2015-05-01
アガサ・クリスティー「蜘蛛の巣」
1954年に発表された、三幕ものの戯曲です。特にシリーズ・キャラクターが出てくることもありません。
戯曲なんて読むのは学生の頃以来で。そのときは筒井康隆の影響だったんだけど、ハロルド・ピンターとかさ。
だいたいが僕は芝居には興味がないのですよ。で、クリスティのミステリ作品を読んでいくについて、とりあえず「ねずみとり」のように原型となる小説がある戯曲は読まなくていいことにして、オリジナルのものだけを当たっていくことに決めたのです。
この『蜘蛛の巣』は女優さんからの依頼で書き下ろしたのだそう。
読み物としては中編程度のボリュームなので、あまり具体的な内容には触れませんが。喜劇的な要素の強いスリラーという感じで、死体をモノのように扱うところなどがヒチコックのある作品を思わせます。
一方、純粋にミステリとして見ると緩く感じてしまうのは否めないです。小説ならぼやかして描写するような不自然な行為(クリスティはこれが多い)も、はっきり書かれているために、犯人の見当が付き易い。フェアといえばとてもフェアですね(特にサンドウィッチを食べ続けると言う行為が、笑い所でありかつ、手掛かりにもなっているのには感心しました)。
あと、行動の描写がどうしても説明的なため、ややスリルが削がれてしまっているようでもあるか。
そういった点はあるものの、プロット上のツイストはいくつも効いていますし、雰囲気からは初期のクリスティの作品とも共通するような若々しさ、明るさが感じられて、楽しく読めました。
2015-04-30
Hysear Don Walker / Complete Expressions
ヤング・ホルト・トリオにいた鍵盤奏者、ハイザー・ドン・ウォーカー。彼がブランズウィックに残した2枚のリーダー作がウルトラ・ヴァイブよりリイシューされました。
そのうち先に出たほうのアルバムが「Complete Expressions」(1970年)、プロデューサーはウィリー・ヘンダーソン。こちらは世界初CD化ということです。マスタリングは悪くないものの、なんだかアナログ起しっぽい音も聞こえる。
ドン・ウォーカーのアルバムは2枚とも基本編成はピアノ・トリオであり、フェンダー・ローズの音色を生かしたつくりのもの。それでも、セカンドの「Complete Expressions (Vol.2)」がジャズ・ファンク、あるいはフュージョンと呼べそうな内容であるのに対して、このファーストはもっと落ち着いていて、リズムが跳ね気味の曲もファンキーとまではいかない。演奏自体もコンパクトにまとまっていて、ひたすらにメロウな手触りです。
また、収録曲はビートルズのカバー "Dear Prudence" 以外は全てオリジナルですが、これらが甘さを湛えたいいメロディ揃いであります。特に "Inner Face" というスロウが素晴らしく、この曲はセカンドでもタイトルを少し変えて再演していますが、個人的にはファーストでのシンプルな仕上がりのほうが好みです。
ニュー・ソウル時代の洗練を感じさせるイージー・リスニング・ジャズ、というところでしょうか。とにかく、一枚通して凄く気持ちよく流していられるアルバムです。
不満があるとしたら、時間が短すぎることかしら。全体で24分くらいしかないのね。それが物足りなくって、繰り返し聴いちゃう。
2015-04-29
麻耶雄嵩「あぶない叔父さん」
2011~14年にかけて雑誌掲載された五短編に、書き下ろしひとつを加えた連作集。タイトルはアンクル・アブナーとかけてあるのでしょうか。
霧に包まれた田舎町に住む高校生、優斗は寺の息子であります。そして、寺の敷地内の離れにはなんでも屋を営む、父親の弟が住んでいた。優斗はこの叔父(明らかに金田一耕助ふうだ)を慕っていて、離れに寄っては相談事を持ち込みます。
帯に書かれているように「探偵のいない」本格ミステリ、というコンセプトの本作。結果として、凄く独創的で気持ちの悪い読み物になっています。
作品の性格上、ミステリとしてはあまり複雑なものにはできないわけですが、それでも丁寧に作られてはいます。事件の様態そのものを誤認させるようなものが多く、その手続きには都筑道夫を思わせるところも。
しかし、例外的に叔父さんが自ら探偵役を買って出る「最後の海」という短編が一番、切れがいいのも正直なところかな。
また、順を追って読んでいくうちに、だんだんと真相解明シーンが繰り返しギャグにしか思えなくなってくるのが可笑しい。おいおい、簡単に受け入れるんじゃないよ、どうして突っ込むやつがいないんだ、という。
驚くほど馬鹿馬鹿しいトリック/ロジックが採用されているものもありますが、これらの雰囲気の中ではうまく生きているかと。
連作全体を通じての大ネタが仕掛けられているわけではないので、麻耶雄嵩としては軽めの一冊かしら。
面白かったけれど、この人を喰ったようなテイストは読者を選びそうだな。何にせよ、構えず、気軽に読むが吉。
2015-04-21
ロバート・L・フィッシュ「シュロック・ホームズの冒険」
ハヤカワ文庫の復刊フェアの一冊。楢喜八のカバー絵が嬉しい。
タイトル通りシャーロック・ホームズのパスティーシュ、その短編集なわけだが。軽い読み物のつもりで一作目の「アスコット・タイ事件」に取り掛かったら、いきなりわけがわからなかった。巻末の解説を読んでようやく趣向を理解した次第。しかし、後半の競馬に関する部分の翻訳はさっぱり。「タイ」は「同着」ということだろうな。そうでないと意味がつながらないので。
ホームズの見当違いな推理と、その裏で人知れず進行する犯罪というプロットの輻輳。日本の現代本格にも通ずるコンセプトであり、しかもそれが凄くすっきりとした形で収まっている。表と裏の物語の絡み方もまた、いくつかパターンがあって、工夫を感じさせてくれます。特に、前半の方に並んでいる数作は意外性も凝らしてあって、かなりな出来栄え。ついでに言うと、こちらのホームズの依頼人にはあまりカタギとは思えない商売の人間が多いというのも可笑しいな。
しかし、後の方の作品になると作り込みが緩い、というか先が読めるものが多くなってきています。また、作品構造の大枠はだいたいどれも同じなので、いくつか続けて読んでしまうと飽きてしまうかも。こういうのは一編ずつちびちび読んでいくのが吉ですな。
勿論、純粋にパスティーシュとしても良く出来ていて。そこここにドイルの原典を思わせる記述が潜んでいるのが愉しいところ。ただ、僕にとってのホームズ譚の魅力はヴィクトリア朝の生活感によるところも大きいのだが、この作品ではそういう楽しみは薄いのね。まあ、それは多くを求めすぎなのだろうけど。
フィッシュに関しては他のも読んでみたいな。
2015-04-19
Joanie Sommers / Come Alive!
1966年、ジョーニイ・サマーズがコロンビアから出した唯一のアルバム。米Real Gone Musicからのリイシューには彼女がコロンビアに残したシングルや未発表のものなどがボーナストラックとして追加されています。
アルバム全体の大雑把な印象としてはポップスではないし、ジャズでもない、ポピュラー・ボーカルと形容したいところ。やや大人な年齢層の音楽ファンをターゲットにした作品でしょうか。同時期のシングル曲を聴くと、それらはガールポップ寄りというか、ずっとコマーシャルなつくりになっているので。
洒落たアレンジはモート・ガーソンによる仕事です。プロデューサーはアレン・スタントンという、バーズの「Fifth Dimension」なんかも手掛けている人物。モート・ガーソンはポップス・ファンには "Our Day Will Come" でお馴染みですが、そもそもこのガーソン&スタントンという組み合わせは、Kappレコードでのルビー&ザ・ロマンティクスのチームでありました。
取り上げられている題材はミュージカルや映画の挿入歌、あるいは当時のヒット曲などよく知られたものばかり。演奏はビッグ・バンドによるものですが、明るくて軽やか。目立たないけれど、気持ち良く転がるピアノが効いています。
主役のジョーニイ・サマーズについては今更、付け加えることはないですか。少しハスキーで時に力強くもなれる、いい声ですなあ。決してメロディを崩したりはしないけれど、フレーズごとの抑揚からでも歌のうまさが伝わってきます。
1966年という時期にもまだ、これだけ堂々と肯定的でかつ大衆的でもある音楽を作れたところがアメリカの大きさだなあ。
休日の昼間に聴くにはぴったりの一枚ですわ。
2015-04-18
ドナルド・E・ウエストレイク「ホット・ロック」
凄腕の盗賊ドートマンダー、晴れて刑期を務め上げたものの手元には十ドルしかない。そこに古馴染みの仲間から大仕事の誘いがあった。ドートマンダーは計画を練り上げると何人かのエキスパートを集め、展示されているエメラルドの盗みに入ったのだが。
1970年発表、大人向けの御伽噺といってしまいたい、ユーモラスなクライム・フィクション。
ドートマンダーは見た目はぱっとしない中年男だが、難しい障壁をクリアする犯罪計画を立てることにかけてはまぎれもないプロフェッショナル。ところが実際にその計画は成功するものの、エメラルドは手に入らない。詰めが甘いのか単に不運なせいか、何度も何度も状況を変えては、その都度危ない橋を渡る羽目になる。
当然、その盗みの手口の創意が読みどころなのですが、仲間たちのキャラクターも立っており、とぼけた会話もあって親しみが持てます。
コメディとしてはドタバタだけでなく、同じシチュエーションの繰り返しを使ったり、いい加減に仕事に嫌気が差し始めているドートマンダーと気楽な他の仲間たちとの落差であったりで、当人たちからすれば笑いどころではないのだが、外から見ると・・・・・・という感じですね。苦虫を噛み潰したような顔で繰り出されるところが、何とも好み。
省略がうまく効かされた展開といい、ちょっとしたプロットの捻りといい、職人的語り口のうまさも印象的です。
軽量級ですが、実にいい気分で読めるの作品ですな。子供の頃よく見ていた、アメリカ製の連続TVドラマを思い出しました。
2015-04-11
Brian Wilson / No Pier Pressure
とりあえずブライアン・ウィルソンに対しては、元気でやっていてくれればそれでいいや、くらいの期待しかしないように心掛けてはいるんだけれど。二曲目のエレポップみたいなのが流れてきたときは頭を抱えた。いいのはイントロとエンディングだけじゃん。
しかし、その後も聴いているうちに、なんだ、そんなに悪くないアルバムじゃないか、と思い直した。まだそれほど聴き込んだとはいえないけれど、この作品は初めの方より中盤から後半にかけての曲がいいなあ。特に、アル・ジャーディンが参加している曲の出来が締まっているように感じます。
僕の買ったのはジャケットにデラックスと書かれているCDで、18曲入りのうち2曲がボーナストラックです。他に13曲入りと16曲入りのがあるようですが、13曲仕様に入っていない3曲が結構いいので、これから買う人には曲数が多目のやつを勧めます。
ところでボーカル・パートに関しては、いっそのこと全部、他人に歌わせてしまってはどうだろうか、と考えていたことがある。バート・バカラックみたいなスタンスでさ。
この新作ではゲストがいっぱい入っていて、リード部分もかなり任せている。けれど、長年聴いているせいか、なんだかそういったところではあまりオケに歌が馴染んでいないように感じるんだな。よれよれであったり、加工されて幽霊みたいになっているようなものでも、ずっとブライアンの声のほうが据わりがいい。
結局、シンガーとしてもブライアン・ウィルソンの代わりはいないのだろう。だったら、これを受け入れていこうか。
ということで、個人的なベストトラックはゲストが入っていない "One Kind Of Love" という曲です。またしてもブライアンの音楽に泣かされてしまったよ。
しかし、全体にあまり抜けのいいサウンドとはいえないな。余計なお世話だが、これじゃあ新しいファンは付かないのでは。そろそろジョー・トーマスはいいんじゃないかな。
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