2014-06-21

The Zombies / R.I.P.


米Varese Sarabandeよりのリマスターです。まあ、4枚組の「Zombie Heaven」を持っていればいらないかもですが。今回のリリースでは元々意図されていた曲順・ミックスのものを採用した、ということであります。

ざっとおさらい。
ゾンビーズというグループはセカンドアルバム「Odessey and Oracle」(1968年)がリリースされるころには解散していました。しかしアメリカでシングル "Time of the Season" が大ヒットしたことで、レコード会社から新作を求められます。それを受けてコンポーザーであったロッド・アージェントとクリス・ワイト、この二人が中心になってアルバムが制作されました。それが「R.I.P.」というわけ。ゾンビたちよ、安らかに眠れ。けれど、ここからの先行シングルがさっぱり当たらず、結局このアルバム自体はお蔵入りになってしまいます。
このときの曲は後に「Time Of The Zombies」(僕がはじめて買ったゾンビーズのレコードでもあります)をはじめとするいくつかのコンピレーションで日の目をみることになります。そして、1997年に出された「Zombie Heaven」において、このお蔵入りになったアルバムの曲は初めて一箇所にまとめられました。

さて、収録されているのは個人的にもよく聴いてきた曲ばかりなのですが、アルバムというかたちで意識して接したことがなかったのですね。
そのアナログA面に当たる前半部分は、ロッドとクリスが後にアージェントに参加するミュージシャンらと作り上げた新録からなります。「Odessey and Oracle」はいってみれば「Sgt. Pepper~」の時代の音であって、非常に細やかに作りこまれた作品だったわけですが、ここでは同じように麗しいサウンドでありながらもっとシンプルに曲を聴かせるものになっている気がします。それにしても一曲目が "She Loves The Way They Love Her" というのは少し意外な感じ。1968年の音でブリティッシュ・ビートを演りなおしてみた、という印象で。ボーカルのラインやバックコーラスに強く漂うR&B感覚が洒落てますね。
そして、B面=アルバム後半はデッカ時代の未発表曲にオーバーダブを施すことでアップデイトしたものが中心になっています。元が古いマテリアルのせいかビート・グループ然としたものが多く、曲によってはエネルギーを感じさせる演奏とエレガントな装飾がミスマッチなものもあるかも。それにしてもここまで完成度を上げたのは大したものだ。

また、今回ボーナストラックとしてモノミックスが4曲追加、3つのシングル用ミックスのうち "Don't Cry For Me" は初CD化だそう。また、"Smokey Day" は未発表ミックスであって、スタジオチャットも入ったこれは、正規ヴァージョンより生々しい仕上がりになっていますよ。

2014-06-15

アガサ・クリスティー「ホロー荘の殺人」


アンカテル夫妻の住むホロー荘、そこには何人かの親類縁者が訪れていた。そして、近くに別荘を借りていたエルキュール・ポアロも昼食の招待を受ける。ホロー荘の中庭に案内されたポアロ、その目の前には血を流して倒れている男と、拳銃を持って呆然とする女が。

1946年発表、エルキュール・ポアロものとしては4年ぶりの長編。原題の "The Hollow" は事件の舞台となる邸宅の名であり、同時に「(精神的な)うつろさ」という作品のキーワードでもあります。
事件に至るまでの人々の心理を書き込むことがミステリとしての仕掛けに繋がっていたのがこの時期のクリスティ長編ですが、この作品では結構早い段階で事件が起こる。そして、犯人は明らかなように見えたのだが、決め手が無い。
やがて中盤に至り、事件の様相をひっくり返すような証拠が挙がってくるのだが。

この作品、中期エラリー・クイーンと共通するセンスがそこかしこから感じられるのだな。まず、大まかなプロットの流れがそうだし。死にかけている男が一番生きいきとしていて、その他の人物はどこかうつろである、という倒錯や、凶器を巡る奇妙な謎(クリスティは物証に関する議論はあまりがっちりとはやらないけれど)。何より、ルーシー・アンカテルというキャラクターが凄くクイーン的だ。

正直なところ、謎解き小説としてはやや物足りないかも。意外性の演出はあるものの伏線の妙は控えめ。ポアロの存在もうまく生きていないようで、ちょっと精彩に欠けるよう。
一方で、人間性をしっかりと掘り下げることで、よく出来たドラマにはなっていると思います。事件が解決し、ポアロが退場した後の章がこれまでのクリスティにはなかったような展開を見せ、感動的です。

死と生を見事に照らし出した、意欲的なミステリだ(と言い切ってみよう)。

2014-06-02

パトリック・クェンティン「女郎蜘蛛」


クェンティンのピーター&アイリス・ダルース夫妻シリーズというのは、窮地に巻き込まれたピーターがなんとかそこから脱する為に事件の謎を解く、というのが基本的な設定であって。純粋に謎解きだけ、もしくはサスペンスだけを取り出してみると中途半端ということになりかねない。両者の相乗効果が魅力となっているのですね。
本作『女郎蜘蛛』はプロットが単純化されていて、そういった構造が非常にわかり易い。


妻であるアイリスが海外にいる間に、ピーター・ダルースは作家志望の娘ナニーと知り合う。その境遇に対する同情も手伝って、自分が仕事に出ている時間は自由に使っていい、と彼女にアパートの鍵を渡してしまいます。数週間後、帰国したアイリスとともにアパートに戻ると、寝室にナニーの死体が。

ピーターはせめてアイリスの信用だけは失いたくないと思い、独自に事態の収拾に動き出すのものの、どんどん状況は悪化していきます。その過程で、実はナニーが思ってもみなかったような人間だったことが明らかになっていくのですが、これがピーター自身にしか理解できず、誰にも共感されないために、精神的にも孤立していきます。
後半に入り、ついには殺人事件の犯人として逮捕されるのも時間の問題となって、ピーターが腹をくくって動き出すと、次々に情報が繋がっていく。ここら辺りの展開は結構ご都合主義なのですが、それによって事件の様相そのものが次々に変化していくので、白けずに引き込まれていく。

結末近くになると、この作家ならではの盛り上がりが待っております。特に凄いトリックなどないのですが、真相やそこに至る手掛かりが非常に効果的なタイミングで提示されるのですな。人物の出し入れもオーソドックスなんだけれど巧いね。

人間性の謎を扱いながら冗長にならず、実に締まった仕上がり。凄い傑作、なんて思いませんが、存分に愉しめました。

2014-06-01

John Lennon / Walls and Bridges


1974年リリース作。一番よく聴いたジョンのアルバムがこれ。個人的にはシリアス過ぎる表現というのは好きではない。辛気臭い曲に鹿爪らしく聴き入るのではなく、素直に「あ~、つまんねえなあ」と言えるようなほうがいい。
「Walls and Bridges」では、制作時期にヨーコと離れていたせいか、社会的メッセージや抽象的なテーマが前面に出ることなく、ごく個人的な感情を唄った曲が多い。だから取っ付き易いというか、わりに気楽に聴ける。

収録曲の中でも出来のいいものは本当にいい。シングルヒットした "Whatever Gets You Thru The Night" は古いスタイルのロックンロールなんだけれど、単に狂騒的にはならず押し引きを心得た仕上がりになったのはエルトン・ジョンのおかげかもしれない。
同じくシングルになった "#9 Dream" はひとつ間違えれば化粧品のCMに使われてしまいそうな曲であるけれど、サイケデリアを単純化したようなストリングスの使い方が乱暴で、けれどこれがジョンらしい。
そして、"Nobody Loves You (When You're Down and Out)" はアルバムのなかでは一番シニカルで暗い内容の曲だが、大げさなアレンジを施すことで生々しさよりあっさりとした苦味が残るようになったと思う。ジェシ・エド・デイヴィスも実によく分かったギターを聴かせますな。

また、全体から感じられるのはソウル・ミュージックの影響で(ジョンがアン・ピーブルズのライヴを見に行ったりしていたのもこの頃のよう)。演奏しているのがお馴染みのメンツが中心なので、あくまでジョン流ソウルの範囲なんだけれど、特にそれが強くでているのが "Bless You" ではないか。アルバム中最もメロウであり、サウンド志向が押し進められた一曲であります。
ソウルインスト "Beef Jerky" はいい演奏だが、これだけ取り出せば、どってことない。しかしアルバムの流れの中では、すごく効いているのだな。

でもって、最近になって見直したのがオープナーの "Going Down On Love"。メロウと激しさの間を行き来する歌声は色気充分。ちょっとしたスキャットやファルセット混じりのハーモニーボーカルがたまらない。腐っても鯛。そう、確かにもう腐ってはいたのだけれど。

2014-05-25

Donald Byrd / Fancy Free


ドナルド・バード、1969年発表作。ジャケットのイメージそのまま、生々しさが希薄で浮遊感溢れるサウンドを聴かせてくれます。
エレピを弾いているデューク・ピアソンがプロデューサーも兼ねているのだけれど、アルバム全体の印象を決定付けているのも彼の演奏のようだ。

収録曲ではなんといっても冒頭のタイトル曲 "Fancy Free" が抜群。なんだろう、このエレピのコードの響きは。テーマ部分ではフルートによるメロディも良いのだけれど、このエレピに管が重なったハーモニーが豊かで、凄く気持ちがいい。曲の間じゅう、ずっと鳴り続ける早いパッセージのパーカッションも効いている。ここまでサウンド構築がなされていれば、ソロなんていらないのではないか。ひたすら浸っていたい12分だ。
続く "I Love the Girl" はリリカルなメロディが染み入る優美なスロウ。唄ごころを感じさせるソロも良いですが、しっかりとアレンジされたエンディングが実に端整。

アナログではB面にあたる後半2曲はソウルジャズといってよいものであるけれど、普通ならオルガンでやりそうな演奏をエレピで押し通しているせいか、どこかアク抜きされたようなレイドバックした空気に支配されています。

古い皮袋に新しい酒を入れたようなところはあるのでしょうが、個人的にはジャズらしい骨格を残したところに頼もしさを感じる一枚。

2014-05-24

フィリップ・K・ディック「ヴァリス〔新訳版〕」


『ヴァリス』なあ、う~ん。
この作品は大昔に読んで、ひとつも面白くなかったのだなあ。今回もパスしようかと思っていたのだが、旧いのは誤訳が多かったという話を聞いて、じゃあ、と。もう、死ぬまでに二度と読み返すこともないだろうし、くらいのつもりで。

物語は三人称で始まります。視点人物は神の啓示を受けたホースラヴァー・ファットという男なんだけれど、文章がやけに饒舌かつ説明的であり、ひとつのエピソードの間に、その何年か後に起こった事柄などが差し挟まれ、なかなか飲み込みにくい。そもそもこの地の文は誰によるものなのか、というと実はファット自身である。彼が、かつて自分に起きた出来事を振り返る形で客観的に書いている、という設定らしい。しかし、そう説明されて間もなく、作中では語り手とファットが独立した別々のキャラクターとして振舞い始めます。
こう書くと時系列やアイデンティティの混乱など、ラテンアメリカ文学っぽいな。物語としても、あまりSFという感じはしないのだ。いかにしてファットの脳内で妄想が育まれていったのか、がひたすら説明(描写ではない)されていく。ここら辺りは正直、退屈です。
全体の半ばを過ぎたあたりで「ヴァリス」という存在がようやく登場。そこからやっとSFというかディックらしい陰謀論的なテーマが展開され始めます。

あいつは自分の宗教的な生活や目的と、自分の感情的な生活や目的を完全にブレンドさせていた。あいつにとって「救済者」というのは「失われた友だち」の象徴だった。

作者の実体験を盛り込むことで、現実と妄想の混交が強烈な作品にはなっているのですが、エンターテイメント小説としては余りに頭でっかちでイメージに乏しいのは否めないところ。
ただ、感動的な場面もありましたし、結末には『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』に近い感触を覚えました。まあ、だから読んでよかったのかな? ディック入門には絶対に勧めませんが。

2014-05-11

アガサ・クリスティー「忘られぬ死」


美しき妻、ローズマリーが自らの誕生パーティの席で自殺してから一年。だが、あれは殺人だったのではないか? 夫・ジョージは苦悩した末に、パーティに参加した6人を再び集め、真犯人を見つけだすことを決意する。

1945年発表作。『忘られぬ死』は米題で、英国ではクリスティの原案である "Sparkling Cyanide(泡立つ青酸カリ)" という、直接的なタイトルで出されました。
設定の大枠はポアロもの短編「黄色いアイリス」と共通するものが使われています。また、いわゆる回想の殺人を扱ったものとして『五匹の子豚』を思わせる構成もあるのですが、更にそこからの展開が待っています。

今作はノンシリーズ長編ではありますが、『茶色の服の男』やポアロものにも顔を出していたことのあるレイス大佐が登場、大きな役割を果たしています。
「レイス大佐は世間話があまり得意ではなかったが、あるいは旧世代の小説家たちに愛されていた強くて口数の少ない男の典型を気取っていたのかもしれない」という描写からはクリスティの男性作家観みたいなものが伺えて面白い。

肝心のミステリとしての出来ですが、これはグレイト、もう文句無しにグレイト。
犯人はどのようにしてグラスに毒を入れたのか? カーなら飛び切りの不可能犯罪に仕立て上げるところを、クリスティはフーダニットと絡めることによって大きな驚きを生み出すことに成功しています。
意外でありながらすっきりとした解決は冴えているし、印象的な伏線の数々も抜群。クリスティのある得意技が、ここではあざとさがなく実にスマートに決まっているのだな。

大して有名じゃない作品だと思っていたので嬉しい驚きでした。
クラシック・ミステリのニッチな発掘ものより、こういうのを読んでいたいよ、僕は。