2020-01-18

ジョン・ディクスン・カー「四つの凶器」


アンリ・バンコランものとしては最後の長編。
1937年の作品であって、『蝋人形館の殺人』からは5年しか経っていないのだが、バンコランがえらく老け込んだ、というか別のキャラクターのようである。また、作品の雰囲気もおどろおどろしさがないものであって、シリーズらしさはあまり感じない。

殺人現場には何故か四つの凶器(となるような物品)があったが、使われたのはそのうちのひとつだけであった。バンコランによればその状況は目くらましによるものではないという。そうするとミステリとしての売りはホワットダニットになりそうなものですが、そういう構成ではない。かといってフーダニットと考えると動機の検討がされないのが不自然なほど。どうも中心となる謎がはっきりしない。
それでも物語の早い段階で、バンコランには犯人はわかっていると言うので、期待して読み進めたのだが。

複数の人物の思惑が絡み合った真相はあまりに複雑すぎるし、煙幕が本当に煙幕でしかなかったりして、絵解きをされてもあまりすっきりはしない。辻褄が合っていようが、これらを全て推理できるはずがない、と思う。
お話としてはキャラクター書き分けがいいし、クライマックスへと至る流れはとても迫力があり、意外性の演出もきれいに嵌っているのだが。

盛り込まれたアイディアには面白いものも多いのだけれど、この時期のカー作品としては落ちる、というのが正直なところ。

2019-12-27

法月綸太郎「赤い部屋異聞」


過去の名作をベースにした、というくくりの9作品が収められた短編集。はっきりと原典がわかるオマージュからモチーフのひとつとして取り入れている程度のものまで、スタンスはさまざま。バラエティに富んだ内容で、ミステリ作家としてのショウケースのような趣もありますか。


タイトルからしてすぐにそれ、とわかるのが「赤い部屋異聞」と「続・夢判断」。
「赤い~」の設定はもちろん大乱歩の有名作だが、そこから捻って捻ってという展開や、あえてすっきり落とさない結末は新本格というか幻影城というか。表題作だけあって、非常に力のこもった出来。
「続・夢判断」の方もいかにも新本格らしいよなあという、弄り回した一作なのだが、このような「奇妙な味」風の作品に形の整った絵解きを入れるというのも、わかるのだけれど、原典のことを考えるとスマートさに欠けるという気も。いずれにせよ、この作家らしい。

ミステリらしいミステリ、「砂時計の伝言」はパズルとしてはあまりにシンプル過ぎるのですが、ダイイングメッセージの取り扱いが現代的といえましょうか。被害者による倒叙形式と捉えればすっきりはまるのだけれど。変なことを考えるものだと思うし、それを作品として完成してしまえるというのも大したものだ。

なんだか趣味に走ってるなあ、というのが「対位法」。物語の終盤に来て、ようやく元となる作品の当たりがついた。結末はリドル・ストーリーのかたちをとっているが、強引に解釈すれば確定はできる(もっとも、そうする意味はないが)。

『挑戦者たち』にも収録されていた「最後の一撃」は独立した短編として充分成立しているし、むしろ単独で読んだほうがオチの意外性を感じられていいかも。

その他ではホラーにいいものがあったのが収穫。「葬式がえり」での予想のつかないところへの落とし方はミステリ作家ならでは。アイディアのいただきがひとつの作品からではない、というのもミソか。「だまし舟」は割合とオーソドックスな展開ですが、架空の作り込みには力が入っていて、本格的なものになっている。


小味な芸が楽しめる、書いていて楽しかったのではないか、という気がする一冊でした(前にもこんなこと書いていたな、いいのか?)。

2019-11-24

James Brown / Live At Home With His Bad Self


1969年10月1日、ジェイムズ・ブラウンは故郷ジョージアのオーガスタにあるベル・オーディトリアムでホームカミング・コンサートを行った。そのライヴは「James Brown At Home With His Bad Self」というタイトルでのアルバム化を意図したものであった。しかし、数ヵ月後になってバンドのメンバーが大量離脱することによって、その企画は立ち消えとなる。
翌年の春、新しいバンドによるシングル "Sex Machine" がヒットしたことを受けて、同タイトルのダブル・アルバムが制作された。一枚目はスタジオライヴに観客の歓声をオーバーダブした疑似ライヴである。深いエコーが気持ち悪く、個人的には好きではないサウンドだ。そして、その二枚目には(二曲を除いて)お蔵入りになっていた前年のホームカミング・コンサートの音源が使用された。こちらも編集は乱暴で、いかにもJBらしい。


「Sex Machine」カバー裏より
"LIVE AT HOME IN AUGUSTA, GEORGIA WITH HIS BAD SELF"

前置きが長くなったが、このライヴ・アルバムは「Sex Machine」アナログ二枚目に収録されていたものの拡大盤となる。七曲が未発表となるもので、残りも新たにミックスされており、曲によっては明らかにピッチが変わっています(従来のものは遅かったらしい)。
音質のほうは時代を考えればまあ上々か、序盤はややレンジが狭いかな、という感じ。しかし、当然のことながら演奏は最高オブ最高。なんたって1969年のジェイムズ・ブラウン・オーケストラなのだ。こんなこと毎日続けていたらそのうち死ぬぞ、という緊張感。

オープニングの "Say It Loud - I'm Black And I'm Proud" は編集盤「Motherlode」にも収録されていたが、そちらはDJ仕様なのかライヴのアンビエンスを取り除くようなミックスがされていて変な感じがしたものだ。今回は客の反応もばっちり、盛り上がる。
また、"There Was A Time" の尺がかなり伸びているのも嬉しいところ。ここから未発表であった "Give It Up Or Turnit A Loose" へとなだれ込む流れはこの盤のハイライトのひとつだ。
あと、"Mother Popcorn" も「Sex Machine」のと比べると相当に長くなっているのだが、これは編集盤「Foundation Of Funk」にも入っていたな。

個人的にはこの時期のJBがベストだと思っている。メンバーの充実に加えて、シンガーとしての状態もあって。"It's A Man's Man's Man's World" の歌い出しなど、ぐっときます。

2019-11-10

The Beatles / Abbey Road


「Abbey Road」のリミックスを聴いて考えたのは、なんでこんなものをわざわざ作ったのだろう、ということだ。全体としては大して印象の変わらないものを作る、その意図がわからない。音質が劇的に向上しているとも思わない。これならオリジナルを聴けばいいじゃない。

しかし、そもそもリミックスというのは昔の素材ほど扱いが難しい。ビートルズの音楽に新たなセンスを付け加えたものなんて聴きたいか? しかも実際のレコーディングに関わったやつらはいないんだぜ? どうしたって勝ち目は無い。
そうすると、制作者の意向はむしろ、未発表テイクの仕上がりにこそ反映されているのではないか。ドライなエコー、ソリッドなギターは実に格好いい。本編よりもバンドらしいダイナミズムを感じる。この調子でアルバムもミックスできればよかったのだろうが。

ブックレットの最初のページ、とてもダサい。それはそうと、なんで「THE」をつけたのだ?

よくアルバム「Sgt. Pepper~」について、楽曲の出来自体がいまいち、という意見を見るのだが、個人的には「Abbey Road」のほうが落ちるじゃん、と思っている(勿論ビートルズとして、という高いレベルでの話ではあるけど)。しかし、サウンドのつくりやアレンジ、構成での聴かせかたがとんでもなく素晴らしい。それが後進のUKモダーンポップに与えた影響がなんて始めると、またしゃらくさい話になってしまいそうだ。


"Oh that magic feeling, nowhere to go"、つまりはそういうことなのね。このくだりにくるといつも、うんうん、その感覚なんだよ、となる。まったくうまくは説明できないけれど、夢の中かもしくは海底みたいなね。

2019-10-14

フィリップ・K・ディック「フロリクス8から来た友人」


22世紀、世界は脳の突然変異で高い知性を持つ〈新人〉と超能力者である〈異人〉が支配、エリートである彼らと残りの人類〈旧人〉の間にはっきりした階級社会が形成されていた。その〈旧人〉たちの救世主たる男、トース・プロヴォーニは〈旧人〉たちが暮らすための新惑星を見つけるべく単身、深宇宙への探索へと出て行ったきりであった。

1970年長編。
勢いに乗っていた時代の作品だけあって、序盤で物語にすぐ引き込まれるし、設定もすごく面白そうではある。また、ディック作品ではおなじみ、まやかしの現実というモチーフがここでは中心に置かれていないため、とても読みやすい。
しかし、ディストピアとそこからの解放というシンプルなテーマ、ご都合主義的な展開も明らかにそこに沿っているように見えたのだが、個々人の欲望と情動によって、いつしか物語は勝手な方向に向かっていく。そしてディック作品ではよくあることではあるけど、色んな問題は未解決なまま、みせかけの奇妙な平安に帰着する。

物語前半に出てきた重要そうな人々やアイディアが後半には登場しなくなるし、キャラクターの一貫性にも乏しい。なおかつ、印象的な場面は多いのだ。ちゃんとしたプロットを立てずに思いつきで話をつないでいったようである。間違いなくファン向け。
そしてファンなら最終章での会話を読んで、この作品を受け入れてしまう。困ったものだ。

2019-10-05

有栖川有栖「カナダ金貨の謎」


作家アリスもの新刊は中編3作の間に短編ふたつが挟まれた構成の作品集で、タイトルは国名シリーズだが中身はフルハウス、とのこと。


「船長が死んだ夜」 容疑者が限定された状況でのフーダニットは、ある手掛かりに関するホワイ?を軸にしたもの。これがちょっとした飛躍が要求されるもので、気付けそうで気付けない。
謎解きそのものは手堅いもので、まあまあの出来かなと思っていたところに、幕切れに待ち構えていた伏線回収にやられた。事件の様相をがらっ、と変える類のものではないが、実に形がいい驚きであります。

「エア・キャット」 犯罪は起こっているけれど、そこは話の中心ではないです。謎と解決は備えていますが、その解かれ方はミステリでもないような。

「カナダ金貨の謎」 事件そのものはいたって地味なもの。しかも倒叙形式なので犯人はわかっているのだが、犯行計画そのものは語られないので、そこに謎が発生する。それにしてもこのホワイ? は絶妙な設定で、解き明かされた瞬間、ああ!判ってもよかったのに、となりました。そして、そこから一息に全容が展開されていく鮮やかさよ。
また、事件に物語を見出すことによりミステリとしての奥行きを生みだす、という作家アリスの役割からは、そのバランスの良さにいつも感心させられます。

「あるトリックの蹉跌」 物語の枠組みは完全にフォー・ファンズ・オンリー、なのだが、作中で解説されているトリックは懐かしの新本格風でちょっと面白い。もったいない使い方だなと思ったのだが、このひとの作風だとうまく生きないのかもしれない。

「トロッコの行方」 アリバイもののようで実は、というフーダニットは意外な真相と、それを生かした切れのある結末がなかなか。一方で、手掛かりは不十分ではないか、何か見落としていたか。いや、ウイッグの件からすると、読者をひっかける方に力が入れられていたのかも知れないけれど。


いつもながらうまいし、テクノロジーやトピカルなテーマの取り込みにも違和感がない。
そして、謎解き小説において犯人側のロジック、というのは下手をすると取ってつけたようになりかねないのだろうが、際を攻めつつ、その境界をじわじわと拡げているようでもあります。

2019-09-17

法月綸太郎「法月綸太郎の消息」


随分久し振りになる探偵法月ものは中短編4作品を収録した作品集。


「白面のたてがみ」
ホームズ譚中、「白面の兵士」と「ライオンのたてがみ」は何故名探偵の一人称で語られたのか。出来がいまいちな二作品を俎上に載せたディスカッションが展開される一編。
チェスタトンのガブリエル・ゲイル短編についての気付きから始まる推理はおそろしくスリリング。なおかつ、その推理を一旦ペンディングするバランス感覚も素晴らしい。
一方で、ドイルやチェスタトンに大して関心のない読者はどう感じるだろうか。いずれにせよマニア向けであるのは確か。
振り返ってみれば作品の書き出し部分の文体には、なるほどそういうことか、と思わされる。

「あべこべの遺書」
ふたつの遺体、ふたつの遺書、だがその遺書が入れ替わっていたら?
『退職刑事』の形式(立場は逆だが)を使って語られる事件は、その設定もいかにも都筑道夫を思わせる不可解なもの。法月警視が(先入観を与えないという建前で)情報を小出しにしていくことで、推理のスクラップ&ビルドも可能になっている。推理の飛躍が起こるときの根拠がやや乏しいところも本家『退職~』並みではあるけれど、細かい証拠の符合は気持ちいい。

「殺さぬ先の自首」
これも安楽椅子探偵もので、『退職刑事』シリーズを思わせるような(というか、あとがきによればまさにそこから取ってきたそうだ)道理に合わない謎。
見かけはフーダニットだが、事件の構造、というか何が核心なのかは普通に考えていてもわからない。要は奇妙な論理ものなので、その程度によってはパズラーの範囲から少しはみ出ているかもしれない。
はたして作品の主眼はどこにあるのだろう。

「カーテンコール」
100ページちょっとと、本書では一番分量がある作品なのだが、クリスティのある作品について新たな仮説を打ち出し、それを検証していくという内容。ほぼ全編にわたりディスカッションが繰り広げられ、小説の形式をとったクリスティ論、といったおもむき。
いくつかの作品の結末に言及されているし、クリスティに親しんでいないと全く意味不明かもしれない。わたしはこのブログにクリスティのミステリ作品はおおかたあげていたのだが、そんなに細部まで覚えているわけではない。
しかし、ここで主張される説、そしてロジックは目茶滅茶面白い。


この作者らしさは堪能しましたが、「カーテンコール」以外はちょっと小粒かもね。
なお、帯によると12月に角川から『赤い部屋異聞』というタイトルの作品集が出るそうで、こちらも楽しみ。