2011-07-03

ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」


最近多い、創元社からの古典新訳ですな。
この作品は大昔にハヤカワ文庫版で読んだ事があります。その頃は、とにかく驚かされたくてミステリを読んでいるようなところがあったので、面白いけどマーガレット・ミラーの方がキレてるよね、くらいにしか思わなかったのが正直な所。
今ではマクロイの作風について少しは知っているつもりなので、違った感想を持つのでは、と期待しつつ取り掛かりました。

元が短編ネタだけに、それほど入り組んだ話ではないです。超現実的な現象がテーマなので、扱いかたによっては不可能犯罪ものになるのですが。
まずは時間をかけて徐々に疑念を掻き立てていき、全体の半分くらいまで来てようやく重大な展開が起こります。

単なる事故、それとも計画的な犯罪か、あるいは本当にドッペルゲンガーが存在するのか? およそ雲をつかむような話であったものに、わずかなエピソードを挟むことでミステリらしい目鼻をつける手際が素晴らしい。そこから物語は俄かにフーダニットとしての様相を帯びてくる。そして、さらに事件が。

心理サスペンス的な色彩もあるのですが、読み終えてみると意外なほど簡潔で引き締まったミステリという感じであります。この作家らしい伏線の数々が美しい。
純粋に謎解き小説としてみると喰い足りないところもありますが、そこだけを取る必要はないか。結末の趣向も、実はジャンルのコアな部分に結びついているのだなあ。

2011-07-02

本格ミステリ作家クラブ 選・編「ベスト本格ミステリ2011」


本格ミステリ作家クラブによる年間選集が今年も出ました。タイトルに「ベスト」と謳われるようになってます。
若い作家が増えてるのはいいことですな。

有栖川有栖「ロジカル・デスゲーム」・・・単なる論理クイズになりかねないネタをサスペンスフルなドラマとしてきちんと料理できるのは流石。本格ミステリの形式としても実は冒険なのでは。

市井豊「からくりツィスカの余命」・・・作中作のあまり見たことの無いようなヘンな使い方。こんなのもメタ物に入るのかなあ。それにしても、この作者は若いのに達者よね。物語るのが楽しいんだろうな。

谷原秋桜子「鏡の迷宮、白い蝶」・・・あれもこれもと趣向がぱんぱんに盛り込まれてますな。細かい伏線と暗合に満ちた、華やかな一編。でも、この手がかりは判らんわあ。

鳥飼否宇「天の狗」・・・まるで天狗が起こしたような、幻想的で不可能性を誇る謎。それも解かれてしまえば興醒めか。などと思っていると強烈なオチが。

高井忍「聖剣パズル」・・・ラノベに擬態した歴史ミステリ、それもかなりがっちり。歴史に興味が薄い当方、頭が付いて行かないです。限られた紙幅の中でキャラクターが凄くたくさん出てくるお話を読んでいるようで。しかし、この幕切れはそんな意外なものだろうか。

東川篤哉「死者からの伝言をどうぞ」・・・ゆるゆるのギャグを乗せて語られるのは、非常にオーソドックスなフーダニット。消されてしまったダイイングメッセージ、というアイディアが良いです。

飛鳥部勝則「羅漢崩れ」・・・書き出しから凄く雰囲気のある文章で、おっ、と居住まいを正してしまった。このアンソロジーの中でも特に短い作品だけれど、どこへ連れて行かれるのかわからぬまま話を追っていくと、謎の解決とともに立ち上る恐怖が。キレのよさでも随一かと。

初野晴「エレメントコスモス」・・・これも大人な短編。いろいろな伏線や小道具の意味が綺麗に反転していく様は道尾秀介にも通ずる味わい。一瞬、現実から遊離するような結末の光景も綺麗であります。

深緑野分「オーブランの少女」・・・異世界の醸成、ドラマの完成度とも高い新人さんです。ただ、ワンアイディアというか本格ミステリとしては飛躍に乏しいのでは、と。

杉江松恋「ケメルマンの閉じた世界」・・・評論枠。ミステリとしてどうか、ということを論じているわけではないし、かなり短いのでミステリ版ちょっといい話、みたいではあります。背景となる世界の変化がミステリとしての構造にどのように影響を与えていったのか、とかまで考え始めると、ちょっとやそっとではいかないのだろうけれど。


確かによく出来た作品揃いだったけれど、全体に小粒かな、という感。あくまで好みの問題ではあるけれど、これは本格ミステリなのかなあ、これが現代本格というなら僕はもう追わなくてもいいかなあ、というものもあり。
あと、短編ではアイディアを量ぶちこむのが必ずしも良い事ではない、という気がしてきました。

自分好みの作品が少ないというのは寂しいことであるよ。そろそろ引退かな。

2011-07-01

The Left Banke / Walk Away Renee/Pretty Ballerina


米Sundazedからレフト・バンクの残した二枚のアルバムが再発。パッケージはデジパックというか、紙ケースですかね。
今回は所謂ストレート・リイシューというやつで、ボーナストラックは無し。レフト・バンクについては昔、「There's Gonna Be A Storm」というタイトルのCDが出ていて、そこには二枚のアルバム収録曲全てとシングル・オンリーだった曲、更には未発表であったものまで含まれていました。コンプリート集ですね、しかも一枚もので。それに比べるとこのSundazedからのものは量的にはちょっと不満であるか。
ただ、今回のリイシューは「Sourced from the first-generation Smash stereo masters」ということでありまして。「There's Gonna Be~」に含まれていたファーストアルバムの曲はリミックスが施されていたので、元々のミックスで聴けるという点が大きいです。また、アートワークや曲順など、オリジナルに準じた形で楽しめる、というのも意味があるかな。

そのファースト、「Walk Away Renee/Pretty Ballerina」は1967年リリースで、まさしくバロックポップと言えばこれ、というアルバム(他にどんなものがあるのかと訊かれると困りますが)。個人的にも大好きで。
美麗なメロディ、サウンドが良いのですが、特に "Pretty Ballerina" は狙って書けるようなもんじゃない、という気がします。単にポップなだけではない、独特の雰囲気があって。これ以上いじりようがないという感じ。
オリジナルミックスはボーカルがセンターに位置していないものが多く、まあ'60年代的といえばそうであるかな。「There's Gonna Be~」にくらべると、音が力強いというい印象を受けました。
ブックレットには録音データも記されており、それによれば多くの曲で実際に演奏していたのは鍵盤にマイケル・ブラウン、あとはニューヨークのセッションマンという編成であったようです("Pretty Ballerina" のドラムはバディ・サルツマンとのこと)。

翌年のセカンド、「The Left Banke Too」はリーダーであったマイケル・ブラウンが抜けてからのもので、タイトルが「Two」ではなく「Too」なのがミソですな。
印象的なハープシコードを聴かせていたブラウンがいなくなったせいか室内楽的な感触は無くなり、抜けのいいポップスになっています。全体に個性が薄くなった感は否めないですが。6曲でプロデュースを手がけているのはポール・レカ。このひとにはあまりいい印象はないのだけれど、ここでの仕事はそう悪くないか。
また、楽曲としてはそこそこのレベルのものが揃っていますが、キャッチーさには欠けるかも。ブラウン在籍時に制作された "Desiree" が一番いいな、やっぱり。

2011-06-26

Brent Cash / How Strange It Seems


ブレント・キャッシュ、三年振りのセカンドアルバム。まさに忘れた頃に、という感じ。

冒頭からヴァン・ダイク・パークスを思わせるオーケストレーションで、すぐに心を掴まれてしまった。今作はインストゥルメンタルのスケールが増しているかな。アレンジの幅も広くなっています。

とは言っても勿論、芯になっているのは相変わらずの素晴らしいソングライティングであります。
現在ではもはや誰も書こうとしなくなった種類の、自然な美しさを誇るメロディ(バート・バカラックやブライアン・ウィルソン、ポール・マッカートニー等、クラシックなソングライターの名前が引き合いに出されて、捻りの効いたポップソングなんて表現されているものでも、実際聴いてみると不自然なテンションノートや強引なコードチェンジでもって無理やりフックを作ったようなものばかりで、ガッカリさせられてしまうことが少なくないのですよ)。
かつては本道であったものが、時代ともに一般的ではなくなりつつある音楽、という気もします。だからこその三年のインターバル、という。
けれども、懐古的というわけでは一切ない。キャッチーでかつ、今、ここでのきらめきが溢れ出ているようで。

スペシャルサンクスにルイ・フィリップの名があるのもなんだか納得。
サンシャインポップやネオアコのファンにも聴いて頂きたい、良い曲がぎゅっ、と詰まったアルバムです。

2011-06-25

The New Wave / Little Dreams: The Canterbury Recordings


男性デュオ、ニュー・ウェーヴが1967年にリリースした唯一のアルバム「The New Wave」。お馴染み英Now Soundsからステレオ&モノミックスにボーナス音源を加えてのリイシュー。
ようやくこれで、ケン・ハンドラーのカンタベリーレーベルから出された三枚のアルバムが全てCD化されたわけだ。

LA制作でアレンジはジーン・ペイジ、演奏にはハル・ブレイン、キャロル・ケイやヴァン・ダイク・パークス等の名前が。ロン・カーターがベースを弾いている曲もあるようです。
音楽的にはガットギターを中心にしたフォーク的なポップスで、ちょっとジャジーなセンスも感じられます。また、囁きに近いような男声ハーモニーはとても優しげ。そこに、美麗なストリングスやヴァイヴ、柔らかな木管などで室内楽的な装飾が施されており、ソフトサイケ的な印象も。

メンバーふたりの手によるオリジナル曲は穏やかなものが多く、ときに感じられるブラジル的なニュアンスが効いています。
唯一のカバーは映画、シェルブールの雨傘から "Autrefois" をボサノヴァアレンジで。ポップ過ぎない控えめな仕上がりもかえって節度が感じられて、良いです。

なお、グループ名は彼らがフランソワ・トリュフォーやジャック・ドゥミの映画に入れ込んでたので、ヌーヴェルバーグから取ったそうであります。すかした学生っぽいですな。

このCDの裏面には「File under: the perfect rainy day record」と書かれています。突き抜けたポップソングはありませんが、メロウで浮遊感を湛えた雰囲気をトータルで味わうアルバムかな。

2011-06-19

アガサ・クリスティー「おしどり探偵」


「次の事件はロジャー・シェリンガム風でやろうよ。タペンス、きみがシェリンガム役だ」
「だったら、おしゃべり屋にならなきゃね」
「きみは生まれつきそうじゃないか」

トミーとタペンスものの短編集。原題は "Partners in Crime" となかなか洒落ている。
ポアロものの第一短編集がシャーロック・ホームズ譚へのオマージュとしての面が大きいものであったのに対して、こちらではさらにそれを押し進め、各編でさまざまな探偵小説のキャラクターを真似て事件を解決していく、という趣向。ファン・ライターとしてのクリスティの面が出ていて、彼女自身も楽しんで書いた作品なのかな、という印象を受けました。

収録作品のなかにはなかなかキレのいい謎解きもあれば、いきあたりばったりに見えるものもありますが、どれも意外性に配慮したお話にはなっています。タペンスの方がトミーより人間心理に通じ、細部に目配りができるように思えるのだけれど、しばしばトミーがタペンスを出し抜いて事件を解決する場合があって。どちらが正しい線を追っているかが最後までわからない、というのも大きいかな。
また、このシリーズは良い意味でミステリとしてのこだわりが薄く、ユーモア小説の面も大きいので、古典的なパターンの探偵小説として読んでいると、思わぬうっちゃりを喰らったり。

ごく短い作品ばかりなのだけれどバラエティにも富んでいるので、古い海外物の30分ドラマを見るように肩肘張らずに読むのが吉かと。
ミステリ風コメディとして充分楽しめました。

2011-06-17

Paul McCartney / McCartney


バーカ、バーカ、俺のバーカ! こんなもん買っちゃったよ。
ポール・マッカートニーのアルバムでも結構好きなものとそれほどでもないものの2作、まとめてデラックス版で。
ホントはこんなに高価なものに手を出したくなかったのだが、「Band On The Run」のときのようなDVD入りで手頃なパッケージのやつが、今回は用意されていないのだ。相当悩んだのだけど、結局このゴツい奴を入手しました。
これ買っちゃうとなあ、ハイレゾ音源のダウンロード権が付いてくるでしょう。今まで手を出してこなかったPCオーディオの世界に足を突っ込むことになるんだよなあ。ああ、もう面倒臭い。
しかも、これ、扱いづらいな、重たいし。

とりあえず、ファーストソロである「McCartney」(1970年リリース)を聴いています。
ひとり多重録音で制作されたもので、EMIスタジオで録った一部の曲以外はざっくりしたデモっぽい感じの手触り。商売っ気の薄さが魅力のアルバムなので、これ、ファンじゃない人が聴いたら結構しようもないと思うかも。
インストや小品のような曲でも、そこかしこにポールならではのきらめきが感じられるのだけれど。

ボーナスディスクにはデモ、アウトテイクとともに1979年のグラスゴーでのライブが3曲。後々、このライブの全長版が出るという噂もあります。



さてDVDの方。まずはポール自身が語るアルバムストーリー。アニメーションは凝ったつくりですが映像は少な目。
続いては1970年、スコットランドでの映像。アルバムカバーにもなっている海辺でのホームビデオです。あんまり見てると泣きそうになるな。


"Maybe I'm Amazed" のミュージックビデオは当時の写真が次々と流れていく構成。
"Suicide" は「Band On The Run」リイシューのDVD収録「One Hand Clapping」からこれだけカットされていたもの。いかにも中途半端でありますな。
"Every Night" はカンボジア難民救済コンサートから。昔、ヤングミュージックショーでも放送した奴ですな。映像はそこそこ綺麗か。
"Hot As Sun" も同コンサートから。これは初見でした。


最後はMTVアンプラグドから "Junk" と "That Would Be Something" なんだが、時代が新しいにしては、ちょい画がボケ気味のような。

なお、DVD全体で32分程でした。

あと今回、このデラックス版のブックレットに散りばめられた当時の家族写真が、「McCartney」というアルバムのパーソナルな色彩に凄くマッチしているのですよ。だからこれは意外と良い買い物だったかも。


ただ、実はカンボジア、アンプラグドとも後々、単独タイトルでDVD化という噂があるのだが・・・。