2011-08-14

柳広司「ジョーカー・ゲーム」


大戦前、陸軍内に極秘裏に設立されたスパイ養成学校「D機関」。「死ぬな、殺すな、とらわれるな」という戒律を掲げ、軍人精神を真っ向から否定する個人主義者たちの、クールでスマートな活動を描く短編集。
「スパイは疑われた時点で終わりだ」と語られるように、個々の事件はとても地味なものであって、国際的な諜報合戦というイメージからは程遠いのですが、その分リアリスティックな迫力があります。

表題作「ジョーカー・ゲーム」はD機関の紹介であり、また非常に有名なミステリ短編の変奏でもある。意外性の演出も決まった一編。

続く「幽霊(ゴースト)」。心証はシロだが、状況証拠はクロ。英国総領事は果たして陰謀に加担しているのか?
盲点を突くこれも、判ってしまえば古典的なミステリでありますが、事件の構図が複雑であり、一筋縄ではいかない。

「ロビンソン」は敵国に逮捕されたスパイが尋問に対していかに対応するか、がスリリングに活写される。
ミスリードは冴えているし、小道具としての「ロビンソン・クルーソー」の使い方も通り一遍ではない。何より全体に詰め込まれたアイディアの量が半端なく、個人的にはこれがベストかな。
上層部の駒としての面をもつスパイたちには本人に伝えられた任務とは別に、思わぬ目的の中で動かされていることがある。そこに本格ミステリにおける「探偵の操り」テーマを見て取る事もできました。それも非常に洗練された形での。

「魔都」では上海に派遣された憲兵軍曹が、当地に駐在する憲兵隊の中に敵のスパイがいるので、それを発見せよという命を受ける。
この作品ではD機関が中心にはないのだが、それまでの三作をうまく利用して効果を上げている、と思う。ただ、他の作品と比べると、ちょっと緩いか。

最終話「XX(ダブル・クロス)」。ドイツの情報をソ連に送っていた二重スパイが死亡。状況は密室での殺人を示唆するものであった。しかし「密室、あるいは不可能殺人。そんなものは所詮は“言葉遊び”だ。真面目な議論の前提になるわけがない」
真相を知ってみると凡庸ですらあります。それが、この小説世界内では逆に異様なものとして映るのだな。タイトルの意味が再び浮かび上がってくるところなど出来すぎ。
最後にふさわしいといえばそうだが、どっちに転んでもろくな事は無いという、なんともやりきれない読後感ではあります。

緻密な論理などはないけれど、一編ごとに趣向が凝らされ、描写が簡潔で読みやすい、と純粋にエンターテイメントとして優れた一冊でした。

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