2020-08-07

エラリー・クイーン「エラリー・クイーンの新冒険」


クイーンの第二短編集(1940年)、その新訳版。収録作品が発表されたのは1935~39年。長編でいうと『スペイン岬の謎』から『ドラゴンの歯』にあたります。パズルの中に物語性を織り込む試みののちにハリウッドへ、おおざっぱにはそういう時期。 


冒頭の「神の灯」はメイントリックだけを取り出せば、(現代の視点からすると)大したことはないかもしれないが、手掛かりも含めたそのプレゼンテーションがとてもドラマティックかつ、よくできている。また、サブトリックの絡ませかたも実に利いていて、やはり黄金期のミステリ中編としては随一ではないか(カーの「妖魔の森の家」が発表されたのは既に黄金期ではないゆえ)。

続いての4短編は全て題名に「冒険」の文字が付いています。
「宝捜しの冒険」は手掛かりこそ弱いが、犯人心理を辿るロジックが気持ちいい。プロットも結末までびしっと決まった。
「がらんどう龍の冒険」は謎解きに一ひねりあり。題名が読者に対して微妙に効いているのだ。ひとつの手掛かりから全体像が見えてくる筋道はクイーンならでは。 
「暗黒の家の冒険」発見された手掛かりが更なる謎を生む展開が楽しい。犯人特定につながる手掛かりもちょっと盲点を突いたものだ。
「血をふく肖像画の冒険」設定は派手ですし、フェアに作られていますが、ミステリとしてはどうということもない。描写や雰囲気の醸成に力を入れた感じか。

残り4つはスポーツを絡めた連作。エラリーはハリウッドで働いていて、当然ポーラ・パリスも一緒だ。
「人間が犬を噛む」野球の試合が行われているスタジアムを舞台にした毒殺劇。本書ではここではじめてリチャード・クイーン警視が顔を出す。シチュエイションをうまく生かしたミステリで、ロジックがやや緩いものの、試合が終わるまでに全てを解決させるというプロットはスマート。物語全体に感じられる陽性の雰囲気もいい。
「大穴」お次は競馬がテーマ。キャラクターが薄っぺらで、ミステリとしてもお手軽なつくりであり、フェアであるかも疑わしい。
「正気にかえる」ボクシング会場付近で起きた事件。謎解きがきっちり作られている上、簡潔で生き生きとした描写、締まったプロットが楽しめる。
「トロイの木馬」最後はフットボール・スタジアムで起きた盗難劇。意外な隠し場所の性質はこの時期らしい創意が感じられるのだけれど、本書では同じようなテーマの作品としてすでに「宝捜しの冒険」があって、作品全体としては分が悪いか。 


「神の灯」を除いてもいくつかはとても切れのあるミステリに仕上がっていますし、それ以外の作品にしてもなにかしらの魅力がありますね。まあ、わたしはファンなのでエラリーが活躍していればそれでもう満足ではありますが。

2020-07-05

Quarteto Forma / Quarteto Forma (eponymous title)


ブラジルの混声ボーカル・グループによる、単独名義のアルバムとしては唯一作、1970年リリース。どっちかというとコマーシャルなポップスよりは、ポピュラー・コーラス盤かな。臭みがなく、爽やか。
特徴的なのは柔らかな管楽器の処理ですね。スキャットやコーラスにユニゾンで管を重ねた響きがとてもいいです。

全編、とても丁寧に作られたアルバムですが、特に格好いいのがオープナーである "Forma"。フォー・ビートでオーケストラを従えた本格的ジャズコーラスで、演奏のダイナミズムと酒脱さのバランスが絶妙です。
一方、そのアレンジがヴァン・ダイク・パークスもかくや、と思わせられるのが "Água Clara"。繊細なアンサンブルがたまらなくドリーミー。ヴィブラフォンとフルートが効いております。
また、"E Nós... Aonde Vamos" はこのアルバム中では珍しくリズムがストレートなエイト・ビートで、そうなると俄然サンシャイン・ポップ的に聴こえるのが面白い。鍵盤、2管の響きが心地よいです。
アコースティック・ギターが軽快にドライヴする "Rapaz De Bem" は風通しよく、(わたしのイメージする)王道のブラジリアン・ポップスという感じ。柔らかな木管とスキャットの絡みが素晴らしい。
そして、ジャズスタンダード "All The Things You Are" は全編スキャットでアルバムの最後を美しく締めます。アルバムの最初と最後がジャズコーラスということになりますね。このあたり、グループの矜持の表れでしょうか。

美麗なサウンドにスキャット/コーラスが映えるとても楽しい一枚。



なお、CDリイシューでは翌1971年にリリースされたEPの曲が追加されておりまして、こちらはぐっとリズムが強調されたポップな仕上がりで、アルバムとは別な魅力があります。"Rua Cheia" などはハリウッド・ポップそのもの、といったサウンドですがかなり良い出来です。

2020-06-20

平石貴樹「潮首岬に郭公の鳴く」


函館の資産家の美人姉妹が芭蕉の俳句に見立てたような状況で殺害されていく、というお話。一見した道具立ては横溝正史です。
視点人物となる舟見警部補は『松谷警部と向島の血』にも捜査協力者として名前とその手による書簡が出てきていた人物であって、作品内世界が地続きなことを示しています。

展開は非常に派手なものの、平石貴樹の書き振りは(良くも悪くも)変わりがない。品がよいというか、羞恥心があるというか。わたしはその抑制を好ましく思うのだが、そうでないひともいるでしょうね。ふぅ。ジャンクフードばかり喰い過ぎなんだよ。

登場人物はとても多いです。で、それに伴うように謎も多くなっていき、読んでいる途中で、いくらなんでも枝葉がすぎるんじゃないの、これは無駄な部分なのでは、という気がしてきました。それが解決編に至ると、全てに解答が用意されていて、あれほどややこしく感じたものが、意外なくらいすっきりとした全体像を結ぶのだから気持ちいい。
また、明らかにされる動機の強さに圧倒されるが、それは同時に手の込んだ犯罪計画に説得力を与えるものだ。そして、その動機を示した伏線の美しさよ。

事件のもつスケールの大きさとすっきりとした文体のミスマッチはあるでしょう。しかし、ここまで巧緻であれば、そうした瑕疵などどうでもいい。この作者らしく、かたちの綺麗なパズラーでした。

2020-06-13

Pigmalião 70 (original soundtrack)


1970年、ブラジルのTVドラマのサウンドトラック盤。
プロデューサーはネルソン・モッタというひとがクレジット(よく知らない)。アレンジには三人の名前があるのですが、アーロン・シャーヴスというひとがメインのよう。うちにある盤だとエリス・ヘジーナの麦わら帽のやつ、「Como & Porque」のオーケストラがこの方の仕事か。

全体に優雅で軽やか、メロウなアルバムだけれど、特に女声グループのスキャットで唄われるタイトル曲 "Pigmalião 70" ね、マルコス・ヴァーリの書いた、これがとにかく良いメロディ。細かいフレーズのギターと鍵盤の絡みが良く、パーカッションもばっちりはまった仕上がり。スキャットの妙な生々しさ、イントロとサビのみで出てくるストリングスの響きなどはブラジリアン・ポップスならではであります。まあ、アルバム中でもひとつ抜けていますね。
その他では、2パターン入っている "Tema De Cristina" という曲はヨーロピアンなオケが心地良く、特にスキャット(ユニゾンで入っているギターが効いている)で唄われるヴァージョンはイタリアのサントラものを思わせる軽薄な出来で、よろしいですな。
また、エグベルト・ジスモンチの "Pêndulo" はアルバムの雰囲気を守りながらも個性を感じさせる作り込みで、繊細かつドラマティックな曲に仕上がっています。

そういったソフトな感触の曲と対照的なのがヤングスターズなるグループによる "Tema De Kiko" で、ファンキーなオルガン・インスト。ドラムブレイクも決まっており、アルバム中では異色なのですが、ワイルドながらラウンジ感もあって、実に格好いいです。

う~ん、どうもサントラの良さを文章にするのは難しいね。
英米ものとは違う管の音色の処理なんかも気持ちいいアルバムです。

2020-06-06

Richard "Groove" Holmes / New Groove


オルガン奏者、リチャード・ホームズによるジャズ・ファンク盤。1974年、Groove Merchantからのリリース。

ドラムがバーナード・パーディ、なのでグルーヴはある程度は保証されたようなものなのだが、この盤ではドラムが左、ラテン・パーカッションが右チャンネルに配置。でもって、ベースラインはホームズ自身の左手によるもので、非常に太く、くっきりした存在を示していて格好いいです。これでゴリゴリ攻められるとちょっと胸焼けしそうだけれど、演奏時間がうまい具合にコンパクト。また、二本入っているギターのうちリードを取っている方がカラフルというかヴァーサタイル、それでいて押すときは押す、という物のわかったプレイでアルバム全体の風通しのよさに貢献しているよう。

全7曲中、3曲がホームズの自身の手になるもので、うちオープナーの "Red Onion" は重心低めのスロウ・ファンク。パーカッションが熱を煽りつつ、リズムギターがルーズな雰囲気を強調する。これがファンクとしてはアルバム中、一番の出来ではないかしら。なお、あとふたつのオリジナル曲は割合にオーセンティックなオルガン・ジャズであります。
カヴァー曲ではメロウな要素を意識しているのか、ジョビンの曲が "Meditation" と "How Insensitive" のふたつ取り上げられています。リズムは全然ボサノヴァではないもののパーカッションの働きでラテン風味は出ていますし、ある程度の瀟洒な味付けもなされています。
また、スティーヴィー・ワンダーの "You’ve Got It Bad" は都会的なテイストをたたえた仕上がりで、スタッフあたりのR&B寄りフュージョンを意識しているふしも。
そして、その "You’ve Got~" とともに時代への目配りが感じられるのが "No Trouble On The Mountain"。ギタリストのリオン・クックが書いたアルバム中で唯一の歌もので、ボーカルの線が細いことが、かえってニューソウル感につながっているかと。

編成はホーンも入っている、そこそこ大きいものだけれど、雰囲気はインティミット。各プレイヤーの持ち味をしっかり出しながらも全体にそこまでコテコテ感はなく、バラエティにも配慮されたいいアルバムです。

2020-05-16

小森収・編「短編ミステリの二百年1」


かつて江戸川乱歩は『世界短編傑作集』を編みましたが、本書は乱歩が扱わなかった種類のクライム・フィクションもひっくるめて短編ミステリの歴史を概観してみよう、という趣旨のアンソロジー&評論、その第一巻です。収録されている作品が全て新訳というのがいいですね。なお、タイトルに「二百年」とあるので19世紀前半から始まるのか、と思ったのだが、そこまでは遡りません。
本書全体の三分の一を占める評論は東京創元社のウェブサイトに毎月連載されていた「短編ミステリ読みかえ史」(現在はブログに移行されて「短編ミステリの二百年」として継続中)がベースになっています。

この一巻目のラインナップはちょっととっつきが良くないかも。ミステリ・プロパーといえそうなのがコーネル・ウールリッチくらいであって、他はジャンル外の書き手によるミステリ要素を含んだ作品ばかりなのだ。
その分、抜群の切れをもつものがいくつも読めます。ミステリのアイディア部分というのは、どうしても時代が経つと古びてしまうので、そこに寄りかかった作品で百年も昔のものとなると、面白く読むのはなかなかしんどい。
ここで選ばれている作品の多くは意外性だけに頼ったものではなく、結末に持っていくまでの語りや構成の巧さ、演出による驚きが感じられるものが多いです(中には、ちょっと長閑過ぎやしないか、というものもありますが)。

個人的に一番印象が強かったのはリング・ラードナーの「笑顔がいっぱい」かな。ミステリではないでしょうけど。解説ではいやいや、これは悪徳警官ものですよ、なんてありますが。そう考えるなら山口雅也あたりがアンソロジーに採ってもおかしくないか。すごく簡潔、なのにぐっときます。
それからウィリアム・フォークナーの「エミリーへの薔薇」は有名作品でゾンビーズの曲名にもなっています。結末に辿り着いたとき、それまでに描かれていた場面に隠れていた感情までが立ち昇ってくる、という効果が素晴らしい。
あと、最上のウールリッチ作品「さらばニューヨーク」は流石というか。ただひとり混じったパルプ・ライターならではの強烈な個性ですね。

この一冊に限っていえば、トリックや謎解きが主眼ではないミステリの面白さ、なので読む人は選ぶかもしれません。

2020-04-20

The Third Wave / Here And Now


ちょっと前にホルスト・ヤンコフスキーを聴いた流れで、次に「Snowflakes」というコンピレイションをずっと聴いていました。これは、ジャズ系のレコード会社であった独MPSのカタログ中よりイージーリスニング、ラウンジミュージック的な視点で編まれた二枚組です。内容がとてもよく、今から二十年余り前に出たものだけれど、未だに単体ではリイシューされてない盤からの曲も多く収録されています。
その「Snowflakes」の中で、あれ、こんな良かったけ、となったのがサード・ウェイヴ。昔、ソフトロックが持て囃されていた頃に話題に上っていたグループですが、こじんまりしているし、そこまでのものじゃないな、と思っていて。で、長いこと聴いていなかったのだけれど。
要はがっつりポップスのつもりでなければ良いのでした。

「SNOWFLAKES」、副題は"MOOD MUSIC MASTERPIECES
 FROM THE MPS ARCHIVES"
ここから3分の1をピックアップした日本盤もあるよう。

サード・ウェイヴは十代の姉妹5人からなるボーカル・グループで、その唯一のアルバム「Here And Now」は1970年のリリース。アレンジはジョージ・デューク、演奏も彼のピアノ・トリオが中心になっています。このアルバムにおいてはベースギターでなく、ウッドベースが使われていることが結構大きいですね。
サウンド全体の質感は硬質というかクール。ブラスが入っていてもミックスにおいてはピアノのほうが強調されています。また、線の細い歌声も強化するような加工はあまりしていないように感じます。

アルバム全体としてはポップスとジャズボーカルの中途を行き来するような印象です。
収録曲では "Niki" がもっともコンテンポラリーなポップスに近いつくり。四分音符を刻む鍵盤など、いかにもサンシャインポップという華やかなアレンジが施されています(それでもベースの存在感が強いですが)。
ふたつあるビートルズ・カバーはちょい凝ったコーラス・アレンジもあって、フリー・デザインを思わせるところも。また、"Don't Ever Go" はアコースティック・ギターを生かしたラウンジ風のスローですが、これなどはA&Mレコード的。
それらの一方で、スキャットのみで歌われる曲や、古いミュージカル曲をフォービートで手堅く仕上げたものもあります。
でもって、個人的なベストは変拍子、スキャットコーラスを絡めた "Waves Lament"。木琴、フルート、ブラスのアレンジいずれも良いのだが、これがポップソングとして優れているのか、というと多分違うのよ。

やっぱりフォー・イージーリスニング・プレジャー、ということですね。もしくはモンド・ミュージック。