2020-04-12

フィリップ・K・ディック「タイタンのゲームプレーヤー」


1963年長編の新訳。旧訳で読んでいるはずなのだが、本当に丸っきり覚えてない。だったら新鮮に読めそうなものだが、そうでもなかった。

設定はディストピアものであります。地球はとうの昔にタイタンとの戦いに破れ、その管理化に置かれている(ように読める)。自らの軍事兵器のせいで出生率は壊滅的に落ち込んでいたが、一方で老化を防ぐすべも発見されていた。いずれにせよ、種族としての活力は失われている。
で、殺人事件が起こるのだが、その間の記憶が主人公からは失われていた。

脂の乗っていた時期の作品だけあって、アイディアは豊富だし、予想もつかない展開はスピード感あるものだ。面白いことには間違いない。途中までは。
物語半ばになって、真のテーマが現れ始める。しかし、その接続がうまくない。唐突かつ継ぎはぎ感も強く、辻褄の合わないところが出てくるし、登場人物たちの行動の動機が理解できなくなってくる。そもそも、この組織は何故戦う必要があるのか? とかね、読んでいてもピンとこないのだなあ。ドラマツルギーを成立させるための戦いといった感じで。
ペーパーバックSFというのはこんなものなのか。幕切れも非定型を狙った定型、という印象です。

奇想天外なお話といっても、それなりに説得力というのは必要なのだと再認識した次第。ディックらしさ、だけは横溢していますので、その感触は存分に楽しめましたけれど。この作品はちょっと無茶。

2020-03-10

マーガレット・ミラー「鉄の門」


ミラーの初期(1945年)長編の新訳。ハヤカワ文庫で読んでいるはずだが、大昔のことなので内容は完全に忘れていました。

さて、初期とはいったものの、既にして恐ろしく周到に組み立てられた作品であります。
不安な心理を持つ女性が物語の中心にいるのだけれど、三部構成のそれぞれにおいて、その彼女が全く別の属性で登場する。これが抜群に巧い。それとともにミステリの性質そのものが丸っきり違っているのだ。書き方こそ後の時代にニューロティック・スリラーと呼ばれるものだけれど、ずっと謎に対する意識が強い。

殺人事件をめぐるフーダニットではあるけれど、もっと大きな秘密があるのでは、という興味があって。充分な手掛かりをこちらに与えないままでありながら、ぐいぐいと引っ張っていく。その中で、ジャンル読者のぼんやりとした予想を断ち切る展開、何食わぬ顔のまま爆弾を放り込むタイミング、もう一切の弛みがない。
さらには妄想と現実的なやりとりが間断なく流れるうちに、ばんばんと伏線を投げ入れる。その手つきは(後から見返してみると)あまりに大胆。

ファンタスティックな領域にまで片足を突っ込みながら、綺麗な形に収拾する結末はあまりに見事であります。
心理的な部分に整合性を求める向きには納得行かない部分もあるかもしれないが、個人的にはそのことが些細に思えるほどにオリジナルな創意が優れたミステリでありました。や、凄いねミラーは。

2020-03-03

Horst Jankowski / For Nightpeople Only


2009年に出た24曲入りの編集盤で、中身は独MPSよりリリースされたアルバム「For Nightpeople Only」(1970年)に曲をいっぱい足したものです。
ライナーノーツのクレジットはいまひとつ信用ならなくて、この盤のトラック1~13が「For Nightpeople Only」からとあるのだけれど、実際のアルバムは10曲入りで(記載のレコード番号も間違っているみたい)、そのサイドAに当たるのが1、2、3、4、8、B面が10、9、5、13、7らしい。トラック6、11、12は1972年のアルバム「Follow Me」収録曲のよう。
こんな、他人からすればどうでもよさそうなことを調べるのは、アルバムの曲順にはちゃんと意図や意味がある、とわたしは考えているからなのだ。できればオリジナルなものをいじって欲しくない。もっとも現代においては、大抵のひとはそんな聴き方はしていないのかもしれない。
まあ、ええんやけどさ。

「For Nightpeople Only」は英米のヒット曲のドイツ語カバーとヤンコフスキーによるオリジナル曲が半々、カラフルなアレンジと混声コーラスがとても楽しいイージーリスニング盤。ゆったりしたテンポのものでも控えめに配されたパーカッションが効いていて、仕上がりは軽やか。
ドアーズの "Light My Fire" が陰影に富んだイントロからラウンジ調の本編への展開が無理なく決まっていて、素晴らしいですね。この曲やビートルズの "Fool On The Hill" では深く響くベースラインが印象的で、ジャジーなセンスが見え隠れするのも洒落ています。
でもってアルバム中のベストは、オリジナルの "Das ist der Morgen"。感触の近いものを挙げるとすればワルター・ライム・プロジェクトか。叙情を湛えながら緊張感ある展開が格好良く、クール目のサンシャインポップとして非常に良い出来です。

残りの11曲は1968、69年のもの。基本的な線は変わらないものの、もっとコンテンポラリーな感じを受けます。時期的に前になるせいか編成を大きく聞かせるものが多いか。「For Nightpeople Only」の曲の方がややリズムに意識があるかな、と。

2020-02-22

米澤穂信「巴里マカロンの謎」


11年ぶりとなる小市民シリーズ最新刊。四短編が収録されていますが、もったいなくて読めない。

読んだ。するっと。だって巧いんだもの。


「巴里マカロンの謎」 ホワイダニットとフーダニットが絡み、およそ手掛かりの無さそうな状況から、ロジックで可能性を絞り込んでいく手つきが気持ちいいったらありゃしない。伏線の数々もびしびし効いてくる。推理の辿り着く先は途中から見えてくるのだが、そこに至る過程で浮かび上がる他の可能性も意外性をはらんだもので楽しい。そして犯人確定のタイミング、その弛みの無さよ。
ちょっとブラックな締めも、おお、小市民シリーズってこんなだったよなあ、と思わせてくれるものだ。

「紐育チーズケーキの謎」 それはどこに隠されたのか。思わぬ手掛かりからの推理の飛躍はちょっと難度が高い。
しかし小山内さんと小鳩くんはお互いの心の動きが判りすぎるようで怖いな。

「伯林あげぱんの謎」 プレゼンの勝利というか。伏線はあからさまなほどであって、じゃあどうやってそこに辿り着くのか、を読ませる作品でありますね。これを謎解きミステリとして、しっかりと成立させるのはたいしたもの。「健吾が断言したことだけは、間違いなく事実だと信じることにする」という前提がしっかりと効いているし、何より手掛かりが大胆にして絶妙。

「花府シュークリームの謎」 この本の中では一番、展開がストレートなフーダニット。その分、推理のプロセスはスマートで、意外な手掛かりと動機が無理なくはまった感があります。ハッピーエンドも連作集の締めとして良いですね。
シュークリームはあまり印象に残らなかったけれど、それは別にいいか。


凄く面白かったのですが、巻末の初出一覧を見ると収録作は年一作ペースで発表されていたようで、そうすると次が出るのもまた、忘れた頃になりそう。

2020-02-18

Candace Love / Never In A Million Years


シカゴの女性教師が1960年代の終わりごろにマイナー・レーベルに残した録音集。別名義で出したものも含めてシングル6枚分が収録されています。

Essential Mediaという会社のCDは初めて買ったのですが、CD-Rでした。ブックレット(というかペラ紙一枚)の印刷もわざとなのか、というくらい粗い。ついでに言うと、内側に載っている文章はジーン・カーンというシンガーについて書かれたもので、このCDとは全く関係がない。
音のほうですが、収録曲の大半は明らかなアナログレコード起しとわかるものだ。

音楽そのものはしかし、とても良いのですよ、これが。レコード会社はシカゴだけれど、中身はメロウ寄りのデトロイト・ソウル。制作にはブラザーズ・オブ・ソウルの3人が関わっているよう。跳ね気味のミディアム、ロマンティックなスロウ、どれもポップでいい曲揃い。
主役であるキャンディス・ラヴさんは強烈な個性こそないものの、その歌声は芯があって、かつチャーミング。丁寧な歌唱ながら、決してくどくならないのも美点でありますね。

いや実際、相当なめっけものであって、これでもう少し音質が良ければ、という気はしますが。こういったオブスキュアで、なおかつ質の高い作品が纏められたということだけでも大したことではありましょう。しかしCD-Rかあ。

2020-02-09

The J.B.'s / More Mess On My Thing


昨年出た、コリンズ兄弟をフィーチャーしたJB'sの発掘音源。3曲しか入っていないが、お腹いっぱいになれます。

タイトルにもなっている "More Mess On My Thing" は1969年の録音なので、厳密にはJB's としてではなく、コリンズ兄弟らがやっていたグループの、ジェイムズ・ブラウン監修下におけるデモ録音です。まあ彼らは翌年にはオリジナルJB'sとなるわけだけれど、JB'sとしてはちょっとラフでやや軽い印象(ドラムがタイガー・マーティンというのもあるか)。
勿論、格好はいいしデモらしい生々しさは好みであります。演奏の中心は完全にブーツィーで、天衣無縫といった感じ。凄いもんです。

2曲目の "The Wedge" は不穏かつクールな雰囲気を湛えた曲で、正真正銘のJB's。腰の据わった演奏は、当然にして目茶目茶格好いい。クライド・スタブルフィールドはやはり、格が違うという気がします。

アナログ・リリースではB面全てを占める "When You Feel It, Grunt If You Can (Complete Take)" は「These Are The JB's」に収録されていた曲の完全版で、22分に及ぶファンク・ジャム。いきなりクール&ザ・ギャングの "Let the Music Take Your Mind" から始まり、その他ミーターズ、スティーヴィー・ワンダー、ジミー・ヘンドリクス、ビートルズの曲が織り込まれているのだが、色々あり過ぎてファンクとしてはやや盛り上がり切れないような印象を受ける。格好ええんやけどね、ええんやけど、曲というよりジャムですね、やはり。

なんにせよ凄く楽しい一枚なのだが、まあ、一通り聴いたファン向けのリリースです。

2020-02-06

アンソニー・ホロヴィッツ「メインテーマは殺人」


作家であるアンソニー・ホロヴィッツは、ドラマの脚本を手掛けた際に知り合った元警官ダニエル・ホーソーンから、おれを主人公にした本を書かないか、と持ちかけられる。
「ある女が、葬儀社に入っていった。ちょうどロンドンの反対側、サウス・ケンジントンでのことさ。女は自分自身の葬儀について、何から何まできっちりと手配した。まさにその日、たった六時間後に、女は殺された……家に入ってきた誰かに首を絞められてね。どうだ、ちょっとばかりおかしな話だろう?」
ホーソーンはその事件の捜査を警察から依頼されていたのだった。


昨年話題になった作品を、今頃読みました。
全体の半分くらいまではあまり面白くなかった。ホーソーンは切れ者だが、人間的に嫌なやつなのだ。で、個人的に語り手がずっと愚痴っているお話は個人的にはあまり読む気がしないのが本当のところで。イギリス人はこういうの好きそうだけどね。
それはともかく、ミステリとして物語を駆動する力が弱いように感じる。魅力的な謎は提示されるものの、それが掘り下げられるわけではないし、フーダニットとしても特に怪しいと目される登場人物はいない。質問と調査が繰り返されるうちに、事件の背景がぐっと広がっていく展開はいいのです。ただ、探偵役のホーソーンが自分の考えを明かさないのは仕方がないかもしれないが、ワトソンであるホロヴィッツも能動的に誰かを疑っているわけではなく、ホーソーンの言動を観察しているだけだ。これでは謎解きの興趣がなかなか盛り上がらない。
一方、作品のフックとして、語り手とこの本の作者が同一人物であることを使ったリアリティの混入がある。このメタ趣向は読者をひっかける類の仕掛けではなく、フェアプレイの謎解きを保証するものとなっているのだけれど、一方で、その遊びがリーダビリティを損なってもいる面もあると思う。

中盤に新たな事件が起こり、俄然緊張感が生まれる。しかし、淡々とした展開のスピードが変わらないために、雰囲気が持続しないのだよなあ。
それが残り100ページほどになって、唐突にホーソーンが格好よくなる。そして、ここから後は全部いいのです。くそう。

読み終えてみればパズルとしてはとてもうまく構築されていることがわかる。そのピースの数々は作中ではっきりと示されていたものだ。さらに細やかな伏線と、しかしダイナミックな構図の転換もお見事。
シリーズの一作目であることを考えたら、ある程度の冗長さは仕方がないのかな。次のやつに期待します。