2017-03-27
Prix / Historix
末期ビッグ・スターに少しだけ関わりのあったジョン・ティヴンとトミー・ホーエン(ティヴンはライヴに、ホーエンはサード・アルバムにバックコーラスで参加していたそう)が中心になっていたパワー・ポップ・ユニット、プリー(プリックスではない。「And by the way, it's pronounced "Pree."」と書かれています。そうするとタイトルは「ヒストリー」なわけだ)。
彼らは活動中に一枚のシングルと、活動停止後にもう一枚をリリースしただけの存在です。しかし、その音楽はメロディとエネルギーの混交が素晴らしいロックンロールだ。
この盤の内容は、1975~76年のメンフィスはアーデント・スタジオでの録音6曲に、そのうち3曲の新規ミックス、1976年にコロンビア・レコードのオーディションを受けたときの演奏にオーバーダブを加えて仕上げたものが5曲、それに新曲が1曲となっています。
1975年、ジョン・ティヴンはアレックス・チルトンのソロ・アルバム「Bach's Bottom」のプロデューサーを務めていて、そのレコーディングにはトミー・ホーエンも参加していた。やがてチルトンのプロジェクトが完全に停滞してしまったため、一緒にバンドをやるか、となったそう。
メンフィス録音のうち4曲ではプロデュースと演奏でクリス・ベルが協力しており、いかにも初期ビッグ・スター、というサウンドが聴けます。特にシングルで出された "Girl" はまんま「#1 Record」の世界そのもので、しかも非常にいい出来。
さらに、よりラフでハードな仕上がりのものではラズベリーズ・フォロワーという趣もあります。"Love You Tonight (Saturday's Gone)" という曲なんて実にそれっぽいな。
また、前述したような経緯もあってか "Free Again" 等、「Bach's Bottom」といくつか共通する曲も演っています。
音質にはばらつきがあり、クリアなものもあれば正直、聴き辛いものもありますが、いや、それでも抗い難い魅力を感じますね。格好いいもの。
2017-03-20
アガサ・クリスティー「アクナーテン」
1973年に出版された、紀元前のエジプトを舞台にした戯曲。ミステリ要素はありません。実際に書かれたのは1937年、『ナイルに死す』の頃であって、この時期にクリスティのなかではエジプトに対する関心が高まっていたのでしょう。
これまでにもいくつかクリスティの戯曲を読んできましたが、これはそのうちでも比較的初期に書かれたもの。そのせいなのかはわからないけれど、動きや小道具の使い方、表情など演出に関するト書きが少なく、ほとんど台詞のみで進行します。舞台背景についても非常にざっくりとした指示しかありません。そのため読んでいても、場面のイメージが浮かびにくく、話の流れ方にも緩急がないように思います。芝居に関心があるひとならそのあたりを自分で補って読めるのかもしれませんが、僕にはその素養はないなあ。
純粋に読み物として捉えると短編程度のプロットでしょうか。特に意外性もなく、そうなるだろうな、という風に展開してきます。もっとも、そういうわかりやすく王道的な物語として楽しまないといけないのでしょうが。いつもいつも、ひとを騙す、驚かすお話ばかりを書いているけれど、もっと太いドラマを手掛けたくなったのかも。
史実とは異なる部分があるそうだし、僕にはわからないような工夫が凝らされているのかもしれないけれど。ちょっと合わなかったですね。
2017-03-19
パーシヴァル・ワイルド「悪党どものお楽しみ」
〈クイーンの定員〉にも選ばれた、ギャンブルのいかさまをテーマにした連作短編集。
読み始めてから気付いたが、これは以前にも読んだことがあるな。もっとも、細部はほとんど忘れているし、文庫化に際して作品が追加されているので何も問題はない。
収められている作品は1920年代後半に書かれたものであり、同じ作者による他のミステリ作品よりも一時代から古い。けれど、そのことはマイナスになっておらず、むしろ作品内の明るく洒落た雰囲気に結びついているように思います。
引退した凄腕のギャンブラーで今は農夫をしているビル・パームリーは、紳士だがお調子者のトニー・クラグホーンをはまり込んだトラブルから救ってやった。そのことをきっかけにしてビルは、トニーからさまざまないかさまを暴く役目を押し付けられるようになる、というのが物語の基本パターンだ。いくらうまく出来ていても同じような設定が続けば少しは飽きてきそうなものだが、いやいや。
各話ごとで異なるいかさまのトリックもさることながら、やがて明らかにされる事件の構図が意外性に富んでいる。こんな話だろうな、というこちらの予想を気持ちよく裏切ってくれるのだ。
また、これらは決して推理の物語とはいえないけれど、ビルがいかさまの手口や首謀者を推測していくロジックには意外なほどにスリリングな面があります。
全編通じて愉しく読めましたが、特に気に入ったのは「ビギナーズ・ラック」という作品。連作の中頃だからこそ効いてくる変化球のプロットにしてやられました。意外な真相に手掛かりの妙が揃って、ミステリとしてもいい出来栄え。
また、「火の柱」での謎はまるで魔法のような不可思議。舞台設定にもちゃんと意味があって、ちょっとチェスタトン的なセンスを感じましたよ。
2017-03-18
Nino & April / All Strung Out
兄妹デュオ、ニノ・テンポ&エイプリル・スティーヴンズが1966年にWhite Whaleよりリリースしたアルバム。
何と言っても注目なのは、まるっきりフィル・スペクターのタイトル曲 " All Strung Out" と "The Habit Of Lovin' You Baby" のふたつ。
ニノ・テンポはセッション・ミュージシャンをしながら、その一方でエイプリル・スティーヴンズと自身のポップ・レコードを作り続けていたわけですが、裏方としてフィル・スペクターとのつながりはスペクターがニューヨークでリーバー&ストーラーのアシスタントをしていたころからと古いものがあり、L.A.に移ってからもフィレスのレコーディング・セッションに参加していました。いってみれば内部からそのサウンド制作を見てきたわけです。
さらに、"All Strung Out" と "The Habit Of~" の両曲に共同プロデューサーとしてクレジットされているのが、この後にパレードとして活動するジェリー・リオペル。彼もまたフィレスのスタッフでありました。その気になって、同じスタジオ、同じミュージシャンたちを使えば、そりゃあ同じサウンドは再現できるか。
特に "All Strung Out" のほうは元々ライチャス・ブラザーズのために書いた曲で、それがボツにされたので自分でやることにしたらしい。もっともライチャス・ブラザーズとはシンガーとしてのキャラクターがまるっきり違うので、仕上がりからは若干あっさりした印象を受けます。
また、"The Habit Of Lovin' You Baby" はロネッツが歌いそうな曲で、こちらも良い出来です。
それら以外の曲でとりわけ洒落ているのが、オープナーであるデヴッド・ゲイツ作の "You'll Be Needing Me Baby"。転調を効果的に使ったこの曲はレターメンのカバーなのだけれど、オリジナルと比較してぐっと若々しい仕上がり。ごくシンプルにコードを刻んでいる鍵盤の響きがとても印象的です。
また、"Follow Me" は展開そのものにフックがある、ボイス&ハート的なロックンロール。ボーカルのせいかソニー&シェールに似た感じを受けました。
その他にはフォークロック調の曲も多いのですが、エコー処理がサウンドに潤いを与えているようで、ちょっとメロウな感触がいいですね。
ニノ・テンポ、エイプリル・スティーヴンズとも特に歌がうまいわけではないのですが、それを感じさせない音作りはさすがですな。
2017-03-06
Brent Cash / The New High
5年以上のインターヴァルを挟んでの新作。
基本的には下世話さの無い、流麗なポップソング集ですが、今までの作品と比べるとわかりやすい'60年代的な意匠は影をひそめ、落ち着いた感じというか、よりパーソナルかつ現代的な印象を受けるものになっています。ボーカルが妙に生々しい曲もあって、そういうものではうっすら宅録感も感じました。
また、今作ではベースギターも自分で演奏していて、そのせいか曲によってはえらいブリブリいわしてますね。
アコースティック・ギターを中心に据えた "Dim Light" はちょっとシンガーソングライター風だし、室内楽+モダン・ポップという趣の "The Way You Were" などもこれまでに無かったテイスト。また、"I'm Looking Up" で聴けるバック・コーラスや、鍵盤をバックに歌われる "The Dusk Song" はもろルイ・フィリップのよう。
もちろん、メロディの良さは今作でも健在。思わず口ずさみたくなる、フックの効いたフレーズがそこかしこに散りばめられていて。ここがしっかりしているから、多少のサウンドの変化があっても、安心して聴いていられます。
特に気に入ったのは "The Wrong Thing" という曲。人懐っこい雰囲気のサウンドに甘い歌声もあいまって、スタックリッジのジェイムズ・ウォーレンをも想起させます。
もう少し商売っ気があっても、とは思わなくもないのですが。
自分の声質をうまく生かせるサウンドを獲得できたのではないかな。
2017-03-05
アガサ・クリスティー「象は忘れない」
文学者の集まるパーティに出席した探偵作家のオリヴァ夫人は、見ず知らずの女性に難題を押し付けられそうになる。オリヴァ夫人の名付け子のひとりであるシリアと、その女性の息子が結婚を考えているそうなのだが、シリアの母親が父親を殺したのか、あるいは父親が母親を殺したのかをシリア本人に尋ねてくれ、というのだ。その場からはなんとか退散したオリヴァ夫人であったが、どうしたものか気になってしまい、ポアロのところを訪ねることとなる。
1972年発表、エルキュール・ポアロものとしては最後に書かれた長編。
キャリア後期のクリスティ作品に多く見られる、起こってから年月が経過した事件を掘り返すという物語です。
ポアロものではお馴染みになったオリヴァ夫人のほか、『マギンティ夫人は死んだ』や『ハロウィーン・パーティ』のスペンス警視が再登場。作中でも『五匹の子豚』、『マギンティ~』、『ハロウィーン~』での事件への言及がなされています。
しかし、なんというか。会話ばかりで動きがないことを横に置いても冗長な作品です。
『五匹の子豚』では回想の殺人という形式が、事件やキャラクターに多面性を与え、物語に非常な奥行きを出していたのだけれど。この『象は忘れない』においては証言のほとんどが曖昧であり、食い違いや矛盾もあちこちに見られるため、推理の足場となる事実が確定できないのだ。事件がいつ頃起こったか、またシリアの両親が何歳くらいだったのか、という基本的な点すら変動してしまう。
また、事件当時の事情を知っていそうな人間に片っ端から声をかけている一方で、普通に考えれば重要な関係者であるはずの人物が一度も姿を現さないし、調査の対象にもならないというのは相当不自然というか、いい加減に思える。
ミステリとしては限られた選択肢の中で如何に意外性を演出するか、その一点に創意を見れないこともないのですが。真相・トリックにはなんとなく見当が付いてしまう上に、伏線不足ゆえロジックもない。外側から見た場合、そもそも物語の最初からの設問が間違っていたのだ、というのはいかにもクリスティらしい趣向であるけれど。
クリスティ82歳。うん、こんなものなのだろうな。
2017-03-04
Heaven Bound With Tony Scotti / Breaking Up Is Hard To Do
L.A.ポップのアレンジャー/プロデューサーのトミー・オリヴァー、MGMのハウス・プロデューサーであったマイケル・ロイドらによるボーカル・グループ、その唯一のアルバムで1972年リリース。
これを久しぶりに聴いていて、ベイラー兄弟が歌っていることに気付いたんですよ。
トムとジョン・ベイラーはハリウッドを代表するセッション・シンガーで、我が国で知られているところではラヴ・ジェネレイション(これもトミー・オリヴァーの仕事)の中心メンバーでもあります。
このレコードにメンバーとしてクレジットされているのはオリヴァーとロイドのほか、サンレイズにいたエディ・メドーラ、それにトニー・スコットにリード・シンガーとしてジョーン・メドーラ。トニー・スコットは'60年代にやはりトミー・オリヴァーの制作によるアルバムを二枚出しているほか、後のスコッティ・ブラザーズ・レコードの創立者で、シルヴィ・ヴァルタンの旦那でもあるそうな。そして、紅一点のジョーン・メドーラなのですが、これはエディ・メドーラの奥さんであったアン・マーシャルというひとで、TV業界でスタンド・イン・シンガーの仕事を多くしていたそう。
取り上げている曲にはカバーが多く、原曲のイメージを損なわずにコーラス・アレンジでもって味付けしていくといった感じ。
特に気に入ったのはフォーク・スタンダード "Five Hundred Miles" で、洒落たイントロにキャッチーなコーラスのフレーズを配することで、見事なサンシャイン・ポップに生まれ変わっています。
その他、ロジャー・ニコルズ&ポール・ウィリアムズの曲 "I Kept On Loving You" は控えめな女声リードで始めながら、サビでの絡み合うコーラスの盛り上がりがとてもいいし、ラヴ・ジェネレイションの "(Everything Is) Love And Sunshine" ではオールドタイミーな味付けも利いて、ちょっとスパンキー&アワ・ギャングあたりを思わる出来。
そして、唯一のスロウである "Reaching Out For Someone" でもアソシエイション風のコーラスが曲に華やかさを与えています。
裏方主導であり、強烈な個性には乏しいのですが、ほのかに漂うレイト・シクスティーズの雰囲気が好ましく、全体を通じてとても丁寧に作られたアルバムです。
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