようで、そのために強行スケジュールにもかかわらずサントラ仕事を請けたようであります。
とはいえ、少なくとも「Percy」のボーカル入りの曲に関しては、どれもいいとは思いますが。


「Lola versus Powerman and The Moneygoround Part One」は1970年にリリースされたアルバム。そのサウンドはこの前後の「Arthur」や「Muswell Hillbillies」と比べるとすっきりと仕上がっている。端境期なのかもしれないけれど、アコースティックギターの響きをうまく生かしながら、新加入であるジョン・ゴスリングの存在もしっかりと感じられるものだ。
そして、こってりした作品世界の作りこみこそないものの、逆にレイ・デイヴィス独特の、世界を遠くに見ている感じは凄く強力に伝わってくる。個人的には "This Time Tomorrow" がいちばん好きなのだが、"The Moneygoround" のメロウなミドルエイトなども、その曲調との落差も相まってたまらないな。

さて、今回のリイシューではボーナストラックは全部で17曲で、そのうちPreviously Unissuedとあるのが13曲。まずまずのボリュームではあります。
未発表曲の "Anytime" は、この時期のキンクスとしてはちょっと異色な感じの骨太なミディアム。出来はそんなに悪くないのだけれど、泣きの入ったギターもあって、なんだかジョージ・ハリスンみたいだ。また、"The Good Life" のアイディアは、後に "Here Come The People In Grey" で流用されていますな。


2014-08-17

Spring / Spring (eponymous title)


1988年に作られた古いCDなので、久しぶりに聴いてちょっと「音圧低いなあ、しょぼくない?」と思ったんだけれど。ボリュームを少し上げてみると、これはちゃんとしたマスタリングであることが判り、流石はビル・イングロットだわ、と感心しました。

スプリングの唯一のアルバム「Spring」は1972年リリース。アレンジャー及びプロデューサーのひとりとしてブライアン・ウィルソンの名がクレジットされていますが、ブライアンは気の向いたときにスタジオに現れてはちょこちょこっと参加するといった具合で、実際にはレコーディング全体のせいぜい4分の1ほどにしか関わっていないという話です。

いくつかのビーチ・ボーイズ用に作られたトラックを流用したような曲を除くと、非常にサウンドはシンプルで。基本的な4リズムにシンセで装飾を加えてあるくらい。だからといってチープな感じはしないのね。豊かなコーラスのおかげもありますが、いや、エンジニアリングとかミックスって大事ですな。
サンシャインポップをベースにしながら、ナチュラルで穏やかな感触に仕上がったアルバムといえましょうか。

収録曲は殆どカバーですが、元々の曲の良さを生かしつつアイディアをプラスしたという印象で、大きく外したものはありません。
中でも目を引くのは "Thinkin' 'Bout You Baby"。1964年に、ブライアン・ウィルソンがシャロン・マリーのために作った曲で、ビーチ・ボーイズの "Darlin'" の元歌でもあります。シャロン・マリーのオリジナルはフィル・スペクターの影響を感じさせる力強いサウンドであったけれど、ここではテンポを少し落としたメロウな仕上がり。コーラスも麗しく、メロディの良さがより伝わってくる。
また、シティの "Now That Everything's Been Said" はキラキラした味付けがガール・ポップらしい楽しさを盛り上げる。シティのオリジナルも好きなんだけれど、こちらも甲乙つけ難い出来。
ビーチ・ボーイズで演ってる曲もいくつかあって、特に "Good Time" は後のアルバム「Love You」で聴けるものよりも凝ったアレンジが楽しい。
個人的なベストは、というとCDのボーナストラックになっちゃいますが。1973年にシングルで出されたオリジナル曲、"Shyin' Away" が切ないメロディと木管を効かせた柔らかなアレンジで素晴らしいな。


なお、このCDに収録された以外でも、彼女たちが'70年代後半に制作した未発表曲があって。それらはキャピトルが編纂したハニーズのコンピレーションに収められていますが、コンテンポラリーなサウンドを意識したもので、正直あまり面白くない出来。
未CD化なのですが、ファン向けのみで出された "Snowflakes" という曲があって、むしろそちらの方がいいですね。検索すれば容易に聴くことができると思います。

2014-08-16

アガサ・クリスティー「満潮に乗って」


「イノック・アーデンなんて名はないんです。ありっこないんですよ、詩の中に出てくる名じゃありませんか。テニソンですよ。ぼくはやっとつきとめたんです。故郷へ帰ってきて、自分の女房がほかの男と結婚しているのを知った男ですよ」

1948年のエルキュール・ポアロもの長編。
これは大昔に一度読んでいる(はず)。確か、瀬戸川猛資が座談会でこの作品に触れて「イノック・アーデン、いいですね」とかなんとか言ってたからだ。そのわりに、内容はさっぱり記憶にないのだが。

富豪、ゴードン・クロードは若いロザリーンを嫁にもらった後、空襲にあって死亡する。莫大な財産は未亡人になったロザリーンのものに。一方、クロードの一族は金銭的にはゴードンにかなり頼っていたのだが、戦争の影響もあってかそれまでの裕福な暮らしを維持するのが困難に。あの女がいなければわたしたちは遺産を山分けできるのに、キーッ!
――というお話。うん、これだけだと、また似たり寄ったりな設定であることよな。
一方、ロザリーンにはアフリカで病死した前夫がいたのだが、これが実は生きており、「イノック・アーデン」と名乗って英国に戻ってきている、というのだ。もし、前夫が本当に死んでいなかったのなら、ゴードンとロザリーンの結婚は無効になり、遺産の行方も変わってくる、というわけだ。
で、なんやかんやしているうちに物語の半ばあたりで殺人が起こる。
ふたつの謎がある。殺人犯人は誰か? そしてイノック・アーデンとは本当は何者なのか?
後半に入ってようやくポアロが登場。しかし、さらに事件が。

クリスティにしては珍しく、フェアなかたちで手掛かりが出されていると思います。ただ、そこから犯人に辿り付けることは出来ても、事件の全体像を見通すことは困難だろう。凄く大胆でトリッキー。この仕掛けをこういうかたちで使うのか! と思わず驚いたが、しかし同時に、なるほど、こうでしかありえないよな、という真相。いやあ、まいった。

道具立ては地味なのだが、クリスティ一流の騙しが冴えに冴えまくった作品でございました。