2011-08-07

ジョン・フランクリン・バーディン「悪魔に食われろ青尾蠅」


ニューロティック・スリラーという懐かしい呼称が思い出される一作。昔、リチャード・ニーリイとか我が国でも結構話題になっていたよね。
これは1948年作と、この手のものとしてはなかなかにクラシック。

精神病院から二年ぶりに退院してきたヒロインが、周囲に対して微妙な違和感を覚えて疑心暗鬼になりますが、人から変だと思われたくなく(ついでに自分の認識にも自信が持ちきれず)いじいじ考え込む、という心理が描かれます。
更に文章自体にも巧妙な工夫があり。特に事件は起こっていないのに、読者にとっては作中の現実レベルを疑わせるような構成がされていて。ミステリとしての機知がちゃんと備わっている、という感じを受けましたよ。

それでも、はじめのうちはあくまで理性的な小説としての形を守っているのだけれど、やがて主人公は生きているはずのない人物と再会、そこから物語は一気に混沌としたものになっていく。
回想だか悪夢、あるいは妄想のようなものが時系列を無視して入り混じり、これらの要素がどういうレベルのものなのか読んでいて区別がつかない。しかし、同時にそれまでは伏せられていた過去の経緯を比較的少ない分量の文章でもって一気に知ることも出来るようになっているわけで、これはやはり充分に効果が計算されての構成ではないか。
また、読者にとっては理解できていると思っていたヒロインの存在がどんどん謎めいたものになっていく、という趣向も良いですな。

どう展開するのか予想もつかない筋を追ううち、終盤に登場する「悪魔」は唐突であり時代的な限界も感じさせるが、その分、迫力がある。
結末にはホラー的な手触りも残りますが、クライムノベルの要素も感じました。
セオリーに縛られないものを読みたいひとには、いいんではないかしら。短いしね。

2011-08-06

The Lewis Sisters / Way Out... Far


ルイス・シスターズのこのアルバムは1959年リリース。ピアニストのレス・マッキャンらとともに作り上げたもので、ジャズのスタイルをとっているけれど、その魅力は一般的なジャズコーラスのものとは全く違うものだろう。取り上げられている曲はスタンダードなものが殆どなのだが、どれも非常にユニークな仕上がりになっていて。

ここで聴けるのはレコーディング作業ということを強く意識し、最終的に全体のサウンドがどう再生されるかを考慮してアレンジされたものだ。
二人の声はステレオミックスの左右の位相にはっきりと分かれているのだけれど、良く似た声質でもって、あまりジャズらしい開放感が無くどちらかといえばクラシック的な素養を感じさせる端整なハーモニーは、さながらシンクロナイズド・スイミングのよう。スタジオ、という密室を強く感じさせる綻びの無さであります。
また、要所を押さえるダブルトラックが独特の印象に輪をかけていて。同じ構造の二声ハーモニーが左右のトラックそれぞれ別録りで入っているのだが、二人の声量バランスが左右で変えてあるため、奇妙な拡がりが感じられるものになっているのだ。更にはエコー処理も幻想的な印象を作り出すのに一役買っていると思う。

演奏は現実離れしたような世界感を補強するように柔らかなセンスで統一されているのだけれど、サックスソロなどに入ると普通のウエストコーストジャズになってしまうのが何だか不思議ではあるか。

テクニックを聞かせるのが主眼ではないし、若い二人のチャーミングさ(図らずもこぼれ落ちる瞬間はあるが)を売りにしているわけでもない。結果としてエンターテイメントとモンド/ラウンジの狭間にあるような、非常に意欲的というか、他に類を見ない音楽になっているのでは。
モダンなコンセプトが際立つ、特異な質感の一枚。

2011-07-30

Sammy Davis, Jr. / Lonely Is The Name


喚起させられるイメージはラスベガスの一流ホテルで行なわれているゴージャスなショウ。
フルバンドを従えて観客にも馴染みある曲の数々を小気味良く披露。
我らがスターは荒っぱくシャウトしたかと思えば今度はなめらかに歌い上げ、と余裕綽々であります。いやはや、これはちょっと手に負えない。

サミー・デイヴィス・ジュニアの「Lonely Is The Name」というアルバム、リリースは1968年だが収録曲の制作時期にはばらつきがあり、'66年にレコーディングされたものが半分を占めている。その割には全体を通して違和感が無いのは流石かな。
レーベルはワーナー傘下のリプリーズ。プロデューサーはシナトラ、ディーン・マーティンも手がけたジミー・ボーウェン。'60年代半ば、アウトオブデイトな存在になりつつあったシナトラファミリーに、新たなやり方でもってヒットをもたらした立役者だ。また、アレンジャーの名を見るとH.B.バーナム、アーニー・フリーマン、アル・キャプス、J.J.ジョンソンと有名どころばかりですな。

いかにもポピュラー然としたムーディなスロウと、迫力あるミディアム~アップが交互に並んだこのアルバム、ターゲットは30代の大人のポップスファン、というところだったろうか。
スロウがいいのは当然として、現代のポップスファンからすると、やはりリズムの強調されたポップソングが気になるところ。ドラムブレイク入りの "Up, Up And Away"、R&B的なテイストが熱い "Shake, Shake, Shake"、表現の幅を見せ付けるメドレー "Uptight / You've Got Your Troubles" と実に格好いい。ロジャー・ニコルズの "Don't Take Your Time" も取り上げていて、こちらは若干スクエアな乗りではあるが、ちゃんと自分の色に染め上げている。
男臭さを存分に漂わせながらも、歌いっぷりはとてもしなやか。硬軟自在、まったく大人であることよ。

往年のショウビズ界のスターというのは、しかし華があるな。シンガーにとっては一番大事なことかもね。

2011-07-29

The Sunrays / Vintage Rays


夏だ! 海だ! サンレイズだ!
というわけで、ちょっと強引ですがサンレイズの3枚組コンピレーションを。今も商売をやってるのかどうか、Collectablesという再発レーベルから出ていました。Collectablesというのはあまり評判の良い会社ではなく、音はあんまりだしジャケットも汚い上、データーも記載されていないようなブート並みのCDを量産していたところであります。ただ、この「Vintage Rays」というのは例外的にきちんと作られたもので、テープリサーチもなされ、マスタリングはサンレイズのメンバーが立会いの元で行ない、制作されたのが1996年ということを考えればまずまずの音。ブックレットも詳細なつくりになっております。サンレイズの音源としては取りあえずこれで全部揃うということです。

ディスク1は1961~64年にレネゲイズ他の名義でさまざまな小レーベルに残した曲を未発表も含めて収録。
この時期は基本的にはサーフバンドだったのかな。サックス入りのインストなどもありますが、元気のいいロックンロールが中心。
なかなか格好いい曲も多いのだが、いかんせん音質が良くないです。だから、繰り返して聴く気にはなれないのだなあ、惜しい。現在のマスタリング技術ならもう少しましに出来て、サーフ/ガレージファンにも勧められるものになるのではと思うけれど、まあマニア向けか。

レネゲイズのメンバーはビーチ・ボーイズのカール・ウィルソンと親交があったようで、その伝でもってウィルソン三兄弟の父親マレーと出会い、サンレイズというポップグループに生まれ変わります。
ディスク2にはサンレイズがタワーという、これもあまり大きくないレーベルに残した音源を収録。唯一のアルバム「Andrea」にシングルのみで出たもの、そして未発表のトラックなど全27曲。
当初のサンレイズの音楽スタイルは、乱暴に言うと初期ビーチ・ボーイズの線を狙ったもの。メンバーのコメントによれば相当にマレー・ウィルソン の指導が入っていたようであります。事実、最初に出されたシングルは両面ともマレーの書いた曲で、はっきり言えば劣化版ビーチ・ボーイズ、ちょっとセンスが古い。
ただ、それ以降にリリースされたメンバーによるオリジナルはいい曲が多いです。2枚目のシングル "I Live For The Sun" はサーフクラシックと言っていい出来栄え。続く "Andrea" も負けず劣らずの内容で、更に'65年暮れにリリースされた同名アルバムの収録曲もちゃんと聴けば、彼らが自分たち自身のスタイルをちゃんと育んでいたことがわかります。ビーチ・ボーイズと比較してしまうとどうしても劣る部分というのが目に付きますが、サンレイズの良さはもっとコンテンポラリーなポップスに近いテイストにあると思います。また、落ち着いた曲調のものではマーク・エリックの「A Midsummer's Day Dream」に共通する洗練されたセンスを感じますが、こちらの方が4年も早いですぜ。
タワーがあまりプロモーションをしてくれなかった分、マレー自身がいろいろとプレゼントを詰め込んだ鞄を携えて各地のDJの元を巡っていたようで。そういう地域ではそこそこのヒットも生まれていたようではありますが、それも続かず。そろそろサーフ/ホットロッドが流行した時期も終わっていたろうし。マレーの関与は徐々に緩くなり、サンレイズは比較的自由にレコーディングが出来るようになっては行くものの、セールスの低さはいかんともしがたく'67年暮れには解散。

ディスク3はデモ・トラックが中心。かっちりと作りこまれていない分、ビーチ・ボーイズ的な要素は更に薄くなっているのですが、楽曲はちょっと驚くほど良く出来ていて。LAポップの知られざる遺産、という感じですよ。

この3枚組は今ではちょっと手に入れにくいですが、ディスク2だけ単独タイトルとしてリリースもされていて、まだ購入できるのでは。


2011-07-24

Betty Harris / Soul Perfection Plus


ベティ・ハリスという女性シンガーを知ったのは、Pヴァインから出ていたニューオリンズR&BのコンピレーションCD「Gumbo Ya-Ya」でした。そのCDに収録されている多くの曲はかの地らしく軽快でユーモラス、乗りのいいものが殆どだったのだけれど、中に異彩を放つようなディープバラードがあって。それがベティ・ハリスの "Nearer To You"。太くてブルージーな歌いまわしの迫力と、嗄れ声になるところの色気に僕は一発でやられてしまったのだ。

この「Soul Perfection Plus」は副題に「complete Jubilee・Sansu・SSS International masters・1963-1969」とあり、彼女が'60年代に残した録音は網羅した内容になっています。
なお、「Soul Perfection」というのは1969年にイギリスで出された、サンスウ時代の全シングル曲を収めたコンピレーションLPのタイトルでもあります。

CDの最初に収められているのはニューヨークにて、バート・バーンズの元で吹き込まれた作品群。3枚のシングルの両面に未発表2曲の計8曲、そのうち6曲はこのCD制作の際に4トラックマスターから新たに作られたステレオミックス、ということです。僕はバート・バーンズが作る音の、いかにもアーリーソウルという剛直さの中で、ちょっと垢抜けたセンスが感じられるところが大好きで。
この時期のベティ・ハリスは小細工抜きというか、とにかくまっすぐさが気持ちよい歌を聴かせます。サウンドとの親和性も抜群で、ニューヨーク・ディープの佳曲揃い、としたいな。
また、これらの曲のバックボーカルはスウィート・インスピレーションズ周辺のメンバーが務めています。

1965年からはいよいよニューオリンズに活動の拠点が移ります。レコード制作は言わずと知れたアラン・トゥーサン。はじめの頃の曲調にはモータウンを意識しているふしも感じられるのだけれど、やがてトゥーサンらしいポップセンスが強く出てきます。
ベティの歌も緩急をうまく効かせるようになっていて、力強さはそのままに、シンガーとしての確かな成長が感じられるものであります。すこしファンキーな乗りのあるアップ、スロウとも申し分なしで、更にはニューオリンズらしいルーズなミディアムでもしっかり持ち味が生きています。リアルタイムで彼女のアルバムが作られなかったのが不思議なくらい。
あと、リー・ドーシーとのデュエットも2曲ありますが、どちらもご機嫌な出来栄えでありますよ。

2011-07-17

三津田信三「生霊の如き重るもの」


刀城言耶ものの短編集。と言っても収録全5作品、軽いものはなくどれも読み応えは充分。
作中ではまだ言耶が学生という設定になっていて、それほどアクのないキャラクターという印象。その分、言耶の先輩である阿武隈川烏が強烈な存在感を出しています。


冒頭の「死霊の如き歩くもの」は雪密室に怪異を絡め、強烈な謎を作り出した作品。
建屋の見取り図や時間割を付けてのアリバイ検討などもあって、ガチガチの探偵小説。小道具も効いており、凄い密度であります。

「天魔の如き跳ぶもの」は人間が宙に向かって消失する、というこれも不可解・不可能な現象を扱った作品。意表を突く大胆なトリックに唖然。阿武隈川が全面フィーチャーされているのも初か。
なお、この作品はもともと長編『凶鳥の如き忌むもの』がハードカバー化されたときに書き下ろし併録されたもので、先に『凶鳥~』をノベルズ版で読んでいた僕にとっては、これだけのために買いなおすのはなあ・・・と悩みの種でありました。今回の短編集で読めるようになったのは嬉しいですね。

「屍蠟の如き滴るもの」は即身仏状態で亡くなった人物が、屍蝋を滴らせながら出現するのを目撃される、というかなり凄いお話。これも雪上に限られた足跡しかない、という一種の密室を扱っています。
この作品は、短編集内でこの位置に収録されている事自体が、ミステリとしてある効果を上げていますね。

表題作「生霊の如き重るもの」は今作中でも一番量があり、過去の因縁語りがじっくり。ドッペルゲンガーを扱った作品でありますが、更に戦死したはずの旧家の跡取りを名乗る人物が二人復員してくるという、横溝風の趣向をダブらせてくるからたまらない。
ここでは大きなトリックこそありませんが、二転三転するロジックが読み所で、なおかつ意外性も充分。

最後の「顔無の如き攫うもの」は、話を聞いただけで真相を推理する、いわば安楽椅子探偵物。
密室からの人間消失を扱った作品ですが、真相解明により更なる大きな恐怖が立ち上る趣向が好み。幕切れも決まっています。


本格ミステリとして、ど真ん中な一冊でした。ちょっと変化球を混ぜて、なんて意識が見られないのが素晴らしい。これだけ密度の高い短編集はちょっと無いのでは。

2011-07-16

Jill Sobule & John Doe / A Day At The Pass


ジル・ソビュールの新譜はジョン・ドウというひととの共同名義であります。
このCDはパッケージも簡素な紙製のものなのだけれど、レコーディング自体も低予算というか、「The Pass」というスタジオで一日でやっつけたらしい。それでタイトルが「A Day At The Pass」、というわけです。

内容はというと、ほぼスタジオライヴといったところで、オルタナカントリー路線。ペダルスチールが効いています。このひとらしい作り込んだサウンドが聴けないのはちょっと残念かな。なお、前作「California Years」からの流れか、ドン・ウォズがベースを弾いています。

ジルとジョン・ドウそれぞれがリードを取る曲が交互に並んでいまして。お互いにちょこっとハーモニーを付けているという。
で、ジルがリードを取る曲は全部で6つ入ってるんだけど、うち新曲は3つだけでした。あとは再演とかで。まあ "Mexican Wrestler" は大好きな曲だし、"I Kissed A Girl" のアレンジは新鮮であるけれども。
う~ん、ファンにとっては暑中見舞いみたいなアルバムですか。
一番いいな、と思ったのがアソシエイションのカバー曲 "Never My Love" で、バーズ風味。おセンチでちょっとやさぐれていて、このひとの声が映えるんだよな。

ジョン・ドウの曲では "Darling Underdog" がメロウで気に入りました。メロディがちょっとロン・セクスミスぽいよね。