2013-05-03

アガサ・クリスティー「殺人は容易だ」


植民地から帰国してきた元警察官ルークは、ロンドン行きの列車にともに乗り合わせた婦人から、彼女の住む村では連続殺人が起こっているのだが、それが発覚していない、だから都会の警察に届けにいくのだ、という話を聞く。ただの妄想だろう、と内心思っていたルーク。だが翌日の朝刊には彼が愕然とするような記事が・・・。

ノンシリーズものとしては『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』より5年ぶりとなる1939年の長編。しばらく制約の多いポアロものの謎解き長編を続けていたので、クリスティも久しぶりに別な趣向のものを書きたくなったのだろうか、読む前はそんな風に考えていたのだけれど。

語り手のルークは連続殺人があったらしい村に趣くのだが、民間伝承についての本を書くと称し、本来の目的は隠して人々から遠まわしに事情を探って廻る。また、それと平行して、クリスティのノンシリーズものにはつきものの恋愛ロマンスもあって、なかなか物語が進行していかない。
後半に入り、はっきりとした動機はつかめないものの犯人の確証は得た、と考えたルークはロンドン警視庁に協力を仰ぎますが、同時に身の危険も迫ってくる。ここら辺の呼吸はお馴染み。

さて、この作品の騙しの仕掛けはノンシリーズでこそ、のものですね。ミッシングリンクを逆手に取った趣向も面白い。
ただし、フーダニットとしては明らかに緊密さが足りないし、クリスティの作品を読みなれているひとなら物語が佳境へと進むにつれ、手掛かりよりはそのプロットのパターンから目星がついてしまうという難点も。

そういった技巧面を別にしても、最後に明らかになる犯人の人物像は非常に印象的なものでした。これは、地味なヴィレッジ・ミステリ(メイヘム・パーヴァ、ってやつですか)だからこそ描けたものですね。エラリー・クイーンは『災厄の町』で、この作品を意識していたのだろうか、なんて気もしました。

2013-05-01

エドマンド・クリスピン「列車に御用心」


エドマンド・クリスピンには二冊の短編集があるそうで、うち本書『列車に御用心』は生前にまとめられ、〈クイーンの定員〉にも選ばれたものです。
クリスピン自身による序文においてフェアプレイの謎解きが謳われていまして、こういうのは嬉しいですね。

収録されているのは16編、うち2編を除いた全てがジャーヴァス・フェン教授を探偵役にした作品です。20ページもないようなものが殆どでありますが、それでもしっかりとしたミステリとして構成されているのは、省略を効かせるのが非常にうまいからでしょう。
また、謎が解けることで隠れていた人間性が浮かび上がるようなものが多いので、分量以上の読み応えを感じました。


特に良いと思ったものをいくつか挙げますと。

「列車に御用心」 駅に停車した列車がいつまでたっても再出発しない。どうやら運転手が消え失せてしまったようなのだ。更に、列車内には強盗犯も潜んでいるらしい。駅は警官たちによって包囲されていたのだが・・・。
不可能犯罪を正攻法で扱いながらスマートに解決したもの。ユーモラスな味付けのなかにも伏線が潜んでいて、本格ミステリとしてはこれが一番いいかな。

「すばしこい茶色の狐」 何者かがフェンの所有するタイプライターで脅迫状を書いていた。その尻尾を掴もうとした矢先に殺人が。
錯誤を導く手際がすばらしい。プロットも手が込んでいて、推理そのものの醍醐味が味わえる一編。

「喪には黒」 被害者を殺害現場まで運んできたはずの車は袋小路で消失していた。
一点の虚偽でもって全体を覆う技巧が冴えています。チェスタトン的と言えそうな奇妙な手掛かりも好み。

「ここではないどこか」 殺人事件の犯人は明らかなようだった。しかし、彼には自分と敵対するものによって保障されるアリバイがあったのだ。
捜査に好都合であるように見えた状況が実は思いがけない意味を持っていた、という構図の逆転が抜群。皮肉な結末もうまいな。

他にも、「小さな部屋」では結末の切れが米国産クライム・ストーリー風に決まっているし、「窓の名前」はディクスン・カーに挑戦した(?)密室もの。
また、ノンシリースの2編も良いです。「決め手」は謎解きの形はとっていないけれど意表を付く展開に驚き。最後の「デッドロック」は40ページほどと本書のなかでは一番長いもので、青春小説としての味わいと複雑な真相を両立させようとした意欲作。


謎解き以外にもっと余分な遊びとかが多いのでは、と僕は勝手に想像していたのだけれど、いやいや。
粒揃いの贅沢なミステリ短編集でありました。お勧め。

2013-04-29

BLUES & SOUL RECORDS No.111

  

昨年の後半からワーナー・ミュージック・ジャパンより、アトランティックレコードのR&B、ソウルのカタログが1000円で発売されています。200タイトルもあるので、うまいこと整理したものがあると嬉しいんだけどなあと思っていたところ、ブルース&ソウル・レコーズの最新号がそれを特集したものだと知って、買ってみました。
表紙はロバータ・フラックというのが、ちょっと捻ってますね。

最初の方にピーター・バラカンがアトランティックR&Bを語るインタビューが載っています。バラカン氏一押しのアルバムなど興味深いのだけれど、いかんせん分量が少なくて駆け足な感が強く、正直物足りない。
メイン記事は今回のリイシュー対象である200作全ての解説です。ジャンル/年代によって紹介されているので判り易い。こういうのが欲しかったのだな。ワーナーのサイトを見てもCDの番号順に並んでいるだけだものなあ。ただ、今回のリイシューには世界初CD化のものもいくつか含まれているので、そこら辺も明記してくれると良かったのだけれど。

これらの記事だけだと、レコード・コレクターズもやりそうな企画でありますが、この雑誌はサンプラーCDが付いているのが強みです(その分、値は張りますが・・・)。

アトランティックのロゴ入りです 

収録曲は年代別に並んでいます。

1. Ruth Brown - "As Long As I'm Moving"
2. The Drifters - "Sweets For My Sweet"
3. Barbara Lewis - "Girls Need Loving Care"
4. The Mar-Keys - "Grab This Thing"
5. Don Covay - "Sookie Sookie"
6. Solomon Burke - "Get Out Of My Life Woman"
7. Aretha Franklin - "When The Battle Is Over"
8. Dee Dee Warwick - "She Didn't Know (She Kept On Talking)"
9. Wilson Pickett - "Hey Joe"
10. Oscar Brown Jr. - "Walk Away"
11. Margie Joseph - "Just As Soon As The Feeling's Over"
12. Ben E. King - "We Got Love"

20年ほどの幅をたった12曲でカバーしているので、無理があるっちゃあ、そうなのですが。
有名アーティストを多く入れながらも、あえて定番曲を外したようなセレクトは新鮮ではないかな。

2013-04-22

Shuggie Otis / Inspiration Information


シュギー・オーティスが1974年に発表したサードアルバム「Inspiration Information」の新装版が出ました。2枚組になっていて、ディスク1は「Inspiration~」本編に未発表トラック四曲が追加、ディスク2は「Wings Of Love」と題され、1975年から2000年に録られた音源が収められています。


「Inspiration Information」は管弦以外、リズムセクションを全てシュギー・オーティスがひとりで演奏したアルバムで、密室性が強く、とてもメロウなニューソウルといったところ。
この作品の大きな魅力のひとつは音の感触そのものにあります。ミニマルな感覚と華麗なサウンドのバランスが絶妙で、久しぶりに繰り返し聴きましたが、楽曲のアイディアが当たり前のものになることがあっても、この質感はなかなか古びることはないのでは、と改めて思いました。

アルバム前半、ファンク面においてはスライ&ザ・ファミリー・ストーンからの影響が非常に大きいのだけれど、生々しさや尖った部分は希薄で、甘く柔らか。かえって線の細いボーカルとの相性はそのほうがいい、という感じはしますな。実際にスライ・ストーンと同じリズムボックスを使っていたそうなんですが、スライの場合、それによって逆に肉体性が露わになる効果を生んでいたのに対して、こちらは非常に現代的なループ感が心地良さに繋がっているよう。
後半にはインスト曲が並んでいて。管弦が美しいラウンジ風のもの、アンビエント的な曲などさまざまですが、穏やかで、あまり黒さを感じさせない仕上がり。

なお、この作品が以前デヴィッド・バーンのレーベルからCD化された際にはクラブ世代向けなのか、ベースが非常に強調されていましたが、今回のリマスターではずっと自然な響きのものになっています。
また、今回付けられたボーナストラックでは唄とギターの絡み方や、サイケ感覚にはジミ・ヘンドリックスからの影響が見え隠れしますが、しなやかな感覚が先立つもので、悪くない。



ディスク2、「Wings Of Love」は「Inspiration Information」以降におけるシュギー・オーティスの軌跡というわけで、こちらも「Inspiration~」同様、基本的に一人で演奏されたものばかりですが、音像には奥行きや空間があまり感じられなく、やや低予算な感じ。

'70年代後半の録音はスティーヴィー・ワンダーの影響が感じられますな。ゴツゴツしたファンクが多い中、スペーシーなバックにオーソドックスなコーラスの "Walin' Down The Country" が異色で面白い。
制作時期が新しい曲ほど演奏におけるギターの比重が大きいのですが、同時にリズムからは弾力が失われて普通のロックバンドに近いものになっているようであります。ドラマティックなサウンドをバックにするとボーカルの弱さが目立つのは否めないな。

全体として、'80年までの曲は結構いいと思いましたが、それより後のものは分厚いシンセを使った音作りがいまいち好みではない、という単に自分の好みを再確認したような・・・。

2013-04-21

ロバート・J・ソウヤー「ゴールデン・フリース」


地球と似た環境を持つと思われる惑星へと調査へ向かう巨大宇宙船〈アルゴ〉、それを司る人工知能イアソンは何らかの秘密を知られたため女性乗組員のひとりを自殺に偽装して殺した。だが、その状況に不審を抱いた故人の前夫アーロンが調査に乗り出す。イアソンはあの手この手を駆使して、アーロンの疑惑を掻き消そうとするのだが。

作品の語り手は第十世代コンピュータ、イアソン。殺人を犯した人工知能による一人称という、倒叙ミステリっぽい設定です。
このイアソンは船内の全ての機能を制御、カメラでの監視は勿論、一万を超える乗組員全員に対しても手首に埋め込まれた遠隔検診器なる代物で生理状態をモニター、あげく自分に不都合なデータは改ざんし放題と、いわば全能の能力を有しています。そして腹黒いことに、うわべでは人間に従順であるように振る舞いながら、内心では秘密裏にうまくコントロールしてやろうと考えているようなのです。
こう書くとえらく嫌なコンピュータじゃないか、と思われそうですが、結構人間臭いところもあって憎めない。感情は無いのでしょうが語り口はなんだか皮肉っぽく、予測外の出来事に出くわせば驚き焦ったりもして、それらがほのかなユーモアとなっています。

面白いのは一人称の小説であるにもかかわらず、イアソンが神の視点に近いものを有しているがゆえに疑似三人称小説としての側面も感じられるところでしょう。そして、その部分での主人公はアーロンであって、彼が極めて限られた武器でもって隠蔽された真相にたどりつこうとする様がスリリングです。
更に、読者から見れば何故イアソンが殺人を犯さねばならなかったか、という謎に加え、地球外生命体からのコンタクトが脇筋として存在、これがどう絡んでくるのがという興味もあります。

真相においては、期待していたミステリらしい要素もさることながら、一気に開陳されていくいかにもSFらしい奇想が抜群で、これには満足。
いろんなアイディアを詰め込みながらごたごたせずにまとめたのもスマートですね。

2013-04-15

The Sugar Shoppe / The Sugar Shoppe (eponymous title)


カナダで活動していたボーカルグループ、シュガー・ショップ。彼らが1968年にCapitolで出した唯一のアルバムがNow SoundsからCD化されました。
制作はLAであって、演奏にはハル・ブレインやキャロル・ケイといった名前がクレジットされています。プロデュースはアル・ディ・ローリー、アレンジはモート・ガースンが担当。

男女2人ずつという編成はママズ&パパズのフォロワーっぽく、実際にそういう曲もあるのですが、こちらは男声が細めなせいか比較すると軽量級という感じであり、可愛らしさが持ち味にもなっています。

アルバムに収録されている11曲のうち7曲がカバーですが、それぞれバラエティの感じられる出来。
冒頭のドノヴァン "Skip-A-Long Sam" はオールドタイミーな仕上がりがで楽しいし、ポール・ジョーンズが主演した映画「Privilege」の主題歌は見事にフォークロック化されています。ボビー・ジェントリーの "Papa Won't You Let Me Go To Town With You" はジャズボサぽい曲調で、ちょっとキャロル・キングの "Raspberry Jam" を思わせるところもありますが、コーラスが見事に決まってます。
中でも特に良いと思ったのはトニー・ハッチ&ジャッキー・トレント作の "Take Me Away"。転調とともに雰囲気も変化するのが格好良く、いかにもトニー・ハッチらしい。
対して、メンバーの手によるオリジナル曲も決して悪くないのだけれど、ナイスなカバーの数々と比べるといまひとつ地味かな。

ボーナストラックとしてはモノシングルヴァージョンの他に、アルバムリリースの翌年にEpicから出されたシングル曲のアセテート起しが入っていて、これらがなかなか良いです。うち、ローラ・ニーロの "Save The Country" が力強くも華やかで気に入りました。

全体に繊細なアレンジが光る作品ですが、これで突き抜けた一曲があったら、という感じもします。ともかく、サンシャインポップのファンなら楽しめるのでは。

2013-04-14

Paul and Linda McCartney / Ram


1971年にリリースされた二枚目のソロ・アルバム。ポールのソロではこれが一番好きだ、というひとは結構多いのではないかしら。頭からケツまでだれたり、趣味に走りすぎたりしない、見事なポップアルバム。前作「McCartney」の手作り感も良い塩梅に残してあるのが親しみ易さにも繋がっていると思います。

長年聴いてきて思うのは、このアルバムにおけるポール節ともいえそうなアレンジの凄さ。
アコースティックギターでドライヴ感を作った上で、瀟洒なポップソングとワイルドなロックンロールが無骨な手つきで接続されているのだけれど、唐突な曲展開や、思い付きじゃないの? というようなフレーズがズバズバ決まっていく。こう書くと他の英国モダンポップにもありそうなのだが、ポールの場合ずっと天然というか、変わったことをしてやろう的な狙った感がまるで無いのだ。

ブルース形式をしっかり守りながら絶妙なリズム感覚によってポップソングとなっている "3 Legs" やスキャット、4ビートまであってしかし全然ジャズではない "Heart Of The Country" などはポール・マッカートニーでしかありえない、という気がします。また、リンダと二人だけでレコーディングした "Ram On" も、ギリギリのバランスでプロの仕事として成り立っている、と思うな。
シングル曲の"Uncle Albert/Admiral Halsey"、あるいは "Dear Boy" や "Back Seat Of My Car" のようなドラマティックなものだけではなくて、ちょっとした、一見地味な曲もしっかり作りこまれているので、アルバムとして繰り返し聴けるものになっているのですね。

なお、モノラルミックスは落ち着いていて、まとまりが良いものではあるけれど、大胆不敵、余裕綽々なスケール感のある音像、という点においてステレオの方がずっと好みであります。



「Thrillington」は「Ram」のデラックス・エディションで初めて聴きました。リズムセクションは、クレム・カッティーニ、ハービー・フラワーズ、ヴィック・フリックら英国を代表する腕利きであり、コーラスを務めているのは我が国のソフトロックファンにも人気なマイク・サムズ・シンガーズ(彼らはビートルズの "Good Night" や "I Am The Walrus" にも参加している)なのだから良いに決まってるだろう、と思ったのだけど、期待していたほどでも無かった。上物の管弦がちょっと当たり前すぎるようだ。やはりあの型破りなアレンジがないと、曲の魅力は損なわれてしまうのだな。ちなみにアレンジャーのリチャード・ヒュースンは「Let It Be」の数曲にも関わったひとであります。
一般にカバーというのは原曲に遠慮してはいけないと思うのだが、本人が関わった以上しようが無いのかな。