2014-02-23

アガサ・クリスティー「動く指」


買ったぜ、Kindle Paperwhite。紙の本より見易い、ということは絶対に無い。だけれど扱い勝手がいいのは確か。重さは厚めの文庫本くらいで、片手でも読めるし、置いた状態でも読める。ライト内臓なので暗がりでも・・・というわけ。

それよりクリスティだな。1942年のジェーン・マープルもの長編です。

作品の語り手は負傷した軍人であるジェリー、彼は療養のために妹のジョアナとともに田舎町に家を借りて住み始めた。特に波乱の無い日常が続くに思えたある日、二人に対する根も葉もない中傷を綴った、匿名の差出人からの手紙を受け取る。そのうちに判ったのだが、実は町中の人たちも同じような手紙を受け取っているようなのだ。何の根拠もないような中傷、だが、それが偶々真実を突いてしまうことがあったら? そして悲劇が起こった。

具体的な事件が起これば警察は動き出すし、ロンドンからも警部が呼ばれますが、何人かの疑わしい人間はいるものの、証拠といえるものは挙がらない。ジェリーは自分の見聞きしたことの中で、いくつか引っ掛かることがあるようなのだけれど。
謎解きと同時に「みにくいアヒルの子」的ロマンスも平行しながら物語は進みます。ここいら辺、調子よく読める一方、ミステリ的にはやや軽い感じであります。

終盤(Kindleだと残りページがよくわからないな)まで来て、ようやくミス・マープルが召喚されると、話を聞いただけで事件を解決に導いていく。全体に漂う煙幕を整理し、ごくシンプルな事件の骨格を提示していく手際がお見事。まさに名探偵、という感じ。
特に「被害者のもとに匿名の手紙はどのように届けられたのか?」という疑問に対する回答が実にスマート。僕はこういうのが好きでミステリを読んでいるのだな。

見かけの物語の裏側で実は別のお話が進行してました、というのはクリスティの得意としていたところであるけれども、今作ではそれを犯人の計画の中に落とし込むことで、古典的な探偵小説らしい稚気を獲得した、という感じかな。
軽量級ですが、しっかりと構成された作品でした。

ところでKindle版って、文庫巻末の解説が付いていないのね。

2014-02-09

フィリップ・K・ディック「時は乱れて」


〈火星人はどこへ?〉コンテストの常勝者、レイグル・ガム。今日まで二年間にわたって全国チャンピオンの座をキープ。コンテストが始まって以来、最長の記録。

退役軍人のレイグルは新聞の懸賞クイズをずっと当て続けることで高額の収入や名声を得てきた。だが、その代償として彼の精神は疲弊していく。やがて現実に小さな違和感を覚えるようになっていき・・・・・・。

1959年に発表された長編で、サンリオSF文庫から出ていたものの改訳決定版、だそうです。
舞台は作品が発表された当時の米国のようである。作中ではアイゼンハワー大統領や歌手、俳優などリアルタイムの著名人たちに触れられていて、つまりはこの小説は非常に現実に近いところから始まっていくわけです。ディック独特の奇妙なガジェットが活躍する機会もなく、まずは世界への(そして自分自身への)懐疑を抱いていく過程がじっくりと描かれていきます。

やがて新聞の懸賞、なんて大したこと無さそうなものがとんでもないところへと結びついていく。中盤よりそのヒントらしきものが大胆にばら撒かれていき、登場人物たちも大きく動き始めます。俄然、サスペンスが盛り上がり、頁を繰る手も止まらなくなる。

テーマとなっているのはこの作家お馴染みのものでありますが、今作はプロットが緊密、アイディアも分かり易く提示されています。それゆえ、真実が分かったとき、それまで見せられていた世界が変質していく、この仕掛けが抜群に効いてくるのです。つまりは面白いぞ、と。

ディックらしさと娯楽性が両立した上、完成度も高い作品であります。初めてのひとでもこれなら大丈夫かと。

2014-02-08

Lexia / Lexia (eponymous title)


フランス出身のコンポーザー/アレンジャーであるジョン・レクシアと男女のシンガーによる三人組、レクシア。彼らが1972年に米MGMよりリリースした唯一のアルバムで、おそらくLA制作。
所謂レア・グルーヴ界隈で話題になった作品だそうで、なるほどファンキーなものやジャジーな味付けも感じられますが、全体としてはとても素敵なサンシャインポップのアルバムですよ。

人気曲 "Good Morning To You" や "Lovelight" は聴いていて胸躍る、実にキャッチーで華やかな仕上がりでありますが、その他も佳曲揃い。作曲は全てジョン・レクシアによるもので、'60年代的なフックが効いた良いメロディが多いのですね。
そしてサウンドはというと、管弦を豪奢に使いながらもシャープな手触りのもので、格好良い。アレンジも細やか、曲調を多彩に変化させていくところはボブ・ドロウが手がけたスパンキー&アワ・ギャングを彷彿させます。また、ミュージカル的な展開の曲ではさながらフィフス・ディメンションのよう。
唄のほうは女声リードが良いです。張りがあって伸びやか、でもしつこくない美声であって。対して男声のほう(このひとが歌詞を書いているのですが)はやや地味かな。しっとりした曲には合っているけれど。

'60年代後半のLAポップの流れを汲みつつ、ソウルミュージックの要素をプラスした感じ、と言ったらいいか。洗練を感じさせる好盤だと思います。

2014-02-03

カーター・ディクスン「殺人者と恐喝者」


催眠術の実演中、意識の無い被験者を道具にした殺人が起こった。だが、おもちゃであった凶器を本物と摩り替えることは誰にも出きなかっはず。この不可能状況に対して、自伝を口述中のヘンリ・メリヴェール卿が立ち上がった。

相当に難度の高そうな事件である一方、怪奇色は無いのでお話はすっきり、すらすらと読み進めてしまえる。誰にも犯行が不可能だったように見えるのなら、誰が犯人であっても不思議は無い。つまりはどうやって犯罪を実行できたのか? の一点勝負。
ミステリらしい雰囲気は充分な上にコミック・リリーフも冴え、いやあ面白いよ。終盤までは。

真相は大胆かつ衝撃的なものでありますが。
不可能トリックはアレだし、伏線も弱い。
また、もうひとつ、大きな錯誤を仕掛けているのだけれど、うーむ。大抵の読者は当該箇所にひっかかりを覚えつつも、読み進めるうちにそのことを忘れてしまうでしょう。
しかし、この犯人の末路はなかなかに凄いな。

そもそも、どこまでが本気でどこからが冗談なのかが分かりにくいのですが、まあ、ファンなら愉快に読める豪快な作品です。
なお麻耶雄嵩の解説はネタを割った上でのもので、ミスリードの作法など実作者らしい視点が面白かった。

2014-02-02

Timmy Thomas / Why Can't We Live Together


1972年リリース、寒い季節になると聴きたくなるアルバム。昨年、英BBRからリイシューされまして、シングル曲/ヴァージョン3トラックのボーナス追加です。
ブックレットにはティミー・トーマス本人のコメントが盛り込まれているのですが、それによれば、よく「プリミティヴなリズム・ボックスを使用して」などと書かれているのは正確ではなく、あれはオルガンのオプション機能を使ったものだそう。レコーディングはオルガンとヴォーカルのみで行なわれたわけで、つまりあのサウンドは(スライの「Flesh!」のように)密室的な、あるいは宅録的なスタジオワークによるものというよりは、日頃ライヴで演っていたスタイルをそのまま持ち込んだもののよう。ちょっと認識を改めましたよ。

さて、そのシンプルな演奏はまるでデモのようでチープといえばそうなのですが、生々しさにも繋がっています。弾き語りに近いためアレンジが限定されているのは確かなものの、オルガンが多様な演奏でフォローすることによってアルバム一枚聴かせるものになっているかと。フットベースもくっきりと録られていますしね。
2曲含まれたインストも幅を出すのに貢献していて。"The First Time I Saw Your Face" ではメロディーを生かしながらじっくりと、逆に "Funky Me" はアルバム中唯一テンポ早めで、アグレッシヴな曲調。
また、どうしてもユニークなサウンドの方に気がいってしまいますが、唄のほうもしっかりしたもので。ボーナス収録の "People Are Changin'" を聴くと若干田舎臭い感じも受けるのですが、アルバム本編では良い感じの抑制が利いたものになっています。

改めて聴いてみて気付いたのですが、収録されているオリジナル曲は全て社会的メッセージを持つものなのですね。にもかかわらず、全体に漂うレイドバックした感覚が魅力かな。

2014-01-26

Squeeze / Cosi Fan Tutti Frutti


スクイーズのアルバムというと、よく挙げられるのが「East Side Story」(1981年)ですが、個人的には最初の解散・再結成後からの「Cosi Fan Tutti Frutti」('85年)、「Babylon and On」('87年)、「Frank」('89年)辺りの方が好みであります。
以前からあったいかにも英国らしい捻りの利いたセンスに加えて、ソウルミュージックの要素が強まることで、音楽がより懐の深いものになっているように思うのです。そして、そのソウル的な要素を肉体化・消化するのに大きく貢献しているのが新たに加入したベーシスト、キース・ウィルキンソンではなかったかな。

しかし、こう書いてきて何だが、この「Cosi Fan Tutti Frutti」というアルバム、サウンド面ではいささか微妙なところがあって。プロデューサーのロリー・レイサムが原因かもしれないけれど、シンセの多用やドラムの音作りなど、ごてごてしていて、どうしたって時代を感じさせられる。
(モーツァルトとリトル・リチャードを掛け合わせたタイトルが象徴するような)スクイーズの他のアルバムには無いドラマティックなスケール感を実現してはいるのだが、バンドとしての姿が見えにくくなっているのも事実。

その一方で、彼らならではのポップソングはもうなんか、練り込まれ過ぎて凄いところまで到達しているように思う。オープナーの "Big Beng" はそもそも曲のキーがよくわからないし、終止感はどこに行ったのか、という。スモーキー・ロビンソンからのビートルズ、というメロディの変化といい、まさに爛熟の感。
他の曲でもアルバムいちキャッチーな "King George Street" やクリス・ディフォードの唄う "Break My Heart" などは、曲展開のねじれがエライことになっているにもかかわらず自然に聴かせてしまうだから、大したものだ。

決してスクイーズのベストの作品ではないとは思うのだけれど、ファンにとっては重要な一枚ではあることよね。偏愛、ちゅうか。

2014-01-20

Lou Courtney / I'm In Need Of Love


ルー・コートニーというシンガー/ソングライターの1974年、Epicからのアルバム。プロデュースはコートニーとジェリー・ラゴヴォイ。ラゴヴォイというと'60年代のニューヨーク・ディープ・ソウルにおける功労者、という存在なのだけれど、この作品は時代を反映した都会的でメロウなソウルです。

収録されている全曲がコートニー本人によるオリジナルで、これが良いメロディ揃い。転調を多用する作風のようで、それが曲に意外な奥行きをもたらしています。ちょっと展開が読めないものもあって、"Since I First Laid Eyes On You" なんて曲、僕はグレン・ティルブルックを連想しましたよ。
サウンドのほうはスウィートなものもファンキーなものもやり過ぎず、濃過ぎずの加減がちょうどいい塩梅で。その風通しの良さが展開をはらんだメロディを生かすように、うまく作用していますね。特に "I Don't Need Nobody Else" がクールで格好良いミディアムに仕上がっていて、ジョニー・ブリストルをも思わせます。
また、コートニーのボーカルはマーヴィン・ゲイ・フォロワーという趣のもの。本家ほどの強烈な色気こそありませんが、軽快なバックとの相性は申し分なし。

このひとは'60年代半ばから裏方としても活動していたようで、そのせいか、とても丁寧に作られているような印象です。
個性は控えめながら、その分、繰り返し聴くことで魅力が深まっていくような一枚かと。