2013-06-22
ピーター・ディキンスン「生ける屍」
薬品会社に勤める科学者フォックスは、カリブ海の島に出向を命じられる。そこでは、はっきりと口に出すことは禁じられてはいるが魔術が信仰されている上、権力者は秘密警察を用いた独裁政治を強いていた。さらに、会社がフォックスに命じていた実験にも隠された目的があることが判明する。不愉快な状況に反発し、島から逃げ出そうとしたフォックスだが・・・。
真面目で融通の利かない主人公が不条理・悪夢的な世界に巻き込まれていくという、いかにも英国人が好きそうなお話です。設定にはSF的な要素も感じられるし、謀略小説風な展開もあります。
翻訳はサンリオ版と同じなのだろうか、主述の対応などわかりにくいところが多く、ちょい固め。それに負けずに読み続けていくと、中盤あたりからそれまで状況に翻弄されっぱなしだったフォックスが逆襲に打って出て、俄然娯楽小説らしくなってくる。
一方で、自然科学と魔術の対立、というのがひとつ大きなテーマとしてあるのだけれど、その境界をいつのまにか踏み越えていく展開がまるでラテンアメリカ小説を思わせます。
全編オフビートのようであり、なおかつ語り口は落ち着いていて、英国小説好きなら楽しめる作品でしょう。ただ、ジャンルにこだわるような読者には向いていないか。
2013-06-16
Van Dyke Parks / Songs Cycled
ヴァン・ダイク・パークスのニュー・アルバムは2011~12年に自主レーベルよりリリースしたシングルをまとめたもの。
制作時期や参加メンバーは曲ごとにバラバラなのだけれど、どれも唯一無二のヴァン・ダイクの音楽になっているのは確か。というか、なんだかとても濃いです。もう爺さんなのに全然枯れていないし、ポップスとしては明らかにトゥー・マッチ。
曲によっては音像がごちゃごちゃしていて、アイディア過多というか、複数のアレンジを同時に聴かされているような瞬間があります。オーケストラル・マッシュアップという趣も。何十回か聴いて、ようやくイメージをつかめてきたような気がしてきた。
音楽的には集大成といった感じで、実際に再演となる曲もあるのだけれど、聴いている間に、何度も過去のヴァン・ダイクの作品の断片が頭の中でオーヴァーラップしてきました。
ノスタルジックな心地よさ、あるいは優雅さや軽やかさは、むしろ過去の作品のほうが強かった。今作は美しくはあるけれど、同時に生々しさもあり、聞き流されることを拒否しているようである。そして、そのことが現代的であろうとするヴァン・ダイク・パークスの主張であるようにも感じられます。
2013-06-03
Michael Gately / Gately's Cafe
韓国Big Pinkより、マイケル・ゲイトリーが米Janusレーベルに残した2枚のアルバムがCD化されました。
このゲイトリーというひとについては、長門芳郎氏がアル・クーパーのライナーノーツで書いていたこと以外には何も判らないのだけれど、音楽の方はとても良いですね。ロマンティシズム溢れる都会的なポップスで。
ファーストアルバム「Gately's Cafe」(1972年)はアル・クーパーがプロデュースとアレンジを担当しており、その制作はクーパー自身の「A Possible Projection Of The Future/Childhood's End」と平行してイギリスで行なわれたそう(ただし唄入れはニューヨーク)。楽曲も2曲提供しており、BST時代の "I Can't Quit Her" のイントロが引用されるという遊びも。
クーパー作以外の曲は全てゲイトリーのオリジナルでありますが、これらがリリカルで良いメロディ揃い。ゲイトリー、見てくれは腹の上にギターを乗っけてサザンロックをやってそうな、むさい巨漢なのだけれど。ボーカルもウィスパーボイスやファルセット交じりのソフトな唄い口であります。コーラスも繊細で美しく、聴いていて、時に胸締め付けられるほど。
アルバム全体としてはクーパーの "New York City" 以降の作風をぐっとメロウにしたという印象です。更に、時に英国モダンポップっぽいテイストが入り混じり、これはたまらない。
同じ年に出たセカンド「Still 'Round」はゲイトリーのセルフプロデュースでニューヨーク録音。アレンジのバラエティが広がって、カントリー風のものやラテンっぽいものも入っていますが、メロウな曲の出来は変わらず素晴らしい。キーボードが強調されて、よりまろやかでコンテンポラリーな仕上がりかな。
個人的には「Gately's Cafe」のセンシティヴな感覚が気に入っていますが、いや、どちらも良いですよ。この美しい音楽が広く聴かれようになればなあ。
2013-06-02
アガサ・クリスティー「そして誰もいなくなった」
ふふふ。
僕にとってはミステリを積極的に読みはじめるきっかけとなった作品です。初読時の印象が凄すぎたため、逆に今まで再読することが出来なかったのだな。
今の版にはマシュー・プリチャードによる序文がついているのですが、これは後から読んだほうがいいかも。
あと、昔読んだときは事件の舞台が「インディアン島」だったのが「兵隊島」になっていますね。作中のマザー・グースの歌詞も変わってますな。まあ、もともとは「インディアン」ではなくて「ニガー」だったらしいので、かまわないといえばそうだけれど(ただ、カバーイラストが合わなくなるのだが)。
内容についてはいまさら説明することもないか。無駄が無く、力強い作品であります。
そして、古典に物足りない点を見出した後の人々は自らの改案を提示していったのだが、それらの手順の多くでは元にあった効果を弱めることになったり、あるいはごてごてしてしまってスマートさを削いでしまっているように思う。
更に言うとオリジナルは、子供っぽさや馬鹿馬鹿しさをすれすれのところで回避することに成功していると思うのだ。
基本的にはサスペンスといってよいのだけれど、再読することによって伏線もたっぷり盛り込まれていることに気付きました。基本にして完成形。
2013-06-01
The Beach Boys / Wild Honey
1967年のビーチ・ボーイズ、最後のモノラルミックスアルバム。
レコーディングはブライアン・ウィルソンの自宅スタジオで行なわれたそうで、それまでの複雑なものから、ぐっとシンプルな構成のものになっています。凝ったコーラスやアレンジは無いし、メンバー自身が中心となった小編成の演奏はときにチープさも感じられるのですが、それらが親しみやすさに繋がっているようでもあり。
サウンドにおいてはデッドな音処理が特徴的で、特にボーカルが生々しい。ミックスも随分ラフな感じ。
音楽的にはR&Bテイストの導入というのが挙げられまして、いくつかの曲ではカール・ウィルソンが気張った声を聴かせます。でもビーチ・ボーイズですから、全然黒くはならないし、軽い。サイケ時代の名残りみたいなところもある。んで、それがいい。チャーミングな味付けにとどまっているのが、かえってポップスとしてはいい塩梅かな。
そういった曲の中でのベストは "Darlin'" でしょうか。出来の良い曲はやはりしっかりとプロダクションが施されていますな。
個人的には "I'd Love Just Once to See You" のような穏やかな小品が好きです。ブライアン・ウィルソンのシンガーソングライター路線、と言ったらよいか。次作の「Friends」だと "Busy Doin' Nothin'" とかね。
いいメロディもそこそこ揃い、リラックスして、普段着の魅力をたたえた一枚だと思います。フレッシュで温かみのある、新しいビーチ・ボーイズの始まり。
2013-05-25
Walter Raim Concept / Endless Possibilities
ニューヨークのギタリストにしてアレンジャー、ワルター・ライムが米デッカ傘下にあったMTAというところから1970年に出したボーカル/コーラスアルバム。
間違ってもティーンエイジャーはターゲットではない、おそらくは少し歳を取ったポップスファン向けに制作されたであろう音楽。熱狂を誘うようなものではないが、聴くたびに感心させられる。柔らかな管弦は美しく、レンジの広い男女混成コーラスは奇抜なことは何もしていなくとも見事に絡み合う。また、それらの全体からジャズのセンスがそこはかとなく感じられるのもいい。
演奏のエネルギーが前面に出ることなく、スマートに設計された音像には、洗練とはこういうことなのだろうな、と思わされる。もっとも、それをつまらないと感じるひともいるだろうけれど。
楽曲は粒揃いだが、中でもマーゴ・ガーヤン作の "Something's Wrong With The Morning"、あるいはタイトルから何からまるっきりバカラック・マナーの "I’ll Never Fall In Love Again" が抜群。
そして、極めつけはロジャー・ニコルズを思わせるメロディの "A Woman Looking For Love" という曲。ずっと、もう少しリズムが強調されていれば、せめてドラムが中央に定位していれば、と思っていたのだが。ポップスとしてのキャッチーさよりもディテイルの優美さを取ったのだろう。最近になってようやく、そんな選択も有りだな、という気がしてきた。
2013-05-18
The Foundations / Baby Now That I've Found You
このところファウンデイションズを聴き返していて。僕の持っているのは昔、英Sequelから出た二枚組CDです。
彼らのプロデューサーは英国ポップのファンにはお馴染み、トニー・マコウリィなのだけれど、一枚目のアルバム「From The Foundations」(1967年)の頃はまだ彼のキャリア初期であったせいか、聴けるのはいかにもマコウリィらしいサウンドではなく、マージービートとノーザンソウルを掛け合わせたような躍動感あるもので、グループの本来持っていた資質を生かす方向で作られているよう(最初はファウンデイションズだけで制作しようとしたけれど、結局はセッションミュージシャンを投入することになったらしい)。今聴くと、そのことによって他では得られない個性が残ったように感じます。
ホーンセクションはありますが、ストリングスが使われていないところがバンドらしさであって、ここら辺は単なるモータウン亜流とは違います。クレム・カーティスというシンガーの声も熱っぽくて、いい。
マコウリィとジョン・マクラウドの手による曲は、キャッチーなメロディに判り易くも楽しいバックコーラスが素晴らしい。鍵盤を使って中低域に厚みを出しているのがうまいところですが、敢えて欠点を挙げるとすれば、それらの曲ではアレンジがみな同じように聴こえることでしょうか。
また、アルバムの半分を占めるカバー曲も結構良い出来です。ペトゥラ・クラークの "Call Me" をクラブ仕様にアダプトした演奏は洒落ているし、ジョー・テックスの "Show Me" は迫力に申し分がない。
リードシンガーが交代してからのアルバム「Digging The Foundations」(1969年)になるとサウンドが少し変わってきています。マコウリィ&マクラウドによる曲ではストリングスがしっかりと入って、はっきりとミドル・オブ・ザ・ロードのポップスに振り切っている。トニー・マコウリィという名前からイメージするような音になってきた、と言えましょう。中でも "In The Bad Bad Old Days" がこれでもか! というアレンジで抜群の仕上がり。
それ以外では、ファウンデイションズのメンバーによるオリジナル曲が増えてきているのだけれど、いまいちフックに欠けるものが多いかな。
バンドの本来やりたい音楽をさせてくれなかったということで、トニー・マコウリィとファウンデイションズの仲は相当悪かったそうでありますが、残された曲にはひたすらにご機嫌なものがあって。聴いていて、ポップスとはこういうものだよな、という幸せな気分にさせられます。
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