2011-03-21

John Valenti / Anything You Want


ジョン・ヴァレンティ、1976年リリースのファーストアルバム。
白いスティーヴィー・ワンダー、とはよく言ったもの。この人のヴォーカル、特にテンション高い歌唱がそっくりで、発声や唄いまわし、果てはフェイクや間投詞の入れ方など相当意識しているね(曲によっては、あまり似てないものもあるのだが)。

サウンドのほうでもクラヴィネットを使うなど聴いていて思わず顔が綻ぶところがありますが、全体的な印象は結構コンテンポラリーな西海岸ポップスというところ。当然、本家のような思わず神棚に上げて拝んでしまいそうな密室的な空気感も皆無で、まあ、それは親しみ易さ、ということでもあるのだけれど。

曲によってはちょっとシンガーソングライターっぽいテイストも感じられて、トッド・ラングレンやギルバート・オーサリヴァンを思わせる瞬間もあるかな。
とにかく、アルバム全体が前向きで元気な調子で統一されていて、気持ち良く流していられます(ただ、2曲のカバーではそれが合っておらず、裏目に出ているとは思う。多くのヴァージョンがある "Time After Time" やジャッキー・ウィルスンの "Higher And Higher" のカバーの中で、このアレンジを好んで聴くという人はそういないのでは。オリジナル曲の出来がいいだけに、惜しい気がする)。

まあ間違ってもプロパーなソウルファン向けでないのは確かですが、弛みなく良く出来たポップソウルのアルバムじゃないでしょうか。
個人的に気に入ったのは "I Wrote This Song For You" という鍵盤オリエンテッドな曲。瑞々しさや繊細なニュアンス滲むメロディは、日本人好みですな。

2011-03-16

Lou Reed / Rock and Roll Heart


オペラとかバレエは好きじゃない
最新のフランス映画ってやつ ちんぷんかんぷんだね
俺は無口な男 だって あんまり賢いわけじゃないし
けどね 奥深くには ロックンロール・ハートを持っているんだ


ルー・リードがアリスタに移籍して出した一枚目のアルバム、1976年リリース。
サックスや鍵盤が大きくフューチャーされたやや軽目のサウンドはFMラジオ向きなんだろうけど、グラムロック的という見方もできるかな。
シンプルで無駄を削ぎ落としたロック、を期待するとハズレだが、弾力性のある演奏ではあって、特にドラムが上手い。キラキラしたピアノはなんだかブルース・スプリングスティーンみたいだ。
インスト曲がひとつ入ってるけれど、ゆったりとしたフュージョン風であって、さながらクロスオーバー・イレブンの世界であります。

一曲目の "I Believe In Love" などはジャジーでしなやか、洒落た大人のシティポップで。 あのルー・リードが、ねえ!? また、気持ち良さそうに唄ってるのな、これが。 けど純粋に曲としては、意外と良く出来てるんだよね。サビの展開とかさ。 問題は、らしくもないぜ(@木村健吾)ということだ。
ピアノのコード連打が聞ける "Banging On My Drum" はタイトルのフレーズを連呼しているだけなのだけれど、直情性よりもオールディーズ趣味の方が強く伝わってくるか。
弾丸を撃ち続けているような "Follow The Leader" と、逆にリラックスした4ビートの "A Sheltered Life" は両方ともヴェルヴェット・アンダーグラウンド期からのナンバーのようでありますが、違和感なく収まっています。
ルー・リードならではの都会性とサウンドがうまく調和しているのは "Vicious Circle" "Temporary Thing" あたりかな。 特に後者は、別れる相手に対してさんざん悪態をついているだけという曲なんだけれど、わけのわからん凄みがある。


タイトル曲 "Rock and Roll Heart" の歌詞は説明しすぎなような、描写じゃなくて。
ラジオの音楽に合わせて踊りだす少女の情景、をくっきりと浮かび上がらせるヴェルヴェッツのあの曲とは対照的で。

メッセージとかその手のものは好きじゃない
そういうこと言うやつらは よそに行ってくれないか
俺は無口な男 馬鹿なのは判っているから
けどね 奥深くには ロックンロール・ハートを持っているんだ
そうさ 心のずっと奥には ロックンロール・ハートがある

でも、力強い言葉が聞きたいときには、この不器用なまでのまっすぐさこそが何より頼もしい。

2011-03-13

アガサ・クリスティー「アクロイド殺し」


再読なのだが。若い時分に一度読んだきりであって、結末は勿論はっきりと覚えてはいたけれども、そこに至る細部については全然でした。

この作品はポアロものとしては三番目の長編に当たるのだけれど、それまでの二長編といくつかの短編でもって、そろそろ読者にも馴染みが出来つつあったろうポアロとヘイスティングズの掛け合い、というスタイルがここでは見られない。そういう意味でも意欲作ではあるよね。

さて、根幹になるネタを知った状態で読んでみると、えっ!? と思うような、現代の作家なら絶対やらないだろう恐ろしく大胆な伏線が引いてあって、驚き。丸見えではないか。
また物語後半、ポアロが「ある男のことを考えてみましょう――ごくありふれた男です」と犯人でありうる人物の心理を分析するシーンは、真相を知って読むからこそどきどきさせられるな。

作品全体、ほのかにユーモアを漂わせてもいて、むしろ明るい雰囲気なのだけれど、それが犯人告発のシーンで一転。キリキリと息詰るサスペンスが素晴らしく、消去法によるポアロの推理はいつにも増して迫力があります。それまで小説内の誰かに向かって話していたのが、いきなり読者であるこちらを向いて指差された、そんな感覚すら覚えましたよ。

ところで『アクロイド殺し』、原題は "The Murder of Roger Ackroyd"。散文的というかセンスの感じられないネーミングだよね、これ。後のミステリ史には大きな影響を与えた作品であるけれど、発表された当時、何の予備知識もなくこの題名を見た人はどんな印象を持っただろう。
そして読み終わったあとには、この犯罪実話風のタイトルが実は必然だったことが分かるのだな。凄いね。

2011-03-09

The Mohawks / The "Champ"


英国を代表するオルガン使いのひとり、アラン・ホークショウが1968年にPamaというレーベルからリリースした、モホークス名義での唯一のアルバム。
誰それがサンプリングした、とか、ヨーロッパあたりのレア盤を多く再発してる会社から出た、なんて理由でそれほど大したことないブツが「幻のナントカ」なんて呼ばれる、そんな冗談にはもう食傷気味でありますが。
いや、こいつは格好いい。

イージー・リスニング系の仕事でも知られるホークショウ、ラウンジファンの間では "Girl In A Sportscar" が人気ですか。このアルバム「The "Champ"」は有名なタイトル曲の他にも、ソウルのヒット曲のカバーなど、ちょっとルーズながらファンキーで実に気持ちが良い演奏です。走り廻るオルガンと野太いベース、タイトなドラムの組み合わせは繰り返し聴いていたくなる。Pamaがスカやブルー・ビートのレーベルであったことを反映してか、それっぽい乗りの曲もあり。

ホークショウ自身の手になるオリジナルも4曲入っているのだけれど、そちらはジャジーなフレーズや滑らかなメロディにセンスを感じさせるもの。これらの曲は実は、ホークショウがライブラリー・レコード用に録音してあったストックを流用したものであるとか。そういえば、演奏もそれらのほうがシャープな感触であります。

アラン・ホークショウ本人はこのアルバムについて、さっさと仕上げたルーティン・ワークのひとつだ、という風にコメントしていまして。つまりは特に思い入れも無い、ただの雇われ仕事。
いや、大量生産されるが故の高品質、ということか(逆説だか正論だか分からないが)。

イージー・リスニングとソウルインストの狭間を行き、MG’sの英国流解釈ともいえる音は流石の一言。往時のセッション・ミュージシャンの実力、とくと聴きやがれ、てんだ。

2011-03-06

アントニイ・バークリー「第二の銃声」


再読、の筈なのだが全然内容を覚えてなかった。

扱われているのは犯罪劇のさなかに本物の殺人事件が起こるという趣向で、前提からして虚実が混ざっているわけですな。さらに小説としては、最大の被疑者による手記という体裁であって、眉に唾して読むのが当然の態度でしょう。いや、仮にかの人物が潔白であっても、その視点には真相を見えにくくするバイアスがかかっているのは疑いのないところ。
などと思いながら読み進めていくと、物語の半分にさしかかったところで早くも、
「もし私の試みが成功しているとすれば、この段階で読者は誰の指が引き金を引いたか、完全に知ったことと思う」
「(私は)死の執行者が誰であったかについては、完全な知識をすでに得ている」
読者への挑戦めいた記述が。さすがはバークリイ、こちらの予断の軽く上を行くね。果たしてその「死の執行者」は誰なのか。いや、その推理はそもそも正しいのか。

小説前半はじりじりとしたサスペンスに支配されていますが、中ほどになって我らが名探偵、ロジャー・シェリンガムが召喚されると雰囲気が目に見えて軽くなる、軽くなる。
大詰めの犯人告発の場面にすら喜劇的要素を盛り込むのは、この作者ならではでしょうか。

さて、謎解きとして、ですが。
物証に頼らない、とする推理作法と抜群のテクニックにより、いくらでも話はひっくり返すことが可能なように思えるのだけれど、バークリイの作品をいくつも読んでくると、そのパターンに慣れてしまうことは否めない(皮肉な結末すら想定の範囲内だ)。そうすると、今度は推理の説得力が弱いような気がしてくる。
それでも充分に面白い作品として成立しているのは結局、小説としてのうまさや構成力によるのだろうな。

『第二の銃声』では作品のコンセプトに、この作者らしさが上手く嵌っているように思いましたよ。綺麗に決まったときのバークリイは、そりゃもう、大したものです。

2011-03-05

Dave Stewart & Barbara Gaskin / Broken Records - The Singles


スチュワート&ガスキンが1980年代前半にリリースしたシングル6枚分を収めた、日本編集盤。
前半にシングルA面であったカバー曲、後半にB面のオリジナル曲が収められているが、単純にリリース順ではなく一枚のアルバムとしての流れを考えて並べられているのが嬉しい。
実はシンセが多く使われているポップスはあんまり得意じゃない。だから僕の聴く音楽は'70年代前半で止まっているのだが。

やっぱりシングルA面曲がいいです。楽曲を各要素にまでいったん還元して、それらを自分たちのスタイルでもって磨き上げ、一から再構築していくという印象。もはやカバーというより、翻訳のような行為だ。
冒頭の "I'm In A Different World" が一番、凄いな。コーラスの絡み方にソウル的な甘さは残しているものの恐ろしくアク抜きされており、フォー・トップスのヴァージョンとはまったく別物。そう言われなければ同じ曲とは思わないだろう。メロディ、コードともに改変されている上、オリジナルでは数回繰り返される大サビを一度だけにし、ブリッジ化したことで曲が分かり易くなっている。
"It's My Party" はさすがにレスリー・ゴアのほうがいいと思うけれど、芝居がかった歌・演奏ともになんだかやりすぎ寸前。語りまで入ってます。
ロックンロールを可憐なガールポップに仕立てた "Johnny Rocco" にほのかに感じられるレトロ風味や、バーバラ・ガスキンのレンディションが素晴らしいディズニーの挿入歌 "Siamese Cat Song" のエキゾチシズムも良いな。一曲のなかでも次々に様相が変化していくさまはファンタジックであり。
そして、ミュージカルの "Busy Doing Nothing" に至ってはコーラスごとにアレンジが変わり、繰り返しが無いという手の込みよう。

さて、後半のオリジナル曲となると、ユーモア成分が減少して、アレ?という感じです。ま、まあB面だものね。楽曲自体は悪くないんだけれどインストゥルメンタルの比重が高く、そうなってくるとどうしても音に違和感があって。それはシンセだけでなく、その時代の音として(シモンズのドラムとかねー)聴いていて落ち着かない気持ちになってしまう。
そんな中では牧歌的な "Henry And James" が風通しが良くコンパクトで、ほっとさせられます。

遊び心溢れる仕掛け満載の、家内製人工ポップな一枚。サウンドのほうはともかくとして、注ぎ込まれたアイディアの数々は古びていない、かな?

2011-02-27

ジャック・リッチー「カーデュラ探偵社」


「超人的な力と鋭い頭脳で難事件を解決する、黒服の私立探偵。ただし営業事件は夜間のみ。その正体は―」
特異な名探偵、カーデュラものの短編は全部で8作しか発表されていないようで、それを「全作収録した世界初の完全版〈カーデュラの事件簿〉」ということです。個々の作品は全て既訳があるものだけれど、それがまとまったことに価値があるのでしょう。実際、これはひとつひとつ単独で読むより面白いと思います。

クールな一人称で語りながらもユーモラス。そして、ちょっとした気付きから意外な解決へとたどり着くという、ミステリとしての出来も上々で、ひとつとして落ちるものがないのは大したもの。
もっと読みたい、となるのは当然でありますが。そもそも、思っても見ないような意外なオチが身上であるのがこの作者で、それがシリーズ探偵ものとなると縛りがかかり書きにくいと想像され。さらに、どの作品もミステリとしての捻りの中にカーデュラの特異な設定をうまく生かしたものになっているので、マンネリを避けようとすれば量産は利かないものだったのでしょう。

カーデュラものだけだと200ページにも満たないためか、後半にはノンシリーズの短編5作が収録されています。どれも奇妙な設定のクライムストーリーで、ジャック・リッチーという作家のショーケースになっているのでは。

ワン・アンド・オンリーの個性をたたえながら、肩の凝らない軽い読み物に仕上がっているのが素晴らしい。洒落ていて上質のエンターテイメントとはこのことなり。