2023-06-09

トム・ミード「死と奇術師」


英国で昨年出された、新人推理作家のデビュー長編。早川のポケミスで240ページほどと、現代のミステリにしてはコンパクトであります。

舞台は1936年のロンドン、奇術師を探偵役に据えた不可能犯罪ものだ。作中ではディクスン・カーの密室講義への言及も。『三つの棺』が発表されたのは1935年なので、前年に出た作品について語っているということになる。

設定された時代こそ黄金期だが、作風はかつての我が国の新本格に近い。描写が薄く、キャラクターもあまり印象に残らない。あくまで謎解きが主眼の物語だ。
結構に難度の高そうな密室殺人に加え、密室状態での死体の出現、さらにはフーダニットとしての興味もしっかりあって、とてもミステリとしての密度が高い。途中まではとても楽しく読めました。

200ページほど過ぎて、解決編の手前に「読者よ、心されたし」という短い幕間が入る。ようは読者への挑戦ですな。ここまでで真相にたどり着くための証拠は出揃っている、という宣言だ。わくわくするじゃないですか。
これがなければ許せたのだが。

最初の事件の真相は、意外性に関しては充分だ。伏線の数々もわかりやすく、かつ相当に面白い。ただ、証拠としては不十分だしロジックも緩いと思う。
突っ込みどころも少なくない。アリバイ・トリックは僥倖頼みだし、現場から凶器が持ち去られたことについてのフォローがないのもなんとも。肝心の密室もちょっとそれは都合良すぎでないかい。
もっと言うと、世界的な心理学者がずっと仮病に騙されていた、というのも少し受け入れがたいところがあるのだが、まあ、そういうこともあるのでしょう。第二部のタイトルがそこのところの伏線になっているセンスはとても好みです。
ともかく読者への挑戦を置くのなら、もう少し緊密でないと。真面目に推理して損した、というのが正直なところ。

二つ目の事件の真相はもっと凄い。トリックも凄ければ、証拠隠滅の手際も凄い。巻末の解説で触れられている微妙な記述の問題など些細なことに思えてしまう豪快さだ。

稚気で済ますには雑過ぎるのですが、面白くは読みました。アイディアは盛りだくさんだし、捨てがたい部分も多いのです。解決編への期待をあおらなければよかったように思います。

2023-05-27

ジョン・ディクスン・カー「幽霊屋敷」


1940年発表、ギデオン・フェル博士もの長編。原題は「The Man Who Could Not Shudder」で、作品内では「恐怖に対して震え上がることのない、肝の太い人物」くらいの意味で使われています。

舞台は(今回の邦題通り)幽霊が棲まう噂があり、過去には異様な事件も起こったという屋敷。導入部分では怪奇小説らしい描写が丁寧になされるのがそれっぽい。もっとも、雰囲気があるのはそこまで。
くだんの屋敷に招待された人々が集合して、ここには昔から何か出るらしいよ、という振りがなされるのだけれど、それとは無関係な話題も色々入ってきて、幽霊への関心があまり持続しない。一晩明けると、ポルターガイストの仕業としか思えないような事件が起こる。にもかかわらず、それが超自然な存在によるものだとほのめかされるわけでもない。
作品終盤には、これらにも理由があったことがわかるのだが。ともかく、物語は純粋に不可能犯罪ものとして進行していきます。

残念ながらメイン・トリックは現実的ではないし(読みなれたひとなら逆に「ははあ、これは偽の解決だな」と思うのでは)、フーダニットにおける誤導も(アンフェアとはいわないが)えげつなくも芸のない手が使われている。そういった点は見過ごすにはあまりに大きすぎるのだが、意表を突いた展開によって、それでも面白く読まされる。この辺り、カーのストーリーテラーとしての腕で持たせている、という感じです。

後日談として語られるフェル博士による最終的な絵解きは例によって名調子であります。いくつかの細かい伏線はとても良くできている。建屋の形が図形で強調されていたのには、ちゃんと意味があったのだね。しかし、大筋の(クイーン的ともいえる)犯罪計画自体、細部への説明が進むほどに無理が感じられてしまう。カーはその種のリアリティに大して重きを置いていないのだろう、ということは既に知っているけれど。
そして、最後にさらなる捻りが加えられるのだが、必然性がないというか、これは単なるサプライズのための趣向では。あるいはカーがやりたかったのは(意外な犯人を通り越して)明白な実行犯のいない殺人事件だったのかもしれないが。

と、いうようにフェアな謎解きと考えれば欠点だらけなのだが、はったりの利いた読み物としてこれはこれで愉しい。出来そのものとは別に、娯楽作家としてのカーの魅力が感じられる作品でした。

2023-04-22

ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ「恐ろしく奇妙な夜」


『赤い右手』のジョエル・タウンズリー・ロジャーズ、その中短編集。
ロジャーズには米国内で21世紀になってからまとめられた作品集がふたつあり、本書はそれらから選ばれた六作品で構成されている模様。


「人形は死を告げる」 海外から予定よりもだいぶ早く帰国したものの、家には妻がおらず、どうやら旅行に出かけたようなのだが、というお話。
熱を帯びた語りが不穏な先行きを予感させるのに、読み手の思惑はことごとく外していく展開。扇情的な章題も、それが内容を反映したものと思えない。じりじりと不安を高めていった末に唐突に明らかになる真相(しかも、推理によってだ)は、伏線らしきものがあるにもかかわらず、完全に虚を突かれた。他に類を見ない種類のミステリではあります。抜群。

「つなわたりの密室」 130ページほどある中編で、施錠された殺人現場から犯人が忽然と姿を消す、という不可能犯罪もの。
癖の強いキャラクターがやたらに多く、なかなかとっつきにくい(もっともこれが煙幕にもなっているのだけれど)。ミステリとしては色々突っ込みたい天然なところと、ダブルミーニングを利かせた描写など計算を感じさせる部分が共存、大胆なつくりの謎解きミステリになっている。とはいえ、これは個人選集だからこそ許容できることであって、普通に考えれば無いぞ。思わず「嘘やん」と叫んでしまった。だからこそ面白かったのだが。

「殺人者」 本書のなかでは最も短く、それゆえプロットも比較的にシンプルながら、迫力のあるクライムストーリイ。
仕込まれているツイストは徐々に見えてくるようになっているのだが、ここでも妙に不安にさせる語り口、本筋に関係あるのかわからないが熱をもって語られる挿話などによって疑心暗鬼にさせられ、最後まで油断できない。これが確かな計算によるものなら凄いのだけれど。一般的な基準ならこの短編がベストか。

「殺しの時間」 作家志望の男が巻き込まれた、ある事件。
妄想か事実かが判りにくいエピソード、メタ性があるのかないのか微妙な書きぶりにまたしても惑わされる。落としどころは割とまともなスリラーというか、あえてパルプ・マガジンの流儀に則った感があります。

「わたしはふたつの死に憑かれ」 ラジオドラマの脚本担当者のところに持ち込まれたのは、自分が昔、関わった事件を題材にしたと思しい実話小説だった。
設定にはどうかなあ?と思うところもあるけれど、そこを受け入れてしまえば意外なくらいうまく構築されており、トリッキーで切れのいいミステリ。これもいいですな。

「恐ろしく奇妙な夜」 本作品集で唯一のSF短編。この作品の初出が1958年で、他がみな1940年代後半の発表と、これだけ10年から離れています。そのせいか妙なところはないけれど突出したところも感じられなかったな。だって、この語り手は信用できてしまうもの。


表題作だけ少しテイストが違いますが、あの『赤い右手』の作者という期待に十分に応えてくれた作品集でした。他の作品も読みたいね。

2023-03-26

麻耶雄嵩「化石少女と七つの冒険」


ベルム学園の古生物部、神戸まりあが学園で起きる殺人事件を解決していく連作、その第二弾。シリーズの前作『化石少女』が出版されたのが2014年、今作の第一章が雑誌掲載されたのはその五年後と、結構インターバルが開いている。
前作はまりあの大胆すぎる推理が事件の真相を何故か射抜いてしまうが、それは間違っていると後輩の桑島彰がなんとか、まりあを言いくるめる、そういう構成であった。今作の最初のほうでも、まりあと彰の関係性は以前からのものを踏襲しているけれど、ミステリとしては随分と違ったものになっていると思う。

まず、前作『化石少女』では事件それぞれに手の込んだトリックが用意されていたけれど、今回はそれがない。複数の人物の意思が交錯することで、真相が見え難くなっているケースばかりだ。当然、解決も複雑なものになってくる。それを緩和するためか、推理合戦の形式が導入されてくる。学園のヘンリー・メルヴェール卿を自称する生徒が登場するのだ。そして何より前作と違うのは、まりあの推理自体が、まっとうかつ鋭いものになっていることである。
結果、受ける印象は洗練されたパズルであって、麻耶雄嵩にしては落ち着いたものだ。それでも「古生物部、差し押さえる」での盲点を突いた手掛かりや「化石女」で最後に明らかにされる伏線の質は実にこの作者らしいし、「彷徨える電人Q」における犯人絞り込みのロジックはとてもスマートであります。
一方で連作としては、ワトソン役である桑島彰自身の物語、その比重がどんどん大きくなっていく。ワトソンが手掛かりをコントロールすることで解決を限定する、その度合いもよりあからさまであって、すでにフェアプレイは放棄されているようでもある。

「面白いけれど、この作者にしてはちょっと普通っぽいなあ」と思いながら読んでいると、連作最後の「禁じられた遊び」に至り、いつもの「え、どういうこと?」となる感覚が襲ってきます。それもただ読者を引っかけるためだけのトリックでなく、本書全体のテーマと結びついたかたちで使われているのだから、その衝撃は凄い。

いやいや、おみそれしました。
麻耶雄嵩は健在でした。

2023-03-21

The Land Of Sensations & Delights: The Psych Pop Sounds Of White Whale Records 1965-1970


2020年に米Craft Recordingsより出たホワイト・ホエールもの。Craft RecordingsというのはConcord傘下のリイシュー・レーベルで、現在はVarèse Sarabandeの親レーベルでもあるよう。
編纂に当たったのはアンドルー・サンドヴァルで、マスタリング担当はダン・ハーシュ。1人(1グループ)1曲という縛りを設けているようなのが、以前取り上げた同種のコンピレイションと違うところ。全26曲中、Varèse Sarabandeの「Happy Together」とは2曲が重複、Rev-Olaの「In The Garden」とは7曲、「Out Of Nowhere」とは5曲の重複があります。トータルだと半数以上になるか。しかし、それ以外の曲にはこの盤しか再発がないものも多いです。

副題に「サイケ・ポップ・サウンズ」と付けられているように、選曲からは(タートルズのものを除外した上で)生きのいいローカルなガレージ・ロックから手の込んだサイケ・ポップまで広く採られている一方、落ち着いたテイストのミドル・オブ・ザ・ロード的なポップスは外されています。
その中で、ちょっと毛色の違うのがクリス・ジェンセンによるホリーズのカバー “I Can’t Get Nowhere With You”。制作はスナッフ・ギャレットとリオン・ラッセルのチームで、ゲイリー・ルイス&プレイボーイズと共通するようなキャッチーなティーンエイジ・ポップに仕上がっていて、これはこれで悪くない。

1960年代後半におけるLAポップの流行をオブスキュアなシングル盤で表現しながら、一枚全体の流れが弛みなく構成されているのが美点であって、このあたりがアンドルー・サンドヴァルのセンスですね。一見さんはタートルズも入った「Happy Together」、ポップス寄りの好みなら「In The Garden」の方がいいかもしれませんが、両者とも既に入手が容易ではなくなりつつあるのが困ったところ。

ところで、この盤にはひとつミスがあって。24曲目にはバスター・ブラウンというグループの “The Proud One” が収録されているはずが、ジョニー・シンバルの書いた “Sell Your Soul” が入っているのですね。とてもいい出来なのだけれど、いったいこの “Sell Your Soul” が誰のヴァージョンで、どこから紛れ込んだのかがわからない。

2023-03-11

Out Of Nowhere: The White Whale Story Volume 2


2004年に出た、Rev-Olaによるホワイト・ホエールのコンピレイションの続編。ボリューム1の「In The Garden」がソフトサウンディングなポップスを中心にして編まれていたのに対して、こちらはガレージ・サイケな味付けのものが多くなっております。そういう曲の中だとクリークの “Superman” がよく知られているかな。後にREMがカバーした曲です。

シングル1、2枚しか出していないグループがさらに多くなり、レアリティという点での価値のあるコンピレイションだが、「In The Garden」の落穂拾いという感もありますね。
で、こちらの方で一番いいと思ったのはドビー・グレイ。ケニー・ノーラン作の ”Honey, You Can't Take It Back” はゲイリー・ゼクリーがプロデュースした軽快なポップ・ソウル。トニー・マコウリィ辺りを思わせる出来です。もう一曲の ”What A Way To Go” も都会的で洒落たミディアムに仕上がっています。


クリスマス・スピリットというのはシングルを一枚だけ作った即席グループで、タートルズのマーク・ヴォルマンとハワード・ケイラン(後のフロー&エディですな)、モダーン・フォーク・クァルテットのサイラス・フライヤーとヘンリー・ディルツ、バーズのジーン・パーソンズとグラム・パーソンズ、それにリンダ・ロンスタットらからなる(らしい)。面子を聞くと、ちょっとしたスーパー・グループではあるが、それらの名前はクレジットされているわけではなく、全員がシングルの両面に参加しているわけでもなさそう。プロデュースはMFQとタートルズ両方に関わりのあるチップ・ダグラス。
A面に当たる “Christmas Is My Time Of Year” は後期タートルズの演奏にゲスト・シンガーが入っている、という風な曲で、実際にタートルズのシングル集にも収録されている。
もう一方の“Will You Still Believe In Me” はストーン・ポニーズにいたボブ・キンメルの書いた曲。チップ・ダグラスとリンダ・ロンスタットによるデュエットで、タートルズ組は参加していないそうだ。“Will You Still~” の方はこの盤でしか聴けないのかな。

2023-03-08

In The Garden: The White Whale Story


2003年、英Rev-Olaより出されたホワイト・ホエールのコンピレイション。
編纂に携わったのは後に同じCherry Red傘下でNow Soundsを立ち上げ、サンシャイン・ポップのいいのをばんばんリイシューするスティーヴ・スタンリーで、選曲も彼の個性が感じられるもの。タートルズの曲をあえて外した上で、ポップな曲を選りすぐったものになっていて、前回に取り上げた「Happy Together (The Very Best Of White Whale Records)」との重複はわずか一曲にとどまっています。

まあ売れはしなかったものの良い曲が目白押しですな。
クリークの "Soul Mates" はのちにパレードを結成するスモーキー・ロバーズ作。内省的かつ華やかで、とても好み。コーラス部分の展開など、なるほどパレードそのものだ。
また、トリステ・ジャネロもここでは落ち着いていて都会的なものが選ばれています。とくにこの盤のタイトルにもなっている "In The Garden" はセルメン・フォロワーの影も形もないクールなアンビエンスのもので恰好いい。
そしてニノ&エイプリルの、デヴィッド・ゲイツ作 "You'll Be Needing Me Baby" と、これもメロウ極まりない選曲。
もっとも、この辺りは単体でのリイシューもされているし、良くて当然、といえなくもない。

シングル・オンリーのもので目に付くものを挙げると、ライム&サイベルはウォーレン・ジヴォンがいたデュオだが、ジヴォンが首にされたあと別のソングライターが “ライム” となって出したシングルは両面ともカート・ベッチャーのプロデュース。いかにも彼らしいハーモニー・アレンジが聴けます。オールドタイミーな曲調の "Write If You Get Work" が気に入りました。
更に良いのがコミッティという、アル・キャプスとセッション・シンガーのスタン・フェイバーによるスタジオ・プロダクトによる "If It Weren't For You"。これは「Happy Together~」に入っていた "California My Way" のB面曲で、シングルとしてはラジオでA面の方をかけさせるために、わざわざ逆回転にして収録されていたという代物(タイトルも "You For Weren't It If" と、さかさにされていた)。ここではもちろん、正常なかたちで聴けるわけですが、いやいや、なんて勿体無いことをしていたのか、と思うくらいのグレイト・サンシャイン・ポップ。ソルト・ウォーター・タフィーあたりが好きなひとは気に入るのではないかな。作曲はホワイト・ホエールのスタッフ・ライターであり、自分たち名義のシングルも出しているダルトン&モントゴメリー。

他にも聴きものとして、ニコルズ&ウィリアムズ作の "Do You Really Have A Heart" と "We've Only Just Begun"、それぞれ最初期の録音があります。"Do You Really~" を歌ったのはのちに "Drift Away" をヒットさせるドビー・グレイ。"We've Only Just Begun" はスモーキー・ロバーズが歌い、自らプロデュースしたもの。どちらもメロディを尊重し、暖かみのあるつくりで、よろしくてよ。