2017-03-04

Heaven Bound With Tony Scotti / Breaking Up Is Hard To Do


L.A.ポップのアレンジャー/プロデューサーのトミー・オリヴァー、MGMのハウス・プロデューサーであったマイケル・ロイドらによるボーカル・グループ、その唯一のアルバムで1972年リリース。
これを久しぶりに聴いていて、ベイラー兄弟が歌っていることに気付いたんですよ。
トムとジョン・ベイラーはハリウッドを代表するセッション・シンガーで、我が国で知られているところではラヴ・ジェネレイション(これもトミー・オリヴァーの仕事)の中心メンバーでもあります。

このレコードにメンバーとしてクレジットされているのはオリヴァーとロイドのほか、サンレイズにいたエディ・メドーラ、それにトニー・スコットにリード・シンガーとしてジョーン・メドーラ。トニー・スコットは'60年代にやはりトミー・オリヴァーの制作によるアルバムを二枚出しているほか、後のスコッティ・ブラザーズ・レコードの創立者で、シルヴィ・ヴァルタンの旦那でもあるそうな。そして、紅一点のジョーン・メドーラなのですが、これはエディ・メドーラの奥さんであったアン・マーシャルというひとで、TV業界でスタンド・イン・シンガーの仕事を多くしていたそう。

取り上げている曲にはカバーが多く、原曲のイメージを損なわずにコーラス・アレンジでもって味付けしていくといった感じ。
特に気に入ったのはフォーク・スタンダード "Five Hundred Miles" で、洒落たイントロにキャッチーなコーラスのフレーズを配することで、見事なサンシャイン・ポップに生まれ変わっています。
その他、ロジャー・ニコルズ&ポール・ウィリアムズの曲 "I Kept On Loving You" は控えめな女声リードで始めながら、サビでの絡み合うコーラスの盛り上がりがとてもいいし、ラヴ・ジェネレイションの "(Everything Is) Love And Sunshine" ではオールドタイミーな味付けも利いて、ちょっとスパンキー&アワ・ギャングあたりを思わる出来。
そして、唯一のスロウである "Reaching Out For Someone" でもアソシエイション風のコーラスが曲に華やかさを与えています。

裏方主導であり、強烈な個性には乏しいのですが、ほのかに漂うレイト・シクスティーズの雰囲気が好ましく、全体を通じてとても丁寧に作られたアルバムです。

2017-02-19

The Move / Magnetic Waves Of Sound - The Best Of The Move


英EsotericからリリースされたCD+DVDの2枚組セット。

CDの方はベスト盤であって、ムーヴのコンピレーションは今までに数多く出ているけれど、今回のものはレーベル縦断した内容というのがミソ。最近のリイシューを全部フォローしてきた自分にとっては、Harvest移籍後の曲のリマスターのみが新たなもの、ということになるか。
選曲としてはシングルA面全てにいくつかのB面曲やアルバム・トラックとなっています。並びは年代順であり、前半モノラルで後半がステレオ・ミックス。
ひとつ引っかかったのは "Cherry Blossom Clinic" ではなく再演版の "Cherry Blossom Clinic Revisited" が入ったことか。オリジナルの "Cherry~" はシングル・リリースが予定されながらトラブルがあってキャンセルされた、という経緯があるので、こちらの方が収録されるのにふさわしいと思う。一方で "~Revisited" を入れないとセカンド・アルバムからの曲が "Hello Susie" のみになって、バランスが悪くなるというのもわかるのだけれど。
しかし、こうやって時系列の並びで聴いていても、サウンドが重くなっていた時期の曲はいまひとつ好みではないですね。


ディスク2はDVD。今回のセットを購入したひとの多くはこれが目当てでは。現存する全ての映像が網羅されているわけではないし、画質も凄くいいというほどではありませんが、オフィシャルな形での商品化は初めてになるものも入っています。
個人的には初期のライヴ映像がいいですね。特にエース・ケフォードの存在感がバリバリで、メンバーでは一番格好いい。あと、べヴ・ベヴァンのドラムには意外なほど安定感がありますな。
また、収録されているうちで一番尺を取っているのは、定番といっていいBBCの番組「Colour Me Pop」の映像です。レコードに合わせた完全なリップシンクもあれば、(たぶん)生演奏もあり、あるいは演奏だけ先に録って、それに当てぶりしながらボーカルはライヴで、というものも。選曲においてはヒット・シングルにとどまらず、一年後にならないと発表されないセカンド・アルバム「Shazam」からのものや、バーズのカバーなどかなり自由にやっています。
全体としてもグループに関わった全てのメンバー、エース・ケフォードからジェフ・リンまでの映像が入っているのはいいですな。

2017-02-18

アガサ・クリスティー「復讐の女神」


1971年発表、ジェーン・マープルものの長編。

『カリブ海の秘密』で事件の解決に力を貸してくれた富豪、ラフィール氏が死亡。それから一週間ほど経って、マープルのもとにラフィールの弁護士から連絡が来る。ラフィールにはマープルにやってもらいたいことがあり、それには相応の謝礼も支払うという指示を残していたのだ。どうやら何らかの犯罪捜査を望まれてはいるようなのだが、具体的なことが全くわからない。マープルは故人の関係者をそれとなく当たってみるのだが、成果は得られなかった。
数日後、マープルはラフィールが生前に書いた手紙を受け取り、それに従って〈大英国の著名邸宅と庭園〉めぐりのバスツアーに参加する身となった。道中において、ラフィールによって手配された協力者が何人か現れる。彼らもしかし、はっきりとしたことは話さないし、わかってはいないようだ。それでも少しずつヒントが出されることで、マープルに期待されるのがどういった事件の解決なのかが見えてくる。

物語前半は曖昧模糊とした状況が徐々に形を明らかにしていくのが面白いのですが、何かロールプレイングゲームのような感じです。
巻き込まれ方のミステリとして仕立てなかったためか、他の作品と比してマープルが能動的によく動くこと。マープルに設定を押し付けるラフィール氏は作中に降りてきた作者の代弁者という趣があります。

ミステリとしての出来はキャリア末期のクリスティにしてはそこそこ。意外性の配慮はされているものの、読者にとっては少しずつ先読みが出来るかな。
一方、プロット面では新たに起こる事件の扱いに雑さを感じました。マープルより早く真相に肉薄している人物がいるのだが、果たしてそれがどのようにして可能だったのかは不明なまま。また、犯人はなぜそのことに気付けたのか。さらに、マープルの身を守るために配された人物は、いかにして危険を察知しえたのであろうか。

マープルものとしては最後に書かれた作品であるためか、マープルは全編出ずっぱり。初期作品の登場人物であるサー・ヘンリーの名前が出てくるところなどもファン・サーヴィスでありましょうか。
ただ、訳文はあまりよくない。文のつながりに妙なところがあるし、キャラクターが途中で別人のような話し方に変わってしまう箇所も見られますね。
まあ、ファン向けの一作ではないかと。

2017-02-12

Bobby Hebb / Sunny


ボビー・ヘブのこのデビュー作は1966年、米国内ではマーキュリー・レコード傘下であったフィリップスからリリースされました。
プロデュースはジェリー・ロス、アレンジはジョー・レンゼッティ。ロスにとってマーキュリーでの初めての仕事がボビー・ヘブだったそう。

大ヒットした "Sunny" はボビー・ヘブの自作曲。溜めを効かせたボーカルが印象的で、はじめのうちは抑制を感じさせながら、それが後半になるにつれてどんどん感情が高まるように力強いものになっていく。控えめな管や鉄琴も雰囲気がいい。バック・ボーカルはアシュフォード&シンプソンやメルバ・ムーアが務めているようだ。
この曲はカバーもおそろしく多いけれど、オリジナルでの隙間の多いプロダクションは、聴き手にとってイメージを膨らませる余白があるのだな。

その "Sunny" は置いておいて、アルバム全体としてみるとソウル色が強いですね。そこにジャジーなものやスタンダードな曲が加わるという具合。ボビー・ヘブのボーカルも軽いものから男臭いシャウトまで難なくこなしていますが、スマートな "Sunny" のイメージで聴くと面食らうかもしれない。

ポップソングとしてならロスとレンゼッティが書いたアップ、"Love Love Love" が抜群の出来です。モータウンあたりを下敷きにしながらぐっと都会的なテイストを漂わせた仕上がりが格好良く、鍵盤のリフもとても印象的。ジェイ&ザ・テクニクスの曲だといわれても違和感がない(実際、ジェリー・ロスによればテクニクスのデビュー・ヒット "Apples, Peach, Pumpkin Pie" は当初、ボビー・ヘブにあてがおうとしたが拒否された曲なのだそう)。

2017-02-05

カーター・ディクスン「かくして殺人へ」


ときは戦時中、初めてものしたロマンス小説『欲望』が評判になったモニカ・スタントンは、映画化の話を受けてロンドンのスタジオに向かう。しかし、彼女に任されたのは自作ではなく、探偵小説『かくして殺人へ』を脚本にする仕事であった。そして、『欲望』のほうは『かくして~』の作者、ビル・カートライトが脚本化することとなった。
撮影スタジオを見学中、モニカは何者かによる硫酸を使ったトリックの犠牲になるところを、ビルのおかげで間一髪、防ぐことができた。だが、そのトリックはそもそもビルが考案したものだったのだ。そして、さらなる脅威が迫り・・・・・・。


1940年発表になる、ヘンリ・メリヴェール卿もの。
ヒロイン、モニカをビルが守ろうとするというお話で、不可能興味や怪奇的な味付け、おどろおどろしい演出はありませんが、その分テンポがよく、ロマンティック・コメディとサスペンスのバランスも取れていて、非常に読みやすい。
そもそも何故モニカが狙われるのか、その理由が一向にわからない。ビルは探偵作家として、自らの推理を組み立てるのですが、物語の中盤になってようやく登場するH・Mによって、それは否定されてしまいます。

真相のほうは意外な動機というか、隠された構図が見所です。クリスティ的な面白さ、といったらよいか。ただし、かなり無理のある犯行手段、あこぎな誤導などが気になってしまうかな。

戦時下であることがプロットと有機的に結びついているし、ユーモラスな落ちも決まった。
メインの趣向はやや小粒なのですが、色々と副次的なアイディアが盛られ、楽しいミステリになっています。

2017-01-29

有栖川有栖「狩人の悪夢」


「まだ駆け出しに近いミステリ作家」有栖川有栖(34)は、対談をした売れっ子ホラー作家の自宅に招かれる。聞けば、そこで寝ると必ず悪夢を見るという部屋があるというのだが・・・・・・。


作家アリスものの新作はきびきびとしたフーダニットであります。
犯人はこともあろうに弓矢の矢を使って殺人を犯し、その上で被害者の体の一部を切断して持ち去った。有力な容疑者が浮かび上がるものの、その足取りには不可解な点が。そして更なる意外な展開も、という風にいかにもミステリ的な趣向が盛られていて、目がくらまされる。そのせいか、容疑者たちのアリバイが検討されるのはなんと物語の3分の2ほどを過ぎてからである。

「凶器の弓矢。切られた右手首と左手首。血染めの手形。落雷で倒れて道をふさいだ大木。空き家の地下収納庫で見つかった死体。大音量のベートーヴェン。渡瀬信也の過去。沖田依子が捜していた何か」
材料は多いがそれらがどう組みあげられるのか。
終盤に至ってようやく重要な証拠品の数々が発見されるが、それらにも奇妙なところがあって、一向に全体像が見えてこない。

解決は実に予想外なタイミングでやってくる。このあたりの呼吸はいつもながら巧い。弛緩と緊張というか。
全てのピースが収まるべきところに収まる、その筋道も実にねちっこく、かつ意外な手掛かりが楽しい。中でも切断された手首を巡るくだりはまさにクイーン流で、『エジプト十字架の謎』中盤の推理を髣髴させます。

弛みなく構成され、力のこもったパズル・ストーリーでした。満足です。

2017-01-28

アルフレッド・ベスター「破壊された男」


1953年発表になる、ベスターの長編第一作。

時は24世紀、テレパシー能力のあるエスパーが社会のなかで重用されるようになっていた。そして、意識を監視することが可能になったことから、多くの犯罪が未然に阻止され、謀殺にいたってはもう79年間も成功していなかった。
そんな世界で、巨大企業の社長、ベン・ライクはライバル会社の社長の殺害を決意する。

このベン・ライクというのは非エスパーであるが野心家で気が荒く、なおかつ策士とあって、凄く魅力的なアンチ・ヒーローです。彼は自分の権力を存分に利用しながらエスパーたちの目を掻い潜り、完全犯罪を目指します。
一方で警察側の中心人物となるのが、リンカーン・パウエルという一級エスパー。エスパーにも階級があって、三級では単に口に言葉を出さずに会話をできるレベルですが、一級ともなると他人の意識の奥底、本人の気づいていないところまで読み取ることができる。パウエルはそういった能力を持つごく一部のエリートの一人。もちろん有能な警官でありますが、テンションの高いベン・ライクとは対照的にどこか飄々としてユーモアを解すところがいい。

いきいきと描かれたキャラクターの魅力、スピード感のある展開に、互いに相手の裏を掻こうとする戦略などでぐいぐいと引っ張られ、一切のだれ場がなく進んでいきます。いわば文明の発達した未来(あるいは異世界)を舞台にしたミステリ、アクションの面白さなのですが、これが終盤になるとひとつ次元の違うところに入っていきます。SFとしての本領を見せつつ、それまで放り出されていた謎も解かれていく。
そして結末で明らかになる破壊という言葉の意味。

古典らしい力強さを持ちながら、現代でも十二分に通用するセンスが感じられるエンターテイメント作品でございました。