2020-02-06
アンソニー・ホロヴィッツ「メインテーマは殺人」
作家であるアンソニー・ホロヴィッツは、ドラマの脚本を手掛けた際に知り合った元警官ダニエル・ホーソーンから、おれを主人公にした本を書かないか、と持ちかけられる。
「ある女が、葬儀社に入っていった。ちょうどロンドンの反対側、サウス・ケンジントンでのことさ。女は自分自身の葬儀について、何から何まできっちりと手配した。まさにその日、たった六時間後に、女は殺された……家に入ってきた誰かに首を絞められてね。どうだ、ちょっとばかりおかしな話だろう?」
ホーソーンはその事件の捜査を警察から依頼されていたのだった。
昨年話題になった作品を、今頃読みました。
全体の半分くらいまではあまり面白くなかった。ホーソーンは切れ者だが、人間的に嫌なやつなのだ。で、個人的に語り手がずっと愚痴っているお話は個人的にはあまり読む気がしないのが本当のところで。イギリス人はこういうの好きそうだけどね。
それはともかく、ミステリとして物語を駆動する力が弱いように感じる。魅力的な謎は提示されるものの、それが掘り下げられるわけではないし、フーダニットとしても特に怪しいと目される登場人物はいない。質問と調査が繰り返されるうちに、事件の背景がぐっと広がっていく展開はいいのです。ただ、探偵役のホーソーンが自分の考えを明かさないのは仕方がないかもしれないが、ワトソンであるホロヴィッツも能動的に誰かを疑っているわけではなく、ホーソーンの言動を観察しているだけだ。これでは謎解きの興趣がなかなか盛り上がらない。
一方、作品のフックとして、語り手とこの本の作者が同一人物であることを使ったリアリティの混入がある。このメタ趣向は読者をひっかける類の仕掛けではなく、フェアプレイの謎解きを保証するものとなっているのだけれど、一方で、その遊びがリーダビリティを損なってもいる面もあると思う。
中盤に新たな事件が起こり、俄然緊張感が生まれる。しかし、淡々とした展開のスピードが変わらないために、雰囲気が持続しないのだよなあ。
それが残り100ページほどになって、唐突にホーソーンが格好よくなる。そして、ここから後は全部いいのです。くそう。
読み終えてみればパズルとしてはとてもうまく構築されていることがわかる。そのピースの数々は作中ではっきりと示されていたものだ。さらに細やかな伏線と、しかしダイナミックな構図の転換もお見事。
シリーズの一作目であることを考えたら、ある程度の冗長さは仕方がないのかな。次のやつに期待します。
2020-01-18
ジョン・ディクスン・カー「四つの凶器」
アンリ・バンコランものとしては最後の長編。
1937年の作品であって、『蝋人形館の殺人』からは5年しか経っていないのだが、バンコランがえらく老け込んだ、というか別のキャラクターのようである。また、作品の雰囲気もおどろおどろしさがないものであって、シリーズらしさはあまり感じない。
殺人現場には何故か四つの凶器(となるような物品)があったが、使われたのはそのうちのひとつだけであった。バンコランによればその状況は目くらましによるものではないという。そうするとミステリとしての売りはホワットダニットになりそうなものですが、そういう構成ではない。かといってフーダニットと考えると動機の検討がされないのが不自然なほど。どうも中心となる謎がはっきりしない。
それでも物語の早い段階で、バンコランには犯人はわかっていると言うので、期待して読み進めたのだが。
複数の人物の思惑が絡み合った真相はあまりに複雑すぎるし、煙幕が本当に煙幕でしかなかったりして、絵解きをされてもあまりすっきりはしない。辻褄が合っていようが、これらを全て推理できるはずがない、と思う。
お話としてはキャラクター書き分けがいいし、クライマックスへと至る流れはとても迫力があり、意外性の演出もきれいに嵌っているのだが。
盛り込まれたアイディアには面白いものも多いのだけれど、この時期のカー作品としては落ちる、というのが正直なところ。
2019-12-27
法月綸太郎「赤い部屋異聞」
過去の名作をベースにした、というくくりの9作品が収められた短編集。はっきりと原典がわかるオマージュからモチーフのひとつとして取り入れている程度のものまで、スタンスはさまざま。バラエティに富んだ内容で、ミステリ作家としてのショウケースのような趣もありますか。
タイトルからしてすぐにそれ、とわかるのが「赤い部屋異聞」と「続・夢判断」。
「赤い~」の設定はもちろん大乱歩の有名作だが、そこから捻って捻ってという展開や、あえてすっきり落とさない結末は新本格というか幻影城というか。表題作だけあって、非常に力のこもった出来。
「続・夢判断」の方もいかにも新本格らしいよなあという、弄り回した一作なのだが、このような「奇妙な味」風の作品に形の整った絵解きを入れるというのも、わかるのだけれど、原典のことを考えるとスマートさに欠けるという気も。いずれにせよ、この作家らしい。
ミステリらしいミステリ、「砂時計の伝言」はパズルとしてはあまりにシンプル過ぎるのですが、ダイイングメッセージの取り扱いが現代的といえましょうか。被害者による倒叙形式と捉えればすっきりはまるのだけれど。変なことを考えるものだと思うし、それを作品として完成してしまえるというのも大したものだ。
なんだか趣味に走ってるなあ、というのが「対位法」。物語の終盤に来て、ようやく元となる作品の当たりがついた。結末はリドル・ストーリーのかたちをとっているが、強引に解釈すれば確定はできる(もっとも、そうする意味はないが)。
『挑戦者たち』にも収録されていた「最後の一撃」は独立した短編として充分成立しているし、むしろ単独で読んだほうがオチの意外性を感じられていいかも。
その他ではホラーにいいものがあったのが収穫。「葬式がえり」での予想のつかないところへの落とし方はミステリ作家ならでは。アイディアのいただきがひとつの作品からではない、というのもミソか。「だまし舟」は割合とオーソドックスな展開ですが、架空の作り込みには力が入っていて、本格的なものになっている。
小味な芸が楽しめる、書いていて楽しかったのではないか、という気がする一冊でした(前にもこんなこと書いていたな、いいのか?)。
2019-11-24
James Brown / Live At Home With His Bad Self
1969年10月1日、ジェイムズ・ブラウンは故郷ジョージアのオーガスタにあるベル・オーディトリアムでホームカミング・コンサートを行った。そのライヴは「James Brown At Home With His Bad Self」というタイトルでのアルバム化を意図したものであった。しかし、数ヵ月後になってバンドのメンバーが大量離脱することによって、その企画は立ち消えとなる。
翌年の春、新しいバンドによるシングル "Sex Machine" がヒットしたことを受けて、同タイトルのダブル・アルバムが制作された。一枚目はスタジオライヴに観客の歓声をオーバーダブした疑似ライヴである。深いエコーが気持ち悪く、個人的には好きではないサウンドだ。そして、その二枚目には(二曲を除いて)お蔵入りになっていた前年のホームカミング・コンサートの音源が使用された。こちらも編集は乱暴で、いかにもJBらしい。
「Sex Machine」カバー裏より "LIVE AT HOME IN AUGUSTA, GEORGIA WITH HIS BAD SELF" |
前置きが長くなったが、このライヴ・アルバムは「Sex Machine」アナログ二枚目に収録されていたものの拡大盤となる。七曲が未発表となるもので、残りも新たにミックスされており、曲によっては明らかにピッチが変わっています(従来のものは遅かったらしい)。
音質のほうは時代を考えればまあ上々か、序盤はややレンジが狭いかな、という感じ。しかし、当然のことながら演奏は最高オブ最高。なんたって1969年のジェイムズ・ブラウン・オーケストラなのだ。こんなこと毎日続けていたらそのうち死ぬぞ、という緊張感。
オープニングの "Say It Loud - I'm Black And I'm Proud" は編集盤「Motherlode」にも収録されていたが、そちらはDJ仕様なのかライヴのアンビエンスを取り除くようなミックスがされていて変な感じがしたものだ。今回は客の反応もばっちり、盛り上がる。
また、"There Was A Time" の尺がかなり伸びているのも嬉しいところ。ここから未発表であった "Give It Up Or Turnit A Loose" へとなだれ込む流れはこの盤のハイライトのひとつだ。
あと、"Mother Popcorn" も「Sex Machine」のと比べると相当に長くなっているのだが、これは編集盤「Foundation Of Funk」にも入っていたな。
個人的にはこの時期のJBがベストだと思っている。メンバーの充実に加えて、シンガーとしての状態もあって。"It's A Man's Man's Man's World" の歌い出しなど、ぐっときます。
2019-11-10
The Beatles / Abbey Road
「Abbey Road」のリミックスを聴いて考えたのは、なんでこんなものをわざわざ作ったのだろう、ということだ。全体としては大して印象の変わらないものを作る、その意図がわからない。音質が劇的に向上しているとも思わない。これならオリジナルを聴けばいいじゃない。
しかし、そもそもリミックスというのは昔の素材ほど扱いが難しい。ビートルズの音楽に新たなセンスを付け加えたものなんて聴きたいか? しかも実際のレコーディングに関わったやつらはいないんだぜ? どうしたって勝ち目は無い。
そうすると、制作者の意向はむしろ、未発表テイクの仕上がりにこそ反映されているのではないか。ドライなエコー、ソリッドなギターは実に格好いい。本編よりもバンドらしいダイナミズムを感じる。この調子でアルバムもミックスできればよかったのだろうが。
ブックレットの最初のページ、とてもダサい。それはそうと、なんで「THE」をつけたのだ? |
よくアルバム「Sgt. Pepper~」について、楽曲の出来自体がいまいち、という意見を見るのだが、個人的には「Abbey Road」のほうが落ちるじゃん、と思っている(勿論ビートルズとして、という高いレベルでの話ではあるけど)。しかし、サウンドのつくりやアレンジ、構成での聴かせかたがとんでもなく素晴らしい。それが後進のUKモダーンポップに与えた影響がなんて始めると、またしゃらくさい話になってしまいそうだ。
"Oh that magic feeling, nowhere to go"、つまりはそういうことなのね。このくだりにくるといつも、うんうん、その感覚なんだよ、となる。まったくうまくは説明できないけれど、夢の中かもしくは海底みたいなね。
2019-10-14
フィリップ・K・ディック「フロリクス8から来た友人」
22世紀、世界は脳の突然変異で高い知性を持つ〈新人〉と超能力者である〈異人〉が支配、エリートである彼らと残りの人類〈旧人〉の間にはっきりした階級社会が形成されていた。その〈旧人〉たちの救世主たる男、トース・プロヴォーニは〈旧人〉たちが暮らすための新惑星を見つけるべく単身、深宇宙への探索へと出て行ったきりであった。
1970年長編。
勢いに乗っていた時代の作品だけあって、序盤で物語にすぐ引き込まれるし、設定もすごく面白そうではある。また、ディック作品ではおなじみ、まやかしの現実というモチーフがここでは中心に置かれていないため、とても読みやすい。
しかし、ディストピアとそこからの解放というシンプルなテーマ、ご都合主義的な展開も明らかにそこに沿っているように見えたのだが、個々人の欲望と情動によって、いつしか物語は勝手な方向に向かっていく。そしてディック作品ではよくあることではあるけど、色んな問題は未解決なまま、みせかけの奇妙な平安に帰着する。
物語前半に出てきた重要そうな人々やアイディアが後半には登場しなくなるし、キャラクターの一貫性にも乏しい。なおかつ、印象的な場面は多いのだ。ちゃんとしたプロットを立てずに思いつきで話をつないでいったようである。間違いなくファン向け。
そしてファンなら最終章での会話を読んで、この作品を受け入れてしまう。困ったものだ。
2019-10-05
有栖川有栖「カナダ金貨の謎」
作家アリスもの新刊は中編3作の間に短編ふたつが挟まれた構成の作品集で、タイトルは国名シリーズだが中身はフルハウス、とのこと。
「船長が死んだ夜」 容疑者が限定された状況でのフーダニットは、ある手掛かりに関するホワイ?を軸にしたもの。これがちょっとした飛躍が要求されるもので、気付けそうで気付けない。
謎解きそのものは手堅いもので、まあまあの出来かなと思っていたところに、幕切れに待ち構えていた伏線回収にやられた。事件の様相をがらっ、と変える類のものではないが、実に形がいい驚きであります。
「エア・キャット」 犯罪は起こっているけれど、そこは話の中心ではないです。謎と解決は備えていますが、その解かれ方はミステリでもないような。
「カナダ金貨の謎」 事件そのものはいたって地味なもの。しかも倒叙形式なので犯人はわかっているのだが、犯行計画そのものは語られないので、そこに謎が発生する。それにしてもこのホワイ? は絶妙な設定で、解き明かされた瞬間、ああ!判ってもよかったのに、となりました。そして、そこから一息に全容が展開されていく鮮やかさよ。
また、事件に物語を見出すことによりミステリとしての奥行きを生みだす、という作家アリスの役割からは、そのバランスの良さにいつも感心させられます。
「あるトリックの蹉跌」 物語の枠組みは完全にフォー・ファンズ・オンリー、なのだが、作中で解説されているトリックは懐かしの新本格風でちょっと面白い。もったいない使い方だなと思ったのだが、このひとの作風だとうまく生きないのかもしれない。
「トロッコの行方」 アリバイもののようで実は、というフーダニットは意外な真相と、それを生かした切れのある結末がなかなか。一方で、手掛かりは不十分ではないか、何か見落としていたか。いや、ウイッグの件からすると、読者をひっかける方に力が入れられていたのかも知れないけれど。
いつもながらうまいし、テクノロジーやトピカルなテーマの取り込みにも違和感がない。
そして、謎解き小説において犯人側のロジック、というのは下手をすると取ってつけたようになりかねないのだろうが、際を攻めつつ、その境界をじわじわと拡げているようでもあります。
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