2018-04-30
S・S・ヴァン・ダイン「カナリア殺人事件」
新訳ヴァン・ダイン全集、その二巻目ですが前作の『ベンスン殺人事件』より5年経っているのね。凄く悠々としたペースであります、さすが古典。
この『カナリア~』には大きなトリックが二つあるのだけれど、昭和の時代には色んなところで言及されていまして、それもあまり良い扱いじゃないほうで。まあ、それだけわが国でかつては影響力があった、ということでもあります。
それはともかく。前作『ベンスン~』と同じく凄く気合が入った読み物ですね。だれ場もない。『ベンスン~』と比べるとプロットに中盤の捻りが加わり、事件の複雑性も増しています。ファイロ・ヴァンスのキャラクターもより厭味でいい感じです。
その一方で、手掛かりや伏線の出し方は下手ですね。トリックの解決などまったく唐突です(ヴァンスは霊感が降りてきた、とかなんとか言っていますが)。また、真犯人も今の目からするとバレバレ。
読みどころはやはり雰囲気になりますか。なんだろうな、この迫力は。パイオニアである自負からくるのか、オリジナルの強さなのか。
ポーカーを通じて容疑者の性格を分析する趣向など、当時はそれなりに自信のあるアイディアではあったのでしょう。実にはったりが利いていて楽しいです。
まあ、はっきりいってマニアかおっさん向けであって若い人には勧めませんが、個人的には面白く読めました。
次はいよいよ『グリーン家殺人事件』ですな。どれだけかかってもいいのでせめてシリーズ前半の6冊は出していただきたいものです。
2018-04-21
パーシヴァル・ワイルド「探偵術教えます」
お金持ちのお抱え運転手、ピーター・モーランは勘は悪いが人当たり良く、若い女の娘にめっぽう弱い。もっか通信教育で探偵術を学んでいるのだが、生かじりの知識を実地に試しているうちにさまざまな犯罪に巻き込まれてしまう。そして、まるっきり事態を把握せず、勘違いしたまま行動しているうちに何故か事件を解決に導いてしまう。
1940年代後半にEQMMを中心に発表された短編をまとめた連作集。単行本収録の7作品に、後に書かれた1作を加えたシリーズ完全版になっています。
収録作品中、最初の「P・モーランの尾行術」がユーモア・ミステリとしては一番良かった。すれ違いのシチュエイション・コメディとして良く出来ているし、スラップスティックとしても出色。ピーターが最初から最後までずっととぼけた調子なのもいい。
そのあとのいくつかは面白いけれどプロットのパターンが同じなので、一話完結型の連続ドラマを見ているようだ。なんとなく怪しい人物はいるけれど明確な謎があるわけではないこれらには、探偵行為はあっても推理の妙には乏しいので、より純粋なユーモア小説としてのテイストが強い。
それが後半になってくると、事件を解決してきた実績を買われて、ピーターのもとにちょっとした問題が持ち込まれるようになる。そして、ピーターがお手上げになってしまった事件の話を聞いて、他の人間が解決してしまう、というパターンが生まれる。それほどかちっとした謎解きではないが、伏線もちゃんとある。
そんな中では「P・モーランと消えたダイヤモンド」が、大学で探偵小説を学んだという女の子が活躍して、ジャンルのパロディとしての面が全開。ピーターの暴れっぷりも実に楽しい。また、単行本では最後にあった「P・モーラン、指紋の専門家」ではシリーズを締めくくるのにふさわしい、ちょっとした捻りがあって、これには思わずにやりとさせられる。
何より肩が凝らず、楽しく読める一冊でありました。
2018-04-11
麻耶雄嵩「友達以上探偵未満」
女子高生コンビが探偵役を務める中編三つを収録。
パッケージには不安になってしまったが、中身はガチガチのパズラーでありました。
「伊賀の里殺人事件」
三重県伊賀市で行われるミステリーツアーに放送部の取材で訪れた伊賀ももと上野あおが殺人事件に遭遇する。
舞台を別にすれば事件そのものはそれほど変わったところが無いように見えたのだが、警察の捜査が進むうちに予想外のものが発見され、様相が混沌としていく。方程式の変数がいきなりひとつ増えた感じです。
終盤になって読者への挑戦らしきものが登場しますが、本質的にはモダーン・ディテクティヴ・ストーリイであって、パズルとして考えると難度は非常に高い。作中でも説明されているように二人一役と一人二役が交錯することで表面的な辻褄が合っていたのに、更にその延長上で盗まれた衣装と堀の底から発見された衣装の二人一役が起こってしまう、という趣向が何気に凄い。
「夢うつつ殺人事件」
美術部に所属する女生徒が部室の裏で居眠りをしているときに、ある男女カップルが美術部の先輩を殺そうという相談をしているのを耳にしてしまう。
トリックの実現性が難といえばそうですが、これはちょっと見たことのない仕掛けではあります。読者に向けた叙述トリックをそのまま作品内のキャラクターたちにも作用させてしまう、というか。更には読者、探偵だけでなく犯人までがトリックに引っかかり、その結果として殺意が生まれるタイミングも実に意外なものであって。いや、大した作品です。
「夏の合宿殺人事件」
あおとももが中学生の時に遭遇した事件。
二人の探偵の関係を裏から明かすもので、同じ作者の木更津悠也ものを思わせるところがあります。また、この作品には読者への挑戦がないのだが、他の二編でのそれがあおは既に謎を解いたと思わせる一種のミスリードであった、というのに唸りました。
純粋にパズラーとしても一転・二転する推理が楽しめます。
うん、手触りは軽いけれど、期待を裏切らない出来ですね。
2018-04-08
Bradford / Thirty Years Of Shouting Quietly
ドイツのA Turntable Friendというところから出た二枚組。
タイトルからしてアルバム「Shouting Quietly」、その30周年記念かと思ったのだが、良く考えると「Shouting~」がリリースされたのは1990年だから未だだな。ブラッドフォードがインディー・レーベルより初めてシングルをリリースしたのが1988年なので、そこから30年ということか。
ディスク1はアルバム「Shouting~」のリマスターとシングル曲が4曲。今回のものでファウンデイション・レーベルでの曲が全部揃えばいいな、と思っていたのだが、シングルのカップリングで漏れているものがあるようで残念。
ディスク2は1曲目がシングルB面であった "Tattered, Tangled And Torn"。
続いての8曲には(ファウンデイションのオーナーでプロデューサーの)スティーヴン・ストリートが立ち会ったプリプロから最終的にはアルバムには入らなかった4曲と、それ以外のデモが混じっています。うち、後者がちょっとややこしい。聴いた感じ、2曲は1988年にフランスのみでリリースされたミニ・アルバムに入っているのと同じテイクに思えます。"Saturday Insanity" も同じに聴こえるのだが記載されている録音スタジオは違う。また、"Laughing Larry's" はインディーでのデビュー・シングルと同じスタジオが使用されているので、同時に録音されていたものかも。
まあ、細かい話は置いておくと、アルバムに採用されなかった曲は純粋に楽曲としての出来の差だと思うのですが、もろスミス・フォロワーというようなギターが聴けるものもありますね。
次の4曲はアルバム後に制作されたデモ。サウンドがハード目になっていたり、インディーダンス的なリズムのニュアンスの曲もあったり。悪くもないけれどうたの表情が埋もれてしまっているようであって。スティーヴン・ストリートはこの辺りのバランスがうまかったのだろうな。
最後は "Gang Of One" のリミックスと "Skin Storm" のオリジナル・シングル・ヴァージョン。"Skin Storm" は再演版と比べると演奏に粗さを感じますが、はじまりの瑞々しさが素晴らしい。
2018-03-21
The Ronettes / Everything You Wanted To Know About The Ronettes …But Were Afraid To Ask
今年の初めに出たロネッツのコンピレイション。「everything you wanted know about ~ but were afraid to ask」で「いまさら聞けない~についてのすべて」くらいの意味ですね。
このCDは大手通販ショップで扱っているし、帯・解説を付けた国内盤も出ていますが、使用音源の権利関係についての記載がないのでブートレグでしょう。作曲クレジットもありません。
全27曲のうち、ステレオミックスが9曲、未発表曲が3曲含まれております。ステレオは「Presenting Fabulous Ronettes Featuring Veronica」収録曲からのもので、充分聴ける音になってます。しかし、並びで(おそらく正規盤をソースにしたであろう)モノラル曲が入っているので、それと比べるとやはり劣る感じはするな。
さて、今回の目玉である未発表曲ですが。"Padre" はヴェロニカのソロボーカルによるもの。やや地味な曲ですが音質は非常にいいです。"Close Your Eyes" はしっかりとしたプロダクションで、ちゃんと当時のロネッツの曲になっています。音質もまあ悪くない。残る一曲の "Someday" はデモでしょうか。テープがだいぶ痛んでいるようで、音がよれよれ。楽曲自体はキャッチーなフックがある軽快なものなので、最後まで仕上げられていないのが残念です。
他は全て既発表曲なのですが、グループ解散後にさまざまな編集盤で日の目を見たものが網羅されているようで、中でも「Back To Mono」ボックスからも漏れていた "(Baby Let's Be) Lovers" が入っているのが気が利いていますね。
所詮は寄せ集め盤には違いないけれど、往時のロネッツ、その未発表曲となると食指が動いてしまいます。フィレスに関しては過去にブートレグでセッションテープが流出しているので、まだ何か残っていてもおかしくは無いとは思うのですが、Abckoの仕事ぶりからするとオフィシャルのかたちではあまり期待できないかな。
2018-03-19
ロス・マクドナルド「象牙色の嘲笑〔新訳版〕」
1952年の長編、新訳版で再読。二年前に買ってはいたのだが、ずっと放置していました。
はたちくらいのころに一番入れ込んでいた作家がマクドナルドとフィリップ・K・ディックなのだけれどね。歳を取ってからは辛気臭いものはあまり読みたくなくなってしまったのだ。
この『象牙色の嘲笑』はリュー・アーチャーものとしては4番目の長編で、シリーズとしては初期のものとなります。アーチャーがまだまだ若く、感情をはっきり示していて、後の観察者でも紙のように薄い存在でもありません。立場の弱いものには肩入れし、警官に対して反抗的な口をきいたり、自分につかみかかってきた若者を軽くあしらってみせたりします。あと、ちょっとモテたりもする。
筋立てのほうは胡散臭い依頼者からの人探しがやがて殺人事件に結びついて、というもので、捜査が進むにつれて事件の規模が広がり複雑さを増していく。
後ろ暗いものを抱えた人々によるそれぞれの思惑が絡み合った事件。それが、ある瞬間にひとりの人物の行為に収束していく真相はミステリとして素晴らしくかたちがいい。また、一度捨てた可能性が再び浮かび上がってくる仕掛けと、それを成立させるためのキャラクター造りがとてもうまい。
チャンドラーの影響はまだ明らかであって、マクドナルドならではの個性はそれほど感じられないものの、複雑なプロット構成のうまさは既に完成の域にあると思いましたよ。
2018-03-17
Wynder K. Frog / Shook, Shimmy And Shake: The Complete Recordings 1966-1970
オルガン・インスト・コンボ、ワインダー・K・フロッグがアイランド・レコードに残した音源集3CD、英rpmからのリリース。
三枚のアルバムのうちファーストとサードは素性の怪しいところからリイシューされていましたが、オフィシャルなかたちで初めてのCD化となります。さらにシングル曲、宣伝用ソノシートからの曲、BBCセッション、そして未発表アルバムの曲まで入った大盤振る舞いのセットです。
なお、ワインダー・K・フロッグというのは元々バンド名だったわけですが、それがいつのまにか鍵盤奏者、ミック・ウィーヴァーの芸名になっていったそうであります。
「Sunshine Super Frog」(1966年)はウィーヴァーがセッション・ミュージシャンたちと共に制作したファースト・アルバム。
スリーヴノーツにはプロデューサーがジミー・ミラーで、いくつかの曲ではニューヨークで制作したバッキングトラックにロンドンでオルガンをオーヴァーダブした、と書かれていました。ところが、盤自体にはアイランド・レーベルのボス、クリス・ブラックウェルがプロデューサーだと表記されていたのです。今回のライナーノーツを読むと実際にはブラックウェル、ミラー、そして当時レーベルのアレンジャーであったシド・デイルがそれぞれに制作したものより構成されているそう(ミック・ウィーヴァーによれば、レコーディングにはジョン・ポール・ジョーンズが参加していたとのこと)。そのためか(基本線はブッカーT&MG'sあたりだとは思うのですが)ソウル色の強いもの、当時のヒットソングのカヴァー、ストリングス入りのムーディな曲が混在。いずれもウィーヴァーのハモンドはご機嫌なものの、一枚のアルバムとしてはややまとまりには欠ける印象です。
また、マテリアルとしては当時のアイランドらしくジャッキー・エドワーズの曲が3曲取り上げられていて、そのうちひとつはスペンサー・デイヴィス・グループがヒットさせた "Somebody Help Me" であります(さらに翌年にはシングルで "I'm A Man" もリリースしています)。
ファースト・アルバムのしばらく後にウィーヴァーはグループの他のメンバーと袂を分かつことになります。そして、以後のライヴを共にしてきたプレイヤーたちとともに作られたのがセカンド「Out Of The Flying Pan」(1968年)で、こちらはガス・ダッジョンがプロデュース。サウンドの感触がぐっとシャープで、タイトなものになっています。
全体にファンキーな要素を強めつつジャジーな要素も加わって、モホークスあたりと張り合っても遜色のない格好良さ。いかにもモッズ受けしそうなダンスナンバーが多くて、三枚のアルバムのうちでは一番好みですね。楽曲は引き続きカヴァーが中心ですが、ウィーヴァー自身による2曲のオリジナルにおける洗練はなかなかのもの。また、このアルバムでは鍵盤は勿論いいですが、いくつか実にセンス良いギターも聴くこともできます。
「Out Of~」リリース後、しばらくは活動が順調にいっていたのですが、メンバーたちに他のところから大きな仕事の声がかかり、ミック・ウィーヴァー自身も他所のバンドに参加することで、グループとしてのワインダー・K・フロッグの活動は停止。ウィーヴァーはもう自分のグループを率いていくことに興味が無くなってしまいます。
それでも三枚目にして最後のアルバムが1969年に制作され、翌年に「Into The Fire」として米国のみで発売されました(「out of the frying pan, into the fire」というイディオムで「一難去ってまた一難」の意だそう)。楽曲のほうはオリジナルが多くを占めるようになっているのですが、純然たるジャズファンク、鍵盤が入っておらずブルースハープが主役のもの、南部ソウル色濃いボーカル入りのスロウ、まるっきりジミー・マグリフのような渋いオルガンジャズなど多様なものがあって、もう商売抜きでモッズ的な趣味を突き詰めたというところでしょうか。一方では、ラフなギターが入っているのも特徴であって、これまでになくロックバンド的なテイストも感じられる瞬間も。
さて、今回のリリースには'68年、「Out Of The Frying Pan」より前に制作されながらも、これまで未発表であったアルバムが収録されております。ソースはアセテート起しだそうですが、充分に聴ける音にはなっています。
プロデュースはマフ・ウィンウッドで、管楽器があまり使われておらずソウルっぽい装飾は控えめ。バンドらしいというか比較的エッジの効いたサウンドで、当時のクラブでのライヴはこんな感じだったのかな、と思わせる熱のこもった演奏です。また、いくつかの曲でのひとつのリフを執拗に繰り返すような展開は、後々のファンク化への方向性を感じさせるもの。
「Out Of~」との収録曲のダブりは二曲だけであって、ひとつの独立した作品としてもそこそこ良いのではないかしら。
流行に対応しながらも一環してセンスの良さが感じられる、ハモンド好きには堪えられない3枚組でありますね。
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