2014-07-21

Curtis Mayfield / Back To The World


カーティス・メイフィールド、スタジオ録音としては4枚目のソロアルバムで、1973年のリリース。
サントラでもある前作「Super Fly」('72年)、その収録曲における作曲クレジットを巡って揉めた末、カーティスは十年来の付き合いであったジョニー・ペイトと決裂してしまいます。で、このアルバムでのアレンジはリッチ・テューフォが担当。これ以前と比べるとやや落ち着いてはいますが、よりシャープで都会的なサウンドになっています。

冒頭のタイトル曲 "Back To The World" が一番好きですね。緊張感がありつつ非常にメロウな仕上がりが素晴らしい。イントロで管の入ってくる瞬間の格好いいこと。このセブンスの感じがシカゴソウルだよねえ。
残りの曲も、前作の流れを汲むようなファンク "Future Shock" やスリリングな展開の "Right On For The Darkness"、ラテン風の味付けが楽しい "If I Were Only A Child Again" もあれば、ほぼインストのような "Can't Say Nothin'"、可愛いポップソング "Keep On Trippin'" にオーソドックスなソウルマナーを聴かせてくれるスロウ "Future Song (Love A Good Woman, Love A Good Man)" とバラエティに富んでいます。
シリアスなメッセージも軽やかに届いてくる、風通しのいいアルバムであって、実はカーティス入門には打ってつけの一枚かも。

ところで、"Future Song" という曲は(オリジナルでは)アルバムのクローザーのはずなのだが、これがジャケットにはB面一曲目のように書かれていて、実際に盤によってはその位置に収められているものもあるよう。どうしてこういうことが起こったのかは謎。

2014-07-19

アガサ・クリスティー「ヘラクレスの冒険」


エルキュール・ポアロが自分のクリスチャン・ネームの由来であるヘラクレス、その12の難業に照らし合わせるような、12の難事件を解決してみせるという連作短編集。
本書が出版されたのは1947年ですが、それぞれの作品がストランド・マガジンに発表されたのは'39年から翌'40年にかけて。長編だと『杉の柩』あたり。この時期になると短編でも話の進め方が自然で、安心して読んでいられます。

純粋にミステリとしての出来からいうと「エルマントスのイノシシ」が、手の込んだ謎解きを楽しめる一編です。中心になっている仕掛けだけ取ればそれほどでもないのだが、演出がしっかりしているので、意外な効果をあげることに成功しているのだなあ。
「ディオメーデスの馬」は場面転換の鮮やかさが印象的で、女史の長編と共通するような趣向が楽しめます。トリッキーで、伏線もうまい。
「ゲリュオンの牛たち」もプロットだけを取り出せばなんということがないのだが、実に簡単な手で読者を手玉に取るのね。

シャーロック・ホームズ風の味付けが楽しいのが「ネメアのライオン」「ヒッポリュテの帯」あたりで、ヘイスティングズがいればもっと良かったかもしれない。
また、「アルカディアの鹿」「クレタ島の雄牛」にはちょっとロス・マクドナルドを思わせるところが。特に後者は、陰影豊かな描写や隠された構図など、実に締まった仕上がりです。

初期の短編集と比較すると形式に自由度があって、トリックに寄りかかりすぎることもなくストーリーテリングで読ませるものになっているかな、と。
題材や展開のバラエティも十分、一冊通して楽しめましたよ。

2014-07-14

ジョン・ディクスン・カー「三つの棺〔新訳版〕」


「探偵小説において、 "ありそうもない" がとうてい批判にならないことは指摘してよかろう。われわれは、ありそうもないことが好きだからこそ、探偵小説に愛着を抱くといってもいいのだからね」

云わずと知れた、であります。
新訳になっても複雑なプロットであることには変わりがないですが。今回読み返していて、色んな点で力がこもった作品だな、と。
導入からしてすごく締まっているのだ。カーは物語のはじめにハッタリをかますことが多いのだが、これはそれほど饒舌でないし、描写もくだくだしくない。大げさに怖がらせて見せよう、という態度がないのが、かえって迫力を生み出していると思う。
そして、以降に展開される途轍もなく魅力的な謎の数々。うむ、たまらんねえ。

しかし、なんと人工性の強いミステリであることか。小説構成そのものを使った前代未聞のミスリードもさることながら、その入り組んだ真相は(見事なものではあるけれど)行き過ぎて、逆に都筑道夫いうところの「モダーン・ディテクティヴ・ストーリイ」の要素すら感じられる。そして、この真相を読者に受け入れさせるためにこそ「密室講義」の章は用意されたのではないか。

遊戯性をクソ真面目に追求したといったらよいか。あまりに力作過ぎるので、カー入門にはかえって不向きかもしれませんが、黄金期の爛熟というものを強く感じさせられますな。

2014-07-07

Bee Gees / 1st


ビー・ジーズが英国に渡ってから、一枚目のアルバム。リリースは1967年で、サージェント・ペパーの一ヶ月ほど後。このアルバム以前は兄弟3人のグループだったのが、ここではオージー2人を加えてバンド形態を取っています。
以前、レフト・バンクについて「まさしくバロックポップと言えばこれ(他にどんなものがあるのかと訊かれると困りますが)」と書いたのだけれど、このアルバムもそうかな。サイケポップともいえそうですがドラッグっぽさは希薄(いや、僕もやったことはないけどさ)で、英国ロックの流行を上手く消化したという感じがします。実験的ではないような。

収録曲のうち個人的に好きなのはホーン・アレンジが格好良い "Red Chair, Fade Away" と、もろ「Revolver」の "In My Own Time" あたり。う~ん、あまりバロック・ポップじゃないな。
スロウの曲にはちょっとウェット過ぎるものがありますね。特に "I Can't See Nobody" のボーカルはやり過ぎのように思っていました。けれど何度が聴くうち、この歌いまわしはもしかしたらオーティス・レディングを意識しているのかな、と。それからはさほど気にはならなくなったな。
ビートルズの影響は大きいけれど、もっとストレートな表現といえましょうか。良いメロディの曲揃いです。


さて、2006年にリリースされたこのアルバムの2CDエディションにはステレオとモノラル両ミックスが収録されています。これが結構、印象が違うのだな。モノでは比較的に管弦は控えめであって、ベースが強調、よりバンドらしい感じがします。ステレオのほうが時代を反映したような華やかさがありますな(ときに大げさではありますが)。
また、一曲目の "Turn of the Century"、ステレオではテープがよれているような音の揺れがあるのだけれど(これはミックスの際にわざとやったらしい)、モノラルには無いのね。

2014-07-06

Sweet Charles / For Sweet People From Sweet Charles


ジェイムズ・ブラウンのバンドで1960年代後半から活動し、特に'70年代半ばからはバンマスとしての役目も務めていたスウィート・チャールズ・シェレル。1974年にリリースされた彼の(今のところ)唯一のアルバムが世界初CD化されました。

その内容はというと、これが都会的でメロウなソウル。ジェイムズ・ブラウンはプロデューサーとしてクレジットされてはいますが、おそらく制作には立ち会っていないでしょう。アレンジャーはJ.B.'sのフレッド・ウェズリーとデイヴ・マシューズであり、実際には彼らが仕切ったように思えます。演奏もJ.B.'sではなくスタジオ・ミュージシャンによるものではないかな。

取り上げられている曲には古いもののカバーが多いのですが、どれも洗練され、かつ一捻りある解釈が愉しい。中でも、クローヴァーズのドゥーワップ・クラシック "Yes It's You" が実にスマートなモダンソウルに生まれ変わっているのは聴き物です。また、サム&デイヴの "Soul Man" も意表を付く仕上がりで、これも悪くない。

主役であるスウィート・チャールズのボーカルはファルセット主体のこれもメロウなもの。曲によっては、もろカーティス・メイフィールドといった感じです。それほど良い歌とも思いませんが、スロウとファンキーなものを交互に並べた構成と、アレンジの妙によって一枚通して聴けるアルバムになっていますよ。
ジョニー・ブリストルあたりが好きなひとにはお勧め。

2014-07-05

フィリップ・K・ディック&レイ・ネルスン「ガニメデ支配」


エイリアンによる地球侵略もの。ディック単独作ではなくレイ・ネルスンというひとの共作ですが、そこは気にしないでいいです。
ガニメデ軍に無条件降伏を迫られた地球には、とっておきの武器が残されていた。それは強力な幻覚を発生する装置なのだが、それを行使した地球人も影響を受けてしまうというものであり、まだ動作テストもしていないという厄介なシロモノ。

侵略者たちに抵抗する黒人勢力のカリスマ的リーダー、パーシィXを中心にして、レイシストである有力者や精神医学者などが絡んでくるのだが、敵か味方かがわからないキャラクターたちであって、スリリングな雰囲気が醸成されていきます。
SFらしいアイディアとして未来世界風のガジェットやテレパシー、人間を無の境地にいざなう実験などがぶちこまれていて、まあ、退屈することはないんだけれど、逆に「ここのところをもっと掘り下げていけばなあ」と思うこともしばしば。また、シリアスな展開の中で馬鹿馬鹿しいユーモアもあって、そこら辺りが共作たるところでしょうか。

作品の中盤に至り、現実崩壊やシミュラクラなど、おなじみのテーマが顔を出し始めるものの、それらの扱いは結構あっさり。逆にこのあたりから展開がすごくいい加減なものになってきます。「ええーっ、そんなのでいいの?」の連続です。
思わせぶりなエンディングはディックらしいと言えなくもないが、安い感じもするかなあ。

まあ、「必読」の「傑作」とやらを求めるひとには勧めませんが、B級SFとしてはそこそこ読める出来だと思いますよ。

2014-06-29

泡坂妻夫「11枚のとらんぷ」


泡坂妻夫の第一長編、まさに奇術づくし。角川文庫からの出し直しです。

全体が三部構成になっていて、第一部は地方の公民館が舞台。奇術サークルの発表会、そのステージが行われている時間に殺人事件が起こる。事件現場にはその奇術サークルにかかわりの深い短編集「11枚のとらんぷ」に基づいた見立てが。
第二部には、その「11枚のとらんぷ」が作中作として置かれています。奇術を扱った短編集であり、ひとつひとつが洒落た出来栄えです。
第三部は世界中からマジシャンが集まる国際奇術家会議、それが東京で行われているという設定。伝説的な人物にも言及され(ダイ・ヴァーノンとフレッド・カップスが同席、なんて)、華やかさもいや増す。
終盤に至り、謎解きへ。事件には関係の無いように見えたエピソードひとつひとつが生きてくる。

この作品は大昔に一度読んだきりで、そのときには良さがちゃんとわからなかった。泡坂妻夫の作風では、ルーティンから外れた場所に意外性が配置されていることが多いのですな。話の展開もオフビート。だから、古典的なミステリ観でがちがちの野暮天には肩透かしだったり、物足りなく感じたりしたわけ。
この長編も凄く力のこもった部分と、逆にずいぶんあっさり流すところがあります。

カラフルでユーモラス、とにかく凝りに凝りまくった一作。バランスとかリアリティなんてうっちゃって、この世界で遊べばいいと思うよ。