2025-03-09
Badfinger / Head First
昨年に暮れにバッドフィンガーの「Head First」の50周年盤というのがリリースされました。実際に「Head First」が世に出たのは2000年ですが、録音されたのは1974年の12月なのです。
過去に出された「Head First」は、録音エンジニアによってリファレンス用に作成されたラフ・ミックスがもとになっていました。マルチトラックは無くなったとされていたのです。
で、ややこしくも長い話を短くすると、オリジナルのマルチが最近になって発見されたと。この50周年盤はそこから新たにミックスがなされたもので、曲順も変わっています。ラフ・ミックス版は演奏がラウドでボーカルがやや引っ込み気味だったのに対して、新しいものはすっきりとバランス良くまとめられていますし、音質も当然、良くなっています。
また、"Saville Row" という30秒ほどのインストは、新たにレコーディングが加えられて2分弱くらいの曲になっています。
アルバム自体は期間の限られた状態の中、急ぎで作られたものです。あまりに余裕がなかったため、アップルでの最後からワーナーに移ってからの2作目までを手掛けていたクリス・トーマスは仕事を辞退しています。実際、充分なプロダクションがされたものとは言いかねるし、アレンジの幅も限られている。
そういったように最上の部類のバッドフィンガーではないのですが、彼らの魅力ははっきり感じられるし、今回のリリースでようやく「Head First」を完成された作品として受け入れられたような気もします。
2025-02-07
平石貴樹「室蘭地球岬のフィナーレ」
昨年発表された長編で、函館を舞台にしたシリーズの最終作です。
関係者が重複した事件が断続的に三度起こるのだが、個々の事件の結びつきが見出しにくい。シリーズのこれまでの作品同様、複雑に絡み合った人間関係が背景にあり、さらに遠い過去にも何やら因縁が。
前作の後、探偵役であるジャン・ピエール青年がフランスに帰国したため、後半までは捜査小説としての趣が強い。その過程での意外な展開も楽しめますが、本書の帯の後ろでは少しその辺りを割っているので見ない方がいいかも。
警察では二つの事件についてはとりあえずの決着をつけつつも、残りのひとつに関しては捜査が行き詰まりに。そんな折、舟見警部補のもとにジャン・ピエールから手紙が送られてくる。なんと、一時的に日本に戻ってくる用事があるというのだ。
舟見から説明を受けながら現場を見て回るジャン・ピエール。新たな事実の発見などは無さそうだが、紙面にしてわずか4ページほどの間で真相に到達する。つまり、手掛かりは既に揃っていたということだ。
そうして明かされる奸計は驚きもので、読んでいて声を上げちゃいました。ひとによってはふざけるな! と腹を立てるかもしれない。しかし伏線はふんだんにあるし、それを成立させるための描写は(思い起こせば)とてもスリリングです。何より、それによって全てがひとつの流れの中に綺麗に収まってしまうのであるから、仕方ないではないか。
グレイトなハード・パズラーで、個人的には大満足です。
2025-01-25
ジャニス・ハレット「アルパートンの天使たち」
英国では2023年に出されたジャニス・ハレットの第三長編。文庫で750ページ弱と、デビュー作であった『ポピーのためにできること』より、ちょっとだけ厚い。ページの余白が多いので、実際の分量としては見かけほどでもないのですが。
今作も地の文がなく、メッセージ・アプリのログにメール文、インタビューの文字起こしや新聞記事などから構成されている。『ポピー~』にはそういったテキストに対して外枠になるやりとりがあったし、正解が用意されていることも保証されていました。しかし、今作はどういう種類の物語になるのかわからないので、やや不安ではある。
時は2021年、犯罪ドキュメンタリー作家であるアマンダという女性が、18年前に起こったカルト宗教絡みのむごたらしい事件についての本を書くことになる。その取材として、過去の関係者たちにインタビューを行うのだが、それぞれの事実認識のずれが積み重なっていく上、取材そのものを抑止するような動きがあるようで、次第に不穏な空気が高まっていく。
主人公がはっきりとした形で立てられており、本筋として事件後に行方知れずになった人物を捜索する、というのがあるので、実は『ポピー~』と比べると読みやすいです。
またテキストの集積といえど、隠し録りデータの文字起こしの部分からは動きが感じられ、説明がないことが却って迫力を生むことになっているかと。
なかなか全体像が見えてこず、お話がどこへ向かうのか、謎のうちどれだけがちゃんと説明を付けられるのか、と思いながら読んでいましたが、全体の三分の二くらいまできて、さまざまなパーツがひとつの絵に嵌りはじめる。
そして終盤には怒涛の真相解明が。この物語に無駄な部分などひとつとして無かったのだ。ここへ来て、堂々たるミステリとしての姿が立ち上がってくる。
さらに我が国の新本格を思わせる幕切れ、いやはや。
『ポピー~』には冗長な感もあったのですが、今作では地の文がない、という形式が仕掛けにしっかり結びついていて、ミステリとしての密度がかなり高い。力作ですな。
2025-01-09
有栖川有栖「砂男」
6作品が収録された短編集。文庫オリジナルの企画ですが、入っているのが単行本未収録作品ばかりとあっては見逃せない。選定のしばりから、書かれた時代がばらばらなだけでなく、江上次郎ものと火村英生ものの両シリーズが共存するという事態が発生しています。まあ、一編ずつ読むには関係はないのですが。
まず、はじめは江上二郎率いる英都大学推理小説研究会ものがふたつ。
「女か猫か」 密室内での怪事件であり、扉には封印まで施されている。謎解きのほうは軽めの印象を受けるかもしれませんが、設定を生かして困難の分割をさらりとやってのけています。また、人名の遊びなども余裕が感じられて愉しい。
「推理研VSパズル研」 日常の謎ですらない、パズル研から出された問題に推理研のメンバーたちが頭を捻る前半。この部分だけでも短編として成立はしそうなのだが、本領発揮はそこから。推理小説の謎とクイズやパズルとの違いに言及しながら、正解のない問いと格闘する遊び心に満ちた一編。
続いてノンシリーズものがひとつ。
「ミステリ作家とその弟子」 タイトル通り、ベテランのミステリ作家とその内弟子の物語。現代の風俗を反映しながらも、仕上がりは昭和のミステリっぽい。昔話や童話をミステリ作家ならどう見るか、という「推理研VSパズル研」と似た趣向の部分も面白い。
火村英生&作家アリスものがふたつ。それぞれ2004年と1997年に発表されながら、理由あって単行本には採られてこなかった作品です。今回、注釈入りでならとのことで無事、読めるようになりました。
「海より深い川」 相当にトリッキーだが、性急な書きぶりでもある。全く掴み所の無さそうな事件について、火村はアリスの部屋で説明をしているうちに解決に思い至る。
「砂男」 長編化を考えていただけあって、この作品のみ中編ほどのボリュームがある。都市伝説をとてもうまく取り込んだミステリであります。
最後はあっさりとしたテイストのもの。
「小さな謎、解きます」 商店街の中にある探偵事務所を舞台に、ちょっとした謎解きがなされる小品の連作。軽みと、薄っすらとファンタスティックな感触があるのがいいですな。
2025-01-03
「有栖川有栖に捧げる七つの謎」
若手作家7人による有栖川有栖トリビュート作品集。緩いものかと思いきや、みなさん本気。純粋にミステリ短編として力のこもったものが揃っており、かつテイストもさまざま。
青崎有吾「縄、綱、ロープ」 火村英生ものの、相当に完成度が高いパスティーシュ。知らずに読んだら有栖川有栖本人の手によるものだと思ってしまうに違いない。フーダニットとしてもクイーン的な手掛かりが採用されていて、愉しいです。
一穂ミチ「クローズド・クローズ」 火村&アリスものが続くのだが、読んでいてなんだか違和感。そうか、三人称で書かれているのだな。ちょっとわちゃわちゃした感じが、二次創作らしさがあって良いです。女子高を舞台にした盗難事件というのも、本家ではなさそうな趣向であります。文化祭の演目とのアナロジーが謎解きに落とし込まれていて、うまいですな。
織守きょうや「火村英生に捧げる怪談」 怪談とその現実的な解釈というのが、リアリストらしいキャラクターに合っています。日常の謎のものとしてアイディアを盛り込みつつ、段階的に手が込んだものになって、最後はいい塩梅の落としどころへ。
白井智之「ブラックミラー」 アリスが出てこない火村もの。タイトルがノンシリーズ長編『マジックミラー』を思わせるように、ゴリゴリのアリバイ崩し。トリックからなにからキレっキレです。
夕木春央「有栖川有栖嫌いの謎」 本書の中で唯一、二次創作にはあてはまらない短編。ユーモラスな日常の謎ですが、綺麗な伏線回収が気持ちよく、導かれる真相も意外性充分。
阿津川辰海「山伏地蔵坊の狼狽」 メタ趣向まで推理内に取り込む、凝りに凝ったフーダニット。名探偵小説そのものに対する批評にもなっているし、シリーズ二十年後の番外編としてもよくできている。
今村昌弘「型取られた死体は語る」 英都大学推理研ものだが、そこここに令和の時代が反映されている。扱われているのは疑似事件現場であり、配置された小道具の意図の確定が難しい。仮説のスクラップ&ビルドがねちっこい、推理研メンバーによるディスカッションそのものが読みどころ。
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