2011-02-05

アガサ・クリスティー「チムニーズ館の秘密」


初期のクリスティ作品でも、その冒険ものを読んでいると、若々しく、日常に倦み、自ら波乱を待ち望んでいるキャラクターが登場します。金はないが元気とバイタリティには事欠かないこれらの人物はなるほど深みがなく、典型にしか過ぎないかもしれませんが、映画のセットのような背景に置かれたとき、とても輝いて見えます。威勢が良く、陽性のユーモアたっぷりの台詞もまた、魅力的で。
そして、この『チムニーズ館の秘密』には外国の王子や財界の大物、上流階級の勇敢なヒロインに、変装の名人である大泥棒までが登場。殺人事件や政治的謀略を巡って英仏両国の警察を巻き込みながらも、コミカルなやりとりが横溢しており、古き時代の優雅でお気楽なハリウッド映画を思わせます。

さらに、軽快な語り口だけでなく、意表をつく展開も間断なく起こり、巻を措くあたわざる面白さ。無駄なくお話を進める素敵なご都合主義に対して、必然性やリアリティなどを要求するのは野暮なもの。ただただ乗せられて、華やかな舞台でおこる冒険活劇を楽しめばよいですね。

ミステリとしてはまあ、大したことないと言えますが、それでも終盤のミスリードにはミステリ読みほど「まさか」と思わされるのでは。意外な真相がきっちりつくられているので、読後感も良かったです

2011-02-04

Free Design / Stars/Time/Bubbles/Love


不思議なのは、大してセールスがあったとは思えないこのグループが、1960年代後半から'70年代はじめにかけて7枚ものアルバムを出せた、ということ。
まぎれもないポップスでありながら、彼らの音楽は聴き手のほうを向いているような感じがあまりしないのだな。
なるほど、そのコーラスアレンジやハーモニーは大したものだけれど、反面、歌唱そのものはそれほど魅力的ではない。というか、声の印象が薄いです。
そして、意欲的なアレンジはだが、ときに危うく。特に他人の曲をカバーする際、アイディアを注ぎ込むあまり、結果として原曲の良さを損なってしまっていることもままある。
何より、下世話さが決定的に欠落しているのだ。彼らにとってポップソングはアート(技巧)であったのだろうか。

とはいえ、アルバムはどれも非常に洗練され、かつ丁寧につくられているのは間違いのないところ。
今の気分なら4枚目の「Stars/Time/Bubbles/Love」(1970年リリース)でしょうか。アレンジ面での遊びが曲の中にうまく溶けており、親しみ易くなった感じ。特に前半はリズミックなフレーズが多く、キャッチーといってもいい。けれど、一枚聴き終えたあとに残る印象はやはり、奇妙に淡白で。
決して大きな音楽ではない。けれど、音楽の楽しみはそれだけではないはず。

いや、「フリー・デザイン」という名のグループなのだ。聴き手の欲するそのものをトレースすることには興味は無かったのだろう。

2011-01-24

エドマンド・クリスピン「愛は血を流して横たわる」


なんだか仰々しい題名であるね。エルトン・ジョンの曲にもこんなのがあった。聖書とかシェイクスピアあたりからの引用なのかと思っていたのだが(ほら、オックスフォード派の作家ってそういうの好きそうじゃない)、訳者あとがきによれば "love-lies-bleeding" とは花の名前だそうな、なるほど。

クリスピンに関して言うと、僕は若い時分にハヤカワ文庫から出ていた二冊しか読んだことがなかったのね。その頃はガチガチのパズラーを追求していたので、んー、まあまあかな、ちょっと緩いよね、くらいにしか思わず。黄金期の作品で他に先に読んでおくものがまだまだあるよな、って感じであって、要はガツガツしてたと。で、後年になって新たにいくつかの作品が訳出されたときもスルーしてきたわけです。
ところが、今となってはかなりミステリについての考え方が変わってきたのと、あと、「クラシック・ミステリのススメ」でこの本が一番大きく取り上げられていた、ということがあって、文庫化を機に読んでみるべえか、となったわけです。

舞台は学校、冒頭から不穏な事件が立て続けに発生、その合間に癖の強いキャラクターの面々が紹介されていきます。そして連続殺人が起こるのだけれど、その状況の奇妙さがミステリ的には心引かれるものですね。
殺人事件の捜査自体はアリバイ検討や聞き込み中心の地味なもので、むしろ、周辺の謎と本筋との相関が徐々に明らかになっていく過程が理詰めであって、面白い。
また、行間に見えるジャンル自体に対するアマチュア的な愛、嬉々として黄金時代のかたちをなぞっていく稚気が嬉しいな。

展開がテンポよく、後半にはサスペンスあり、ドタバタありのサービスで、だれ場がない。ユーモアもうるさくなく、余裕を持って挟まれていて快適な書き振り。宮脇孝雄の解説で気付きましたが、これを書いたときクリスピンはまだ20代だったんですな。うーん、凄いね、昔のひとは。

謎解きとしては些細な手がかりから容疑者を絞り込んでいく手際にクイーン的なものを感じたけれど、細部の詰めは荒く、必然性や説得力に欠けるか。
それでも複雑に絡まっていた構図か綺麗に収束していく様はちょっとしたものですね。

手筋はちがうんですけど、なんかカーっぽい。完成度とかは置いて、楽しい時間を過ごせるミステリでありましたよ。

2011-01-22

Orange Colored Sky / Orange Colored Sky (eponymous title)


その筋では待望されていた、オレンジ・カラード・スカイが1968年にユニ・レーベルからリリースしたアルバムの再発。
このCDを出したスペインのピカードという会社はあんまり聞いたことがなかったので、どうかな、と思っていたのだけれど、音はちゃんとしてます。シングル・オンリーの曲も(板起こしっぽいですが)ボーナスで入っていて。
ただ、ブックレットにはレコーディング・データはおろか作曲クレジットも付いていないのが残念。

このアルバムのプロデューサーを務めたのはノーマン・ラトナーというひとで、マーク・エリックの「A Midsummer's Day Dream」も手がけております。
内容のほうはぴしっ、と造られた抜けのいいサンシャイン・ポップから、ゴージャスなストリングスの入ったMOR寄りのもの、あるいはこのレーベルらしくサイケ入ったB級感漂う曲まであって、統一感には欠けますか。
リードを取るシンガーは2人以上いて、一人はやや線が細いが甘い声で、軽快な曲にぴったり。もう一人はすこし深みがあって、ジョージィ・フェイムに似た感じ。これらをカウンターメロディの形でコーラスがサポートするスタイルですね。
演奏面では、ベースのセンスが良いです。よく歌うけど出しゃばりすぎない。ミディアム以上のテンポのものでは特にこのベースが効いてます。

楽曲は全てオリジナルで、総じてポップ。アルバム冒頭の "The Sun And I" はロン・ダンテが参加していたエイス・デイを思わせます。捻りのある歌いだしのメロディ、ハイトーンのボーカルも爽やかで、「パパパ」入りのコーラスも決まっています。ただ、この曲に限ってドラムの音がべったりしているのが残念。
また、"Knowing How I Love You" や "Sometimes" といった曲もトニー・ハッチ風のメロディ/アレンジで文句無しの出来栄えです。

正直、曲による質のばらつきはありますが、サンシャイン・ポップ、ハーモニー・ポップのファンにとっては間違い無し、当たりの一枚。興味のあるひとは、こういうマイナーなところからのものは有るうちに手に入れるが吉かと。

2011-01-17

Otis Redding / The Great Otis Redding Sings Soul Ballads


「オーティス・レディング、ソウル・バラードを歌う」。1965年リリース、図体もでかいが音楽もでっかい男のセカンド・アルバムである。

デビュー盤「Pain In My Heart」も荒削りな魅力がたまらないが、まだ、スタックスのバンドとオーティスが互いに歩み寄るようにして音楽を作り上げている印象があった。それが、この2枚目になると演奏と歌が一丸となって飛び込んでくるのだ。
見よ、"That's How Strong My Love Is" の重量感。そしてバックを信頼して歌い切るときのオーティスの凄さよ。

「Sings Soul Ballads」はタイトルどおり、バラードを多く収めたアルバムである。それも全て判で押したように8分の12拍子のリズム・バラード。けれど聴いていて、ちっともだれたり単調になることがない。曲によって無骨であったり、柔らかで優しかったり実にさまざまな表情を見せてくれるからだ。オーティスは当時23歳くらいであったはずなのだが、シンガーとして、ソング・スタイリストとして何と完成されていることか。
そして、未だこの時点では伸びのびと歌う喜びが何より優先されていて、進歩や変化、白人聴衆の存在などをあまり意識していなかったのではないか。何を言いたいかというと、サザン・ソウルとしての純度が極めて高い、ってことだ。

アルバムには少しペースを変えるように、いくつか乗りのいいミディアムも収録されている。"Your One and Only Man" などイントロのホーンも格好良く、味わいもある。
そして、ラストの "Mr. Pitiful" よ。
「ソウル・バラードを歌う」アルバムの最後が軽快なジャンプでいいのか、という気がするかも知れんが、たぶん良いのだ。なぜならこの曲に込められた泣き笑いのような感情は、バラードでのそれに通底するものだから。

みんな俺のことをミスター哀れ、って呼ぶのさ
ベイビー、それが俺の名前らしい
俺は人呼んでミスター哀れ
そんな評判になっちまった

だけど 誰もわかっちゃいない
なんで俺がこんなに悲しい気持ちなのか
みんな俺のことをミスター哀れ、って呼ぶ
それは俺がお前を失ってしまったからなのさ

これを鉄壁の演奏を従え、あくまで明るく、力強くぶちかますのだが、自然に悲哀がこぼれおちるのは止められない。
なんという松竹新喜劇。まさに「藤山寛美、ソウルバラードを歌う」だ。

2011-01-16

Peter Anders / Peter Anders (eponymous title)


'60年代にヴィニー・ポンシアとのコンビで活動していたピーター・アンダースのソロ・アルバム。またしても韓国BIG PINKからのリイシューです。
このCDの元になっているのは1976年にタイガー・リリーというところから出たLPなのだけれど、その中身はというと、'72年にファミリー・プロダクションからリリースされたアンダースのファーストソロ「Peter Anders」の丸ごとに2曲加えたもの。つまり元々が復刻盤なわけですね(ジャケットは変えられているけれど)。
ファミリー・プロダクションというのはカーマ・スートラの社長であった、アーティ・リップがやっていたレーベルのようで、イノセンスからの付き合いでこのソロも作ったのでありましょうか。
クレジットがないので良く分からないのですが、LA録音のようであります。

サウンドは'70年代初期らしくSSW的なものに、ややスワンプ入って骨太。それに呼応してアンダースのボーカルも力がこもってます。ソフトサウンディングなものを期待すると違いますが、メロディはこの人らしくメロウでせつない系なものが揃っていて、ヴィニ・ポンシアと分かれた後でもそのソングライティングには些かの陰りもないことがわかります。
中では "Yesterday's Too Many Dreams Away" がポップでコーラスの技も冴える、ドリーミーな仕上がりで、トレイドウィンズやイノセンスの延長線上にある曲、と言えるんじゃないかな。

この人の芯がブルー・アイド・ソウルであることを再確認しました。歌の力を感じさせる良いアルバムですわ。

倉阪鬼一郎「新世界崩壊」


なんてことだ、まったく。既にミステリというよりは、これは小説化されたなぞなぞではないのか。
同じ作者による『四神金赤館銀青館不可能殺人』や『三崎黒鳥館白鳥館連続密室殺人』に連なる作品であります。これまでも地理的に隔絶された二つの館を瞬間移動する殺人者、というトリックで読者を呆れさせてきたが、今回の『新世界崩壊』ではニューヨークからサンフランシスコ、あるいはロンドンへと瞬時に移動して殺人が行われる。それも密室というおまけつきで。

常識に照らしてあからさまにおかしく、怪しい状況が何度も描写されており、はっきりとしたヒントも出されているため、『四神~』や『三崎~』を読んでいればそのパターンに思い当たり、舞台設定の仕掛けにある程度は察しも付く。
しかし、その思い至らなかったところが今回も凄い。世界が細部にいたるまでしっかりと構築された馬鹿馬鹿しさ。サブトリックに何気に大ネタが放り込まれているのも見逃せない。そして、これらをちゃんと成立させていのはまぎれもない筆力だ。
『新世界』が崩壊するシーンのカタルシスの無さが素晴らしい。

バラバラに切断された死体と極上のステーキを出すレストラン、という見えみえな組み合わせも楽しいし、お約束なドタバタもむしろ不可欠なものに思える。
衝撃力では前2作に譲るものの、完成度や造り込みは職人的な一冊、でありました。