2017-07-18
エラリー・クイーン「アメリカ銃の謎」
一年ぶりになる創元からのクイーン新訳で、1933年発表作。このシリーズは表紙デザインがいいですね。
二万人が詰め掛けた巨大競技場で、全観客が注視しているまさにその人物が射殺される。非常に派手な道具立てであります。
やったのは誰か、そして凶器はどこへ消えたのか。
前作『エジプト十字架の謎』では展開にスピード感があったのに対して、こちらは舞台のスケールを大きくしたせいか、なかなか捜査がはかどらない。また、終盤に入るまでエラリーが自分での考えを一切明らかにしないため、推理の興趣がいまひとつ盛り上がってこないのだ。ずっと捜査だけが続いているようで、作品の半ばくらいまでは単調に感じられるのが正直なところ。現場でかき集められた45挺の銃の検査のくだりなどは、もう少し省略を効かせてくれよと思う。
さらにいうと、特徴のあるキャラクターを何人も出しているけれど、物語の中で有機的に生かせていないのではないかな。
フーダニットとしてはさすがの切れであります。それまで一度も疑いをかけられなかった部分が表面化する際の衝撃といったら。手掛かりはあからさまな形で転がされているのだから、トリッキーな真相に対してリアリティを云々するのはそもそもフィクションとしてのレベルが違う話だ。
また、ある人物に対する調査が実は別の意図によるものだった、という誤導もシンプルではあるけれど気が利いています。
そして何気に異様なのは、作中である重大な役割を演じている人物に名前すら与えられていない、ということだろう。探偵小説、恐るべし。
次回刊行は『シャム双生児の謎』と思いきや、短編集『エラリー・クイーンの冒険』なのね。そいじゃ、また来年。
2017-07-15
It's A Happening World: Soft Rock Nuggets Vol.2
ワーナーのソフト・ロック・ナゲッツ、その続きです。
このコンピ、4枚のうち3枚目までは似たようなコンセプトのように思えます。まあ、当然ワーナー音源が多いわけなのですが、トミー・ジェイムズ&ザ・ションデルズ、アソシエイション、ハーパーズ・ビザール、ヴォーグズ、ディノ・ディシ&ビリーらの曲は3枚ともに収録されているし(ハーパーズ・ビザールは全部合わせて5曲にもなる)、カート・ベッチャーが関わった曲もそれぞれに何かしら入っています。
一方で、権利の関係かどうかはわかりませんが、A&Mから出ていたものではロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズやサンドパイパーズが採られていますが、クリス・モンテズやクロディーン・ロンジェの曲は無いのですね。
それはともかく。2枚目、「It's A Happening World」でもよく知られている曲とともに、オブスキュアなシングル・オンリーのものをいくつも聴くことができます。ヴォーグズの "I've Got You On My Mind" も実は世界初CD化のよう。1968年のシングルB面曲で、後にホワイト・プレインズが取り上げたヴァージョンが知られているけれど、このヴォーグズ版のほうがいいかも。
この盤で、個人的に一番好きなのはオープナーであるブルース&テリーの "Don't Run Away" になりますね。ロニー&デイトナズの "Sandy" あたりと共通するインティミットな雰囲気と線の細いボーカルがマッチしていてたまらない。コーラスやハーモニーが導入部とエンディング、それとブリッジでしか使われていない分、対比が際立っているようにも感じます。
3枚目の「Birthday Morning」になるとレアなものがあまりなく、馴染みのある曲ばかり。おそらく今までCD化されていなかったのは、コングリケイションの "Sun Shines On My Street" 一曲だけではないかな。
その分、全体としての質は高い、とも言えるのだけれど。例えば、ロバート・ジョンなんてここに収められた "If You Don't Want My Love" さえあればいいと個人的には思っています。
しかし、ルビー&ザ・ロマンティクスはやはり "Hurting Each Other" かあ。良い曲ですけどね、他のも聴きたいんで、なんとかABCでの音源をまとめて欲しいものだ。
まあ、細かいことを言わなければ、単純に聴いて楽しいコンピレイションです。
2017-07-12
アガサ・クリスティー「マン島の黄金」
そもそもは1997年に出版された拾遺集で、一作を除いてそれまで単行本に収録されることの無かった短編が収められています。
それぞれの初出は1920~30年代とクリスティのキャリア初期であり、その内容はミステリとそうでないもの、両者の境界線上にあるものなど雑多なとりあわせです。
エルキュール・ポアロものがふたつ。「クリスマスの冒険」は後年に中編「クリスマス・プディングの冒険」へと書き直され、出来はそちらのほうがいいです。もう一方の「バクダッド大櫃の謎」は改作である「スペイン櫃の秘密」よりすっきりとしていて好みなのですが、この作品は『黄色いアイリス』にも入っているんだよなあ。
ハーリ・クィンものの「クィン氏のティー・セット」は1971年に複数の作家の短編を集めたアンソロジーに発表された作品で、雑誌掲載されていないのであれば、これがクリスティの生前、最後に発表された短編となるのだがどうだろう。作中でサタースウェイトはクィンと会うのが随分久しぶりということになっているけれど。
出来のほうは決して悪くないのですが、クィンものは一作だけを単品で読むとやや味わいが薄くなってしまうな。
タイトルになっている「マン島の黄金」は観光客誘致の宝探しイベントのために書かれた作品で、作中の登場人物とともに暗号を読み解いていけば、実際に隠された宝箱を見つけ出すことができる、という趣向だったそう。手は込んでいるものの純粋な読み物としては大したことはないかも。
クライムフィクションといえそうなのが「名演技」。恐喝者をいかにして追っ払うかについてのアイディアストーリーで、なんとなく成り行きの予想はついてしまうのですが、くっきりと浮かび上がってくる情景とその転換が実にうまい。
「崖っぷち」は健康な心がじわじわとゆがんで行く過程が読ませるサスペンス編で、実に良く書けているだけに陳腐なまとめがやや残念。
収録作品のうちミステリ要素のあるのはこのくらいですね。
「夢の家」は怪奇ファンタジーで、『死の猟犬』あたりのテイスト。話の持っていき方にも無理が目立たず、結構、堂に入った書きっぷりです。
「孤独な神さま」「炎の消えぬかぎり」「白木蓮の花」はロマンス小説。特に「白木蓮の花」は、ささいな謎が解けていくことで人間性が立ち昇る場面が非常に印象的。本書ではこれが一番気に入りました。
「壁の中」はミステリではないのだが、ある人物の知られざる内面がテーマといえるかもしれない。クリスティは人間性を描くのが真に迫っているわけではないけれど、そのプレゼンテーションのうまさによってキャラクターを印象づけるのだな。
「愛犬の死」は普通小説というか、ディケンズの線なんでしょうか。悲しいことはあるけれど、それでもあなたの人生は続いていくのよ、みたいな。ミステリ小説のとっかかりのエピソードだけを取り出して、書き込んだような作品だ。
残り物には福があったのかは微妙。純粋なミステリ的見地からすると残り物は、やはり残り物かと。当然にファン向きの一冊。
さて、七年余りをかけてクリスティのミステリ作品を読んできましたが、それも今回でおしまいです。ミステリ長編、作品集にまとめられた短編、オリジナルのプロットをもつ戯曲で入手可能なものはとりあえず読めたかな。
長かった。
2017-07-10
Silver And Sunshine: Soft Rock Nuggets Vol.1
我が国のワーナー編纂によるコンピレイション〈Soft Rock Nuggets〉、全4枚。
収録されている曲の半分くらいは既に盤で持っているので非常に悩んだのですが、世界初CD化のものが含まれているし、今回のはマスタリングがいいよ、という話もあって入手することにしました。
その1枚目、「Silver And Sunshine」と題されたものを聴いております。米国で1965~70年にリリースされたものが24曲収録。
アソシエイションやハーパーズ・ビザールなどのような定番ものとともに、今まで名前も聞いたことのないグループが入っていて、正直、あまり印象に残らない曲もありますね。
勿論、拾い物もあって。パット・シャノンの "Candy Apple, Cotton Candy" は、アル・キャプスの繊細かつドラマティックなアレンジが素晴らしいし、コロナドスの "Good Morning, New Day" は正統派のサンシャインポップという感じでこれも悪くないぞ。
この盤の最初の2曲が'65年のもの。そのうちゴールドブライアーズはドリーミーなアメリカン・ポップで、今聴くとやはり時代を感じます。この曲がオープナーでいいのかしら。
しかし、同じ年に出されたグレン・キャンベルの "Guess I'm Dumb"、ブライアン・ウィルソンが手掛けた曲でこれまでも色んな編集盤に採られていますが、これは本当、いつ聴いても新しい。ライナーノーツでVandaの佐野氏は「時代のはるか先を行っていたこの曲はグレン・キャンベルのファンには理解されず、残念ながらヒットしていない」と書いているのだけれど、この曲はコマーシャルとはいえないと思うのですね。だからこそ色褪せないのではないか、と。
一曲の時間が短いので通しでもストレスなく聴けるのが良いですね。このジャンルへのとっかかりにするとしたら、よろしいのではないかしら。
2017-07-02
Brenton Wood / The Very Best Of
"Gimme Little Sign" という曲が昔から好きで、ヒットソングとしてね、軽やかで。なんとなく盤として持っていたいなあと思って、ブレントン・ウッドのコンピレイションを購入しました。
これは今年になって出たCDで、Bicycle Musicというあまり聞いたことの無い会社からのもの。マスタリングは音圧高めなものの、非常にクリアな音ではあります。
ここに収められた曲は1967~70年くらいにDouble Shotというハリウッドの独立レーベルから出されたもので、各曲のプロデューサーとしてもそこのオーナーふたりがクレジットされています。
サウンドのほうはハリウッドと聞いて思い浮かべるものとは違いますな。もっとローカルな感じで、拡がりもそれほどはない。また、管弦が殆ど入っていなくて、主にオルガンが色付けとして使われているのが特徴。予算の問題だったのかもしれませんが、今聴くとその簡素さが個性になっています。特に'67年あたりの曲はオルガンがガレージパンクみたいなチープな響きをしているのが面白い。
ブレントン・ウッドというひとはソフトな歌い口が持ち味で、ときにファルセット混じりになるそれにはスモーキー・ロビンソンを思わせる瞬間もあります。作曲も自分で行っており、ややワンパターン気味ではあるものの、その節回しにはいやみがない。
"Baby You Got It" なんて曲はだいぶ後年のウィリアム・デヴォーンを思わせるようで、いいですな。
全体にソウルというより黒人ポップ歌手という感じ。このあっさりした音楽も悪くないすね。
2017-06-25
Anita Kerr Singers / Sounds
混声カルテットのボーカル&コーラスアルバム、1968年リリース。L.A制作で、録音はリー・ハーシュバーグ、プロデュースとアレンジにはアニタ・カー自身がクレジットされています。
ポップスとして聴くとやや派手さに欠けるのですが、かえって古びていないのかなと。いや実際、聴き所には事欠かない作品なのですよ。
収録されている12曲中7曲がカバーとなっていて、中でもオープナーの "Happiness" が耳を引く出来栄え。これは前年に出されたアソシエイションのアルバム「Insight Out」に収録されていた(そちらでのタイトルは "Happiness Is")アドリシ兄弟の書いた曲で、オリジナルのがっちりと組み上げられたハリウッド・ポップ加減に比べて軽やかな仕上がりが快い。コーラスの女声がロジャー・ニコルズ&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズを思わせるようで、実に好みですね。
アドリシ兄弟によるものがもうひとつあって、その "I Would Love You" もなかなかの佳曲なのだけれど、これはアリーズのオリジナルの方がいいかな。
他では、ミシェル・ルグランのサントラ曲 "I'm Falling In Love Again" はリズムを強調しているけれどジャズっぽさも感じられ、洒落ているな、と。エンディングで動き出すオープンハーモニーも格好良い。
また、スタンダード曲 "Swinging On A Star" はスパンキー&アワ・ギャングやママ・キャス・エリオットあたりを思わせるオールドタイミーなアレンジがぴったり決まっています。
一方、このアルバムのために用意された曲では、アニタ・カー自身の手になるシャッフル "Say You Do" が特に良いすね。ちょっとフリー・デザインっぽいセンスが感じられるし、間奏後のスウィングル・シンガーズを意識したようなパートも嵌っています。
あと、いかにも'60年代ポップ、というプロダクションの "Today Is" もなかなか。ブリッジ部分での「パパパ」コーラスが際立っていますね。
全体に控えめな感触なもののアレンジはセンス良く、サンシャインポップ的な意匠も楽しいアルバムです。
2017-06-12
The Rolling Stones / Their Satanic Majesties Request
「Sgt. Pepper's~」を聴いていたら、なんとなくレノン&マッカートニーが参加している "We Love You" や「Their Satanic Majesties Request」(1967年)も聴きたくなった。
このアルバム、あまり良い評判を聞かないのはメンバー自身がぼろくそに言っているというのも大きいのだろうが、まあ確かに退屈な曲も多い。アレンジだけで持たせました、みたいな。"Sing This All Together (See What Happens)" などはとりとめのないいくつかのセッションをつなぎ合わせただけのように思える。しかし、出来が落ちる曲があるのはこれ以前のアルバムでも同じことがいえるのだけどね。
一方で、サイケデリックとストーンズの喰い合わせというのは、どんなものかしら。なるほど "She's A Rainbow" は大した出来だけれど、あとサイケポップとして魅力を感じるのは "The Lantern" と "2000 Light Years From Home" ぐらいで、ほかの曲ではアイディアが未整理なまま突っ込まれているよう。それより、むしろサイケデリックな意匠以外のところに良さを感じることが多い。"Citadel" におけるワイルドなギターのコードリフ。"2000 Man" のアコースティックパートに漂うリリシズム。そしてキンクスのような "On With The Show"。
個人的にはこのあたりの時代に作られたアルバムの多くは、ステレオ・ミックスのほうがカラフルで楽しいのだけれど、「Their Satanic~」に関してはモノラルのほうがタイトで、バンドらしさを強く感じられるようで好みかなあ。
ところで、このアルバムのミックスとマスタリングは米国でなされ、カナダ以外の他国ではそこからのコピー・マスターが使用されていた。だから、USプレスこそが真のオリジナルだと主張するひともいる。あと、UK盤のモノラルはプレスによってはステレオからのフォールド・ダウンのものもあるらしい。なんだかややこしい話ではあります。
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