2015-11-14

Van Morrison / Astral Weeks


ヴァン・モリソンの初期のソロ・アルバムから2作がリイシューされました。「Astral Weeks」(1968年)と「His Band And The Street Choir」(1970年)で、それぞれ未発表のものがボーナス・トラックとして追加されています。

パッケージは紙ケースというかデジスリーヴなんですが、随分と落ち着いた色合い。
マスタリングのほうは音圧控えめであって、鮮烈さはないけれど、アナログ的というか。心地よくてずっと聴いていられる。試しに「Astral Weeks」を日本独自でリマスターしたものと聴き比べてみたところクリアさではいい勝負、けれど、奥行きや楽器の自然なバランスは新しいやつのほうに分がありますね。


「Astral Weeks」はジャズ畑のミュージシャンを従え、基本的な部分はわずか二日のセッションで録音されました。
ライナーノーツを読むと、あまり打ち合わせをせず、ただ曲を教えて、それをプレイしたという感じであったそう。ベースのリチャード・デイヴィスはセッション・リーダーの役割を果たしていたようなのだけど、モリソンとは一言も喋った覚えがないという。
その演奏はアコースティックなものであり、グルーヴだけ見ればガタガタなのですが、その分自由度が高く、モリソンの歌声も無理がなくて伸びやか。R&Bの要素がほとんど見られず、かといって決してジャズでもフォークでもないという特異な作品です。
何より、この暖かで美しい感触や響きはちょっと他では得難い魅力じゃないかな。

今回のボーナストラックでは、"Beside You" のファースト・テイクが繊細で印象的ですね。また、ストリングスがオーバーダブされていない "Madame George" も味わい深くて、なかなか。

2015-11-08

アガサ・クリスティー「無実はさいなむ」


2年前に義母を殺した咎で逮捕され刑務所の中で病死した男、ジャッコは実は無罪だった。学者であるキャルガリは暫く英国を離れていたため事件のことを知らずにいたのだが、ジャッコのアリバイを証明することができたのだ。キャルガリは新事実を告げにジャッコの家族たちに会いに行く。だが、彼らにとってジャッコの無罪は決して歓迎したくない事態のようであった―。


1958年発表になるノン・シリーズ長編。過去の事件の再調査ものですが『五匹の子豚』のように回想シーンが続くわけではない。心理的な要素を強調するための趣向かな。
故人であるジャッコは一家の厄介者で、犯人としてふさわしい存在であった。そして、ジャッコが無罪であったとすれば当然、他に真犯人がいるというわけだ。家族たちはお互いに疑心暗鬼になり、静かに不安が高まっていく。

ミステリとしては鮮やかな解決シーンが楽しめるものですが、犯人が自ら墓穴を掘るようなところがあって、推理の妙だけを取ればやや軽め。それでもドラマを書き込むことによるミスリードというか、登場人物を単なる駒として扱いつつ、それを気取らせないのはキャリアの賜物かな。
また、犯行シーンのひとつにはとても大胆かつ印象的なものがありますね。

50年代のクリスティ作品には出来にムラが大きいように思うのですが、これは力の入ったものでした。
派手さはありませんが、面白かったす。

2015-11-01

Georgie Fame / Fame At Last


引き続きジョージィ・フェイムのボックス・セットを聴いていますよ。
この時期のアルバムはみな、モノラル・ミックスしかないと思われていたのだけど。今回のボックスでは「Fame At Last」のみ、レアであろうステレオで収録されています。綿密なテープリサーチの成果でしょう、音のほうも非常にクリア。新鮮な印象を受けました。

その「Fame At Last」は1964年にリリースされたセカンド・アルバム。軽快さ、洒脱さならこれかな。フェイム独特のセンスの上でジャズとソウルが違和感無く並んでいるさまが格好いい。米国産ジャズのアルバムを模したようなジャケットもまたクール。
この次の「Sweet Things」(1966年)ではジャズ色が薄まり、ぐっとソウル寄りに。さらに同年に出された「Sound Venture」では逆に、ビッグ・バンドを従えたボーカル・アルバムになっていて。それら二枚の方がトータリティは勿論、プロダクションがしっかりしているとは思います。
一方で、「Fame At Last」にはとっ散らかった部分はあるものの、普段演奏しているレパートリーをそのままやったような勢いの良さを感じる。

取り上げている曲はカバーばかりですが、解釈というよりも自分のスタイルの中に落とし込んでいるといった感じであって、無理が無い。技術的にはそれほどうまいと思わないのだけど、とてもこなれている気がするのね。
特に "Point Of No Return" がお見事。キング&ゴフィン作のポップソング、それをジャズ風に仕上げて、ちっとも嫌味にならない。フェイムのキャラクターのせいもあるのだろうけど、粋というか、大人な感じがしますな。

2015-10-26

アガサ・クリスティー「招かれざる客」


田舎に旅行中の技師、スタークウェッダーは道に迷ってしまったために、助力を求めてたまたま目に付いた屋敷に入っていく。すると、そこには主人である男の射殺体があり、そばでは男の妻であるローラが、銃を持って立ちつくしていた。スタークウェッダーはローラの境遇に同情し、外部からの強盗があったかのように現場を偽装する。


1958年発表の戯曲。読み物としては長めの中編、というボリューム。
序盤は倒叙ミステリのように進行していくのだが、警察の捜査が始まると不可解な手掛かりが見つかっていき、事件の様相が変わってくる。
さまざまな疑惑を搔き立てつつ興味を引っ張っていき、関係者の誰が真実を語っているのか、あるいは無実なのかが分からなくなってしまう。小説なら叙述トリック等を使わない限り、なかなかこうはいかないと思わせる感覚であり、ここら辺りが内面描写の無い、戯曲の特長であるのだろう。

物語は終盤、大きな展開を経た後に、盲点を付いた綺麗な収束を見せます。物語の最初のほうで感じたある違和感が、ここに至って解消されるのもいい。
シンプルなアイディアを効果的に生かした、良い出来の作品でした。

2015-10-25

Georgie Fame / The Whole World's Shaking: Complete Recordings 1963-1966


ジョージィ・フェイムがコロンビア在籍時代に残した音源のコンプリート・ボックスです。
四枚のオリジナル・アルバムにそれぞれボーナス・トラックが付き、さらに未発表のものを多く含むレアトラック集が一枚の5CDで、全106曲入りになります。
パッケージもしっかりしたつくりであって。ハードカバーのブックレットには珍しそうな写真に力のこもったライナーノーツ。ミックジャガーと談笑しているポスターや大判のカードなんかも付いていて。いかにも華を感じさせるたたずまいでありますね。


この時代におけるジョージィ・フェイムはむしろ日本でのリイシューが先行していて、欧米ではアルバムのフォーマットを残した再発は今までなかったのではないかな。そういうわけで、今回のオリジナル・マスターからのリイシューはまさに待望のもの。
の筈だったのだが。

ディスク1、デビュー作であるライヴ盤「Rhythm And Blues At The Flamingo」の音質がびっくりするくらいしょぼいです。以前から出ている日本盤CDのほうが(不自然なところはあるけれど)ずっといい。テープ・リサーチは時間をかけて徹底的にやったそうなので、他のアルバムはいい音なんですよね。けれど、コロンビア時代で一枚といえば、このライヴ・アルバムだと思っているのですよ、僕は。
勿論、スタジオ録音作もスマートで格好良いんだけれど、このフラミンゴ・クラブでのライヴではジャズやR&Bだけでない、有色人種娯楽音楽の闇鍋、といった雰囲気が横溢しているのです。ユーモラスなパーソナリティも伝わってくるようで、とにかく楽しいのだな。
だから、この音質はやっぱり残念。ボーナス・トラックにこのライヴ・レコーディングの未発表インストが入っていて、それはまともな音をしているんだけどなあ。


まあ、ちょっとケチをつけちゃいましたが、内容としては文句が無いのです。
若き日のフェイム、その伊達男っぷりを堪能できそうなボックスではあることよね、うん。

2015-10-19

Ricci Martin / Beached


1960年代のアメリカに、三人組のポップグループでディノ・デシ&ビリーというのがいました。メンバーのうちビリー・ヒンチは'70年代以降、ビーチ・ボーイズとともに活動していきます。一方、ディノ・マーティンはシナトラ・ファミリーであるディーン・マーティンの息子でした。
そして、そのディノの弟、リッキー・マーティンが1977年にリリースした唯一のアルバムが「Beached」です。米Real Gone Musicからのリイシューはヴィク・アネシーニによるマスタリングで、ボーナス・トラックとしてステレオ・シングル・ヴァージョン2曲に、同曲のプロモ用モノラル・ヴァージョンが追加されております。

レコード制作はリッキーの自作曲を耳にしたカール・ウィルソンがもちかけたそうで、プロデュースはカールとビリー・ヒンチが担当。レコーディングは1975年から'77年にかけてビーチ・ボーイズ所有のブラザー・スタジオで行われました。ビーチ・ボーイズからはカールの他にデニス・ウィルソンが、またシカゴのメンバーやヴァン・ダイク・パークス、ジミー・マカロックらも演奏に参加しています。
収録曲は全てリッキーのオリジナルで、これが意外なほどメロディのいいものが揃っています。サウンドの方は'70年代中期のビーチ・ボーイズを軽やかでメロウにした感じといったらよいか。ストリングスを配したスロウでは同時期に制作されていたデニスのソロ・アルバムを思わせるところも。

リッキーのボーカルは正直、線が細いものであって、カール・ウィルソンのような美声でもなければ、デニスのような深みもない。けれど、その頼りなげな歌声が当時のビーチ・ボーイズと共通するような成熟したサウンドに乗っかることで、儚さや脆さをロマンティックに表現した作品になっていると思います。
カリフォルニア・ポップの中でシンガー・ソングライター的なテイストが生きている、いいアルバムです。

2015-10-18

ランドル・ギャレット「魔術師を探せ![新訳版]」


自然科学のかわりに魔術が発達した平行世界、そのヨーロッパを舞台にした中編三作が収録。設定は現代ですが、描かれている生活は中世を思わせるものである。


「その目は見た」 魔術で何かできるかについてのフェアな説明によって、異世界ものとしてのルールをわかりやすく飲み込ませてくれます。一方で、ミステリとしての骨格は意外なくらいにオーソドックスなフーダニット。
関係者が限られているために意外性はそれほどないのだが、伏線は丁寧。驚くようなミスリードで煙に巻き、それをしっかり納得させる解決はこの作品世界の特性を生かしたものですね。

「シェルブールの呪い」 不可解な状況での人間消失事件、それが思いもよらない展開を呼び込んでいく。問題になる人物をめぐる奇妙なシチュエーションは、エラリー・クイーンのある長編を思わせるようで、ちょっとそそられる。
スパイ活劇風の味付けも楽しい一編ですが、ひねりの利いた状況が魔術そのものによるものではなく、魔術が存在するために起こってしまった、とするところが巧い。

「青い死体」 家具職人の工房から出荷されようとしていた棺桶、その中から全身を青く染められた何者かの全裸死体が発見された、というもの。
強力な謎とともに、解決のほうもこれが三作中で一番複雑ですが、魔術がここでは単にみせかけとして利用されている、というのが逆にスマートに感じられます。


異世界構築がしっかりとなされ、魔術の仕組みの説明も疑似科学っぽくて面白い。そこで行われる謎解きは手堅いものですが、意表を付いた手掛かりにはこの世界ならではのものがあります。
どれも非常にユニークでうまくできている中編集でした。