2012-11-02
Ray Terrace / Home Of Boogaloo
1968年リリースの、ニューヨーク出身のティンバレス奏者による、まろやかで楽しいブーガルー・アルバム。
演奏パーソネルのクレジットが無いのですが、基本的な編成はパーカッション、ベース、鍵盤に管が2本という割合シンプルなもの。その上に曲によってはヴォーカルが入ったり、インストではリード楽器がプラスされているといった程度なのだけど、ミックスが良いせいか物足りない感じはしないな。
アレンジを担当しているマーティ・シェラーは、モンゴ・サンタマリアやハーヴェイ・アヴァーン・ダズンも手がけていますが、それらと比べてもゆるめのサウンドです。
収録曲のうち、ヴォーカル/コーラスが乗ったものではポップなソウル色が強くなっていて、特にフランキー・ヴァリのヒット曲 "I Make A Fool Of Myself" は、原曲の洒落た味わいを残しつつも男性的な仕上がりが格好良い。フォー・シーズンズの持つラテン感覚を再確認させてくれる、これは良いカバー。
その他、"Listen To Me" はノーザンソウル風であるし、女性コーラスによる "You've Been Talking ´Bout Me Baby" は昭和歌謡を思わせる哀愁メロが悪くない。
一方でインスト曲のほうではラテン寄りのものが多いのですが、それらもコテコテのものではなくラウンジ仕様といったらいいか、クールでコンパクトな仕上がり。あまりラテンに馴染みがないひとでも取っ付きやすいのではないかな。
だらだらした休日の昼下がりなんかに良く合いそうな感じですな。
2012-10-27
エドモンド・ハミルトン「フェッセンデンの宇宙」
日本独自に編まれた短編集で、純粋なSFに限らず、ファンタジーや奇妙な味風のものまであって、分かりやすいお話が並んでいます。
中心になっているアイディアには、後にさんざん手垢をつけられてしまうものが多いのは仕方がないところですが、シンプルな形で提出されたそれらはプリミティヴがゆえの迫力のあるもの。むしろ、プロット部分でのひねり方に今となっては予想が付く部分が多く、時代的な限界を感じるかな。
全体に、簡潔な描写で異世界のイメージを喚起する力が素晴らしく、情感部分での肉付けがしっかりされていることもあいまって、充分に読めるものになっているかと。
印象に残った作品をいくつか。
「向こうはどんなところだい?」 地球に帰還した火星探検隊員は、亡くなった同僚の遺族たちに会う約束をしてしまった。だが、本当のことを話せるだろうか?仲間たちは過酷な環境の下、まるで虫けらのように死んでいったのだ。
読んでいてどうしたって火星と戦場を重ねてしまう、苦く、とてもアメリカらしい小説だと思う。
「凶運の彗星」 彗星接近と、それによって引き起こされた地球での異変の描写が迫力があって良かった。ただ、その現象の背後にあった意図が明らかになった後の展開は窮屈かな。
「翼を持つ男」 突然変異を扱った一編。何ということはない話ではあるが、寓意にとらわれず、ただ数奇な運命を描いただけの物語は美しい。結末は、そうでなくっちゃねえ、という感じ。
「太陽の炎」 宇宙探査局を辞めて地球に戻ってきた男。水星で見た何が彼を絶望させたのか。
異世界の燃え上がるようなイメージが素晴らしい。それだけに理に落ちたような締め方がちょっと残念。
「夢見る者の世界」 ザールという異界に住むジョタン族の王子、カール・カン。豪胆で快活な彼の生活には奇妙な秘密があった。
いきなりの意外な展開による掴みがいい。活劇の迫力も充分だし、結末も決まった。個人的にはこの作品がベストかな。
2012-10-24
アガサ・クリスティー「メソポタミヤの殺人」
1936年発表のポアロ物長編。イラクの遺跡調査隊を舞台にした物語で、クリスティの旦那が考古学者であったことを反映しているとかなんとかはまあどうでもいいや。
ある看護婦によって書かれた手記、という体裁を取っていまして。
「汽車のなかではよく眠れず、汽車のなかではよく眠れない体質なので、嫌な夢を見た。」
妙な文章だが。素人が書いた、ということでこうなっているのでしょうか。
命の危険を訴えている美しい夫人、しかしそれは虚言ではないのか? 最初はじわじわと不安を掻き立てていくのね、と思っていると急に一撃、ここら辺のチェンジ・オブ・ペースの呼吸は流石。
現場の状況はクローズド・サークルのようであるし(建屋の見取り図も挿入されている)、外部犯であれば不可能犯罪になる。ポアロは例によって人間性の謎を追っていくのだが。
真相はよくあるトリックを抜けぬけと使いながら、盲点を突くものになっている。だが、ポアロ自身が言うように物証が無い上に、伏線も少ないためちょっとカタルシスに欠けるし、唐突な印象すらある。その他、犯罪計画に色々と無理なところも目に付いて。意外性は充分なだけに詰めの甘さが惜しい。
ミステリとして面白いところはあるんですが、展開がちとルーティンワークっぽいかな。
クリスティ版旅情ミステリと思って読むべきだったか。
2012-10-22
大山誠一郎「密室蒐集家」
『アルファベット・パズラーズ』『仮面幻双曲』と、戦前の探偵小説家を思わせる世界感の作品をものしてきた大山誠一郎。その新作は密室殺人を扱った短編集です。
「あの、密室蒐集家ってどなたですか」
「いわゆる『密室の殺人』が起きると、どこからともなく現れて解決すると言われている謎の人物や」
ユーモア交じりでも何でもなく、大真面目な会話だ。この作者のものを今まで読んだことがなくて、これが受け入れられない人は向いてないかも。リアリティ? 人間を描く? 物語性?――いやいや、スッカスカだよ、潔いほどに。
手掛かりが全て提示されたら、すぐに謎解きが始まってしまう。小説家としての成熟を犠牲にして維持され続けたアマチュアリズム、これこそが魅力だ。
密室の趣向が一つ一つ違うのは当然として、密室状況が存在するという事実そのものに特別な効果を持たせたものもあって、なかなかに(ミステリとしては)現代的。
そして何より盲点を突き、いつのまにか倒錯の域へとずれていくロジック、その異様さが素晴らしい。本当は探偵が作者の代弁者で無い限りはそこまで断定できるはずがないのだけれど、短編としてなら成立しているというスタイルで。推理とともに事件の構図が反転していくスリルもたまらんねえ。
個人的なベストは「少年と少女の密室」かな。あるトリックの意外な使い方が新本格テイストで嬉しくなってしまった。
ゴリゴリのパズラーを読む喜び、ここにあり。
2012-10-21
Little Beaver / Party Down
マイアミのギタリスト/シンガー、1974年リリースのサードアルバム。
ゆったりとしたテンポに乗せて展開されるジャジーな和声感、メロウさを強調する鍵盤にブルージーでしなやかなギターの絡み。都会的な感覚といなたさの絶妙なバランスはマイアミ、という地ならではか。
リトル・ビーヴァーのヴォーカルは悪くないものの、本人が自分で思っているほどはうまくない、といった感じ。味のある声ではあります。
冒頭のタイトル曲 "Party Down" が群を抜いて素晴らしい。ざわめきによる演出も効果的に、パーティの終わり、というタイトル通りの雰囲気が描き出される。湿度を感じさせながらけだるくも心地いいサウンド。リトル・ビーヴァーの唄もここでは哀愁たっぷり、見事に決まった。
続く同曲の (Part Two) はインストヴァージョンで、高音を絞ったような丸みのあるギターが控えめにリードを取る。バックトラックだけでもずっと聴いていられそうな、いいグルーヴです。
他では "I Can Dig It Baby" が同じようにメロウながら、しっかりしたファンクとしても仕上がっていて、これも凄く好み。
最後に語りも入って、徹底してロマンティックに迫った "Let's Stick Together" でアルバムが締められると、いかにも軽いようでありながら後味は強く残る音楽だ、ということに気付かされる。一枚通して聴いても30分ちょっと、という短さも実はちょうどいいのかも。
2012-10-19
Donovan / The Hurdy Gurdy Man
1968年リリース。ドノヴァンがミッキー・モストと組んだアルバムの中ではこれが一番好きかな。
すっきりとして風通しがいいんですよ。これ以前にはまだ、陰鬱なフォークソング、ごてごてした管弦を背負った弾き語り曲なんかが幅を利かせていたのだけれど。このアルバムはなんか吹っ切れているようで、ドラムの入った曲の比率がだいぶ多くなっていますし、色々とポップな味付けはされていても整理がいいというか、それまでと比較して少ない工夫で大きな効果が上がっているという感じで。
冒頭に置かれた "Hurdy Gurdy Man" なんか、メロディだけ取ると展開に乏しい鼻歌みたいなもんですが、この曲にヒット性がある、と考えたミッキー・モストは偉かったんだ。エッジを効かせたバンドサウンドやタンブーラ、エコー処理でもってポップソングになっているのだから、本当、プロダクションの勝利ですよねえ。
もう一つのシングル "Jennifer Juniper" も童謡のような曲に、柔らかで控えめな管弦がちょうどいい塩梅です。
その他には、ジャジーなものやカリビアン風メロディ、もろインドかぶれの曲などあってヴァラエティにも欠きませんが、全体に軽やかな仕上がりが好ましい。
そして、アルバム終盤には穏やかで優しいアコースティックな手触りのものが並んでいて、流れも良いですね。
アルバム「Sunshine Superman」だけ聴いて、なんか古臭いなあ、眠くなってくるなあ、なんて思ったひとには試していただきたいな、と。
あと、現行CDのボーナストラックの中には「Greatest Hits」(1969年)のために再録された "Colours" と "Catch The Wind" も入っているのだけれど、これらも素晴らしく、当時のドノヴァン&モスト組の充実ぶりが伝わってきます。特に "Colours" は小船に揺られながら川を下っているような雰囲気がとても良くって、ニック・ドレイクを思わせるところもありますね。
2012-10-14
パトリック・クェンティン「俳優パズル」
パズルシリーズの第二作です。この作品は昔、旧訳で読んだことがあるのだけれど、そのときはあまり印象に残らなかったのだな。エラリー・クイーンの「国名シリーズ」の向こうを張った「パズルシリーズ」だと聞いていたので、さぞや凄いパズラーだろうと期待していたのがいけなかったか。
病気からの回復を果たしたピーター・ダルース。演劇プロデューサーとしての復帰をかけた舞台のリハーサルはしかし、最初からトラブル続き。ひとくせある俳優たちに、曰くある劇場。幽霊が目撃され、悪意ある何者かからの脅迫めいたメッセージが見つかる。そして、ついに死者までもが。
とにかく凄くテンポがいい。次々に過去の因縁や、意外な人物の繋がり、奇妙な謎が掘り起こされていきだれることが無い。そういった事件の解決に対する興味と同時に、舞台の成功を脅かすサスペンスが進行することでぐいぐい引き込まれて、まさに巻を措くあたわず。
また、ダルースをめぐる状態はかなり悲観的なんだけど、軽味を失っていないところも良いです。
そして、レンツ博士の古典的な名探偵ぶりは前作『迷走パズル』と比べてもずっと際立っていて。物語の進行に伴い、不可解な謎をひとつひとつ解いていく姿は堂々たるものです。
それでも事件全体を貫くものが明らかにされないまま迎えるクライマックス、このプレゼンテーションが実に鮮やか。ドラマ部分と謎解きがぴたり、と嵌った格好良さはグレイト!、のひと言。
大トリックや精緻なロジックはありませんが、非常にうまく組み立てられたミステリでした。面白かった。
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