2015-12-21

Herb Alpert's Tijuana Brass / Whipped Cream & Other Delights


ティファナ・ブラスの4枚目のアルバム、その50周年盤。ハーブ・アルパート自身のレーベルからのリイシューです。「REMASTERED FROM ORIGINAL ANALOG TAPES」 と謳われていて、ボーナストラックもライナーノーツも付いてませんが、音は確かにいいですよ。
ティファナ・ブラスというのはそもそもがスタジオ・プロジェクトであって、ライヴではともかく、レコードに関してはハリウッドのセッション・ミュージシャンたちによる演奏です。

ポップ・インストゥルメンタル、というのかしら。肩が凝らずに聴ける気持ちのいい音楽ですな。メキシコ風味が決して泥臭さになっていないのは、プロデューサー&アレンジャーであるハーブ・アルパートのセンスによるところが大なのでしょうが、個人的にもA&Mレコードと聞いてまず初めに浮かぶのはこのサウンドなんですね。明るく軽やか、時にユーモラス。

このアルバムでは食べ物についての曲ばかりを取り上げているようで、その辺りも何だか洒落ているじゃないですか。うち、我が国では "Bittersweet Samba" が突出して知られていますが、米本国では "A Taste of Honey" が大ヒット。いかにもハル・ブレインらしい、華やかで力強いドラムはすぐにそれとわかるものです。
また、アラン・トゥーサン作の "Whipped Cream" の洗練なんて、バカラック的ですらあって、とても好みですよ。

全体を通しても27分くらいか、その短さも丁度いい。
'60年代アメリカ中流階級の豊かさ、そんなことまで考えてしまう。このスムースさにはもうなんか、降参って感じですわ。


2015-12-20

アガサ・クリスティー「鳩のなかの猫」


新学期になって全寮制の女学校、メドウバンクに新しい生徒や新任の教師たちがやってくる。一方、それに先立って中東のある国でクーデターが起こり、このときに非常な価値をもつ宝石が消失してしまう。そして、その行方に関する手掛かりがメドウバンク校にあるようなのだ。かくして、ある組織の男が身分を秘して送り込まれるのだが、やがて殺人事件が。


1959年、良家の娘を対象にした女学校を舞台にした長編。一応、エルキュール・ポアロも出てきます。
『鳩のなかの猫』というタイトルは英国の言い回しらしく、鳩の群れの中に猫を放り込む、すなわち騒動を起こす、と。メドウバンクの生徒や教師たちが鳩であり、そのなかに猫が潜んでいるということだ。
国際的な問題を背景にしたスリラーとして展開する今作、女史のこの系統の作品の例に漏れずディテイルはゆるゆる。しかし、人物は印象的だし、ユーモアの配分も上々であって、快調に読み進めていけます。

物語全体の七割くらいまで来たところで、ようやくポアロが登場。自信に満ちたキャラクターであるポアロは頼もしいのだが、一方でその存在によってここまで魅力的に描かれていたある人物の影がとたんに薄くなってしまうという面もあります。
また、ミステリとしては意外性をはらんだつくりであるけれど、伏線らしいものがなさすぎる。実はこうでしたよ、と言われてもあまり感心できないなあ。
正直、ポアロは出さないほうが良かったのでは。

スリラー要素と謎解きがうまく嵌らなかったという印象を受けました。それでも雰囲気の良さ、お話作りのうまさでクリスティのファンならそこそこ楽しめるとは思います。

2015-12-13

The Beach Boys / Beach Boys' Party! Uncovered and Unplugged


「Beach Boys' Party!」(1965年)のなんというか、アウテイク集2CDであります。
実は、ビーチ・ボーイズの作品中でも「Party!」にはそれほど思い入れがないのですよ。元々がキャピトルからのリリース要請をしのぐために制作されたものであって、曲はカバーばっかだし、演奏・アレンジとも非常に簡素。だから今回のリリースのことを知ったときには、意外に思いました。「Pet Sounds Sessions」や「SMiLE」の次がこれなの? という。
ところでタイトルには「Unplugged」とあるけど、いくつかの曲ではエレクトリック・ベースも使われています。

ディスク1最初の12曲はアルバム収録曲を、パーティ・ノイズを入れずにステレオ・ミックスしたもの。ちなみに「Party!」のオリジナルはモノラルしかなかったのだけれど、三年前にモノ&ステレオの形でもリイシューされています。
実際、聴いてみてどうだったかというと。クリアさは劇的に向上して、ディテイルまでくっきり。中でも2曲のスロウ、エヴァリー・ブラザーズの "Devoted To You" とクリスタルズの "There's No Other (Like My Baby)" は美しさが際立つ仕上がりになっていて、いいですね。


あとはセッションからのものが69トラック(会話を除くと50トラック)、時系列順に収録されています。特にアルバムに入らなかった曲はなかなか新鮮です。ストーンズの "(I Can't Get No) Satisfaction" なんて、なんとかして詰めようとしている。ビートルズ、ディランを取り上げてるので、ストーンズもひとつ入れたい、というところだったのでしょうか。また、既発曲では "Hully Gully" のリードを取るのが最初、マイクでなくブライアンであって、これは嬉しい。
ただ、全体に楽しげな雰囲気はいいけれど、なんとなくその場の思いつきで歌っているような曲もあって、ビートルズのゲット・バック・セッションに通じる締りの無さも感じるのな。会話だけのトラックなんてヤンキーがただ騒いでいるようで、こんなにたくさん入れるなよ、という気はします。

なおライナーノーツにおいて、「Party!」のアイディアはジョニー・リヴァースのライヴ盤「At The Whisky A Go Go」(実際にはウェスタン・レコーダーでスタジオ録音された)にヒントを得たのではないか、と書かれていますよ。

2015-12-06

ジョン・ディクスン・カー「髑髏城」


1931年発表になる第三長編で、アンリ・バンコランもの。新訳決定版と謳われています。
旧い版では文章の脱落があった、という話も聞いたことがありますが、その割に今回のものの方がページ数は減っているのね。

頭蓋骨をかたどった奇怪な城〈髑髏城〉、その持ち主であった高名な魔術師はありえないような状況で死亡していた。それから17年後、髑髏城を継ぎ受けた男が火だるまになりながらその城壁で最期を遂げた、という話。
事件といい、怪奇趣味が凄いですな。髑髏のお城って。

バンコランものの常としてユーモア味には乏しいのですが、そのかわりに臆面もないロマンティシズムが横溢。茫洋として雰囲気たっぷりの情景描写、バンコランの真意を汲み取りにくい発言、事実なのか比喩なのか判断しにくい表現などからは、ゴシック的なものも感じ取れます。
また、本作品ではバンコランの好敵手として、ドイツの捜査官アルンハイムが登場。ふたりは紳士的に振舞いながらも、互いに激しい火花を散らしつつ事件の解決を競います。はじめのうちはバンコランが先手を取っているように見えたものの、ある時点でアルンハイムは24時間以内に犯人を逮捕すると宣言。静かな面持ちでそれを聞いているバンコランでありましたが。

不可解で奇怪な事件はどうして起こされたのか。飛び切りのホワイ? ですが、正直これは推理のしようがないかな。
その一方で、フーダニットとしては細かい手掛かりを基にしながら、意外性もある謎解きが楽しめます。

推理合戦という趣向もいいですが、大時代的な雰囲気や道具立てなど伝奇的な部分も込みでの娯楽編として読むのが吉かと。

2015-11-30

フィリップ・K・ディック「ティモシー・アーチャーの転生〔新訳版〕」


1982年、ディックの死後まもなくに発表された長編。

タイトルであるティモシー・アーチャーはカリフォルニアの主教という設定で、この作品の開始時点では既に故人となっている。語りはティモシーの息子(彼も亡くなっている)の妻、エンジェル・アーチャーによる回想を中心としたもの。女性が主人公というのはディックにしては珍しい。

内容を乱暴に要約すると、エンジェルのまわりにいる頭のいかれた人々がその運命に囚われ、死んでいく物語だ。だから、雰囲気はペシミスティックなものにならざるを得ない。
小説として動きが少ない分、ナラティヴは非常に饒舌。一方で『ヴァリス』『聖なる侵入』と違うのは、エンジェル自身は宗教的なものを少し距離をおいて見ているところであり、その分わかりやすくはある。

エンジェルの周囲の人々が死んでいったあと、終盤に差し掛かったところで、作品の冒頭の時点に戻ってくる。ここからちょっとした展開があります。ある意味で『ヴァリス』とリンクするような。ただし、本作はSFではない。故に、現実に起こってしまったことを覆す手立てはもはや存在しない。

正直、娯楽性には乏しい作品だ。けれど、ディックは自身が抱えていた問題に対処するのに、ここでは安易な救済に逃げなかった。明確な意思を感じさせる結末が生む、じわじわとした感動はそのためだ。
『ヴァリス』や『聖なる侵入』を自ら批判し、それを乗り越えた。キャリア末期の作品群ではこれが一番かもしれないな。

2015-11-22

エラリー・クイーン「摩天楼のクローズドサークル」


飯城勇三氏監修のエラリー・クイーン外典コレクション、『チェスプレイヤーの密室』に続く第二弾です。代作者はリチャード・デミングで、デミングはクイーンのペーパーバック・オリジナル29作品のうち10作を手掛けているらしい。

帯の文章にはこうあります。
高層ビルの執務室で
男が死体となって見つかり
直後、ニューヨークを大停電が襲う――
現場にたどり着いた隻眼の探偵は
さまざまな証言の中から
犯人を追い詰めていく
なかなか面白そうに思える。
なお、「隻眼の探偵」といっても麻耶雄嵩作品の御陵みかげみたいなのではない。本作に登場するのはティム・コリガンというニューヨーク市警の警部で、体格のいい中年男。片目には眼帯をしている。このコリガンは6作品で登場するそうで、『摩天楼のクローズドサークル』はその最後の作品ということだ。

大停電のさなか、自殺の通報を受けたコリガン(と相棒のチャック・ベア)はなんとか現場に辿り着く。そして調査の結果、自殺は偽装であったことが判明。しかし、停電の影響で鑑識さえも来ることができない。コリガンは当座のうちは殺人の事実を隠したまま、ロウソクやランタンの光の下で関係者たちの証言を集める。

設定は目を引くものの、経過は実に地味です。誰に動機と機会があったかを洗い出していくのだが、有力な手掛かりも浮かんで来ず、ミステリらしいフックがあまり感じられない。
作品全体の3分の2くらいまで来たところでようやく事件は新たな進展を見せ、更には夜が明けると停電も解消される。ここから通常らしい警察の捜査が始まります。正直、もう少し展開は早くならないものか、とは思いましたね。

謎解きのほうはフェアで、かつ停電が有機的に絡んでいるという点でユニークなもの、なんだけれど小粒な感じも否めない。せいぜいが短~中編を支えるくらいのアイディアではないかと。誤導にはなかなか巧いものがあるのですが。

丁寧に構成されていて悪くない作品だけれど、ハードカバーで買って読むとしたらやっぱりマニア向けですね。

2015-11-15

XTC / Oranges & Lemons


さあて、XTCのリイシュー・シリーズ、CD+ブルーレイ版「Oranges & Lemons」(1989年作)であります。なんだかプレイヤーによってはブルーレイ・ディスクが動作しないそうですね。うちの中華製のやつでは特に問題ありませんでしたが。

内容はリミックスにオリジナル・ミックス、カラオケ、デモやリハーサル、そんでもってプロモ映像とか。
うちにはサラウンド環境がないので、ステレオ・ミックスしか聴けないんだけど。新ミックスはドラムが前面に出ていてパワフルな印象で、これは好みが分かれるかも。そんでもって、曲によっては今までは埋もれていたようなコーラスが前面に出ていて、よりカラフルになっています。
オリジナル・ミックスはフラット・トランスファーであって、新ミックスと比べると音圧が控えめなのだけど、今回聴き直してみて、これも決して悪くないと思いました。というか、新ミックスが従来のイメージを尊重しながらも奥行きとディテイルを付け加えた、という感じですかね。
カラオケはまあ、一回聴けばいいか。



で、大量にあるレア・トラックですね。
<Album In Demo & Work Tape Form>は収録曲全てのデモ。これは結構、ブートなんかで聴いたことのあるひとも多いんじゃないかな。だいたい打ち込みドラムにベース、ギター2本くらいで演っていますが、曲の基本的な構成はほぼ固まっているので意外なものはあまりないすね。あえて挙げるなら "Garden Of Earthly Delights" がエスニック臭がよりむき出しというか、アングラっぽくて面白いです。また、"King For A Day" は内省的な表情が感じられるもの。
<Extra Demos & Works Tapes>はもっと初期段階のデモ集であって、シングル・オンリーや別名義で出されたものなんかも含め、この時期に残された録音をざっくりとさらっているという感じ。ヴァラエティもあって、今回のレア・トラックではこの部分が一番の聴き所では。しかし、2つある "The Mayor Of Simpleton" の初期ヴァージョンはタイトルが同じだけでまるっきり別の曲だな。
<Rehearsals At Leeds Studios L.A.>はレコーディング入りする前のリハですかね。スタジオ・ライヴのような感触。
<Promo & ID Work>アメリカやカナダのラジオ向けのプロモーションメッセージではなぜかビートルズの "Blackbird" やミュージカル曲の "Happy Talk" なんかを演っています。またゲフィンのオムニバス盤に収録されたクリスマス・ソング&メッセージも。
<Other Recordings>はここまでにくくりに入らないもので、キャプテン・ビーフハートのトリビュート盤に収録された "Ella Guru" のカバーや、マージービートな佳曲 "My Train Is Coming" に別ミックスが少々。あと、このセクションでリモコンの右カーソルを押すと隠しトラックが再生されます。



映像としてはプロモ・クリップと、"The Road To Oranges & Lemons" と題された、ここまでのXTCの歩みを人形劇で振り返るという内容の実に馬鹿馬鹿しいビデオが収録。
お気楽スパイ映画風の "The Mayor Of Simpleton" が意外に楽しいのだが、UKとUSヴァージョンで随分と編集が違うのを見て、レコード会社も力を入れて売ろうとしていたのだなあ、と思いました。



このアルバムはある時期に凄くよく聴いていたために、良し悪しとかはもうあまり分からなくなっている。距離をとって接することができないのですな。改め聴いても、"King for a Day" は「Skylarking」に入っていてもおかしくない曲だよね、とかその程度のことしか思い浮かばない。
そうそう、"Hold Me My Daddy" は昔から好きだったけど、エルヴィス・コステロが扱いそうなテーマの曲でもあるな。いい年のおっさんになってから聴くとやけに染みることよ。

"hold me my daddy, I forgot to say I love you"