2014-08-30
ヘレン・マクロイ「逃げる幻」
アメリカ軍の大尉で本業は精神科医のダンバーは、秘した任務を帯びながら表向きには休暇でスコットランドに滞在することとなった。そしてひょんなことから、彼は何度も家出を繰り返す少年と関わることになる。何不自由ない家庭環境にあって、しかし少年は何かをとても恐れているようなのだ。
このところ創元推理文庫から年一冊のペースで出版されるヘレン・マクロイ。今回は1945年発表、第二次大戦後間もない頃の作品です。
登場人物のアイデンティティを探るような導入からして謎めいていて、すぐに作品世界に引き込まれていきます。また、舞台となるスコットランドの高地、そこにおける幻想的な風景は読んでいてリアリティをぐらつかせられるものだ。ここではどんな歪んだ論理も通用していまいそうだ。この作家は自然描写もいいな。
物語の本筋は少年の抱えた秘密なのだが、その調査過程において判明した事実は、ダンバーの隠れた任務とも関わってきているようでもある。
なお、本書の帯には「人間消失と密室殺人、そして」と書いてあるけれど、マクロイは不可能犯罪を得意とする作家ではないので、トリックには期待してはいけません。これらの趣向は勿論、ミステリを駆動する装置ではありますが、むしろゴシック小説っぽさを強調するための象徴としての意味が強いように思うな。
家庭の悲劇を中心に据えたスリラーと思えたものが、謎解き小説としての本性を見せるのは終盤になってから。勘のいい読者なら犯人の見当はついているでしょう。しかし、少年の周囲にどんなおぞましい秘密が隠されていたのか? これが明らかになるとともに物語全体の様相ががらり、と一変。見掛けとは違う物語であった、というのは同時期のクリスティも得意としたところでありますが、これはお見事。
更には、それに伴って数々の謎がひとつの流れに収束されていく。この辺りの綺麗なかたちはマクロイならではだなあ。
奥行きを感じさせながら仕上がりはタイトで、心理学や戦争の影響なども単なる装飾ではなく、本筋にしっかりと絡んでいる。
何よりプロット構成が抜群にクレバー。いや、面白かった。
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