2014-08-16

アガサ・クリスティー「満潮に乗って」


「イノック・アーデンなんて名はないんです。ありっこないんですよ、詩の中に出てくる名じゃありませんか。テニソンですよ。ぼくはやっとつきとめたんです。故郷へ帰ってきて、自分の女房がほかの男と結婚しているのを知った男ですよ」

1948年のエルキュール・ポアロもの長編。
これは大昔に一度読んでいる(はず)。確か、瀬戸川猛資が座談会でこの作品に触れて「イノック・アーデン、いいですね」とかなんとか言ってたからだ。そのわりに、内容はさっぱり記憶にないのだが。

富豪、ゴードン・クロードは若いロザリーンを嫁にもらった後、空襲にあって死亡する。莫大な財産は未亡人になったロザリーンのものに。一方、クロードの一族は金銭的にはゴードンにかなり頼っていたのだが、戦争の影響もあってかそれまでの裕福な暮らしを維持するのが困難に。あの女がいなければわたしたちは遺産を山分けできるのに、キーッ!
――というお話。うん、これだけだと、また似たり寄ったりな設定であることよな。
一方、ロザリーンにはアフリカで病死した前夫がいたのだが、これが実は生きており、「イノック・アーデン」と名乗って英国に戻ってきている、というのだ。もし、前夫が本当に死んでいなかったのなら、ゴードンとロザリーンの結婚は無効になり、遺産の行方も変わってくる、というわけだ。
で、なんやかんやしているうちに物語の半ばあたりで殺人が起こる。
ふたつの謎がある。殺人犯人は誰か? そしてイノック・アーデンとは本当は何者なのか?
後半に入ってようやくポアロが登場。しかし、さらに事件が。

クリスティにしては珍しく、フェアなかたちで手掛かりが出されていると思います。ただ、そこから犯人に辿り付けることは出来ても、事件の全体像を見通すことは困難だろう。凄く大胆でトリッキー。この仕掛けをこういうかたちで使うのか! と思わず驚いたが、しかし同時に、なるほど、こうでしかありえないよな、という真相。いやあ、まいった。

道具立ては地味なのだが、クリスティ一流の騙しが冴えに冴えまくった作品でございました。

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