2011-07-17

三津田信三「生霊の如き重るもの」


刀城言耶ものの短編集。と言っても収録全5作品、軽いものはなくどれも読み応えは充分。
作中ではまだ言耶が学生という設定になっていて、それほどアクのないキャラクターという印象。その分、言耶の先輩である阿武隈川烏が強烈な存在感を出しています。


冒頭の「死霊の如き歩くもの」は雪密室に怪異を絡め、強烈な謎を作り出した作品。
建屋の見取り図や時間割を付けてのアリバイ検討などもあって、ガチガチの探偵小説。小道具も効いており、凄い密度であります。

「天魔の如き跳ぶもの」は人間が宙に向かって消失する、というこれも不可解・不可能な現象を扱った作品。意表を突く大胆なトリックに唖然。阿武隈川が全面フィーチャーされているのも初か。
なお、この作品はもともと長編『凶鳥の如き忌むもの』がハードカバー化されたときに書き下ろし併録されたもので、先に『凶鳥~』をノベルズ版で読んでいた僕にとっては、これだけのために買いなおすのはなあ・・・と悩みの種でありました。今回の短編集で読めるようになったのは嬉しいですね。

「屍蠟の如き滴るもの」は即身仏状態で亡くなった人物が、屍蝋を滴らせながら出現するのを目撃される、というかなり凄いお話。これも雪上に限られた足跡しかない、という一種の密室を扱っています。
この作品は、短編集内でこの位置に収録されている事自体が、ミステリとしてある効果を上げていますね。

表題作「生霊の如き重るもの」は今作中でも一番量があり、過去の因縁語りがじっくり。ドッペルゲンガーを扱った作品でありますが、更に戦死したはずの旧家の跡取りを名乗る人物が二人復員してくるという、横溝風の趣向をダブらせてくるからたまらない。
ここでは大きなトリックこそありませんが、二転三転するロジックが読み所で、なおかつ意外性も充分。

最後の「顔無の如き攫うもの」は、話を聞いただけで真相を推理する、いわば安楽椅子探偵物。
密室からの人間消失を扱った作品ですが、真相解明により更なる大きな恐怖が立ち上る趣向が好み。幕切れも決まっています。


本格ミステリとして、ど真ん中な一冊でした。ちょっと変化球を混ぜて、なんて意識が見られないのが素晴らしい。これだけ密度の高い短編集はちょっと無いのでは。

2011-07-16

Jill Sobule & John Doe / A Day At The Pass


ジル・ソビュールの新譜はジョン・ドウというひととの共同名義であります。
このCDはパッケージも簡素な紙製のものなのだけれど、レコーディング自体も低予算というか、「The Pass」というスタジオで一日でやっつけたらしい。それでタイトルが「A Day At The Pass」、というわけです。

内容はというと、ほぼスタジオライヴといったところで、オルタナカントリー路線。ペダルスチールが効いています。このひとらしい作り込んだサウンドが聴けないのはちょっと残念かな。なお、前作「California Years」からの流れか、ドン・ウォズがベースを弾いています。

ジルとジョン・ドウそれぞれがリードを取る曲が交互に並んでいまして。お互いにちょこっとハーモニーを付けているという。
で、ジルがリードを取る曲は全部で6つ入ってるんだけど、うち新曲は3つだけでした。あとは再演とかで。まあ "Mexican Wrestler" は大好きな曲だし、"I Kissed A Girl" のアレンジは新鮮であるけれども。
う~ん、ファンにとっては暑中見舞いみたいなアルバムですか。
一番いいな、と思ったのがアソシエイションのカバー曲 "Never My Love" で、バーズ風味。おセンチでちょっとやさぐれていて、このひとの声が映えるんだよな。

ジョン・ドウの曲では "Darling Underdog" がメロウで気に入りました。メロディがちょっとロン・セクスミスぽいよね。

2011-07-10

アガサ・クリスティー「七つの時計」


『チムニーズ館の秘密』から四年ぶりの冒険もの。『チムニーズ~』と同じ舞台や、共通した登場人物も。
物語の中心になるのは、朝方まで遊んで昼過ぎまで寝ているような有閑階級の若者に、クリスティ作品ではお馴染みのお転婆なヒロイン。
これから物騒な事件が起こるとは思えないほど、長閑で緩いユーモアをもった語りで物語は始まります。

初期クリスティの冒険ものの例によって、リアリティは皆無で。何しろ、秘密結社のメンバーは時計の文字盤をかたどったマスクを被っているのですから。もっとも女史自身そんなことは充分自覚していて「美しい異国の女山師。国際的ギャング団。だれも正体を知らない謎の〈ナンバー7〉 ――なにもかも、百ぺんも小説のなかで読まされたことばかりだ」なんて台詞も飛び出します。

プロットや道具立て自体は既視感があるものですが。莫大な価値が見込まれるナントカを狙って暗躍する国際的な犯罪組織と、その企みに気づいて行動を起こす若くて向こう見ずな男女、という。それまで発表された冒険ものと大差ない感は否定できず、新味に欠けるよなあ、そう思い込んだ時点で実は既にクリスティの術中に嵌まっているのですね。
まあ大雑把なお話だよねえ、などと侮って読んでいると終盤に大きな驚きが待っていて。チェスタトン的ですらありますよ、これは。いや、まいりました。

小説としてはごたごたしたり、間延びしたりするところもあるのですが、単純にミステリとしてやられました。ミスリードが上手いわあ。
当たり前のことを言っちゃいますが、非凡ですなあ、クリスティは。

2011-07-04

The Kinks / Face To Face


キンクスのデラックス・エディション第二弾が届きました。
今回は「Face To Face」「Something Else」「Arthur」の3タイトル。どれもがこのバンドの最上作のようなアルバムですな。

まずは、「Face To Face」を聴いています。前も書いたけれど、今回のリマスターは音が良い。このアルバムではモノラルが気に入ったな。"Dandy" のアコースティック・ギター、"Too Much On My Mind" での生々しいボーカル、"Holiday In Waikiki" の重いドラム。いやあ、気持ち良いよ。
昔は、パイ・レコードの再発音源はどれもしょぼいなあ、テープの保管が良くないのだろうな、と諦めていたのだけれど。ちゃんとやれば出来るのだねー。

「Face To Face」は1966年秋リリース。初めて全曲オリジナルで固めたアルバムだ。同年、ビートルズは「Revolver」まで辿り着いている。それを横目で見ていたかはともかく、我が道を行くキンクスではある。
この時期はエネルギッシュなロックンロール・コンボとしての面をまだ残しつつ、レイ・デイヴィスならではのメランコリックな持ち味が本格的に開花していて。一曲目はそれまでのアルバムの流れを汲むようにデイヴ・デイヴィスの元気なロックンロールだけれど、その分、二曲目の "Rosy Won't You Please Come Home" のブルーな雰囲気との落差が凄い。

好きな曲は色々とありますが、このアルバムのハイライトはやっぱり "Sunny Afternoon" ということになるかな。ミュージックホール路線の始まりでもあるし。今聴いても、こんなポップソング、そう無いよね。しかも大ヒットしたという。
この曲がビートルズの "Paperback Writer" をわずか一週でUKチャートのトップから蹴落とした事実は、レイ・デイヴィスにとって人生で特に嬉しかったことのひとつ、らしいよ。

デラックス盤はもう残り「Muswell Hillbillies」だけか。なんか勿体無いよね。

2011-07-03

ヘレン・マクロイ「暗い鏡の中に」


最近多い、創元社からの古典新訳ですな。
この作品は大昔にハヤカワ文庫版で読んだ事があります。その頃は、とにかく驚かされたくてミステリを読んでいるようなところがあったので、面白いけどマーガレット・ミラーの方がキレてるよね、くらいにしか思わなかったのが正直な所。
今ではマクロイの作風について少しは知っているつもりなので、違った感想を持つのでは、と期待しつつ取り掛かりました。

元が短編ネタだけに、それほど入り組んだ話ではないです。超現実的な現象がテーマなので、扱いかたによっては不可能犯罪ものになるのですが。
まずは時間をかけて徐々に疑念を掻き立てていき、全体の半分くらいまで来てようやく重大な展開が起こります。

単なる事故、それとも計画的な犯罪か、あるいは本当にドッペルゲンガーが存在するのか? およそ雲をつかむような話であったものに、わずかなエピソードを挟むことでミステリらしい目鼻をつける手際が素晴らしい。そこから物語は俄かにフーダニットとしての様相を帯びてくる。そして、さらに事件が。

心理サスペンス的な色彩もあるのですが、読み終えてみると意外なほど簡潔で引き締まったミステリという感じであります。この作家らしい伏線の数々が美しい。
純粋に謎解き小説としてみると喰い足りないところもありますが、そこだけを取る必要はないか。結末の趣向も、実はジャンルのコアな部分に結びついているのだなあ。

2011-07-02

本格ミステリ作家クラブ 選・編「ベスト本格ミステリ2011」


本格ミステリ作家クラブによる年間選集が今年も出ました。タイトルに「ベスト」と謳われるようになってます。
若い作家が増えてるのはいいことですな。

有栖川有栖「ロジカル・デスゲーム」・・・単なる論理クイズになりかねないネタをサスペンスフルなドラマとしてきちんと料理できるのは流石。本格ミステリの形式としても実は冒険なのでは。

市井豊「からくりツィスカの余命」・・・作中作のあまり見たことの無いようなヘンな使い方。こんなのもメタ物に入るのかなあ。それにしても、この作者は若いのに達者よね。物語るのが楽しいんだろうな。

谷原秋桜子「鏡の迷宮、白い蝶」・・・あれもこれもと趣向がぱんぱんに盛り込まれてますな。細かい伏線と暗合に満ちた、華やかな一編。でも、この手がかりは判らんわあ。

鳥飼否宇「天の狗」・・・まるで天狗が起こしたような、幻想的で不可能性を誇る謎。それも解かれてしまえば興醒めか。などと思っていると強烈なオチが。

高井忍「聖剣パズル」・・・ラノベに擬態した歴史ミステリ、それもかなりがっちり。歴史に興味が薄い当方、頭が付いて行かないです。限られた紙幅の中でキャラクターが凄くたくさん出てくるお話を読んでいるようで。しかし、この幕切れはそんな意外なものだろうか。

東川篤哉「死者からの伝言をどうぞ」・・・ゆるゆるのギャグを乗せて語られるのは、非常にオーソドックスなフーダニット。消されてしまったダイイングメッセージ、というアイディアが良いです。

飛鳥部勝則「羅漢崩れ」・・・書き出しから凄く雰囲気のある文章で、おっ、と居住まいを正してしまった。このアンソロジーの中でも特に短い作品だけれど、どこへ連れて行かれるのかわからぬまま話を追っていくと、謎の解決とともに立ち上る恐怖が。キレのよさでも随一かと。

初野晴「エレメントコスモス」・・・これも大人な短編。いろいろな伏線や小道具の意味が綺麗に反転していく様は道尾秀介にも通ずる味わい。一瞬、現実から遊離するような結末の光景も綺麗であります。

深緑野分「オーブランの少女」・・・異世界の醸成、ドラマの完成度とも高い新人さんです。ただ、ワンアイディアというか本格ミステリとしては飛躍に乏しいのでは、と。

杉江松恋「ケメルマンの閉じた世界」・・・評論枠。ミステリとしてどうか、ということを論じているわけではないし、かなり短いのでミステリ版ちょっといい話、みたいではあります。背景となる世界の変化がミステリとしての構造にどのように影響を与えていったのか、とかまで考え始めると、ちょっとやそっとではいかないのだろうけれど。


確かによく出来た作品揃いだったけれど、全体に小粒かな、という感。あくまで好みの問題ではあるけれど、これは本格ミステリなのかなあ、これが現代本格というなら僕はもう追わなくてもいいかなあ、というものもあり。
あと、短編ではアイディアを量ぶちこむのが必ずしも良い事ではない、という気がしてきました。

自分好みの作品が少ないというのは寂しいことであるよ。そろそろ引退かな。

2011-07-01

The Left Banke / Walk Away Renee/Pretty Ballerina


米Sundazedからレフト・バンクの残した二枚のアルバムが再発。パッケージはデジパックというか、紙ケースですかね。
今回は所謂ストレート・リイシューというやつで、ボーナストラックは無し。レフト・バンクについては昔、「There's Gonna Be A Storm」というタイトルのCDが出ていて、そこには二枚のアルバム収録曲全てとシングル・オンリーだった曲、更には未発表であったものまで含まれていました。コンプリート集ですね、しかも一枚もので。それに比べるとこのSundazedからのものは量的にはちょっと不満であるか。
ただ、今回のリイシューは「Sourced from the first-generation Smash stereo masters」ということでありまして。「There's Gonna Be~」に含まれていたファーストアルバムの曲はリミックスが施されていたので、元々のミックスで聴けるという点が大きいです。また、アートワークや曲順など、オリジナルに準じた形で楽しめる、というのも意味があるかな。

そのファースト、「Walk Away Renee/Pretty Ballerina」は1967年リリースで、まさしくバロックポップと言えばこれ、というアルバム(他にどんなものがあるのかと訊かれると困りますが)。個人的にも大好きで。
美麗なメロディ、サウンドが良いのですが、特に "Pretty Ballerina" は狙って書けるようなもんじゃない、という気がします。単にポップなだけではない、独特の雰囲気があって。これ以上いじりようがないという感じ。
オリジナルミックスはボーカルがセンターに位置していないものが多く、まあ'60年代的といえばそうであるかな。「There's Gonna Be~」にくらべると、音が力強いというい印象を受けました。
ブックレットには録音データも記されており、それによれば多くの曲で実際に演奏していたのは鍵盤にマイケル・ブラウン、あとはニューヨークのセッションマンという編成であったようです("Pretty Ballerina" のドラムはバディ・サルツマンとのこと)。

翌年のセカンド、「The Left Banke Too」はリーダーであったマイケル・ブラウンが抜けてからのもので、タイトルが「Two」ではなく「Too」なのがミソですな。
印象的なハープシコードを聴かせていたブラウンがいなくなったせいか室内楽的な感触は無くなり、抜けのいいポップスになっています。全体に個性が薄くなった感は否めないですが。6曲でプロデュースを手がけているのはポール・レカ。このひとにはあまりいい印象はないのだけれど、ここでの仕事はそう悪くないか。
また、楽曲としてはそこそこのレベルのものが揃っていますが、キャッチーさには欠けるかも。ブラウン在籍時に制作された "Desiree" が一番いいな、やっぱり。