2013-11-15

Van Morrison / Moondance


待望の「Moondance」(1970年)リマスター。ヴァン・モリソン本人は、自分に無断のプロジェクトだと大層お怒りのご様子ですが。
このアルバムには目立つ曲が前半に集まっているような印象があって。ひとつの音楽スタイルの結晶のようなタイトル曲、スモーキー・ロビンソンを思わせる "Crazy Love"、そして血沸き肉踊る "Caravan"。後半はそれに対するとやや地味で、アナログ時代もB面を聴いているうちによく眠ってしまっていたなあ。

今回のデラックス・エディションには本編のリマスターCDとブルーレイオーディオ盤に加えて、未発表アウトテイク等50トラックが収録されたCDが三枚。まあ、大体においてリリースされたヴァージョンが一番いいに決まっているのであって、こういった別テイクが延々と続くものを面白いと思って何回も繰り返し聴くひとは限られているだろうな。
音質の方は素晴らしく、トラックによってはさながらスタジオライヴの迫力でありますよ。


個人的にいいな、と思ったものをいくつか。
まずは "Caravan" ですが、アレンジは既に出来ているものの、初期テイクではやたらに力が入っていて、まだ唄がこなれていないという印象。テイクを重ねながら感じを掴もうとしているような感じでありますね。さらに後日になって、もっと落ち着いた調子で演ってみたりと、試行錯誤が興味深い。
ファンキーな "I've Been Working" は非常にテンション高く、演奏が盛り上がったせいか10分以上セッションが続いています。
アート・ガーファンクルに提供されたという "I Shall Sing" はラテン調の陽気な曲で、このアルバムの雰囲気とは異色かも。
"Come Running" はリリースされたものとは結構違うアレンジが試されていて、これは新鮮。
また "Moondance" は、ややテンポ遅めで、よりジャジーというかムーディーですらあって、面白いな。


「Moondance」がヴァン・モリソンのキャリアの中で突出している、ということもないとは思うのだが。この作品に特別な魅力があるとしたら、それはミュージシャンとしての作風が確立されていく瞬間に生まれる熱、によるものではないか。
今回のアウトテイクの数々は、その過程を捉えたドキュメントとして意義深く聴けるのでは、とかなんとか。

2013-11-11

天藤真「殺しへの招待」


「わたしは、あなたがよくご存知の、ある男の妻です。ただし、わたし自身は、あなたにお目にかかったことはありません。
きょうからひと月以内に、その男の死亡通知が、あなたの手もとに届きます。ありきたりの文面で、彼は急病で死んだことになるはずです。
でも彼は病死ではなく、実は殺されたのです。どうしてそう予言できるかというと、殺すのが、このわたしだからです」

5人の夫たちのもとに彼らのうちの誰かが妻の手で殺される、という同じ内容の手紙が届く。狙われているのは自分ではないかという不安を抱えつつ、彼らは手紙で指定された場所に集合。だが、顔を出した男たちは、お互いに見ず知らずであることがわかった。疑心暗鬼になりながらも、対策に知恵を寄せ合う夫たち。
さらに第二、第三と手紙が続けて届き、そうした夫たちの動きも監視されていることが告げられる。次第に追い詰められた男の中には自分自身を見直し、改心するようなものも。
それでも最後の手紙が届き、遂に殺人は起こった。

序盤は脅迫サスペンスっぽく、事件が起こった中盤以降はスリルを持続しつつ、フーダニットとしての様相を見せ始めるのだが。
とにかく手が込んだプロットであって、読み進めていくと、最初に思い込んでいたのとはまるで違う物語なのではないか、という思いがどんどん強まっていく。また同時に、どうしようもない野郎たちと思えていた旦那衆が、なんとも頼もしくも良い奴らに見えてくるのがいい。

40年ほど前の作品であるがミステリとして非常にはモダンなアイディアが盛り込まれており、そしてそれが人間の善悪の部分の両方を鮮やかに映し出す。性善説あるいは性悪説、どちらが本当ということもないのだ。
結末の好みは分かれるかもしれないが、徹頭徹尾ミステリであるとはこういうことなのだろう、きっと。

2013-11-09

Otis Redding / The Immortal


1968年リリース、オーティス・レディングの死後に出されたものとしては二枚目のアルバムです。
喉の手術を経た後のオーティスの声は以前のような張りや艶がなくなり、時にかすれるところがありますが、それでも抜群の唄のうまさは充分伝わってきます。少し枯れたような味もまた、ひとつの魅力になっていると思うのはひいきの引き倒しかしら。

いや、実際にスロウの曲はどれも好ましいのです。かつての極端に抑揚をつけた歌唱から、もっと丁寧かつ、染み入るようなもの変化しているよう。特にオープナーの "I've Got Dreams To Remember" が穏やかながら表情豊かで、何度聴いてもたまらない。

また、ミディアムではファンキーなものが多くなっているのだけれど、ド迫力だけではない、軽味をも獲得したことによる表現の幅が出てきているように思うし、"Hard To Handle" なんかではルーファス・トーマスにも通じるようなコミカルなニュアンスさえ感じられます。

改めてこのアルバムを聴き直してみると、キャリアの初期においては圧倒的なスケールを持つボーカルが音楽の質そのものを決定付けていたのに対して、より楽曲やアレンジを尊重したものになってきていたのかな、という気がしました。
味わい深く、いいアルバムですよ。

2013-11-04

アガサ・クリスティー「NかMか」


時は第二次大戦中、英国にもぐりこんだナチス・ドイツからのスパイを突き止めるべく、海辺の保養地にあるゲストハウス〈無憂荘〉へと乗り込んだトミーとタペンス。だが、そこに住むのは特に変わったところのない、戦争から避難してきた人々ばかりであった。本当にここがスパイ活動の拠点なんだろうか、という疑いを抱きはじめたふたりであったが・・・。

トミー&タペンスものの第二長編で、1941年刊行のスリラー編。
ふたりが活躍するものとしては『秘密機関』(1922年)、短編集『おしどり探偵』(1929年)から結構経ってからの作品であり、作品内でもそれだけの時間が反映されています。若いカップルだったトミーとタペンスも、ここでは40代の中年夫婦になっているのですが、相変わらず冒険を求める心は失っていないのが嬉しいところ。

最初のうちは関係者の裏の顔を探るという展開であって、あまりスリラーっぽくない。この時期の謎解きものと同じく、じっくりと物語は進んでいく。退役軍人や老嬢などの、いかにもなキャラクターを描くクリスティの筆は冴えまくっていて、だからこそ、その典型からはみ出るところがちらり、と見えるとすごく疑念が掻き立てられる。
後半に入ったあたりで、お馴染みの展開なんだけど(ほんとにワンパターンだよね)トミーとタペンスは危機に陥るのだが、それ以降は俄然スリラーらしくなってくる。スパイの正体を部分的に明かしつつ、それでもまだ底を見せずに読者をぐいぐいと引っ張っていく。
そして、終盤に至ってこの作品が単なるお気楽冒険ものではなく、細部に至るまでしっかりと構築されたミステリであることが判明するのだ。

時代によってスリラーものでもかなり、作風に違いがありますね。明るさや躍動感を残しつつ、ミステリとしての結構も整った充実作ではないでしょうか。

2013-10-31

麻耶雄嵩「貴族探偵対女探偵」


2011、12年に雑誌掲載された4編に書き下ろしひとつを加えた連作短編集。
貴族探偵に加えてタイトル通り、女探偵・高徳愛香が登場。二人(?)の探偵による推理合戦というか多重解決が楽しめます。


「白きを見れば」 雪の山荘もの。シリーズの新しい幕開けとして、非常に良く出来た趣向です。
ミステリとしては手堅いフーダニットであり、盲点を突いた逆転の構図が鮮やか。ただ、そこから後の推理には抜けがあるような。この逆転が起こった瞬間、既に消し込まれていた可能性のひとつが再浮上すると思うのだけど。

「色に出でにけり」 首吊り自殺の現場には奇妙な作為の跡があった。この手掛かりを始点にして、関係者たちのアリバイが検討されていくのだが――。
これしかなさそうでいて割り切れない感じも残す愛香の仮説、それを越えて提示されるシンプルかつ逆説的な解答が美しい。動機も綺麗に決まってるな。

「むべ山風を」 大学内で起こった殺人事件は、図らずもクローズドサークル化していた。だが、現場の周囲に残された証拠に従えば、容疑者内に犯人はいなくなってしまう――。
パズルとしての強度が非常に高い一編。推理の飛躍が複数あって、与えられた手掛かりだけでそれらをクリアするのは困難だと思うのだが、プレゼンテーションの勝利というべきか。

「幣もとりあへず」 座敷童子が出るという温泉内での殺人。それぞれ作為の感じられない複数の証拠はしかし、相矛盾する方向を指し示していた――。
愛香の推理が始まると「?」がいくつも頭に浮かんできたのだが・・・。うむむ、ここでやりやがったか。また、これ以前の三編が効いてるのよ。だから京都の連中は油断ならねえ。
真相に読者が気付けるとしたら、まさに推理が始まってから後なのだが、そんなことを云々するのも野暮か(ただ、196頁の20行目はアンフェア気味では)。

「なほあまりある」 謎めいた招待を受け、高徳愛香は富豪が所有する島へと向かった。そこで待っていたのは――。
本書の掉尾を飾るのはそれに相応しい、実にエレガントなフーダニット。こちらは多重解決の要素を強調しないことで、より綺麗な仕上がりになったよう。結局、こういうのが一番好きなんだよなあ。物語の締めもスマートであります。


麻耶雄嵩の作品を読むときは期待のハードルが高くなってしまい、いつもならそんなに気にしないところまで注文をつけてしまうのですが、やはりこの純度の高さはただ事ではないですな。グレイトやわー。

2013-10-28

ルー、ルー、ルー、これは偉大な冒険の始まりなのよ。


十代の頃、その声を聴いたのはFMラジオの洋楽番組から流れてきた "Walk On The Wild Side" ――ワイルド・サイドを歩け、だった。ルー・リードといってかかるのは、とにかくこれ。唯一のシングルヒットらしいものであって。

自分で買った彼のレコードで、最初のものはヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「Loaded」、輸入盤だ。たぶん、ヴェルヴェッツはそれしか店に置いてなかったように思う。
当時はバンドの歴史など何も知らなかったけど、聴いてすぐに夢中になった。どの曲も好きになったのだけど、クラシックといえる曲が二つ、やはり突出していた。
"Sweet Jane" はルーに無断で短く編集されていたとして、後年になってフル・レングス・ヴァージョンがでたわけだけれど、僕は古いヴァージョンに慣れ親しんでいたせいか、カットされていた部分は無くてもいいかな、と未だに思う。
また、"Rock & Roll" で歌われる5歳の少女の物語は、音楽に救われたことなど一度たりともない自分にとって、だからこそ麻薬のような魅力を持ち続けている。

ソロになってからのものではロバート・クワインやフェルナンド・ソーンダースと組んで以降のシンプルな表現が格好いい。ボトムラインでのライヴ映像「A Night with Lou Reed」は忘れられない。「New York」ツアーの来日公演も最高だった。

近年の作品は、実はあまり聴いてなかった。なんだか、ありがたいお経みたいな感じがして、素直に楽しめなくなったのだ。今思えば、頑固なじいさんの話をもっとちゃんと聞いておけばよかった的な気持ちもある。

とりとめがないことしか書けないのでこの辺にしよう。
夜空を見上げれば、あなたの星が見えるだろうか。
極上のロックンロールをありがとう、そしてさようなら。

2013-10-26

三津田信三「蛇棺葬」


三津田信三の作品にはホラーとミステリの要素が混じり合っているわけですが、この作品はホラー寄りのほう。

二部構成になっており、その前半は奈良の旧家である百巳家に移り住むことになった、妾腹の男児(どういうわけか下の名前で呼ばれることがありません)が経験するいくつもの怪異を、大人になってから回想の形で語る、という形をとっています。
得体の知れないものにどんどんと導かれてしまう、という描写はこの作者のものではお馴染みですが、中でも百巳の森で展開される異様な光景は幻想小説のようでなかなかいい。

後半は現在の話でしょうか、語り手(こちらでは美乃歩、と呼ばれています)は一旦は離れた百巳家を30年後になって再び訪れています。義母が亡くなりかけており、どうやら美乃歩は、かつて祖母が逝去したとき父が関わった(そして怪事件に巻き込まれた)のと同じ儀式を執り行わねばならないらしい。また、おかしなことに前半部で語られた少年時代の記憶にかなりの欠落があるようなのだ。
美乃歩は大人になっているからか、危なそうな場所には近づかないようにしているのだが、己の想念から生まれたものに囚われて再三、身動きが取れなくなりそうに。特に、河原の家での展開はちょっと京極夏彦テイストを感じさせるものながら、迫力があるものです。
そして、いよいよ問題の儀式が行なわれるのだが・・・。

一応、物語としては完結していますが、主人公が体験する恐怖については、あまりはっきりとした解釈がつけられないまま。また、ミステリ的な謎や、メタ趣向らしきものもあるのですが、こちらも保留といったところです。
わからないことはわからないとして理に落ちない分、ホラーとしては充分楽しめますが、やはり12月に文庫版が出るという続編『百蛇堂』と合わせて読むべきなのでしょう。