クイーンの第二短編集(1940年)、その新訳版。収録作品が発表されたのは1935~39年。長編でいうと『スペイン岬の謎』から『ドラゴンの歯』にあたります。パズルの中に物語性を織り込む試みののちにハリウッドへ、おおざっぱにはそういう時期。
冒頭の「神の灯」はメイントリックだけを取り出せば、(現代の視点からすると)大したことはないかもしれないが、手掛かりも含めたそのプレゼンテーションがとてもドラマティックかつ、よくできている。また、サブトリックの絡ませかたも実に利いていて、やはり黄金期のミステリ中編としては随一ではないか(カーの「妖魔の森の家」が発表されたのは既に黄金期ではないゆえ)。
続いての4短編は全て題名に「冒険」の文字が付いています。
「宝捜しの冒険」は手掛かりこそ弱いが、犯人心理を辿るロジックが気持ちいい。プロットも結末までびしっと決まった。
「がらんどう龍の冒険」は謎解きに一ひねりあり。題名が読者に対して微妙に効いているのだ。ひとつの手掛かりから全体像が見えてくる筋道はクイーンならでは。
「暗黒の家の冒険」発見された手掛かりが更なる謎を生む展開が楽しい。犯人特定につながる手掛かりもちょっと盲点を突いたものだ。
「血をふく肖像画の冒険」設定は派手ですし、フェアに作られていますが、ミステリとしてはどうということもない。描写や雰囲気の醸成に力を入れた感じか。
残り4つはスポーツを絡めた連作。エラリーはハリウッドで働いていて、当然ポーラ・パリスも一緒だ。
「人間が犬を噛む」野球の試合が行われているスタジアムを舞台にした毒殺劇。本書ではここではじめてリチャード・クイーン警視が顔を出す。シチュエイションをうまく生かしたミステリで、ロジックがやや緩いものの、試合が終わるまでに全てを解決させるというプロットはスマート。物語全体に感じられる陽性の雰囲気もいい。
「大穴」お次は競馬がテーマ。キャラクターが薄っぺらで、ミステリとしてもお手軽なつくりであり、フェアであるかも疑わしい。
「正気にかえる」ボクシング会場付近で起きた事件。謎解きがきっちり作られている上、簡潔で生き生きとした描写、締まったプロットが楽しめる。
「トロイの木馬」最後はフットボール・スタジアムで起きた盗難劇。意外な隠し場所の性質はこの時期らしい創意が感じられるのだけれど、本書では同じようなテーマの作品としてすでに「宝捜しの冒険」があって、作品全体としては分が悪いか。
「神の灯」を除いてもいくつかはとても切れのあるミステリに仕上がっていますし、それ以外の作品にしてもなにかしらの魅力がありますね。まあ、わたしはファンなのでエラリーが活躍していればそれでもう満足ではありますが。