2017-06-11
横溝正史「夜歩く」
金田一耕助ものとしては三作目の長編。1948~49年に雑誌連載されたそう。
首の無い死体を扱っているのだが、凶器をめぐる不可能状況や夢遊病の登場人物(タイトルはそこから来ている)などがさらに事件を錯綜させる。
物語の前半は東京で展開。事件発生後二ヶ月すると舞台はまたも岡山に移り、そこでようやく金田一耕助が登場。
道具立てには露悪的というか扇情的なところが目立ち、現代の作家が書いたら問題になるだろうが、スピーディで派手な展開や、全体に強く漂う探偵小説趣味が読んでいて実に楽しい。
ミステリとしてはあこぎなほどトリッキーだ。読み慣れた人間ならとりあえずその可能性は疑うのだが、それでも引っ掛けられる(そこに腹を立てるひともいるだろう)。明らかにされる犯罪計画の細部には辻褄合わせのような粗いところが多いし、あまりに都合よく事が運びすぎるのだが、メイントリックの衝撃と熱のこもった文章の勢いで押し切ってしまう。
複雑に見えた事件がとてもわかりやすいかたちに解体されていくのも良く、もっとも強固な謎が逆に解決の糸口になる、というのが実にスマートです。
瑕疵も目立つけれどダイナミックで力強い作品ですな。抜群に面白かった。
2017-06-06
アガサ・クリスティー「スリーピング・マーダー」
新婚のニュージーランド女性グエンダは新居を求め、夫より一足先にイングランドの地を踏んだ。そして、たまたま立ち寄った地で一目見た住居を気に入った彼女は、早速その家を買い入れて改修を始める。しかし、イングランドに来たのさえ初めてなのに、彼女はその家の中で何度か奇妙な既視感を覚える。そしてある日、過去に家の中で犯された殺人の情景がグエンダの記憶から浮かびあがってきた。
1976年、クリスティの死後に発表されたジェーン・マープルもの最後の長編。実際に執筆された時期に関しては諸説あるようですが、1940年というのが有力で、後年に改訂がなされているらしい。そうなると、まだマープルものの第二長編『書斎の死体』(1942年発表)も世に出てないうちに書かれていたわけだ。また、作中では『動く指』の事件にも言及がなされています。
本作と同時期に制作されたというエルキュール・ポアロもの最終作『カーテン』では、老いて死期を近くにしたポアロの姿が描かれていました。しかし、この作品内の時代はどうやら1930年代に設定されているようで、マープルもまだまだ元気です。
ミステリとしては発端に提示される謎が非常に魅力的で、ヘレン・マクロイあたりが扱いそうなファンタスティックなものであります。しかし、マープルは非常にあっさりと現実的な説明をつけてしまうわけで、焦点はそこから過去に起こった事件へ移っていきます。
調査は主に事件の当事者である若い夫婦が行い、マープルはそれを補佐していく、という感じ。もちろん、最後の絵解きはマープルが行うのだけれど、フーダニットとしては正直ゆるいですね。ミスリードがいまひとつ効果をあげていないかと。明らかにされる伏線には面白いものがあるのですが。
それでも印象的な場面作りのうまさや、関係者のキャラクターが徐々に浮かび上がっている過程で十分に読ませます。
実際に書かれた時期を考慮すればそこそこ止まりですが、最後の長編としては良い出来かと。
2017-06-03
The Beatles / Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band
50周年のスーパーでデラックスなやつを聴いています。
新規ステレオ・ミックスは良くも悪くも現代的なものですな。ディテイルが鮮明で迫力がある分、サイケデリックな浮遊感や奥行きが薄れたという印象。個人的には "She's Leaving Home" の麗しさが際立っているように感じます。"Good Morning Good Morning" のダブルドラムも実に強力。
そもそも、昔のものと同じ感触になるのならリミックスの必要はないわけであって、違っていて当たり前。そのときの気分でオリジナルとリミックスのどちらかを選べばいいのだ、とは思う。けれど、このマスタリングはあまり好みではないなあ、ブルーレイに入ったものも含めてドンシャリで。この点に関しては2009年リマスターのほうがいい。
一方で、ディスク2、3に収録されているアウトテイクの数々は、そこまで強くコンプレッサーが掛けられていないよう。かつての「Anthology」がノイズ・リダクションのせいなのか生気の感じられない音の上、独自の編集が施されていて、結局はブートレグのほうが良かったことを思い起こすと、これはなかなかの塩梅ではないか。
内容のほうも聴き所が多い。"Penny Lane" のインストはブリリアントだし、"Within You Without You" の初期ヴァージョンでは3パート構成の順番が違っているのも発見ですね。
また、ジョンのボーカルがダブルトラック処理されていない、素のかたちで聴けるのが嬉しいところ。他にも、このアルバムではテープ操作でボーカルをいじっている曲が多いので、 それらを元のピッチで聴くことが出来るのはいいですね。
さて、次はホワイト・アルバムだ、なんて話もありますが。8、9枚組とかなんすかね。うへえ。
2017-05-20
Van Morrison / The Authorized Bang Collection
ヴァン・モリソンがゼム脱退後の1967年に、バート・バーンズのBangレーベルに残した音源集の3CD。記載はされていないものの、リイシュ-を手掛けたアンドルー・サンドヴァルによればマスタリングはヴィク・アネシーニが担当したらしい。
タイトルに「Authorized」とありますが、Bang録音のうち当時リリースされたアルバム「Blowin' Your Mind!」より後のものはモリソンのあずかり知らないところで勝手に出されたものだったということ。今回のリリースではヴァン・モリソンが分量のあるライナーノーツを寄せているので、本人がオーソライズした、ということなのでしょう。
ディスク1は「THE ORIGINAL MASTERS」とあり、17曲が収録。8曲目までは「Blowin' Your Mind!」そのままの曲順で、残りは1970年代にBangよりリリースされた「The Best Of Van Morrison」や「T.B. Sheets」に入っていた曲などからなります。
これらの曲の多くはCD化の際にはリミックスが施されていました。それが、今回は全てオリジナルのステレオ・マスターをソースにしています。オリジナルのミックスは演奏が左右にはっきりと別れ、センターにボーカルが配置されるという、いかにも'60年代らしいもの。ドラムとベースが片チャンネルに寄っているわけですが、聴いていてそれほど違和感を覚えることはありません。この辺りはバート・バーンズのセンスでしょうか。
改めてこれらの曲に接してみると、R&B色の強い曲での重量感はさすがにバート・バーンズという感じで、ここで聴ける "Madame George" には「Astral Weeks」でのものとはまた違った魅力があります。バーンズが作り、ソロモン・バークが歌ったディープソウル "Goodbye Baby (Baby Goodbye)" がファンキーなミディアムに生まれ変わっているのもいい。
一方で、いくつかの曲のサウンドからはフォーク・ロック期のボブ・ディランに通ずるものを今回聴いていて感じました。そして、"Joe Harper Saturday Morning" ではその両方の要素がうまく絡みあって、ヴァン・モリソンならではの音楽になっていると思います。
ディスク2は「BANG SESSIONS & RARITEIES」。シングル・ヴァージョンふたつに、アウトテイクが13トラック(うち未発表とクレジットされているのが10トラック)という構成。
アウトテイクではラフで生々しい雰囲気や、完成形とはアレンジの違うところが多く見られるのが面白いところで、"Brown Eyed Girl" の初期ヴァージョンでは印象的なイントロ・リックが未だなかったりします。また、"He Ain't Give You None" の固まりきっていないような、どこか茫洋とした感触も好みですし、"Joe Harper Saturday Morning" はリリースされたものと比べると、よりワイルドなロックンロールでこれも格好いい。
ディスク3は「CONTRACTUAL OBLIGATION SESSION」。バート・バーンズが急逝し、レーベルを離れることにしたモリソンが契約義務を果たすために行ったレコーディングで、これまでブートレグやハーフ・オフィシャルといった形では何度もリリースされてきた音源。内容はギターをかき鳴らしながら思いついたフレーズを歌っているだけで、まあ2、3回聴けば十分というものですね。
ヴァン・モリソン自身によるライナーノーツによれば「Blowin' Your Mind!」はアルバムと意識してレコーディングしたわけではなく、四枚のシングルを制作しているつもりだった、だからB面用の出来のよくないものもあるよ、とのこと。あと、このときのセッションは凄くいい感じだったけれど、残りの録音はミュージシャンも違っていて、あまりよくなかったようです。正直ですな。
バート・バーンズに対してはもう、絶賛していますね。
2017-05-14
横溝正史「獄門島」
もう、いまさら大していうこともないぐらいの作品でありますね。再・再読くらいです。
金田一耕助ものとしては二作目の長編で、『本陣殺人事件』完結後に間を置かず雑誌連載が始まり、翌年の1948年に完結。『本陣~』は戦前を舞台にしていましたが、『獄門島』作中ではそれから九年経過しており、発表時期とさほど離れていない年代のお話になっています。
ミステリとしては童謡殺人の趣向を見事に日本に移し変えてみせたプロットは勿論、他にも西洋産のトリックをうまくアレンジしているのが見所ですね。特に、有名な「気ちがい」の科白は元を知っていると余計に感心させられる。
また、複雑な犯罪計画もさることながら、犯行の事後処理を人目についている、もしくは他人がそばにいることをわかった上で行っている点、これが凄く大胆で好みです。
そして、事件全体の底を抜いてしまうような(ある程度予想はつくけれど)残酷で皮肉な結末がなんともいえません。旧いかたちの日本の終わりを見事に描いた、とも思います。
現代のものさしで測ると手掛かりに後出しっぽいものがあるし、犯罪の細部にも無理筋なところが見られるのは事実ですが、そんなことは問題にしないほどにアイディアが豊富で、楽しめました。論理遊戯のためだけに創られた悲劇の島、それを成立させた雄大な構想には流石、のひとことです。
あと、やっぱりセンスがモダンですねー。
2017-05-07
アガサ・クリスティー「カーテン」
いくつかの互いには全く無関係に見える殺人事件。しかし、ポアロによればあるひとりの人物がそれぞれの事件の関係者と知り合いであったり、あるいは事件の起きたときに近隣に住んでいたというのだ。そして現在、その人物はスタイルズ荘に滞在している。体が衰え、もはや自分の力で歩くこともできなくなったポアロはそれでも新たな事件を未然に防ぐべく、旧友であるヘイスティングズを呼び寄せた。
エルキュール・ポアロ最後の事件。発表は1975年だが、実際に執筆されたのは1940年代のはじめというから『五匹の子豚』なんかが出た頃、クリスティもまだまだ脂の乗っていた時分ですね。
舞台はデビュー作と同じスタイルズ荘で、懐かしき相棒であるヘイスティングズによる手記、というかたちをとっています。ヘイスティングズは1937年の『もの言えぬ証人』より後の作品には出てこなかったので、38年ぶりの再登場となります。
ポアロには最初から犯人がわかっているが、証拠はない。だから、誰が狙われているのかを見極めなければならない。ミッシング・リンクもののような設定ですが(『ABC殺人事件』の真相の一部にも触れています)手掛かりがない上にポアロはいつにもまして自分の考えを明らかにしないので、途中における推理の興趣には乏しいです。ヘイスティングズがただただ疑心暗鬼になるばかりなのですが、サスペンスを感じさせる展開で十分に読ませます。
ミステリとしては奥行きのある真相が非常に読み応えのあるもの。会話のはしばしに潜んだ伏線やダブル・ミーニングもとても手が込んでいて楽しい。キャリア末期に書かれたあれやこれやとはエラい違いだ。
一方で、恐るべき真犯人のキャラクターや、巧緻極まりないはずの犯罪方法には全く説得力が感じられません。あるいは、このテーマはクリスティには描ききれないものだったのかも。
ともあれ、ポアロの最後にふさわしいだけのプロットを持つ作品だとは思います。面白く読みました。
2017-05-05
Ray Davies / Americana
ここ十日ほどはこればっか聴いている、サー・レイ・デイヴィスの新作。
10年ぶりの新作だというのだが、間に企画物のアルバムがあったので、そんなにインターヴァルが開いたという気はしないな。
タイトルがアメリカーナで、バックの演奏はジェイホークスなので、まあそういうサウンドです。とんがったところのないオルタナカントリーというかフォークロック。しかし、コンク・スタジオで制作したせいか、はたまたレイ・デイヴィスのセンスか、それほどアメリカアメリカしていない、ちょっと湿り気を残したような手触りになっています。キンクスで似た雰囲気のものを無理くりに探すと「Lola versus Powerman~」に入っていた "A Long Way From Home" あたりになるかな。
女性ボーカルが大きくフィーチャーされているものが2曲ある。こういうのは「Preservation Act2」以来となるか。特に5曲目の "A Place In Your Heart" なんてアレンジもあいまってスタックリッジみたいだ。この軽味は現在のレイ・デイヴィスのボーカルでは表現できないものなのだろう。
また、アコーディオンが効いた "The Invaders" という曲からはロニー・レインのスリム・チャンスあたりを思い出したりしました。
いくつかラウドなギターが鳴っている曲もあるけれど、全体には年齢相応なのかとてもレイドバックしたアルバムですね。最初聴いたときには、うわー凄い地味じゃん、と思ったし、気が付いたら引っ掛かりがないまま一枚が終わっていました。
それが、何度も繰り返し聴いているうちに良いメロディは満載だということがわかってきた。2曲目の "The Deal"、3曲目の "Poetry" やラストの "Wings Of Fantasy" なんてレイ・デイヴィス節炸裂、といった感じでファンとしてはたまらないっす。
相当なヴェテランになっても「存在感」とか「深み」みたいな実態の判然としないものに頼らず、しっかりと楽曲とアレンジを練りこんでくる。新たな試みも忘れない。つまりは現役だということだ。商売っ気に欠けるのはもうしようがないか。いいアルバムです。
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