2019-05-19

エラリー・クイーン「Xの悲劇」


新訳クイーン、前回に予告されていたのは『シャム双子の謎』だったのに。また『X』か、と思ったのだが角川の越前訳が出てから既に十年経っているのね。

もはや読むのが何度目くらいかわからなくなっているのだが、面白かった。これよこれ、という感じ。こちらの読み方が歳を追うにつれて変化している分、新しい発見もあった。
注目していたのは探偵エラリーでは描けなかった、奇抜な個性を持つヒーローとしてのふるまい。それにしてもドルリー・レーンの王様っぷりよ。現実世界でも大舞台で主役を張ってみたい、という。本人は否定しているものの、事件を演出するために話を引っ張っている、犯人も被害者もレーンによって泳がされている、そういう感が残る。特にダイイングメッセージはレーンがいなければ無かったはずの謎であり、そのことについては少し満足気にも見える。これに味をしめて、後のシリーズ作では更に事件への介入を強めていくというのは満更うがち過ぎでもないだろう。

物語には勿論、古臭い要素はある。しかし、ミステリとしての構造、姿勢の美しさはちょっとやそっとじゃ揺るがない。こういうきちっ、としたパズルストーリーをもっと読みたいのよ。
たとえば第一の殺人、ある物証で一気に容疑者が絞られてしまう流れなど、実に格好いい。この時点で既に明らかだったのだ、レーンははったりをかましていたわけではないのだよ、というね。

2019-05-02

The Californians & Friends / Early Morning Sun: 60s Harmony Pop Produced By Irving Martin


最近'60年代のニッチなポップスをリイシューしている豪Teensvilleから出た、これはちょっと凄いコンピレイション。ごく一部のひとにとっては待望のものではないでしょうか。
カリフォーニアンズというグループはその名に反してイギリスのグループで、ビーチ・ボーイズ的な西海岸ポップを標榜していたよう。この盤には彼らが1967~69年に出した全シングル16曲に加えて、プロデューサーのアーヴィング・マーティンが手掛けた他のミュージシャンの曲が14曲収録されております。
なお、音質の方はぼちぼち止まりですね。板起しが多そうなのは仕方がないとしても、音圧がちょっと高過ぎるかと。


さてカリフォーニアンズ、音楽のほうは後期アイヴィー・リーグやホワイト・プレインズ、あるいはハーモニー・グラスあたりも思わせる、いかにも英国産のハーモニー・ポップ。
楽曲は殆どがカヴァーです。スパンキー&アワ・ギャング、ハプニングス、カウシルズ等々、米国ものでは本家と比べると少し抜け切らず、ウェットな感じが残るのは英国製の常ですね。英国内のヒット曲ではフォーチュンズの "You've Got Your Trouble" やクリフ・リチャードの "Congratulations" なんてやっていますが、いずれもしっかりとしたプロダクションと気合の入ったコーラスが楽しく、お手軽に作られたものではありません。しかし、聴き物はむしろ非有名曲のほうですね。中でもセンスのいい管の使い方やサビ前のリッチなコーラスが素晴らしい "What Love Can Do"、A&Mレコードあたりを意識しているようなラウンジ風ボサノヴァ "The Sound" が特に気に入りました。
ともかく三年ほどの間、全く売れなかったのにもかかわらず、音楽性にさほどブレがないし、創作意欲が落ちていないのは大したものです。もっとも、アーヴィン・マーティンというプロデューサーはヒットシングルをひとつも作っていないようなのですが。


カリフォーニアンズ以外の収録曲もそこそこいいのが揃っております。ポール・クレイグの "Midnight Girl" はジョン・カーターの書いた佳曲だし、ファインダーズ・キーパーズの "Friday Kind Of Monday" はエリー・グリニッチの曲で、こちらもいい出来です。あと、女性シンガーがいたロイヤルティというグループのものが5曲あって、これも悪くない。ペパーミント・レインボウやロジャー・ニコルズ&SCOFの曲などほぼコピーに近いのだが、しっかりしたものだ。


全体に良質な英国産ポップスが楽しめる一枚であります。トニー・マコウリィやクック&グリーナウェイが関わっていたグループのファンなら気に入るのではないでしょうか。

2019-04-30

A・A・ミルン「赤い館の秘密」


ギリンガムはまた低く笑い声をあげ、ベヴァリーの腕を取った。「きみって、じつにすばらしい相棒だよ、ビル。きみとわたしとでなら、なんでもできそうだ」
池はさえざえとした月の光をあびて、日中よりも荘厳なたたずまいを見せている。池を見下ろせる小高い丘の斜面をおおっている木々は、謎めいた沈黙を守っている。世界には、ギリンガムとベヴァリーのふたりしかいないような気になる。

新訳版です。1921年の作品ですから、クリスティもデビューして間もないくらいの頃になります。
作風としてはまっとうなパズル・ストーリーといっていいでしょう。他分野で名を成した作家による唯一の推理長編ということで、いかにもアマチュア的な楽しさが横溢。その一方で、ジャンル・プロパーの手による作品と比べるとバランスに妙なところが見られます。

扱っているのはカントリーハウスでの殺人なのだが、屋敷の滞在者たちは事件が起こって早々に帰宅が許されてしまい、以後は物語に顔を出さない。
また、事件発生当初より後は警察による捜査の描写が殆どなく、その進捗が知らされることもありません。ゆえに素人探偵とワトソンのディスカッションによってお話は展開されます。
どうもねえ、この作者は嫌なやつ、生々しく不愉快な場面を描くのを極力、避けていたのではないかという気がするのですよ。それがいいことなのか悪いことなのかは判りませんが。

ミステリの構成としては最初に事件があって、あとは調査・推理が繰り返されるのみなのですが、これが意外にも読みでがある。探偵ギリンガムは新しい事実が判明する度に、もったいぶらず自分の考えを打ち明けるので、局面の変化がダイナミックに現れていきます。推理自体の複雑さもなかなか、どうして、いいじゃないですか。
ただしその分、最終的な解決場面が薄くなってしまっています。真相自体が(今となっては)意外性のないもの。誤導に乏しいのも痛いところ。

欠点も挙げてきましたが、純粋に物語るのが巧いし、魅力的な場面もある。ユーモアも利いている。それらは推理小説としての面白さではないのかもしれないけれど。

2019-04-22

フラン・オブライエン「ドーキー古文書」


アイルランドはダブリンの海岸近くにある町、ドーキー。そこでミックは化学者にして宗教学者のド・セルビィという紳士と知り合う。ド・セルビィは時間の流れを司る発明に成功、さらには地球上の生命体を絶滅させる研究を進めているという。はじめのうち半信半疑だったミックであったが、およそ信じ難いような体験をさせられ、密かにド・セルビィの人類滅亡計画を妨害することを決心する。


1964年作品。白水社からは同じ作者の『第三の警官』『スウィム・トゥー・バーズにて』も出されているが、それらよりもかなり後になって書かれた作品だそうであります。

設定は非常に相当に出鱈目で楽しいものだ。なにしろ、物語はじめから『第三の警官』の影のヒーローであったド・セルビィの登場となれば、期待してしまうのだが。枝葉の多いぐだぐだしたやりとりと、どこかのんびりした展開で、なかなか盛り上がらない。宗教談義が多いのも、わたしにはピンとこなかった。
物語後半に入るとジェイムズ・ジョイスそのひとまでが現れるのだが、さて。

ユーモラスな要素には事欠かないものの、なにしろオフビート。お役所に勤める主人公は人類の危機に接している筈なのに、日が落ちたら残りは全て後日に、といった風情であります。いくつかの大問題の往く末も実に間の抜けた、エンターテイメントの常道を予想して読んでいたら唖然とさせられる処理であります。

およそファンタスティックな要素が最後にはうっちゃられ、居酒屋にてみんなで良い気分。定型的なドラマツルギーの拒否が逆に痛快、非日常をおちょくっているようなそんな物語でありました。

2019-04-14

Curtis Mayfield / Keep On Keeping On: Studio Albums 1970-1974


今年Rhinoからリリースされた、カーティス・メイフィールドの4枚組。中身はオリジナル・アルバム「Curtis」、「Roots」、「Back To The World」、そして「Sweet Exorcist」のリマスター。ボーナス・トラックは収録されていないし、ブックレットもついていない簡素なつくりです。
タイトルが「Studio Albums 1970-1974」なので二種類のライヴ盤は入っていません。「Super Fly」が入っていないのもサントラだからかな。しかし、「Got To find A Way」も1974年のアルバムなのだがな。残りのカタログもいずれ、まとまったかたちで出してくれるというのならいいのだけれど、どうも内容量には不満です。


音のほうはさすがにRhino、ちゃんとしています。特に「Back To The World」と「Sweet Exorcist」はおそらく、まともなソースからのリマスターは世界初ではないでしょうか(カーティスの遺族によれば、英Charlyが出しているのはブートレグだ、とのこと)。この二枚だけでも価値はあるのでは。


「Sweet Exorcist」は1974年にリリースされたアルバム。それまでと比較すると、派手さの無い落ち着いたサウンドで、管弦も使われているのだがやや控えめ。その分、基調となるグルーヴや微妙なアレンジを聞かせるものになっているのだが、曲によってはいささかベースがうるさくて、それが軽快さを損なっている印象も受けます。

それぞれの曲は丁寧に作られていて、特にアルバム前半の流れが凄く良く出来ている。
中でもメロウなタイトル曲 "Sweet Exorcist" ではボーカルの重なり具合など、繊細なアレンジが凄く好みです。
また、アナログA面最後に当たる "Power To The People" のポジティヴな曲調はアルバム中で一番コマーシャルかも。クラヴィネットが印象的です。

シングルになったファンク、"Kung Fu" にはブラックスプロイテーション的なアレンジの管弦が施されているが、主役はあくまでグルーヴだ。しかし、ちょっと硬派すぎるかも知れんね。
ドニー・ハサウェイとの共作、"Suffer" は元々1969年に出されたホリー・マクスウェルという女性シンガーのシングル曲。スロウでも微妙にリズムが跳ねているのがシカゴ流儀かしら。

時代に向き合うためによりオーソドックス、もしくはカジュアルな表現を取り入れ、それを独自のスタイルとブレンドする試行錯誤。それが重さになることもあれば、感動的な表現に結びつくこともある、そんな感じ。

2019-03-24

Rupture / Israel Suite/Dominante En Bleu


1973年、カナダ人ドラマーが中心となってフランスで制作したアルバム。オリジナルは少数枚のプライヴェート・プレスだったそうなのだが、権利関係がややこしいことになっているようで、Discogsのレヴュー欄ではリイシュー会社同士でやりあっていて何だか。

肝心の内容の方ですが、大雑把にいうと歌物のヨーロピアン・ジャズ・ファンク。深いエコーが特徴的で、クールなエレピが気持ちよく、スタンダップベースの太い響きも効いている。そこにブラジル的でメロウなメロディが乗っかる。歌詞はフランス語なり。

アナログではA面全体を占める "Israel Suite" は18分余に及ぶ組曲。フュージョンというかジャズロックって感じの演奏はキメもあればフリーでアブストラクトなソロもあるし、オーセンテイックなピアノトリオのようなパートもある。さまざまな局面を見せながら、しかし、歌の部分がしっかりとポップソングで、終盤には結構ドラマティックに盛り上がる。初めて聴いたときはピンとこなかったのだが、この展開を飲み込んでからは良くなってきた。

アルバム後半はコンパクトでわかりやすいものが5曲並んでいる。
ボーカルパートが少ない "Alice Aux Miroirs" は丸っきりフュージョンといって差し支えないものであるし、一方でアコースティック・ピアノが使われた叙情的スロウ、"Entre Ses Cils" はシンガーソングライターものを聴いているようである。
それらの中でも "Mes Histoires Bleues" は疾走感あるジャズファンクで、そこにメランコリックなメロディがはまっている。よく転がるエレピも気持ち良く、どれか一曲というと、これが一番格好いいかな。

クールで都会的なジャズファンクをベースにしながらメロウなポップであり、結果としてプログレとシティ・ポップを縦断してしまっているようでもある。おしゃれフレンチというにはちょっと尖り過ぎていますが、そこもかっちょいい。
しかし、特定のジャンル・プロパーのひとは受け付けないかも知れんね。節操の無いリスナー向けという気はします。

2019-03-09

R・オースティン・フリーマン「キャッツ・アイ」


1923年作品でソーンダイク博士もの。
宝石「キャッツ・アイ」を狙った強盗殺人があり、その犯人たちのひとりを目撃した女性の命も狙われる、というお話。

読み物としては流石に古風です。その中でも大きいのは過去の因縁話と現代の事件を絡めるやり方ですね。ロマンといえばそうなんだけれど、そのセンスからは前時代的な印象を受けます。クリスティ以前、ドイルの時代というね。
また、ヒロインが危険に晒される場面やロマンス部分など型にはまったものでしかないように思いました。物語中盤あたりはだれてしまって、なかなか読み進める気にならなかったのが正直なところ。

一方、ミステリと面はとてもしっかり作られています。ロジックの飛躍には乏しいものの、手掛かりの圧倒的な量もあいまって、こうでしかないという説得力があります。さりげない伏線ではなく、はっきりとした証拠ばかりとあって、力強い。特に物語の序盤に示された手掛かりが決定的な意味を持っていた、というのは個人的にしびれるところであります。
また、フーダニットとしてはたしかに意外性はないけれど、犯人の属性には十分に意外性を考慮した(この時代としては、ですが)ものであると思います。

現在の感覚からすると冗長なのですが、まあクラシック作品を読むようなひとは、むしろそこを愛でるのかな。
実の詰まった力作ではないかと。